悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第四章 告白の行方

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 満ち足りた想いのまま、消えてなくなればいい――

 重苦しい感覚が、刻一刻と迫って来る。止まりそうになる心臓の上に手を当て、私は息を凝らしていた。つらそうな様子を彼に見せるわけにはいかないけれど、心地良いこの場所から離れることもできなくて。
 寝返りを打ち、最期の時を待つ。朝、目覚めた貴方は私を見て、驚き悲しむでしょうね? それだけが心残りだ。

 やがて、暗く深い闇に飲み込まれる気配を感じて、私は死を覚悟した。その時、夢かうつつか――頭に直接、大好きな声が響く。

『大丈夫、もう怖い思いはさせないから。俺がずっと側にいる』

 その瞬間、身体が急に軽くなった気がした。大丈夫、という言葉が心にストンと落ちて、苦しみから解放されたような。ずっと、ということは私はゆるされたのかしら? これからも貴方の側にいていいの? 生まれ変わる苦しみを繰り返さなくていいのなら、どんなに幸せだろう。

 私は微笑み、真っ白な空間に落ちていく。
 もう、何も考えられない……



 眩しい光が瞼に当たる。私は眠い目をこすりながら、ゆっくり開く。うすぼんやりした視界の中、見慣れない木の天井が飛び込んできた。

 ――ああ、また。結局私はまた、生まれ変わってしまったのね?

 がっかりし、ため息をつくと悲しい思いで横を向く。信じられないものを目にした途端、私は驚きで息を呑む。

「おはよう、ディア。よく眠れたようだな」

 黒髪に青い瞳のクラウス王子が肘をつき、私を眺めて微笑んでいたのだ。
 朝から素敵……じゃなくって、なぜここにクラウス様が? 私は慌てて飛び起きた。

「え? あの……どうして?」

 愛を告白されて、その後しっかり確かめ合ったはずなのに、私は生きている? 大人の身体のままだから、生まれ変わったわけでもなさそうだ。こんなことは初めてで、頭が真っ白になってしまう。
 クラウス王子も身体を起こすと、私に尋ねた。

「どうして、とは? ディア、身体は平気か? 疲れているし初めてなのに、無理をさせてしまったな」
「いえ、あの、それはいいんです……って、正確には良くないんだけど……」

 自分でも動揺して、何を言っているのかさっぱりわからない。彼と会えるのは最後だと思ったから、積極的にお願いするという愚行を冒してしまった。純潔が尊重される社会で、貴族の未婚女性が自ら行為をねだるのは、相当はしたない。呆れられても仕方ないけど、後悔はしてないし生きているって素晴らしい……ダメだ、頭が回らないわ。

「ごめん。だが、俺は本気で君を愛した。もちろんこれから……」
「いえ、クラウス様。待ってください」

 私が動揺していると勘違いしたクラウス王子が、頭を下げる。彼に続きを言わせるわけにはいかない。だって彼に告白された時、私は未来を諦めた。だからこそ困らせていると知りながら、私を気遣う彼の優しさに付け込んで大胆な願いを口にしたのだ。

 愛を交わした私達。けれど、その先を約束したわけではない。いえ、その先があるなんて考えもしていなくて……
 責任を取ると言われたらどうしよう? その前に、身持ちが悪いのは良くないとお説教される? クラウス様のことは好きだけど、義務や責任で私に縛りつけるつもりはなかった。第一、今回に限ってどうして生き延びることができたのか、まだよくわからない。

「ディア、クラウスと呼んでほしい。せっかく親密になれたんだ」

 朝っぱらから脳天直撃の掠れた声は、ものすごい破壊力だ。彼がほのめかしていることを理解して、恥ずかしくって顔から火が出そう。恥ずかしいといえば、この恰好も……私は急いで上掛けを引っ張ると、身体に巻き付けた。

