本気の悪役令嬢 another!

きゃる

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リューク

リュークの煩悶

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   最近何かと周りがうるさい。
   昨年、1年でありながら中等部で総合優勝してしまったためか、今年の競技会前には手合わせの依頼や女子からの後夜祭の誘い、告白などが後を絶たない。当然、準優勝のカイルも同じ目にあっている。

   今日は中等部の競技会の予選。今年も参加希望人数が多かったために、開催されるらしい。カイルも俺も去年の実績があるから予選会には出なくて良いし、今日はそのために教師が駆り出されているから授業も無い。ライオネルやマリーが出場すると聞いたが、あの二人ならきっと大丈夫だろう。広場や馬場や訓練場に見学に行っても良いのだが、せっかくだから久々に一人でゆっくりしたい。
   幸い去年優勝したことで今年は二年の監督生という特典が与えられている。だから、授業が無い時に校舎内のこの部屋でゆっくり過ごしていても誰にも文句は言われない。

   コンコン

   ノックの音がする。誰にもここに来る事は言っていなかったが、この部屋を利用できるのは俺かカイルと決まっていたから、自慢じゃないが時々女生徒が押しかけて煩わしい思いをすることがある。

   俺が逢いたいのは、一人しかいないのに――

   予選会があるのにここに来るということは、もしかしたら大事な用事があるのかもしれない。少し遅れて俺は返事をした。

「どうぞ」

   入ってきたのは今まさに逢いたいと考えていたその人だった。
   白に近い淡いラベンダー色の髪の彼女は、今日も元気そうだ。

「何だ、ブランカ。マリエッタやライオネルの応援は良いのか?」

「ライオネルのは見てきたわ。もちろん、馬術の腕は断トツだったし、剣術も毎日これでもかってくらい素振りをしているから心配してないの! マリエッタの魔法の予選は午後からよ」

「そうだな。俺も二人の心配はまったくしていない。心配なのは、お前の方だ。魔法塔に何度も出入りして、一体何を企んでいる?」

   そう言って、眼鏡を手放せなくなった幼なじみを凝視する。
 ブランカは今日も可愛かった。本当は何も心配していないが、つい構いたくなってしまう。冗談めかして彼女の淡い紫色の髪をくしゃっと撫でた。

「今日はあなたにお願いがあって……」



   長くなりそうなのでブランカには椅子を勧めた。監督生用の個室は寮の部屋ほどの空間だが、お茶の用意もできるようになっているからついでにお茶と茶菓子もすすめる。

「わ! ありがとう。この部屋に入るのは初めてだけどちゃんとあったのね、薔薇の絵付きのティーセット!!」

   どういう意味だろう? 部屋には普段鍵をかけているから、ブランカはそもそもこの部屋に来るのも本当に初めてのはずだ。カイルから高価で優美な茶器の存在を聞いていたのだろうか?

「この部屋の存在をどうして知っていた? セレスティナか誰かから聞いたのか?」

「あ、そっか。リュークが監督生って事はこの前カイル様から聞いたの。部屋の事は(ゲームで前から知ってたけど)、多分女子の誰かから聞いたんだと思う。探したけどどこにもいなかったから、多分ここかなぁ~って」

   わざわざ俺を探していたのか? そんなに大切な用事って何なんだ? そもそも頼み事すらあまりされた事は無いから、願いは何でも叶えてやりたいが……

「あ、そうそう。お願いしたいのは競技会のことなんだけど――」
   カップを置いた後、顔の前で両手を合わせて思い出したように言う。

   後夜祭の事だろうか? ブランカは競技会には出場しないはずだから。
   もちろん、パートナーになるのに俺に異論は無い。もし目が見えにくくても途中で脚が動かなくなっても、ダンスで上手くリードする自信ならある。競技会自体を順当に勝ち進んで最短で優勝すれば、その他の時間だってたくさん取れる。
   軽く頷き、先を促す。

「悪いけどこの後、ユーリスの馬術の練習を見てくれない?」

「は?」

   突然出てきた名前に、一瞬驚く。初等部のユーリスには最近俺もなかなか会っていない。ブランカとユーリスはいつの間に仲良くなっていたのだろうか?

「えっと、突然で悪かったと思うけど、ユーリスも一生懸命頑張っていていじらしいから勝たせてあげたいの。あ、先にライオネルにもお願いしたんだけど、今日は予選会だから馬を休ませてあげたいんだって。放課後空いていそうなのはどう考えてもリュークかカイル様しかいなくて……」

   カップを置いてブランカを見る。
   今の俺は明らかにムッとした表情をしているだろうが、構わない。

「ほーお。つまりお前はユーリスを応援していて、彼を勝たせるために俺の助力が欲しいと? しかも、ライオネルに断られたからここに来たんだな?」

   目を細めて聞き返す。
 威嚇するような低い声が出てしまったが、仕方が無い。
   ユーリスだけがお前の事を一途に想っているだと?
   俺やカイルの気持ちはどうした。それに、ライオネルも最近わからないぞ? しかも、俺が断ったらその足でカイルに頼みに行くつもりだろ。



   ガタンッと向かいの席を立ち、彼女の方に回り込むと椅子の背とデスクに手を付いて囲い込んだ。座ったままのブランカの耳元にかがみ込んで囁く。

「協力しても良いけど、見返りは?」

   わざと意地悪く低く掠れた声で言う。女生徒から良い声だと評判のこの声のせいか、ブランカまでもが真っ赤になって震えている。良い気味だ。俺の所為で少しは動揺すればいい。

「あ、でもリュークの家の方がお金持ちだから、私にはあげられるものなんて……。リュークの方こそ、私から何か欲しいものでもあるの?」

  困ったように眉を寄せて、逆に不思議そうに問いかけられた。何も気付いていないその言葉は凶器だ。
「全部」と答えたら、お前はどんな顔をするだろうか?
 ふと、彼女の紫色の瞳と自分とを遮る物が煩わしくなって、ブランカの顔からメガネを外す。真面目な顔も困った顔も、何かを思いついたように嬉しそうに笑う顔も、全てが昔のままだ。

「なんだ、リュークったら。そんなに眼鏡が欲しかったんだ。だったらそう言えば良いのに。私のではなくて、自分用に合わせて作ってもらうっていうのはどう?」

   どうしてそうなる?

「メガネが要るほど目は悪く無いけど? それなら、モノじゃなくて時間が欲しい。競技会の後のお前の時間を空けておいてくれ」

「え? そんなんで良いの? それって報酬とは言わないわよ?」

   どうやらわかっていないようだ。約束の意味も込めて彼女の髪を一房取り、そのまま口元へ持って行って口付ける。彼女の時間が欲しい。それだけでいい。今は、まだ。
   メガネが無くても最近少しは見えるようになってきたのか、赤くなるブランカを横目で見ながら了承の意を伝え、俺は一人ほくそ笑んだ。
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