本気の悪役令嬢!

きゃる

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新婚旅行編

ブランカの提案

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「うわ、何だこれ。やけにベタベタするぞ」
「思っていたより塩辛いし、目が開けられないよ」

 そうでしょう、そうでしょう。
 海を舐めてはいけない。
 川や湖のように淡水ではないから目は開けられないし、塩のせいでベタベタするのだ。
 その点、馴染みの深い私の方が有利かな?
 そう思って泳ぎ始めるけれど……

 すみません、男性の体力舐めていました。
 残念ながら、スピードではとても追いつけません。
 ただでさえ彼らはハイスペック。
 コツさえつかめば直ぐ。
 ライオネルとジュリアンの二人は遠くまで泳いでいた。
 あっという間に差が開いてしまったので、諦めよう。
 その場で浮かんだ私は、岸にいるユーリスとマリエッタに手を振ってみる。
 マリエッタも私に気がつき、手を振り返してくれた。
 本当に、なんて可愛らしいのかしら。
 ユーリスは幸せ者だわ!

「ブランカ、ねえ、遊ぼうよ」

 いち早く戻って来たジュリアンが、抱きついてくる。まったく、いつまで経っても甘えん坊ね。

「ジュリアン、てめっ! さっさと競争止めてんじゃねーぞ」

 ライオネルはさすがは体育会系。
 まだ体力が有り余っているらしい。

「ええ~。だって、ライオネルと泳ぐより、ブランカと遊んでいる方がいいもん」
「お前っ、リュークがいたら殺されるぞ!」
「バカだね、ライオネルは。何のために僕がわざわざカイルの所に寄ったと思っているの?」

 あれ? ジュリアンったら。
 純真なままじゃなかったの?
 もしかして、ちょっぴり腹黒系?
 それよりも、さっきの言葉の方が気になる。

「リュークが急いで出て行ったのって、もしかしてカイル様の嘘の用事?」

 私は慌てて聞いてみた。

「違うよ、用があるのは本当。交易とか外交の話で、宰相が自分よりも息子に聞いてくれってさ。それに、少し問題もあるみたいだ。まあ、リュークなら何とか解決できるんじゃない?」
「そう……」

 この世界はゲームではないけれど、リュークはやはり宰相である父親の後を継ぐのだろう。そのために王太子であるカイルの補佐や、城の仕事などを手伝わなければならない。ただでさえ所領の管理で忙しい彼。「海が見たい」とわがままを言った私のために、無理して時間を作ってくれたのだ。
 
「ブランカ、そんな不安そうな顔をするなって。リュークの代わりに俺らがいるだろう?」

 優しいライオネルが気を遣ってくれている。
 寂しいと思ってはいけない。
 みんなといるこの時間をめいいっぱい楽しまなくては。

「ええ、ありがとう。みんなも頼もしくて素敵だわ」

 ライオネルの頬が赤くなっている。
 日焼けしたのかしら?
 だったら早く浜に戻らないとね。

「ちょっとぉ、泳いでないならサッサと戻ってきなさいよ~~! ブランカ様を返してーー」

 向こうで叫ぶマリエッタ。
 お願い。せっかく愛らしい水着を着た完璧美少女なんだから、もう少し大人しくしよう?



 連れ立って旅籠に戻ると「食堂でお客様がお待ちです」と伝えられた。この辺の旅籠はどこも、一階が食堂兼居酒屋で二階より上が宿泊所となっている。お客と言われて思い当たるのはアシュリーだ!
 そのままの恰好で食堂に行くと、果たして彼はそこにいた。

「うわ、お姉さん……じゃなかった。ブランカ、なんて恰好してるんだよ!」
「あら、ごめんなさい。今まで海で泳いでいたから」
「はあ? 貴族の女性は普通は泳がないだろ。まあいいや、勝手にやってるよ」

 見ればアシュリーはスープと肉を食べている。
 そういえば私もお腹が空いてきた。

「ごめん、お昼を一緒にしてもいい? 他にも来るけど待っていて……」
「あらぁ? ブランカ様ったら、こんな所にも恋人が?」

 マリエッタが後ろからひょっこり顔を出す。
 お願いだから、おかしな冗談は止めて。
 ほら、アシュリーが警戒している。

「突然どうした? 困ったことでもあったのか?」

 ライオネルやユーリス、ジュリアンまでもが近づいてきた。親切心からだということはわかっているけれど、今はそっとしておいて? 大勢に驚いたアシュリーがガタンと椅子を引き、逃げ出そうとする。私は彼の腕を掴むと目を見て頼んだ。

