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第四章

最終話 最初から

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 玲はその輝きに圧倒された。
 自らの魔力の結晶である高速魔法を打ち破り、目が眩むほどの輝きを放つほどの魔力など、アズリエルに転生してから見たことがなかったからだ。異世界において最強の存在であることに慣れた加藤玲にとって、その光景は信じ難いものであった。

「き、貴様…どういうカラクリだ! 確かに息の根を止めたはずだぞ‼︎」
「お前を止めるために、舞い戻ってきた。もう独壇場は終わりだ」

 レイはその溢れる魔力を身に纏いながら、静かに加藤玲を見つめた。それは第二ラウンドの始まりであり、静かな宣戦布告であった。

「ふっ…まぁいい。コピー共にも敗れるような奴だ、すぐにもう一回地獄に送り返してやるよ」

 そうして玲がパチンと指を鳴らすと、さらにレイのコピーの援軍たちがやってきた。十人近くのコピー軍団が揃い、それは即ちチート勇者の十倍近い力がレイの相手になることを意味している。

「行けっ!」

 その指示を受けて、コピー軍団は一気にレイに襲い掛かった。完璧に統制の取れたコンビネーションで、まさしく一部の隙もないような剣戟の弾幕がレイを切り刻もうとした。
 しかしレイは、それら全てを涼しい顔で受け流した。普通ならば絶対に掻い潜ることが出来ないような、一瞬しか現れない針の先のような隙間を縫うようにして、コピー達の攻撃を全て受け流していた。

「な…⁉︎」

 その光景に玲は心底驚愕した。それもそのはず、たった数分前にレイはコピー達に完膚なきまでに叩きのめされ、最後には抵抗すら叶わず殺されたのだ。それが復活して、先ほどまでは全く敵わなかったコピー軍団に対して互角以上の戦いを繰り広げているのだ。

「はあああああっ!」

 レイはその手に術式を浮かべた。するとコピーたちにも同じ紋様の術式が現れたかと思えば、数秒後には全てのコピーがまさしく糸の切れた人形のように膝を折り、倒れていった。

「な、何が…! 貴様、一体何をしやがった‼︎」
「単純にこいつらの脳の通信システムを破壊しただけだ。遠隔操作システムで動いてるなら、受信機能を壊してやれば、こいつらはただの木偶人形に過ぎない。さて、今度は加藤玲…お前の出番だぞ」
「くっ…良い気になるなよ!」

 そう言って玲は純ミスリル製のサーベルを構え直し、その全ての力を解放した。

「喜べ…いわゆる異世界転生チート勇者の、正真正銘の本気100%だ‼︎」

 その柄を握りしめる力が、ギリリと音を立てる程に強くなった。

「うおおおおおおっ…‼︎」

 すると、地面が激しく振動を始めた。その大量の魔力の奔流は大地さえ揺らし、激しい突風を吹かせた。それはこの地上で並ぶ者のいない最強の存在に相応しく、常人ならば相対するだけで放出される魔力の圧力に押し潰されて圧死しかねない程であった。

「さぁ、始めるぞ…本気の戦いだ!」
「やってみせろ。今度こそ、お前を止めて見せる」
「言ってろ! 何度でも殺してやる‼︎」

 そう言って玲はレイに向かって飛び掛かって来た。そのスピードは今までの比ではなく、レイの反応速度でなければ、一瞬にして玲の姿が消えたようにしか見えなかっただろう。
 そのスピードで、玲は数え切れないほどの斬撃を繰り出した。その全てが一撃必殺にふさわしい威力とスピードであり、普通なら一瞬にして勝負が決まるレベルであった。
 しかし目の前の男…レイはその全てを見切り、確実に紙一重で躱していた。通常ならば目で追うことすら不可能な攻撃を完璧に読んでいた。

「くっ…! 何故だ、なぜ当たらん!」

 玲は歯噛みした。

「当たれば勝てると思っているのか? ならいいぜ、当ててみろ」
「な、何…? 何処までもなめやがって…望み通り当ててやるよ‼︎」

 そうして再び繰り出された斬撃により、レイの体には無数の裂傷が一瞬にしてできた。

「終わりだ!」

 そうして玲はレイの腹部にサーベルを突き立てようとした。しかしそれはまるで大木に剣を突き刺したように、まるで深い所まで行かなかった。

「ぐっ…くそっ!」

 とっさに玲は距離を取り、その両手に術式を展開させた。

「いい気になるなよ! これで正真正銘終わりだ‼︎」

 その強靭な魔力で、玲は幾つもの巨大な重力球を作り出した。それら全てが大抵の防護術式を無効化させるほどの密度を容量を持っており、食らえば原子レベルまで圧縮され跡形もなくなるだろう。

