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第四章 告白の行方
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小屋を出てからずっと、私は西の方角に歩き続けている。この辺は切り株が少なくて、日が沈んでからは方向がわからなくなってしまった。その後は勘だけを頼りに進んでいるので、もしかしたら迷ってしまったかもしれない。
「もう無理かしら? 結構歩いたように思うけど、出口が見えないわ」
辺りが暗くなってきたために、夜に備えて身体を隠す場所を見つけることにした。寒さが怖く眠ることはできないものの、身体を休めなくてはいけない。朝になれば太陽が出るから、少しは動きやすくなるはずだ。
暖かく感じられるように、葉が密集しているところを重点的に探した。落ち葉が積もり、腐葉土があればなお嬉しい。理想的な場所を見つけたので、慌てて土を掘り返す。爪が割れ、泥が挟まっても、もちろん気にならない。私はどんなことをしても生き残ろうと、決めているから。
穴の中に腰を下ろし、膝を抱える。その上に顎を乗せ、私は考えた。土の絨毯に落ち葉の毛布、頭上には星の照明……
「ま、聞こえはいいけど、要するに野宿ってことよね?」
怖さを気にしないように、一人呟く。生まれ変わりの経験が少しは役に立ったかな、と感謝してもいる。楽な転生ばかりではなかったので、外で寝ることは今回が初めてではない。さすがに手ぶらで冬の森……は初めてだけど、今日はそこまで寒くはなかった。実は神経が高ぶっているため、寒さを感じないだけなのかもしれない。
「夜になっても戻らない私のことを、みんなは心配しているかしら? マルクは無事に逃げられた? テオの怪我が酷くなければいいわね」
私がここにいることは、誰も知らない。エルゼや仲間が話すとは思えないし、テオと引き換えにしたマルクは、そのまま逃げたことだろう。私の行方を案じた兄が、怒鳴り散らしてハンナやリーゼを怯えさせていないといいけれど。暖かい我が家が恋しくて、胸が痛んだ。
うとうとする度起きていようと、必死に手をつねる。寝ている時に獣に齧られたり、凍死したりするなんて、最悪のパターンだもの。寒さが徐々に染み渡り、身体を縮めた。両手をこすり合わせて息を吹きかけながら、つらさに耐えている。
いろんなことを考えるけど、気になるのはやっぱり黒髪のあの人のこと。こんな時こそ彼を想って、心だけでも温まろう。
クラウス王子のどこが好きかと聞かれたら、『全部』と答えればいいかしら? 真面目な顔もいいけれど、笑って目を細める様子や考え深げな表情、低い声や深く青い瞳の全てが素敵で自然と目が引きつけられてしまう。幅広い知識には舌を巻くし、間違ったと思えばリーゼにも頭を下げる潔さ、身分を越えた気遣いにも心を打たれた。堂々とした振る舞いや髪をかきあげる仕草、ダンスの時の見事なリードなど、好きなところが次から次へと思い浮かんだ。
身体を張って私を守り、公爵からも助けてくれて。東屋では私のことを信じ、貴族の子弟を拘束してくれた。真剣な目を向けたかと思えば、レース越しの口づけを――
私は汚れた手で、思わず唇に触れる。「さようなら」と告げた彼がつらそうに見えたのは、私の勘違いなの?