「朝の君もすごく綺麗だ。隠すなんてもったいないが、まあ仕方がないな」

 クラウス王子――クラウスが裸の肩をすくめる。細身だけど筋肉質の身体はしっかりしていて、私は目のやり場に困ってしまう。彼はかなり機嫌が良いらしく、青い瞳が嬉しそうに輝いていた。
 すがってしまって申し訳なかったと謝ろう。助かってホッとしたから、いつもの自分では考えられない行動をとった。だから貴方が責任など感じる必要はない、と安心させてあげましょう。

「あの、クラウス。聞いてもらいたいことが……」
「俺も君に言いたいことがある。ディア、俺と結婚してくれないか?」
「……は?」

 素っ頓狂すっとんきょうな声が出てしまう。昨日愛を告白してきたかと思えば、いきなり結婚? ああ、やはり彼は私に悪いと思っているのだ。確かに初めてだったけど、何もそこまでしなくても責めたりしないのに。

 私としてはもちろん嬉しい。夫婦になれば、愛する人とずっと一緒に過ごせるから。
 でも残念ながら、王太子となる彼の伴侶に自分が相応ふさわしいとは思えない。悪女の評判が広まってしまったし、そもそも私は何人もの男性を騙したせいで、生まれ変わりを繰り返してきたのだ。本当のことを知ったら、彼は私を軽蔑するだろう。

「突然すまない。でもこれからは、俺の婚約者として過ごしてほしい。君さえ良ければ、近いうちに式を挙げよう」
「そんな! 責任を感じる必要など……」
「責任? まさか。俺は君に愛を告白したはずだが?」

 嬉しくて胸が震えた。このまま何も言わずにいれば、この先もずっと一緒にいられるかしら? 過去を明かさなかったとしても、貴方は私を許してくれる?

 それではきっとダメだろう。偽りやごまかしは良くないし、頭の良い彼ならそのうち私の秘密に気づくはずだ。何より私が自分に恥じる生き方を、もうしたくない。

「お気持ちはありがたいのですが、その前に話しておかなければならないことがあります」
「……ディア?」
「聞いた上で判断なさってください。貴方が離れても、私は責めませんから」

 本音を言えば、クラウスの隣で生きていきたい。悪女やいろんな過去を持つ私を、彼が丸ごと愛してくれたなら。でもそれは、贅沢な望みだ。気味が悪いと思われて、避けられてしまうかも。
 それでも構わない。私は私を愛してくれた人を、二度と騙したくなかった。今度こそまともに生きたのだと、最後に誇れる自分でいたい。

「わかった。とにかく聞こうか。だがディア、敬語は要らない」

 全てを打ち明けた後でも、貴方は親しい口調を許してくれる? いえ、きっとダメよね。どうせあと少しなら、私も貴方の名前を呼びたい。

「わかったわ、クラウス。驚かないで聞いてね」

 私はこれまでの生をポツリポツリと語り出した。詐欺で男性を騙していたことや、王女や兵士、料理人やメイド、村人だった記憶を。クラウスは、始めは驚き目を丸くしていたものの、途中からその世界の用語など最低限のことを質問するだけで、あとは黙って耳を傾けていた。
 私は痛む胸を押さえながら、当時出会った男性や、自分が死に至るきっかけのことも包み隠さず話す。時々眉をピクリと動かすことを除けば、彼の表情はほとんど変わらなかった。

 全てを語り終えた私は、申し訳なさでうつむく。騙すつもりはなかったけれど、過去を隠していた私は、結果として彼に嘘をついていたことになる。商談中、興味深げに尋ねられても、いつも答えをはぐらかしていたから。

「なるほど……信じがたい話だが。ディアが物知りで何でも良く出来ると思っていたら、そういうわけだったのか」

 クラウスが顎に手を当て呟いた。目を伏せた考え深げな表情は、怒っているようには見えない。
 でももうすぐ、私は彼に別れを告げられるだろう。「犯した罪のせいで、何年も生きてきた女は無理だ」と大好きな人の口から聞かされる。
 彼の言葉を待つ私は、自分でも気づかないうちに怯えて涙を浮かべていた。
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