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第四章 告白の行方
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「ねえディア、気づいてた? ここに戻った君は、演技以外の時には僕を『殿下』と呼んでいたよね? クラウスには『様』だった」
本当かしら? そうだとすると、完全に無意識ね。クラウスへ抱く私の気持ちは、アウロス王子にバレバレだったのかもしれない。
「君を迎えに行ったのは僕なのに、君が選ぶのはクラウスなんだね? もしもあの時、『構わない』と正直に告げていたら……」
アウロス王子が領地に来た時のことは、よく覚えている。けれど、構わないって何のこと? そう答える場面ってあったかしら?
眉根を寄せて考え込んでいたところ、アウロス王子が急に身体を離した。彼の両手は私の腕に添えられて、青い瞳が私を真っ直ぐ見つめている。
「ディア、君にはもちろん幸せになってほしい。相手がクラウスだとしても」
つらそうな声は、彼には似合わない。アウロス王子は何が言いたいの?
「歓迎するよ、ミレディア…………義姉さん」
彼は柔らかく微笑むと、私の頬に触れ――かけた手を握り締めて脇に下ろした。ようやく接近し過ぎだと、気付いてくれたみたい。
そうか、アウロス王子は国王夫妻に会う前に、私を励ましに来てくれたのね?
「ふふ、気が早いですわ。でも、ありがとうございます。アウロス……様」
せっかくだから『様』を付けてにっこり笑う。構わないとは「そう呼んで構わない」ということなのか。そんなに敬称にこだわっていたとは知らなかったけれど、これからは十分気をつけようと思う。
もう一度、アウロス王子に感謝を込めて微笑みかけようとしたところで、扉の方から低い声が響く。
「そこまでだ、アウロス。また殴られたくないなら離れろ。ディアは俺の婚約者だ」
「クラウス!」
彼を見た私は、すかさず喜びの声を上げた。濃紺の上衣に黒のトラウザーズという改まった姿のクラウスも素敵で、私の胸は大きく跳ねる。腕を組んで壁に寄りかかっているクラウスは、いつからそこにいたのだろうか?
「やれやれ。クラウスこそ、自分から頬を差し出したくせに。そんなに嫉妬深いと嫌われるよ?」
「アウロス、ケンカを売るなら買うが?」
「本気のクラウスとは嫌だよ。ねえミレディア、兄が嫌になったらいつでもおいで? 僕が慰めてあげるから」
アウロス王子が茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。良かった、いつもの彼だわ。
「ふふ、そうならないように努力しますね」
元気がないように見えたのは、たぶん気のせいだ。今日の私は緊張しているので、物の見え方が変になっているみたい。
アウロス王子に挨拶した私は、愛しいクラウスの元に歩いて行く。クラウスは手を広げて私を迎え入れると、髪にキスを落としてくれた。よく見ればクラウスも怪我をしたようで、頬のところがうっすら黒くなっている。さっき殴られたとか差し出したとか不穏な単語が出ていたから、兄弟げんかでもしたのかしら? まあ二人は普段仲が良いから、特に心配はしていない。
クラウスと腕を組み、私は部屋を振り返る。すると、口元に笑みを浮かべたアウロス王子が、私達に向かってひらひら手を振っていた。いってらっしゃい、ということなのだろう。わざわざ元気づけに来てくれるとは、未来の義弟は年上だけど気が利いているわね!
この後いよいよ、婚姻の許可を得るために国王夫妻に謁見する。一向に戻らない兄が気になるけれど、仕事の話が終わり次第、合流するってことでいいのかしら?
考えてみれば私は、国王陛下と王妃様に間近でお会いするのは初めて。本来は社交界デビューの時に挨拶するのが貴族女性の常だけど、私は病弱だという理由で欠席していた。社交界の催しにも顔を出したことがないために、お二人の姿はほんのちょっぴり絵で見た程度だ。
舞踏会に出席したのはこの前の一度きりだし、その時も壁に貼り付いて遠目にお顔を拝見しただけ。クラウスと踊っている時にはダンスの方が楽しくて、注意を払っていなかった。あの時には、こんな風になるとは全く思っていなくて……
伯爵家の令嬢が社交界を避けるなんて非常識だし、ただでさえ悪女という噂が先行している。年も行き遅れの一歩手前で、気に入られる要素が全くないというのはかなり不安だ。こんなんで、王太子となるクラウスとの結婚を認めてもらえるのかしら?
