本気の悪役令嬢!

きゃる

文字の大きさ
上 下
44 / 57
新婚旅行編

旅に出た理由

しおりを挟む
 国境から山道を通って、隣国メガイラからトリーバ公国に抜けた。我が国から一番近い海は、トリーバ公国内にある。リュークは幼い頃にこの国にも来たことがあるようで、宿の手配は完璧だった。本当にもう、幼なじみで昔から知っているとはいえ、ハイスペックな旦那っぷりには頭が下がる。でもまあ、あまり褒めると調子に乗りそうだから、わざと言わないでおこう。

 私の気分は今日もノリノリで、まずは『新婚旅行』を存分に楽しもうと思っていた。国内ならいざ知らず、国外は未知の世界。自炊もできるし最悪野宿か車中泊でも構わないと思っていた。だけど、昨日は雰囲気のいい旅籠でゆっくりできたし、今日もリュークが泊まるところを用意してくれた。でもここって……外観といい家具といい調度品といい、どう見てもお城よね?
 荘厳な雰囲気の城は林を抜けた先にあった。
 入ると広くて立派な玄関ホール。
 柱や階段は大理石で、緋色の絨毯が敷かれていた。壁には鎧やタペストリー、絵画などが飾られている。

「どうした、ブランカ。気に入らなかったか?」

 キョロキョロしている私にリュークが聞いてくる。

「そんな、滅相もない。でもリューク、よくこんな素敵な場所を急におさえられたわね?」
「急? ああ、ここは我が家の持ち物だから。取引の際によく利用している」
「へ?」
「言ってなかったか? 遠慮しなくていい。存分にくつろいでくれ」

 さすがは筆頭公爵家。
 他国にも家があるってどんだけお金持ちなんだろう?   この前聞いたばかりだけど、昔、王家と縁続きだっただけのことはある。そういえば、リュークとカイルって親友だというだけでなく、どことなく雰囲気も似ているような。でも待って?   お金持ちってことは……

「えっと、リューク。私、貴方の財産狙っているわけじゃないから!」

 部屋に入ってすぐ、私はリュークに訴えた。それだけはしっかりわかってもらわないと。
 だって、これだけのものを彼は以前、私のために捨ててもいいと言ってくれたのだ。私は元々一人で旅に出るつもりだった。彼の幸せな未来を壊してまで、一緒にいようとは思っていなかったから。断る私にリュークは……
 その後すんなり結婚したから、公爵家の財産狙いだと誤解されたら大変だ!
 リュークは私の言葉にきょとんとすると、すぐに苦笑した。

「当たり前だろう? 財産狙いならとっくに俺を受け入れていたはずだ。王都に置いて行こうとしたくせに。まあ、もう夫婦だし絶対に離さないけどな」

 クラバットを緩めながらイイ声でサラッとそんなことを言ってくる。財産狙いどころか、前世の私だったら課金してでも言ってもらいたい美味しいセリフだ。いけない、自分の旦那に見惚れている場合ではなかった。侍女を連れて来ていない以上、荷ほどきは自分でしなくっちゃ。
 こんなに幸せでいいのだろうか? 思わず、当初の目的を忘れてしまいそうだ。



『旅に出たい』と思ったのには理由がある。
 私はずっと考えていた。ゲームではないこの世界に、悪役令嬢はいらない。だったら私にできることは何だろう? と。
 
 そんな時、まず頭に浮かんだのは孤児院にいた子供たちのことだった。親に捨てられたり親を亡くしてしまった子供達は、貧しく苦しい中でも懸命に生き、笑顔を忘れずに輝いていた。
  ある子はドレスが着たいと言った。またある子は、王子様と結婚してお姫様になりたいと言っていた。そんな世の中が、本当に来ればいいと思う。
   残念ながら、今の身分制度ではそれは叶わない。

   貴族でない子供達が裕福になるためには、高度な教育が必要だ。けれど、我が国の民のための教育は、中等部まで王立の学校があるだけで、満足がいくものとはとても言えない。平民でも魔力があったり能力が高ければ、王都にある『王立カルディアーノ学園』で学ぶことも可能だ。しかし、王族や貴族以外の人にとっては極めて狭き門で、平民出身の生徒の人数は片手で足りる程だった。学びたい全ての人にとって、教育制度が充実しているとは言い難い。
   十分な教育を受けられないせいで、王都での官吏登用も貴族以外は極端に数が少ない。また、いくら能力があっても、大貴族の推薦や後押しがなければ、官吏や重要なポストには就けないのだという。就いたとしても貴族と平民とでは待遇や昇進にかなりの差があるのが現実だ。