一番始めの人生で、「さようなら」も言わずに男の人の前から幾度も姿を消した私。生まれ変わった世界でも、想いを決して受け入れることなく手ひどく振っている。
「彼らを傷つけたくない」というのは言い訳で、自分が傷つき苦しむことを何より私は恐れていた。男性全てが怖くはないと、わかっていたのに。
『誰も愛せないし愛さない』……そう決めたのは、私自身。身を隠して地味に過ごすか、悪女でいる方が楽だった。何度経験したとしても、死はいつだって苦しく怖いから。
もしも願いが叶うなら、もう一度だけあの人の笑顔が見たい。会って直接顔を見て、好きだと口にしたかった。私の気持ちを知らない彼は、驚くだろうけど。
断られてもいい、詰られてもいい、だけど胸の想いを伝えることができたなら。
「弱気になってはダメよね? 大丈夫、私はまだ頑張れる。生き延びたらきっと、クラウス様に会いに行こう」
心を強く持たなければ、繰り返す人生を過ごすことはできない。またかという思いと絶望のあまり、気が狂いそうになったことが何度もあった。私はその度に諦めず生きる方法を探したし、より良い自分でいようと努力したのだ。
老後の生活には、以前から憧れていた。無事に森を抜けさえすれば、今世では望み通り長生きできるのかもしれない。だけど私の本当の願いは――……
「眠くて頭が回らないわ。ちょっとだけ。目を閉じてもすぐに開けるから」
瞼を伏せた私は、もう何も考えられなくなった。
うたた寝のつもりが、目を開けると夜の気配が消えていた。弱い光と薄靄が辺りを包んでいる。朝の光で見てみると、火傷やすり傷などで服も肌もボロボロだ。髪は間違いなくボサボサだろうし、手も足も泥で真っ黒け。顔もきっと同じように酷いありさまだろう。
森で夜を明かしうっかり眠ってしまったにも関わらず、無事だったことがありがたい。頭が重く少し寒気はするものの、私は元気だ。
空はあいにくの曇りで、太陽は見えない。そのため方向がわからないし、寒さが一層堪える。ドレスが湿っているせいで、足取りも重く感じられた。
「負けないわ。とりあえず、西っぽい方に進んでみよう」
ふらふらしながら足を進めた。明るいうちに距離を稼がなければ、いつまで経っても森を出られない。そうは言ってもしんどくて、意識が朦朧としてきたような。降り出した霧雨も、容赦なく体力を奪っていく。
『貴女も雨宿りですか? よく振りますね』
そう言ったのは、誰だったのか――
出会いは偶然。急な雨に降られて飛び込んだ店先で、私はある男性に会った。騙すつもりはなかったのに、彼は私に興味を示す。真摯に愛を囁く彼を振り切って、いつものように私は逃げた。
「顔は……思い出せないわ」
ただ彼の愛情は温かく、私にとっては居心地が良かったような気がする。だからこそ私ではいけないと、離れることにしたのだ。遠い昔の微かな記憶。なぜ今になって甦ってくるのだろう?
「過去より現実を見なければ。まずは森を抜けましょう」
心を新たに決意した時、そう遠くない所で馬の嘶きのようなものが聞こえてきた。続いて私を呼ぶ小さな声も。
「ミレディアー、ディアー」
耳を澄ませるけれど、いくら待っても次はない。
「空耳だったのかしら? それとも、まさか!」
追手だとしても、走って逃げる程の体力は残っていない。姿だけでも隠せば、やり過ごすことができるのかしら? カサカサという音が近づいたので、焦って周囲を見回す。そんな私の前に、突然、大きな馬が現れた。
「……ディア?」
馬上の人物を目にした瞬間、胸の鼓動が大きく跳ねた。驚きと喜びで、口をポカンと開けてしまう。彼の黒髪は雨に濡れ、ほんの少し乱れている。金の装飾付きの黒いマントも、すごく似合うわね。
我に返った私は、その人の名を口にした。
「クラウス……様」
彼はこちらを凝視したまま動かない。寒さと疲れのため、私はとうとう幻覚まで見るようになってしまったのかしら。それともこれはただの夢?
たとえ夢でも構わない。大好きな貴方に会えたから。感激で胸がいっぱいになった次の瞬間――
私はクラウス王子の腕の中にいた。
「良かった、ディア。探していたんだ」
馬を飛び降り一瞬にして駆け寄った彼に、私は抱き締められていた。大きな手が私の頭と腰に回され、髪には彼の唇が当たっている。温かくがっしりした身体は、なぜか震えてもいて。
「ディア、生きていると信じていた。会えて嬉しい」
私の名を呼ぶ掠れた声に、これは現実なのだとようやく理解する。私は助かり愛しい人の腕の中。ただそれだけで、つらさが全て報われたようなそんな気がした。彼の胸に頬を寄せ、私は安堵する。
「良かった……」
「ディア、君をよく見せて」
顎に添えた手で上を向かされたため、私はクラウス王子の端整な顔を間近で見つめた。青い瞳は私を映して、嬉しそうに輝いている。細められた目と和らぐ目元、弧を描く形の良い唇――彼は私がずっと見たいと願っていた、あの優しい笑みを浮かべていた。
嬉しくて愛しくて息が詰まり、胸が苦しい。
「クラウス様、私は――」
言いかけた言葉は何だったのか?