その時が近づくにつれ、緊張が高まった。そんな私をクラウスが優しく励ましてくれる。
「ディアはいつものままでいい。とっくに話は通してあるし、俺の相手なら歓迎すると言われている」
それって相手の女性がまともな場合でしょう? フリとはいえアウロス王子と噂があって、クラウス王子にも手を出しちゃっている私は、どうすればいいの?
玉座の間に入るのも、もちろん初めて。磨き抜かれた大理石の床には緋色の絨毯が敷かれていて、天井からは大きなシャンデリアが吊り下がっている。正面奥は一段高く金色の立派な椅子が二つ並び、その背にはリベルト国の国旗が掲げられていた。
空の玉座に向かって深々とお辞儀をしていたところ、衣擦れの音と共に国王陛下と王妃が現れ、着席なさった。
「構わん、面を上げよ」
顔を上げた私は、思わずわが目を疑う。そこにいらしたのは、クラウスによく似た黒髪で渋めの国王と、その隣には――
「ふふ、またお会いできたわね?」
どうしてここに、アウロス王子の年上彼女が!?
淡い金色の髪に水色の瞳の彼女は、今日もすごく綺麗だ。先日はうっかり公爵夫人と呼んでしまったけれど、本人が否定していた。それなら……って、待って。国王の隣にいらっしゃるということは、ま、まさか!
気づいた瞬間青ざめる。国王が再婚したという話は聞いたことがないし、側室も特にいらっしゃらないはず。それならこの方こそ――
「陛下並びに王妃、いえ、父上母上。今日は私の大事な人を紹介します」
ああ、やっぱり。この女性は正真正銘クラウスのお母様で、この国の王妃だ! 若々しいのにこんなに大きな子供がいるなんて、ちっともわからなかった。私は慌てて姿勢を正す。
「国王陛下、王妃様。拝謁の喜びに与れて、誠に嬉しく存じます。ベルツ伯爵家の長女、ミレディア=ベルツにございます」
「うむ」
「まあ。私、堅苦しいのは嫌いよ?」
王妃様のこの言葉、どこかで――そうか、アウロス王子の口癖ね! そういえば、お二人は顔もよく似ている。クラウスが国王寄りだとすると、アウロス王子は母親にそっくり。どうして私、彼女だと思い込んだのかしら?
「父上母上。彼女は私のかけがえのない人です。ご承認いただければ、すぐにでも婚約の儀を」
……終わった。婚約どころか交際だって認められないに違いない。だって、王妃様は私が悪女だという噂をご存知だもの。たとえあれがお芝居だったと釈明しても、王太子となる大事な息子の妃として、評判の悪い私を据えようなどとは思わないはずだ。
「クラウス、そう急ぐでない。彼女の話も聞いてからだ」
「そうよ。私ももう少し仲良くなりたいわ」
ご夫婦揃って反対するって、ダメなパターンだ。このまま「親しくなれなかったからごめんなさい」とお断りされてしまいそうな。
「仲良く、とは? 母上、茶会でも開けということですか?」
「あらあら、そんなわけないでしょう? わざわざいらしていただいたんだもの、まずは全てをはっきりさせましょう。ねえ、貴方」
「ああ、そのために彼女達も招んでいる。存分に文句を言うといい」
彼女達? 文句? まさか、クラウスの愛人達がぞろぞろ登場するの?
女嫌いで通していたとはいえ、二十五歳のクラウスに今まで女性の影がなかったはずはない。ただでさえ彼は人気だし、狩猟小屋でのあの夜も慣れていて優しかった。
頭ではわかっていても、心が理解を拒む。彼に愛された女性と対面すると考えただけで、私の胸は激しく痛んだ。悲しい思いで隣を見ると、クラウスはため息をつきながら髪をかき上げていた。事情を察して観念したってことなの?
