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エピローグ

虹の始まる所3

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「そういえば紫ちゃん、さっき紅輝が探していたよ?」

   橙也の言葉に私は意識を戻した。

「会わなかった?   じゃあ行き違いになったのかもね。もうすぐ離れる俺に、君を貸してくれたっていいのに。独占欲の強い男はこれだから嫌だな。何なら一緒に留学する?」
 
 すぐに冗談を言う橙也の顔は、あの日と違ってけろっとしている。仲間の多い学園を出る寂しさも、どうやら吹っ切れたようだ。
 
「いや、留学は遠慮しとくよ。私はまだ、学園でやり残したことがあるから」

 いつか海外には行ってみたいと思う。
 だけどそれは今じゃない。
 生徒会長になったばかりでここを離れるなんて、嘘でも考えたことはない。第一、お金もないし。

「何だ残念。ま、予想していたけどね」

 肩を竦める橙也が大げさにため息をつく。やっぱりからかっただけなのね? 彼は以前からずっと、私に対する態度が変わらない。
 ところで、紅が探しているのって何でだろ。さっき渡り廊下の近くで見かけたから、まだ外にいるのかな?

「じゃあ藍人、せっかくだから橙也の好みも聞いておいて!」
「あ、俺も行く……って、何だよ橙也」
「恋人達の逢瀬に君は邪魔だよ?」
「なっ」

 きっと、そんなんじゃないのに。
 話す二人を置いて、私はさっさと教室を出た。ここで捕まえておかないと、また紅とは会えなくなる。送別会のことかな? 橙也本人にもバレたことだし、せっかくだから彼も巻き込んでみんなで計画してみよう。

 この世界はゲームではない。
 シナリオともだいぶ違うから、この先を私は知らない。私が生徒会長になったり、橙也が桃華に惹かれずに留学しようとするなんて、ゲームよりも現実の方がはるかに面白い。

 ……あ、閃いちゃった。
『大きな男になる』ってことは、橙也が好きなのは外国の女性! そうか、それなら身長もつり合いが取れるのか。彼も綺麗な顔立ちだし、仕草も優雅だから並んでも全然違和感ないかも。
 紅に会ったら教えてあげよう。橙也が学園を出るのは周知の事実だから、もう話してもいいはずだ。
「私が鈍くて良かった」って、この前ふと漏らした言葉を撤回させるいい機会かもしれない。



 ちょうど旧校舎辺りにさしかかった時。木の陰から大好きな声が私を呼び留めた。

「紫、こっちだ。探したぞ」
「紅!」

 私は走り寄ると、彼の広げた腕に飛びんだ。
 抱き締められて、ふと気づく。
 あれ、さっきの取り巻き達は?
 キョロキョロしている私の頭に紅がキスを落とす。

「どうした? 誰もいないが気になるなら中に入ろう」

 そう言った紅が私の手を取り指を絡める。恥ずかしいけど、久々なのでまあいいか。そのまま、旧校舎の中に引っ張っていかれた。
 旧校舎は木造の洋風の建物だ。
 以前はここで猫の『ゆかり』を育てていた。けれどゆかりは理事長室で飼っているため、今は誰もいない。はめ込まれたステンドグラスを通して、午後の光が射しこむ。床に映る七色は、さながら虹を集めたようだ。見惚れていると、正面に立った紅が私の頬に片手を添える。

「まったく。お前がこんなに忙しくなると知っていたなら、応援するんじゃなかったな」
「生徒会のこと? だったら紅も入れば良かったのに」
「理事長も櫻井だからダメだろ。そう言ったのに、黄は聞く耳を持たなかった」
「みんなそこまで気にしてないけど。私は、黄が手伝ってくれるから助かってるよ?」
「はあぁー」