「食らええええっ!」

 それら全てがレイの体をスッポリと飲み込んだ。
 しかしそれらはレイの作った防護術式によって、跡形もなく弾け飛んだ。

「そ、そんな…馬鹿な⁉︎」
「もうこの程度の攻撃じゃ、俺は倒れない…」

 静かにレイは、もう一人の自分を見据えた。

「俺は、もう倒れたりはしない!」

 レイはその大剣を握りしめて、玲を斬りつけた。そして残像が見えるほどの超高速で、上下左右あらゆる角度からレイは斬撃を玲に浴びせかけた。

「ぐはっ…!」

「これで…本当に終わりだ‼︎」

 その大剣に白く眩い光が宿った。やがてそれは増幅され、全てを破壊するほどの魔力の激流となっていった。そしてレイはそれを玲に向けて放ち、全てが光に飲み込まれ、砕け散っていった。








「…起きろ」

 そうレイは玲に向かって語りかけた。

「…殺せばいいだろ。正真正銘、お前の勝ちだ。俺を生かしておいて何になるって言うんだ」

 その言葉に、レイはため息をついた。

「殺してたまるかよ。人を殺して新しい憎しみを生み出す、お前みたいなやつを否定したくて俺は戦ってきたんだ。
 お前は法廷で裁かれ、そうして死んでいくんだ。それで生涯をかけて罪を償え」
「ふっ…生恥を晒しながら死ねってか。陰湿な野郎だぜ」

 レイは大剣を地面に突き立て、仰向けに横たわる玲を見つめた。

「…あの世に近い場所で、おじいちゃんに会ったよ。おじいちゃんは、俺たちのことを何時だって見守ってくれている。お前が…俺たちが他人に対して正しくあろうとした時間は、決して無駄じゃない。その事を、お前に伝えたいと言っていたよ」

「…ぼんやりとした記憶だが、死んだ直後におじいちゃんに似た後ろ姿を見たことがある。あれはやはり、おじいちゃんだったのか」

「そうだ。おじいちゃんは俺に力を託して、全ての憎しみの連鎖と止めるよう言っていた。だから、もう人を憎むのはやめろ。俺たちは…最初から報われていたんだよ」

 しかし、玲は自嘲的に笑うばかりだった。

「…今更手遅れだ。殺した人間は数えきれん…それに、生恥を晒したくはないさ」

 そう言って玲は自らの左胸に掌を当てがうと、小さな術式を展開した。

「がふっ!」

 すると玲は突然吐血した。

「‼︎」
「ぐっ…こんな日が来ても…いいように、準備をしておいて正解だったぜ…」

 ゼイゼイと苦しげに呼吸しながら、玲は最期の言葉を遺そうとした。

「おじいちゃん、に…会ってくる…そうして、俺が本当に報われていたのか…確かめてくる…一足先に、失礼するぜ」

 そして本当の加藤玲は、静かにその両目を閉じた。

「…馬鹿野郎。我ながら、大馬鹿だぜ」







 数か月後。

 世界は甚大なダメージを受け、その復興には全力が注がれた。
 リチャード1世の死、そして前政権の中枢が複数逮捕された事により、アズリエル王国は一時大混乱に陥った。
 しかし急遽即位したニコラス二世は、そのカリスマ性を遺憾なく発揮し、国内を真に一つに纏め上げた。

「我が父が残してしまった大きな負の遺産を、全て取り払うこと。即ち世界が国境や人種間の憎悪を捨て、今一つになるべきだと言うことなのです」

 そう宣言したニコラス二世は、その実現のための具体的な施作として、レイのコピーにより受けた各国の甚大な被害に対しての補償を全て負担、さらには大陸遠征のための軍備を縮小、全て国内警備にあたらせた。
 さらには実の姉であるマリア・アレクサンドルをディミトリ特別行政自治区より呼び戻し、新たな王室統制局長へと据えた。これによりディミトリ自治区は半ば独立へと成功、非純粋種による完璧な自治国家の形成への大きな一歩を歩み出した。
 それらは保守派・改革派を問わずに一定の評価を勝ち取り、国内外から”祝福されし王”と呼ばれ称賛された。




 そして今、歴史的瞬間が正に始まろうとしていた。
 新たに発足したディミトリ自治政権との恒久和平条約が結ばれようとしていた。
 既に王宮の一室にて、ディミトリの要人達は待機しているはずだった。

「本当にありがとう…君がいなければ、私は真の王にはなれなかっただろう」

 ニコラスはレイと固い握手を渡した。

「それは誤解ですよ。あなたは生来の王だ。俺はほんの少しだけ、即位の後押しをしたに過ぎない」
「謙遜するのはやめろ。お前がいなければ、世界はここまで平和にならなかった」

 新たな王室統制局長となったマリアが言った。

「さぁ、行こう。我々が、人々の理想を叶えていくんだ」
「…はい」
「行きましょう、レイ様」

 エレナはその手を優しく握りしめた。

「行こう。本当に、全てを始めるために」

 そして三人は、歩みを進めていった。



 王宮の大広間。

 そこには未だにレイ・デズモンドの絵画が飾られている。

 しかしそれは、南北戦役で勝鬨を上げる姿ではなく、国立公園で非戦を訴えた時の姿が描かれていた。

 そして絵の題名は”勇者”から”英雄”へと変わっていた。




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