本当かしら? そうだとすると、完全に無意識ね。クラウスへ抱く私の気持ちは、アウロス王子にバレバレだったのかもしれない。
「君を迎えに行ったのは僕なのに、君が選ぶのはクラウスなんだね? もしもあの時、『構わない』と正直に告げていたら……」
アウロス王子が領地に来た時のことは、よく覚えている。けれど、構わないって何のこと? そう答える場面ってあったかしら?
眉根を寄せて考え込んでいたところ、アウロス王子が急に身体を離した。彼の両手は私の腕に添えられて、青い瞳が私を真っ直ぐ見つめている。
「ディア、君にはもちろん幸せになってほしい。相手がクラウスだとしても」
つらそうな声は、彼には似合わない。アウロス王子は何が言いたいの?
「歓迎するよ、ミレディア…………義姉さん」
彼は柔らかく微笑むと、私の頬に触れ――かけた手を握り締めて脇に下ろした。ようやく接近し過ぎだと、気付いてくれたみたい。
そうか、アウロス王子は国王夫妻に会う前に、私を励ましに来てくれたのね?
「ふふ、気が早いですわ。でも、ありがとうございます。アウロス……様」
せっかくだから『様』を付けてにっこり笑う。構わないとは「そう呼んで構わない」ということなのか。そんなに敬称にこだわっていたとは知らなかったけれど、これからは十分気をつけようと思う。
もう一度、アウロス王子に感謝を込めて微笑みかけようとしたところで、扉の方から低い声が響く。
「そこまでだ、アウロス。また殴られたくないなら離れろ。ディアは俺の婚約者だ」
「クラウス!」
彼を見た私は、すかさず喜びの声を上げた。濃紺の上衣に黒のトラウザーズという改まった姿のクラウスも素敵で、私の胸は大きく跳ねる。腕を組んで壁に寄りかかっているクラウスは、いつからそこにいたのだろうか?
「やれやれ。クラウスこそ、自分から頬を差し出したくせに。そんなに嫉妬深いと嫌われるよ?」
「アウロス、ケンカを売るなら買うが?」
「本気のクラウスとは嫌だよ。ねえミレディア、兄が嫌になったらいつでもおいで? 僕が慰めてあげるから」
アウロス王子が茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。良かった、いつもの彼だわ。
「ふふ、そうならないように努力しますね」
元気がないように見えたのは、たぶん気のせいだ。今日の私は緊張しているので、物の見え方が変になっているみたい。
アウロス王子に挨拶した私は、愛しいクラウスの元に歩いて行く。クラウスは手を広げて私を迎え入れると、髪にキスを落としてくれた。よく見ればクラウスも怪我をしたようで、頬のところがうっすら黒くなっている。さっき殴られたとか差し出したとか不穏な単語が出ていたから、兄弟げんかでもしたのかしら? まあ二人は普段仲が良いから、特に心配はしていない。
クラウスと腕を組み、私は部屋を振り返る。すると、口元に笑みを浮かべたアウロス王子が、私達に向かってひらひら手を振っていた。いってらっしゃい、ということなのだろう。わざわざ元気づけに来てくれるとは、未来の義弟は年上だけど気が利いているわね!
この後いよいよ、婚姻の許可を得るために国王夫妻に謁見する。一向に戻らない兄が気になるけれど、仕事の話が終わり次第、合流するってことでいいのかしら?
考えてみれば私は、国王陛下と王妃様に間近でお会いするのは初めて。本来は社交界デビューの時に挨拶するのが貴族女性の常だけど、私は病弱だという理由で欠席していた。社交界の催しにも顔を出したことがないために、お二人の姿はほんのちょっぴり絵で見た程度だ。
舞踏会に出席したのはこの前の一度きりだし、その時も壁に貼り付いて遠目にお顔を拝見しただけ。クラウスと踊っている時にはダンスの方が楽しくて、注意を払っていなかった。あの時には、こんな風になるとは全く思っていなくて……
伯爵家の令嬢が社交界を避けるなんて非常識だし、ただでさえ悪女という噂が先行している。年も行き遅れの一歩手前で、気に入られる要素が全くないというのはかなり不安だ。こんなんで、王太子となるクラウスとの結婚を認めてもらえるのかしら?