 弟である黄を褒めたのに、紅は大きなため息をついている。何でだろ。

「無自覚は恐ろしいな。黄も花澤も、お前がいるから生徒会に入ったんだろう? 最近は蒼や藍人までお前の周りをウロチョロしているみたいだし。まあ、橙也が留学するのがせめてもの救いかな」
「何のこと? 橙也が留学するのは自分のためだよ。それに、みんなが手伝ってくれるおかげで仕事もはかどってるし。誰かさんは全然会いに来てくれないのにね」
「いいのか? 俺が側に行く度に、お前の方が嫌がってたと思うんだけど」
「嫌がってなんか! でも、紅が所構わずすぐにくっつこうとするから、照れくさいんだけど」
「せっかく想いが通じたんだ。それくらいいいだろう?」
「だーめ。好きだからってベタベタしてたら、ただのバカップル……」
「ほう? 好きだって認めるんだ。俺に冷たくしておきながら」
「冷たくしてないもん!」

 紅の茶色い瞳が面白そうに煌いている。雲行きが怪しくなりそうなので、違う話をしよう。
 あ、そうだ。

「そういえば、橙也が留学するのって大きな男になるためなんだって。好きな人が外国人だと大変だね」
「そう来たか。わかってなければいい。紫、もう何も言うな」

 失礼しちゃう。
 話そうとしたのに遮るなんて。
 文句を言おうと思って口を開けた瞬間、紅の唇が下りてくる。久しぶりのキスに胸がドキドキしてしまう。しかも、結構深い大人のキスだ。角度を変えた唇から紅の舌が……って、やっぱり恥ずかしい!

「ま、まま待って、紅! 私を探していたのって、まさかこのため?」
「違うけど。お前が可愛いのがいけない」
「か、可愛っ……」

 急に顔が熱くなる。
 平気な顔でサラッとそんなことを言うから、余計に照れてしまう。

「何だ、もっと褒めようか?   お前にはもう少し自覚してもらいたい」
「自覚……何を?」

 首を傾げていると、紅はポケットからあるもの取り出して私の手のひらに乗せた。小さな白い箱には、高級宝飾メーカーの金色の文字が刻んである。

「紅、まさかこれって……」
「開けてみて」

 箱を開くと、中には小さな七色の石をちりばめた指輪が入っていた。箱にはチェーンも入っていて、指輪を通すと首にかけることもできそうだ。

「本当は正式な婚約指輪を贈りたかったんだけど。学生だし目立つから、簡単なものにしておいた」
「紅……」
「受け取りを見られて、女子がぞろぞろついて来たのには参った。だけど、みんな相手がお前だと知っているから、騒がれなくてよかった」

 さっき紅が女の子達に囲まれていたのは、そのせいなのね? なのに私は彼を見て、ちょっとモヤっとしてしまった。

「ごめんね。ありがとう」

 泣きそうになる私を見て、紅が目を細める。

「なぜ謝る? ちょっと貸してみ。はめてあげるから。ああ、そうか、その前に――」

 言うなり紅は私の左手を取り、手の甲にキスをした。その姿勢で私の目を覗き込むと、真剣な表情で語る。

「紫、好きだ。一生を共にするなら俺はお前がいい。在学中、できたら夏にでも婚約してくれ」

 心臓がドキンと大きく跳ねた。自覚って、婚約者としての自覚ってことね?
 紅が将来のことを具体的に考えているとは知らなかった。だけどもちろん、私に異論はない。大好きな人と共に歩む未来が、すぐそこまで来ている。

「私も紅が好き。嬉しい」

 答えを聞いた瞬間、紅が大きく笑う。
 私の左手を取ると、薬指に虹の指輪をはめてくれた。

「ありがとう、紅。ずっと一緒にいようね」
「当たり前だ。何年待ったと思っている?」

 感激のあまり泣き出す私に、紅が優しく言葉をかける。
 誰もいない午後の旧校舎でしっかり抱き合う私達。そんな二人をステンドグラスを通した虹が、祝福するように優しく包んでいたのだった。

              完
 
   *****



最後までご覧いただき、ありがとうございました(^∇^)。優しいあなたに感謝を込めて……               きゃる
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