私は彼の目の前で、そのまま意識を手放した。
「もう無理かしら? 結構歩いたように思うけど、出口が見えないわ」
辺りが暗くなってきたために、夜に備えて身体を隠す場所を見つけることにした。寒さが怖く眠ることはできないものの、身体を休めなくてはいけない。朝になれば太陽が出るから、少しは動きやすくなるはずだ。
暖かく感じられるように、葉が密集しているところを重点的に探した。落ち葉が積もり、腐葉土があればなお嬉しい。理想的な場所を見つけたので、慌てて土を掘り返す。爪が割れ、泥が挟まっても、もちろん気にならない。私はどんなことをしても生き残ろうと、決めているから。
穴の中に腰を下ろし、膝を抱える。その上に顎を乗せ、私は考えた。土の絨毯に落ち葉の毛布、頭上には星の照明……
「ま、聞こえはいいけど、要するに野宿ってことよね?」
怖さを気にしないように、一人呟く。生まれ変わりの経験が少しは役に立ったかな、と感謝してもいる。楽な転生ばかりではなかったので、外で寝ることは今回が初めてではない。さすがに手ぶらで冬の森……は初めてだけど、今日はそこまで寒くはなかった。実は神経が高ぶっているため、寒さを感じないだけなのかもしれない。
「夜になっても戻らない私のことを、みんなは心配しているかしら? マルクは無事に逃げられた? テオの怪我が酷くなければいいわね」
私がここにいることは、誰も知らない。エルゼや仲間が話すとは思えないし、テオと引き換えにしたマルクは、そのまま逃げたことだろう。私の行方を案じた兄が、怒鳴り散らしてハンナやリーゼを怯えさせていないといいけれど。暖かい我が家が恋しくて、胸が痛んだ。
うとうとする度起きていようと、必死に手をつねる。寝ている時に獣に齧られたり、凍死したりするなんて、最悪のパターンだもの。寒さが徐々に染み渡り、身体を縮めた。両手をこすり合わせて息を吹きかけながら、つらさに耐えている。
いろんなことを考えるけど、気になるのはやっぱり黒髪のあの人のこと。こんな時こそ彼を想って、心だけでも温まろう。
クラウス王子のどこが好きかと聞かれたら、『全部』と答えればいいかしら? 真面目な顔もいいけれど、笑って目を細める様子や考え深げな表情、低い声や深く青い瞳の全てが素敵で自然と目が引きつけられてしまう。幅広い知識には舌を巻くし、間違ったと思えばリーゼにも頭を下げる潔さ、身分を越えた気遣いにも心を打たれた。堂々とした振る舞いや髪をかきあげる仕草、ダンスの時の見事なリードなど、好きなところが次から次へと思い浮かんだ。
身体を張って私を守り、公爵からも助けてくれて。東屋では私のことを信じ、貴族の子弟を拘束してくれた。真剣な目を向けたかと思えば、レース越しの口づけを――
私は汚れた手で、思わず唇に触れる。「さようなら」と告げた彼がつらそうに見えたのは、私の勘違いなの?