「大丈夫よ、みんないい人達ばかりだから。お願い、話を聞いて」

 こくんと頷き、椅子に座るアシュリー。
 やけに素直で大人しい。
 そうか、しまった!
 思わず『魅了』の魔法を使ってしまったようだ。
 どうしよう? 強制したいわけではなかったのに……



 魔法の力が薄れるまで、彼と話をすることはできない。私は部屋に戻って着替えると、急いで戻って来た。私がアシュリーと話す間、みんなには離れた所で食事をとってもらうことにする。怯えさせるつもりはなかった。魔法耐性のない者にいきなり魔法を使うつもりも。けれどアシュリーは、そんな私の言葉を信じてくれるのだろうか?

「っと、あれ? 俺どうして……ブランカ?」
「良かった、アシュリー。驚かせてごめんなさい。私はあなたに色々謝らなければいけないみたい」

 私は彼に包み隠さず話すことにした。
「お礼を渡す」と言っていたリュークが、仕事で一旦帰ってしまったこと。ここで故郷の仲間たちと合流したこと。それから、さっきうっかり魔法を使ってしまい、無理やり引き留めてしまったこと。

「本当にごめんなさい。話をしたいからって、無理やり従わせようとするなんて最低だわ」

 アシュリーは茶色の大きな目を輝かせて、黙って私の話を聞いていた。その瞳には知性の色が宿っている。話を聞いた後、彼は私にこう言った。

「別にいいよ。大したことはしてないし。それに、貴族ってみんなそんなもんだろ? まあ、ブランカが魔法が使えるとは知らなかったけれど。俺は今日、これを返しにきただけだから……」

 そう言うと、彼はポケットからリュークの紋章入りの指輪と私のあげたラピスラズリのお守りを取り出した。

「指輪は返して欲しいけど、首飾りはあげたものよ?」
「要らないよ。もう小銭をもらったし。それに、どうせくれるんなら食べ物の方が嬉しいな。ああ、ここのお昼もご馳走になったけど、いいよね?」

 私は頷いた。
 全てを諦めたような彼の言葉が切ない。
 他の貴族と一括りにされる、自分の招いた結果が悲しかった。
 だけど――

「ねえ、もし良かったら、あなた達もここに滞在してみない?」
「あのねえ。結局全然わかってないよね? ここに入るのに、俺がどれだけ苦労をしたと思う? 正面から入っても追い払われ、指輪を見せても物盗りかと疑われたんだ。まあ、間違ってはいないけど。ブランカが伝言を残していなければ、危うく衛兵に突き出されるところだったんだぞ」
「そんな!」
「それに、もし仮に滞在できたとしてもその後は? お貴族様の情けで一時の夢を見せた後で、虚しい現実に戻るの? それなら始めから、夢なんて見ない方がいい」

 涙が出そうだ。
 これが子供の言葉だとすると、人生とは何て残酷なんだろう?
 けれど私も諦めない。
 そのために、昨夜遅くまでリュークと話し合ったのだ。

「アシュリー、あなたの考えていることとは多分違うわ。あなた達には、私がここにいる間に読み書きや算術を教えてあげたいの」
「読み書きや算術?」
「ええ、自分の力で仕事を探すために。あの後調べてみたけれど、税を納めているなら大人になっても兵士に連れて行かれないのでしょう?」
「そうだけど。でもこの国の税金はバカ高い。すぐにどうなるものでもないよ」
「だからこそよ! お金がないからって何もしないで諦めるより、精一杯努力してみるのもいいんじゃない?」

 お金だけを渡すのは簡単だ。
 それだけの資金も公爵家にはある。
 でもそれだと、その人のためにはならず、貧困から救ったことにはならない。不幸な境遇に負けずに、自分達の力で未来を切り拓いてほしいのだ。そのための資金援助なら惜しまない。
 それが、リュークと私の出した結論だった。

「……考えさせて。仲間にも話さないと」
「ええ、いい返事を期待しているわ。話を通しておくから、みんなも連れて来てね」
「どうかな……」

 返事を濁したまま、パンや燻製の入った袋を持ってアシュリーは帰って行った。賢い彼なら、私の考えを少しだけでもわかってくれたと思う。みんなも向こうのテーブルで、私とアシュリーの話に聞き耳を立てているようだった。
 せっかくだし、みんなにも協力してもらおう。何かいいアイディアがないか、聞いてみなくちゃ。席を移動した私は、マリエッタやユーリス達に相談することにした。
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