乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第二章 ムーンライト暗殺

王太子ハーヴィー

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 子犬に会いたくなった私は、交代の護衛を連れて、庭師を訪ねた。可愛い子犬を受け取って、芝生の上でしばらく遊ばせる。

「フェリーチェ、あなたのおかげでやされるわ」
「ワン、ワン」

 わかっているのか、いないのか。
 可愛い子犬はちぎれそうなほど尻尾を振って、頭をでてくれと催促さいそくしている。
 私はフェリーチェの頭を撫でて、地面に下ろした。
 子犬は自由に駆け回り、時々こちらに戻ってくる。

「こんなに愛らしいのに、クロム様はどうして会いに来ないのかしら」
「クウゥ~ン」
「違う、あなたのせいじゃないの。私の誘い方が悪かったみたい」
「ワン、ワンワン」
「嫌いになったかって? まさか。彼のことはもちろん好きよ。それにまだ、笑顔を引き出せていないもの」

 笑わない彼を、いつか笑顔にできたなら。
 私の隣で、幸せを感じてもらえたい。

「ワンワン、ワンワン」
「応援してくれるの? フェリーチェは可愛いだけじゃなくって、優しいのね」

 ひとしきり追いかけっこをして楽しむと、迎えに来た庭師に子犬を託した。
 城に向かうと、誰かに肩をたたかれる。

「カトリーナ」
「お兄様!」
「お前は、子犬と遊んでいる時が一番楽しそうだね」
「あら、ご覧になっていらしたの? お兄様もいらっしゃれば良かったのに」
「たまたま見えただけだから。それに貴重な休憩時間を、邪魔するのも悪いしね」
「休憩? ……しまった!」

 大量の課題を放置したままだ。
 早く取りかからないと、間に合わない。
 
「おや? 休憩中じゃなかったのかい。まさか勉強が嫌で、逃げ出したんじゃないだろうね」
「ほほほ、まさか」

 課題は確かに嫌だけど、勉強はむしろ大歓迎。
 クロム様と過ごす時間は、いくらあっても足りないくらいだ。

「それならいいけど」

 ハーヴィーが言い、私の髪を手ですくう。
 そのまま綺麗な顔を近づけたので、私は驚きのあまり目を開く。

「えっ!?」

 兄はつやっぽく笑うと、その手を毛先にすべらせた。

「どうした? ほら、取れたよ。子犬と遊んだ時に、芝生が付いたんだろう」

 ――びっっっくりしたあ~。迫られたのかと思った。そんなわけないのに……。

 義理の兄という告白もまだだから、たとえカトリーナへの好感度が高くても、この段階ではあり得ない。
 身構えたのは、前世の知識のせいだ。この兄もヒロインの攻略対象だと知っているせいで、おかしな態度を取ってしまった。

「おやおや。この程度で顔を赤くするなんて、お前は可愛いね」
「へ? お兄様ったら、急に何をおっしゃいますの? 可愛いという言葉は、フェリーチェに言ってあげてくださいな」
「フェリーチェ? ……ああ、子犬の名前だね。『幸せ』という意味の古語か。カトリーナが名付けたの?」
「いいえ、クロムさ……先生です」

 その日のことを思い出し、何気なくほおに手を当てた。

「……そうか。カトリーナ、言っておくが、彼は教師だ。必要以上に近づきすぎてはダメだよ」
「お兄様?」

 声が硬かった気がして、私は首をかしげた。
 けれどハーヴィーの顔には、普段通りの柔らかな笑みが浮かんでいる。

「兄として、心配するのは当然だろう? カトリーナは、子犬より断然可愛いからね」
「あらあら。お兄様の目は、曇っているのではなくて?」

 茶目っ気たっぷりな兄に私も軽口で返したが、二人ともそれが嘘だと知っている。
 だってハーヴィーの目は、曇っているどころかすごくいい。
【月の瞳】を有する彼は、月の光が及ぶくらい遠くまでよく見える。

 いわゆる千里眼だけど、【月の瞳】は誰かと能力を共有しなければならない。相手の瞳を通して、遠くのものが直接見えるとされている。
 ちなみに能力を共有するには、相手のまぶたにキスをすればいい。

 乙女ゲームの『バラミラ』ではハーヴィーの個別ルートに入ると、彼は国家騎士タールのまぶたにキスをする。当然国を護るためだが、そのシーンには悶絶もんぜつするファンが続出した。推しをハーヴィーやタールに変更する『推し変』も現れたのだ。

 かくいう私ももだえた口だが、推しはもちろんクロム様。

「視力には自信があるよ。幼い頃から可愛いかったカトリーナが、最近では日に日に美しく輝いて見えるからね」
「まあ。お兄様ったらご冗談を」

 兄は昔から、妹の私に甘い。
 こんなセリフも日常茶飯事なので、とっくに慣れていた。

「冗談……か。本気だったらどうする?」
「まったまた~」

 私が覚えている限り、ゲームの序盤で義兄のハーヴィーがカトリーナを口説くことはない。
 恋につながる選択肢も少ないせいで、義兄の攻略はかなりの難易度だ。

 コロコロ笑う私の前で、ハーヴィーが整った顔をかすかにしかめた。

「賢いお前のおかげで、私の世界は広がった。尊敬される兄になろうと、力を尽くした。だが近頃は苦しくて、お前を夢に……」
「えっ? お兄様、今なんておっしゃった?」

 語尾が聞き取れなくて問い返す。
 ハーヴィーは首を軽く横に振り、ひたいに手を当てた。

「なんでもない。少し疲れているようだ」
「お兄様……。大変なのはわかるけど、きちんと休んでね。お手伝いできることがあれば、遠慮なくおっしゃって」
「わかった。心に留めておく」

 ハーヴィーは真面目な顔でうなずくと、頬に落ちた私の髪を耳にかけてくれた。

 それでもこの兄は周りに負担をかけまいと、自分を酷使するのだろう。
 病弱な父に代わって政務を行う彼のおかげで、我が国の財政は安定し、周辺国ともそれなりに上手くいっている。

 多忙を極めるハーヴィーは、私の誕生日に教師を手配した。
 それは妹が寂しがらないようにとの優しい配慮だ。
 だから私もこの兄を、できる限り支えたい――。

「でも、成人前の王女では、公務の範囲が限定されてしまうのよね」

 去って行く兄の後ろ姿を見つめ、ため息をつく。
 十六歳前の自分を、この時ばかりは恨めしく思った。
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