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しおりを挟むその日もいつもと同じ、放課後だった。
部活に行く友人達を見送り、帰宅部の僕は昇降口を目指す。いつもと違うことといえば少し急いでいたことぐらい…。
今日は母の誕生日だから、姉と一緒にご馳走を作ろうと前々から計画していたんだ。
ご馳走の材料を買うために姉とスーパーで待ち合わせをしているのに、ホームルームが長引いたせいで10分以上遅れてしまいそうだった。
時間に厳しい姉は今頃プリプリ怒っているだろう、その様子を想像しながら早足で廊下を駆け抜けていると、はるか前方にクラスメイトの吉野君が歩いているのが見えた。
いつも人気者に囲まれている彼は珍しく一人だ。
(嫌だなぁ……。)
一部の人気者を除くと彼の評判はあまり良くない。
関わると生徒会に目を付けられるとか、彼に気に入られると理不尽に振り回されることになるとか。
実際クラスで傍若無人に振る舞う様子を毎日目の当たりにしている僕は、失礼な話だが彼の事を避けていた。
(どうしよう……。)
このまま進めば吉野君とすれ違う事になる…。
普段なら遠回りをしてでも彼を避けただろう…、でも今日の僕は殊更急いでいた。
(いいや!このまま通っちゃおう!これ以上姉さんを待たせてられないし、どうせ吉野君は僕のことなんて気にしない!)
その判断が大きな間違いだった。
僕の想像どおり彼は僕に見向きもしなかった。ホッと胸を撫で下ろし、彼に気づかれないようにさっさと横を通りすぎようとした瞬間その異変が僕らを襲った。
「へっ!!」
「うわぁ!?」
青白く眩しい光が廊下の床を下から貫いたかの様に立ち上り、その光にズブズブと足先から飲み込まれていく。
(こっ、これ何!?)
まるで光の底無し沼だ、僕は咄嗟に窓枠に捕まりそれ以上身体が沈むのを防ぐ。
「なんなんだよ!?」
吉野君はパニックになりただただ身体を強く揺さぶっていた。そのせいで余計に身体が沈んでいく。
「た、助けてくれ!!」
吉野君の身体はとうとう上半身を残して光の沼に飲み込まれてしまった。
(いけない!!)
「吉野君捕まって!!」
僕がそう叫び手を伸ばすと彼は初めて僕に気付いたようで慌ててこちらに手を伸ばした。
なんとか手を繋ぐことに成功するが、引き込まれる力が異様に強い。僕の力で、それも片手で彼の身体を引き上げるのは不可能に近かった。
「何やってるんだよ!早く引っ張り上げろよ!!」
一向に好転しない事態に焦れた吉野君が僕にそう叫んだ。
そうこうしている間に光の範囲がどんどん広がっていき、窓枠までをもその輝きで飲み込みだす。それに比例して引き込む力もどんどん強くなっていった。
「っ…、もう、無理!」
とうとう窓枠から手が離れてしまう。得体のしれない光に全身を飲み込まれた瞬間、僕は意識を手放してしまった。
それからどのくらい時間が立ったのかは分からない。
次に僕が目覚めた場所は、僕にとっては苦しいだけの無慈悲な世界だった。
ここが僕の知る世界じゃないことは直ぐに分かった。
まるで中世のヨーロッパの教会のような建造物にどんな仕組みかは分からないが回りを飛び交う小さな光、何よりここに来る前に僕たちに起こった非現実的な出来事が、ここが異世界だと僕に疑う余地を与えなかった。
王太子と呼ばれる美貌の青年と、その臣下と思われる人達は、僕を見て一様にきつい眼差しを向けていた。
口々に僕を蔑む言葉を口にし、期待はずれだと声を上げる…。その様子から僕が歓迎されていないことは容易に伺えた。
(僕だって来たくて来たんじゃない…。)
硬い床に小さく縮こまり考える。どうしてこんな世界に来てしまったのか、どうしてこんな態度を取られるのか…。
その答えは吉野君が目覚めたことによって直ぐに明らかにされた。
結局僕は神子としてこの世界に呼ばれた彼に巻き込まれただけだったのだ。
そしてこの世界の人々にとって何の力もない、ただの凡庸な異世界の人間は邪魔者でしかないのだ。
いや、この世界の人達だけじゃない。吉野君にとっても僕はいらない存在だったみたいだ。
その証拠に王太子と呼ばれる青年は僕を役立たずだと糾弾し、牢屋に入れようとしたけれど庇おうとはしてくれなかった。
甲冑を身に付けた兵士達に罪人のように両脇から抱えあげられる。
「ひっ…!!」
どうして僕がこんな目に…、そう思うものの恐怖から言葉は出ず、顎が震えカチカチと歯が合わさる音だけが小さく僕の頭に響く。
(牢屋に入れられて次はどうなるの!?死ぬまでずっとそのまま?それとも奴隷にでもされる?)
兵士の容赦ない力によって引きずられ、膝に強い痛みを感じる。
すがるように吉野君の方を見るが、こんな状況になっても彼は僕に何の興味も無いようで、王太子達と談笑していた。
助けはいない、誰一人。その事実に目の前がまっくらになる…。
「お待ちください!」
その時、凛とした声がその場に響いた。辺りがシン…と静まり返る。
「どうか…発言をお許し下さい。」
そう話し、王太子に向かって膝を付いた彼はとても優れた容貌をしていた。
白く輝く甲冑は回りにいる兵士達より明らかに上等なもので、彼の地位の高さが伺える。
膝を付くことで前に垂れたプラチナブロンドの髪の間からは冴えざえととした青い瞳が見えた。
彼は僕を憐れみ、牢屋に入れることに異を唱えてくれた。
どれだけの地位の持ち主かは知らないが、王族に物申す等、きっとこちらの世界でも不敬に当たる行為だろう。
それなのに彼は僕に対する理不尽な行いを糾弾し、僕の保護を申し出てくれた。
(助かった、彼が助けてくれた…。)
知らず知らずのうちに涙が溢れる。
(この世界で僕に優しくしてくれれるのは彼だけだ。)
そう思った瞬間、この世界で彼だけが僕の全てになった。
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