その時が近づくにつれ、緊張が高まった。そんな私をクラウスが優しく励ましてくれる。
「ディアはいつものままでいい。とっくに話は通してあるし、俺の相手なら歓迎すると言われている」
それって相手の女性がまともな場合でしょう? フリとはいえアウロス王子と噂があって、クラウス王子にも手を出しちゃっている私は、どうすればいいの?
玉座の間に入るのも、もちろん初めて。磨き抜かれた大理石の床には緋色の絨毯が敷かれていて、天井からは大きなシャンデリアが吊り下がっている。正面奥は一段高く金色の立派な椅子が二つ並び、その背にはリベルト国の国旗が掲げられていた。
空の玉座に向かって深々とお辞儀をしていたところ、衣擦れの音と共に国王陛下と王妃が現れ、着席なさった。
「構わん、面を上げよ」
顔を上げた私は、思わずわが目を疑う。そこにいらしたのは、クラウスによく似た黒髪で渋めの国王と、その隣には――
「ふふ、またお会いできたわね?」
どうしてここに、アウロス王子の年上彼女が!?
淡い金色の髪に水色の瞳の彼女は、今日もすごく綺麗だ。先日はうっかり公爵夫人と呼んでしまったけれど、本人が否定していた。それなら……って、待って。国王の隣にいらっしゃるということは、ま、まさか!
気づいた瞬間青ざめる。国王が再婚したという話は聞いたことがないし、側室も特にいらっしゃらないはず。それならこの方こそ――
「陛下並びに王妃、いえ、父上母上。今日は私の大事な人を紹介します」
ああ、やっぱり。この女性は正真正銘クラウスのお母様で、この国の王妃だ! 若々しいのにこんなに大きな子供がいるなんて、ちっともわからなかった。私は慌てて姿勢を正す。
「国王陛下、王妃様。拝謁の喜びに与れて、誠に嬉しく存じます。ベルツ伯爵家の長女、ミレディア=ベルツにございます」
「うむ」
「まあ。私、堅苦しいのは嫌いよ?」
王妃様のこの言葉、どこかで――そうか、アウロス王子の口癖ね! そういえば、お二人は顔もよく似ている。クラウスが国王寄りだとすると、アウロス王子は母親にそっくり。どうして私、彼女だと思い込んだのかしら?
「父上母上。彼女は私のかけがえのない人です。ご承認いただければ、すぐにでも婚約の儀を」
……終わった。婚約どころか交際だって認められないに違いない。だって、王妃様は私が悪女だという噂をご存知だもの。たとえあれがお芝居だったと釈明しても、王太子となる大事な息子の妃として、評判の悪い私を据えようなどとは思わないはずだ。
「クラウス、そう急ぐでない。彼女の話も聞いてからだ」
「そうよ。私ももう少し仲良くなりたいわ」
ご夫婦揃って反対するって、ダメなパターンだ。このまま「親しくなれなかったからごめんなさい」とお断りされてしまいそうな。
「仲良く、とは? 母上、茶会でも開けということですか?」
「あらあら、そんなわけないでしょう? わざわざいらしていただいたんだもの、まずは全てをはっきりさせましょう。ねえ、貴方」
「ああ、そのために彼女達も招んでいる。存分に文句を言うといい」
彼女達? 文句? まさか、クラウスの愛人達がぞろぞろ登場するの?
女嫌いで通していたとはいえ、二十五歳のクラウスに今まで女性の影がなかったはずはない。ただでさえ彼は人気だし、狩猟小屋でのあの夜も慣れていて優しかった。
頭ではわかっていても、心が理解を拒む。彼に愛された女性と対面すると考えただけで、私の胸は激しく痛んだ。悲しい思いで隣を見ると、クラウスはため息をつきながら髪をかき上げていた。事情を察して観念したってことなの?
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