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第八章 愛も積もれば山となる
お妃は正直幸せ? 6
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入って来たのはランディだった。
金で縁取られた礼装がスタイルの良い彼に合い、夢のように美しい。艶やかな金色の髪は式のため後ろに撫でつけられている。私は息をするのも忘れ、彼に見惚れた。ランディも動きを止めて、目を瞠る。
「クリスタ、なんて綺麗なんだ! 妖精どころか女神も裸足で逃げ出すよ」
それは言い過ぎだわ。社交辞令だからってあんまり調子に乗ると、天罰が下ると思うの。祝いの日に呪われたらどうするつもり? 恐れ多いので、すぐに訂正してほしい。
「あのね、ランディ。それはちょっと……」
ランディが私の抗議を気にせず、上着の中から封筒を取り出した。彼はそれを顔の横で振り、私達に話しかける。
「たった今、カラザークから手紙が届いた。サーラフが次の王に内定したそうだ」
「まあ!」
「良かった」
ホッとしたように呟くラウラ。日々楽しそうに過ごしていても、サーラフのことをずっと案じていたのだろう。王となることより、彼の無事を確認できたことの方が、嬉しいようだ。
用件はそれだけではないみたい。ランディが後ろを向き、控え室の外にいる人達に何やら指示を出している。間もなく兵の手により、四角く平たい物が部屋の中に運び込まれた。かなり大きく油紙で包まれているけれど、これっていったい……?
「それからこれも。詳しくは、この中に書いてあるらしい」
ランディが新たに取り出した二通目の手紙を、ラウラに差し出す。彼女は飛びつくように受け取って、すごい速さで読んでいく。チラリと見えた感じでは、カラザーク語のしっかりした筆跡だった。これはたぶん、サーラフからラウラに宛てたメッセージね?
読み終えたラウラは、手紙を胸に当てている。サーラフのことを思い浮かべているのだろう。ラウラは運ばれてきた四角い物に歩み寄ると、上の部分を優しく撫でた。その表情は複雑で、少し寂しそうでもある。
余計に中身が気になるわ。
あれっていったい何かしら?
ラウラが私をまっすぐ見つめ、にっこり笑う。
「クリスタ、これを。サーラフと私からの結婚祝いよ」
「……え?」
ラウラの言葉に私は戸惑う。
サーラフがわざわざ送ってきたのなら、ラウラの物ではないの? 王宮が混乱している時に贈り物まで用意するなんて、そんな余裕はなかったはずなのに。
プレゼントにしては大きく、縦一メートル横も一メートル近くある。不思議に思って見ていると、目の前でラウラと彼女に請われた女官が、油紙を丁寧に外した。表れたのは、金色の額に入った一枚の大きな絵。
私は驚き息を呑む。
これは――……母だ!
絵の中の女性は、薄桃色のカラザークの衣装を着ていた。椅子に腰掛け片手を膝の上に置き、微笑を浮かべている。意志の強そうな金色の瞳は、今にも瞬きしそう。髪の毛は茶色く頬の感じは私に似て、目元と顎のラインは姉に似ている。母、マリアは確かに美しく、肌が白い。
初めてまともに見る母の顔。その若い頃の姿に、私の胸の奥から熱いものがこみ上げる。
――ねえ、差別されつらい生活を送っていたはずなのに、優しい笑みを湛えているのはどうして? この時何を考えて、どんな夢を抱いていたの? お母さん、レスタードで暮らした貴女は、姉と私を産んで幸せだった?
目の縁に涙が滲む。
私を置いて亡くなった、遠い記憶の中の母。時を経た今、私に向かって笑いかけている!