   生まれだけで優遇される貴族と、能力があっても思い通りにいかない一般の国民。幸せで差別が少ないと思っていた我が国にも、考えたら不平等な制度はたくさんある。
 ゲームの世界だと思っていた頃は、『国外追放』されて商人のおかみさんでもいいと思っていた私。一方で大貴族の娘として生まれ、侯爵令嬢としての生活に甘んじていた私。平民になっても構わないと思っていたけれど、実際に彼らの暮らしぶりを知っているわけではなかった。

 もちろん、貴族として学んだことも多い。
 学業は言うまでもなく、学園で出会った仲間たちは貴族でもとても優しくて、人として尊敬できた。彼らはそれぞれ魔力を持ち、いろんな能力に優れていた。
 彼らの助けを借りたなら、不平等な現実を改善できるかもしれない。誰もが幸せに暮らせる世の中を、作る手助けができるかもしれない。だったら自分を見直すついでに旅に出て、見識を広めて今後に活かそう!
 私が幼い頃、我が家の家庭教師だったルルー先生は言った。

「平民だというだけで馬鹿にされてね。大貴族の相手は疲れるよ」

 彼は当時、『プリマリ』の世界に憧れて学園の話を喜んで聞く私にこうも言った。

「君には実力で学園に入って欲しい」

 貴族だという特権に頼らずに。
 お金を積んで入学するのではなく、実力で。
   幼い頃のリュークは、「貴族は平民とは違い、何代も続く選ばれた家系だから優秀だ」と単純に信じているようだった。今でこそ彼は、私の考えを認めてくれているけれど。

   国民に絶大な人気がある王太子のカイル。
 彼の助けになる方法は、自分でもこれしかないと思う。私の知る優しい彼ならきっと軋轢あつれきよりも調和を望むはず!

  想像しただけで楽しくなる。
  私の夫であり彼の親友でもあるリュークがカイル王の治世を支え、ユーリスが助言し、ジュリアンが公務を補佐する。身分に関係なくマリエッタが人々を癒し、有事の際はライオネルがすぐさま駆けつける。
   私の思い描く夢のような未来を実現することができたなら。
 
『広く世界を見て回り、貴族と平民との不平等を緩和したい。誰もが生まれて来て良かったと思えるような、そんな国を作るための役に立ちたい』

 それが私の、旅に出ようと思った理由――



「どうした、ブランカ。黙って何を考えている?」

 リュークが背後から私の腰に手を回して肩に顎を乗せてくる。耳の近くで急に囁くのは、ナシだと思う。ドキドキしたので考えていたことをポロっと口に出してしまった。

「カイル様の未来のことを」
「……カイル?」

 しまった、つい!

「俺と夫婦になっておきながら、お前はまだカイルのことを考えるのか?」
「……はい?」

 リュークはカイルと仲が良かったせいか、彼を気にしているところがある。でも、おかしいなぁ。カイルに告白されたことは、リュークには喋っていないのに。私には貴方だけ。きちんと伝えているのに、まだ足りないの?

「それなら、俺のことをたっぷりわからせないといけないな?」

 え、ええぇ!? た、確かに新婚旅行だけどもさ。でも、夕食まだだし今着いたばっかりだよ?
 突然お姫様抱っこするって、何?   天蓋付きのベッドは豪華だとは思うけど。確認するのは後でよくないかい? 

「ちょ、ちょっとリューク。あ、そうだ! お城の中! せっかくだからよく見てみたいなぁ、なんて」
「後でいいだろう?」

 ちょっと待って!  
 その笑顔、まさかわざと?  
 だって、嫉妬していると見せかけてすごく楽しそうなんだもの。
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,583pt お気に入り:91

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:48,948pt お気に入り:4,898

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,289pt お気に入り:2,216

異世界ライフは山あり谷あり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:688pt お気に入り:1,554

貴方の子どもじゃありません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21,179pt お気に入り:3,880

牢獄の王族

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:213

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:385

【完結】失った妻の愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:3,576

【R18】女嫌いの医者と偽りのシークレット・ベビー

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:475

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。