悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第四章 告白の行方

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 ――……ああ!
 思わず涙がこぼれた。嬉しいけれど悲しい告白に、私はただ、泣くことしか出来ない。
 この世界でも、私の秘密は誰にも教えていなかった。本気の告白をされたその日――日付が変わる直前に、私は死んでしまうのだ。
 そのことを知らないクラウス王子は、真剣に愛を伝えてくれた。私も彼のことは好きだけど、想い合えた日に終わりだなんてつらすぎる!

「ディア、アウロスとは恋人のフリをしているだけだと聞いた。君は、弟のことが好きなのか?」

 いいえ、違う。私が好きなのは貴方よ! 私は黙って首を横に振った。ホッとした表情の彼を見て、胸が苦しく切なくなる。

「それなら、俺のこととこれからのことをゆっくり考えてほしい」

 いいえ、ゆっくりなどできない。私に残された時間はあとわずかで、これからなどないの!
 温かい家庭に可愛い子供、側には優しい旦那様。大事な家族に囲まれて、日々は穏やかに過ぎて行く――決して叶えられない夢、好きな人と暮らす未来を、今まで思い描かなかったかといえば嘘になる。

 老後に憧れたのは、それしか私にはゆるされていなかったから。愛情など求めてはいけないと、そんな資格もないとずっと思ってきた。だからこそ私は、愛より老後を望んでいたのだ。本当に求めるものにふたをして……

 唇を噛んで目を閉じても、後から後から涙が溢れた。原因を作ったのは私自身だと、わかっているけど苦しくて。過去に犯した罪のせいで、私は愛する人とは決して結ばれない。

「ディア、困らせるつもりはなかったんだ。お願いだ、泣かないでくれ」

 耳元で囁く掠れた声、これと似たような響きをいつかどこかで聞いたような気もする。クラウス王子の声を聞き、会えるのも今日で最後だ。私はいつまで、死のつらさに耐えなければならないのだろう? どれだけ転生すれば、許してもらえるの? 

 けれどふと、ある考えが脳裏に浮かぶ。どうせ消えるのなら、愛する人に愛されたい……それすらわがままだと、わかってはいるけれど。優しい貴方なら、受け入れてくれるだろうか? 貴方を置き去りにする私を、いつの日か許してくれる?
 覚悟を決めて目を開けた。私は潤んだ瞳で彼を見上げると、今まで誰にも言ったことのない言葉を口にする。

「私も――愛しています」
「ディア!」
「好きです。だから、今すぐ貴方のものにして下さい」
「ディア、それは……」

 クラウス王子が絶句する。大人だし、意味はわかるでしょう? いくら軽蔑されたとしても、私はここで引くわけにはいかなかった。私にはもう後がないから。

「君は怪我をしている。今でなくてもいいだろう? 俺は君を大事にしたい」

 彼が言い聞かせるように言葉を選ぶ。でも私には、今しかないのだ。今を逃すともう二度と、貴方と触れ合えない。

「傷だらけでみにくいからですか? それほど好きではないってこと?」

 思わず大きな声になる。
 責めるような言い方だと、本物の悪女のようね?

「醜い? まさか」
「それならなぜ!」

 納得がいかない私は、彼に掴まれた手を振りほどくと、毛布を掴んで立ち上がろうとした。ところが足に力が入らず、よろけてしまう。とっさにクラウス王子の手が伸ばされて、私を支えた。

「傷があってもなくても、ディアはいつだって美しい。だが君は、自分で思っている以上に疲れているんだ。まずはゆっくり休んでくれ」

 ゆっくりどころではない。
 今日が過ぎれば私は永眠する!
 がっかりして、力が抜けた。最後まで自分のことしか考えなかった私に、神様はきっと罰を与えたのだ。愛する人に最後まで、拒絶されるという罰を。

「ごめんなさい、それなら忘れて下さい。私のことは全て」

 クラウス王子に背を向けて、足を踏み出す。彼から見えないところで、一人静かに泣きたい。
 でもなぜか、彼に後ろから抱き締められてしまった。がっしりした腕が肩に回され、耳元には唇が寄せられる。

「ディア、どうしてそんな寂しいことを? 言葉だけではダメなのか? 時間はたっぷりあるのに、急ぐ理由がわからない」

 時間がないから言ってみたの。恥ずかしいけれど、一世一代の私の告白だった。
 手の甲で涙を拭う。クラウス王子に、真実を打ち明けるわけにはいかなかった。私が死ぬのは自分が愛を告げたせいだと、負い目を感じてほしくないから。

「いいんです、忘れて下さい。その気もないのに、無理強いするつもりはありません」
「無理強い? いや、傷つき疲れているのは君の方だ。俺は一向に構わない。むしろ……」

 言いながらクラウス王子は、私の耳にキスを落とした。そこから髪や頬、首筋などいろんなところに口づけてくる。

 ……あれ?

「ディアが望むのなら。今ならまだ止められる。本格的に触れたら、俺は自分を抑えられない」

 …………あれれ?

 抑えてだなんて思っていない。諦めかけた分、私にとっては僥倖ぎょうこうだ。
 後ろを振り向き見上げると、熱をはらんだ青い瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。ここで終わる命だから、後悔なんてしたくない。どうかお願い、私は貴方に愛されたいの!

「止めないで。私は愛する貴方と過ごしたい」

 大胆で未婚女性の常識からは外れているし、淑女としてもはしたない。でもこれが、この世で抱く私の最後の願い――

 クラウス王子の鋭い目が、何度も私の顔を行き来する。突然こんなことを言い出した私の真意を、測りかねているように。たとえどう思われようとも、私の気持ちは変わらなかった。恋多き女だと勘違いされてもいい。
 彼は決意したようにため息をつくと、次の瞬間、私を横抱きにした。軽々運び、蹴破るように隣の部屋の扉を開ける。迷わず中に入った彼が、整えられたベッドの上に私をそっと下ろした。



 そのまま離れるクラウス王子を見て、私は急に不安になる――このままお休みってそういうこと? けれど、彼は部屋の鍵をかけるとベッドに戻り腰を下ろした。私の顔のすぐ横に手をついて、柔らかなキスを次々落とす。額や両瞼、頬、そして唇に。
 羽のようなキスはくすぐったくて、私はたまらず抗議の声を上げる。低い声で笑った彼は、私の髪に指をすべらせて、一房持ち上げ口づけた。絵になるその仕草に、私はつい見惚れてしまう。

 青い瞳は渇望の色を湛え、大きな手もざわざわした感触を送り込んでくる。クラウス王子を大人の男性だと急に意識した私は、身体の奥が火照ほてってくるのを感じていた。

「ディア、無理はさせたくない。きつかったら言ってくれ」

 両手を胸に当て、私は頷く。クラウス王子はどこまでも優しく、私を気遣い少しずつ進めようとしているらしい。気持ちはありがたいけれど、私に残された時間はあとわずか。のんびりしないでどんどん進んで、と言えるはずもなく……経験が全くなくって、こんな時どうしていいのかわからない。
 
 私は男の人を騙していた時も、接触はなるべく避けていた。信じることができずに苦手だというのもあったし、母のようにはなりたくなかったから。深みにハマってしまえば相手の意のままで、自分を見失ってしまう。それに「結婚するまでは」と言い張っていた方が、好感度が高くなる。
 計算高く腹黒かった割には、キスから先は未経験。今も緊張して、心臓が口から飛び出そうだ。
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