晴れの日に泣いてはいけない。声を我慢するため私は口元を手で覆う。後ろに立ったランディが、私の肩に優しく手を添えた。私は彼の手を握り、瞼を伏せる。零れ落ちた雫が、頬を伝っていく。
私は震える声でラウラに尋ねた。
「で、でも……この絵は、ラ、ラウラにとっても、大切なものでしょう?」
ひとりぼっちのラウラ。小さな頃の彼女は、母マリアの絵を心の拠り所にしていたという。いじめられるたび、同じような境遇だった母を見て自分を慰めていたと、サーラフから聞かされた。肖像画の存在を知らなかった私とは違い、ラウラはこの絵の前で何時間も過ごしていたそうだ。いくら私の母でも、そんなに大事な絵をいただくわけにはいかないわ。
「ええ。だからこそ、クリスタにもらってほしい。いえ、クリスタが持っていた方が、マリア様も喜ぶわ!」
「ラウラ……」
「サーラフも貴女に感謝し、私の好きなようにしなさいと書いてきた。マリア様が私の憧れだったことは確かよ。でも私は、クリスタのようになりたいの」
「そ、それは……」
「貴女のおかげで私は自分の間違いに気づき、変わろうとしている。他人を思いやる心を、クリスタが教えてくれたから。私も民を愛し、民から愛されたい。頑張るって決めたの。もう、絵に頼らなくても平気よ」
ラウラの思いに胸が詰まる。絵だけでなく、温かい言葉まで……ありがとう、ラウラ、サーラフ。最高の結婚祝いだわ!!
「あ、ありが……」
「クリスタ、泣いたらせっかくの美貌が台無しよ? これ以上待たされたら、ランドルフ兄様だってさすがに怒るでしょうね」
「今まで散々待ったんだ。これくらいでは怒らない。妖精さんは泣き顔だって可愛いからね? いや、いつでも愛らしいと言うべきか」
みんなの前で堂々と褒めるランディに、私は泣いていいやら笑っていいやら。ラウラは呆れたように肩を竦めるし、マーサはやれやれという表情を浮かべている。女官達はまたかと苦笑し、絵画を運んでくれた兵士まで生温かい視線を注いでいるような……?
恥ずかしくなった私は、火照った頬に両手を当てる。絵の中の母が私を見て、困ったように笑った気がした。
金で縁取られた礼装がスタイルの良い彼に合い、夢のように美しい。艶やかな金色の髪は式のため後ろに撫でつけられている。私は息をするのも忘れ、彼に見惚れた。ランディも動きを止めて、目を瞠る。
「クリスタ、なんて綺麗なんだ! 妖精どころか女神も裸足で逃げ出すよ」
それは言い過ぎだわ。社交辞令だからってあんまり調子に乗ると、天罰が下ると思うの。祝いの日に呪われたらどうするつもり? 恐れ多いので、すぐに訂正してほしい。
「あのね、ランディ。それはちょっと……」
ランディが私の抗議を気にせず、上着の中から封筒を取り出した。彼はそれを顔の横で振り、私達に話しかける。
「たった今、カラザークから手紙が届いた。サーラフが次の王に内定したそうだ」
「まあ!」
「良かった」
ホッとしたように呟くラウラ。日々楽しそうに過ごしていても、サーラフのことをずっと案じていたのだろう。王となることより、彼の無事を確認できたことの方が、嬉しいようだ。
用件はそれだけではないみたい。ランディが後ろを向き、控え室の外にいる人達に何やら指示を出している。間もなく兵の手により、四角く平たい物が部屋の中に運び込まれた。かなり大きく油紙で包まれているけれど、これっていったい……?
「それからこれも。詳しくは、この中に書いてあるらしい」
ランディが新たに取り出した二通目の手紙を、ラウラに差し出す。彼女は飛びつくように受け取って、すごい速さで読んでいく。チラリと見えた感じでは、カラザーク語のしっかりした筆跡だった。これはたぶん、サーラフからラウラに宛てたメッセージね?