一番始めの人生で、「さようなら」も言わずに男の人の前から幾度も姿を消した私。生まれ変わった世界でも、想いを決して受け入れることなく手ひどく振っている。
「彼らを傷つけたくない」というのは言い訳で、自分が傷つき苦しむことを何より私は恐れていた。男性全てが怖くはないと、わかっていたのに。
『誰も愛せないし愛さない』……そう決めたのは、私自身。身を隠して地味に過ごすか、悪女でいる方が楽だった。何度経験したとしても、死はいつだって苦しく怖いから。
もしも願いが叶うなら、もう一度だけあの人の笑顔が見たい。会って直接顔を見て、好きだと口にしたかった。私の気持ちを知らない彼は、驚くだろうけど。
断られてもいい、詰られてもいい、だけど胸の想いを伝えることができたなら。
「弱気になってはダメよね? 大丈夫、私はまだ頑張れる。生き延びたらきっと、クラウス様に会いに行こう」
心を強く持たなければ、繰り返す人生を過ごすことはできない。またかという思いと絶望のあまり、気が狂いそうになったことが何度もあった。私はその度に諦めず生きる方法を探したし、より良い自分でいようと努力したのだ。
老後の生活には、以前から憧れていた。無事に森を抜けさえすれば、今世では望み通り長生きできるのかもしれない。だけど私の本当の願いは――……
「眠くて頭が回らないわ。ちょっとだけ。目を閉じてもすぐに開けるから」
瞼を伏せた私は、もう何も考えられなくなった。
うたた寝のつもりが、目を開けると夜の気配が消えていた。弱い光と薄靄が辺りを包んでいる。朝の光で見てみると、火傷やすり傷などで服も肌もボロボロだ。髪は間違いなくボサボサだろうし、手も足も泥で真っ黒け。顔もきっと同じように酷いありさまだろう。
森で夜を明かしうっかり眠ってしまったにも関わらず、無事だったことがありがたい。頭が重く少し寒気はするものの、私は元気だ。
空はあいにくの曇りで、太陽は見えない。そのため方向がわからないし、寒さが一層堪える。ドレスが湿っているせいで、足取りも重く感じられた。
「負けないわ。とりあえず、西っぽい方に進んでみよう」
ふらふらしながら足を進めた。明るいうちに距離を稼がなければ、いつまで経っても森を出られない。そうは言ってもしんどくて、意識が朦朧としてきたような。降り出した霧雨も、容赦なく体力を奪っていく。
『貴女も雨宿りですか? よく振りますね』
そう言ったのは、誰だったのか――
出会いは偶然。急な雨に降られて飛び込んだ店先で、私はある男性に会った。騙すつもりはなかったのに、彼は私に興味を示す。真摯に愛を囁く彼を振り切って、いつものように私は逃げた。
「顔は……思い出せないわ」
ただ彼の愛情は温かく、私にとっては居心地が良かったような気がする。だからこそ私ではいけないと、離れることにしたのだ。遠い昔の微かな記憶。なぜ今になって甦ってくるのだろう?
「過去より現実を見なければ。まずは森を抜けましょう」
心を新たに決意した時、そう遠くない所で馬の嘶きのようなものが聞こえてきた。続いて私を呼ぶ小さな声も。
「ミレディアー、ディアー」
耳を澄ませるけれど、いくら待っても次はない。
「空耳だったのかしら? それとも、まさか!」
追手だとしても、走って逃げる程の体力は残っていない。姿だけでも隠せば、やり過ごすことができるのかしら? カサカサという音が近づいたので、焦って周囲を見回す。そんな私の前に、突然、大きな馬が現れた。
「……ディア?」
馬上の人物を目にした瞬間、胸の鼓動が大きく跳ねた。驚きと喜びで、口をポカンと開けてしまう。彼の黒髪は雨に濡れ、ほんの少し乱れている。金の装飾付きの黒いマントも、すごく似合うわね。
我に返った私は、その人の名を口にした。
「クラウス……様」
彼はこちらを凝視したまま動かない。寒さと疲れのため、私はとうとう幻覚まで見るようになってしまったのかしら。それともこれはただの夢?
たとえ夢でも構わない。大好きな貴方に会えたから。感激で胸がいっぱいになった次の瞬間――
私はクラウス王子の腕の中にいた。
「良かった、ディア。探していたんだ」
馬を飛び降り一瞬にして駆け寄った彼に、私は抱き締められていた。大きな手が私の頭と腰に回され、髪には彼の唇が当たっている。温かくがっしりした身体は、なぜか震えてもいて。
「ディア、生きていると信じていた。会えて嬉しい」
私の名を呼ぶ掠れた声に、これは現実なのだとようやく理解する。私は助かり愛しい人の腕の中。ただそれだけで、つらさが全て報われたようなそんな気がした。彼の胸に頬を寄せ、私は安堵する。
「良かった……」
「ディア、君をよく見せて」
顎に添えた手で上を向かされたため、私はクラウス王子の端整な顔を間近で見つめた。青い瞳は私を映して、嬉しそうに輝いている。細められた目と和らぐ目元、弧を描く形の良い唇――彼は私がずっと見たいと願っていた、あの優しい笑みを浮かべていた。
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