読み終えたラウラは、手紙を胸に当てている。サーラフのことを思い浮かべているのだろう。ラウラは運ばれてきた四角い物に歩み寄ると、上の部分を優しく撫でた。その表情は複雑で、少し寂しそうでもある。
余計に中身が気になるわ。
あれっていったい何かしら?
ラウラが私をまっすぐ見つめ、にっこり笑う。
「クリスタ、これを。サーラフと私からの結婚祝いよ」
「……え?」
ラウラの言葉に私は戸惑う。
サーラフがわざわざ送ってきたのなら、ラウラの物ではないの? 王宮が混乱している時に贈り物まで用意するなんて、そんな余裕はなかったはずなのに。
プレゼントにしては大きく、縦一メートル横も一メートル近くある。不思議に思って見ていると、目の前でラウラと彼女に請われた女官が、油紙を丁寧に外した。表れたのは、金色の額に入った一枚の大きな絵。
私は驚き息を呑む。
これは――……母だ!
絵の中の女性は、薄桃色のカラザークの衣装を着ていた。椅子に腰掛け片手を膝の上に置き、微笑を浮かべている。意志の強そうな金色の瞳は、今にも瞬きしそう。髪の毛は茶色く頬の感じは私に似て、目元と顎のラインは姉に似ている。母、マリアは確かに美しく、肌が白い。
初めてまともに見る母の顔。その若い頃の姿に、私の胸の奥から熱いものがこみ上げる。
――ねえ、差別されつらい生活を送っていたはずなのに、優しい笑みを湛えているのはどうして? この時何を考えて、どんな夢を抱いていたの? お母さん、レスタードで暮らした貴女は、姉と私を産んで幸せだった?
目の縁に涙が滲む。
私を置いて亡くなった、遠い記憶の中の母。時を経た今、私に向かって笑いかけている!
晴れの日に泣いてはいけない。声を我慢するため私は口元を手で覆う。後ろに立ったランディが、私の肩に優しく手を添えた。私は彼の手を握り、瞼を伏せる。零れ落ちた雫が、頬を伝っていく。
私は震える声でラウラに尋ねた。
「で、でも……この絵は、ラ、ラウラにとっても、大切なものでしょう?」
ひとりぼっちのラウラ。小さな頃の彼女は、母マリアの絵を心の拠り所にしていたという。いじめられるたび、同じような境遇だった母を見て自分を慰めていたと、サーラフから聞かされた。肖像画の存在を知らなかった私とは違い、ラウラはこの絵の前で何時間も過ごしていたそうだ。いくら私の母でも、そんなに大事な絵をいただくわけにはいかないわ。
「ええ。だからこそ、クリスタにもらってほしい。いえ、クリスタが持っていた方が、マリア様も喜ぶわ!」
「ラウラ……」
「サーラフも貴女に感謝し、私の好きなようにしなさいと書いてきた。マリア様が私の憧れだったことは確かよ。でも私は、クリスタのようになりたいの」
「そ、それは……」
「貴女のおかげで私は自分の間違いに気づき、変わろうとしている。他人を思いやる心を、クリスタが教えてくれたから。私も民を愛し、民から愛されたい。頑張るって決めたの。もう、絵に頼らなくても平気よ」
ラウラの思いに胸が詰まる。絵だけでなく、温かい言葉まで……ありがとう、ラウラ、サーラフ。最高の結婚祝いだわ!!
「あ、ありが……」
「クリスタ、泣いたらせっかくの美貌が台無しよ? これ以上待たされたら、ランドルフ兄様だってさすがに怒るでしょうね」
「今まで散々待ったんだ。これくらいでは怒らない。妖精さんは泣き顔だって可愛いからね? いや、いつでも愛らしいと言うべきか」
みんなの前で堂々と褒めるランディに、私は泣いていいやら笑っていいやら。ラウラは呆れたように肩を竦めるし、マーサはやれやれという表情を浮かべている。女官達はまたかと苦笑し、絵画を運んでくれた兵士まで生温かい視線を注いでいるような……?
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