乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第三章 愛・おぼえていますが

事件です!

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 前方には、タールを始め護衛の国家騎士がいる。
 異常があれば知らせてくれるはずだが、いまだに現れない。

「おおおおおー」
「わああああーっ」

 突然、外から雄叫おたけびのようなものが聞こえてきた。
 剣に手をかけたルシウスと、腰を浮かせたクロム様が顔を見合わせる。

「襲撃か?」
「そのようですね」

 二人を見た私の脳裏に、出立前の兄ハーヴィーのセリフがよみがえる。

『カトリーナ、念のために剣を持っていきなさい。本職の騎士に任せておけばいいから、いざという時以外、使わないように。なるべく邪魔をしないで、おとなしくしているんだよ』

 使えないのに携帯する意味はあるのかな? と疑問だったが、こういうことを想定していたらしい。
 さやに入った小さな剣は、胸の辺りにしまってある。使う事態にならなければいいけれど。
 
 外から、金属がぶつかるような音がした。
 護衛の騎士達が、襲撃してきた何者かと戦っているみたい。

「僕が出る。君達はここで待っていて」
「ルシウス様!」

 慌てて引き留めようとするけれど、ルシウスはさっさと馬車を降りた。
 ゲームの設定では、ルシウスは長年に渡って鍛えていたとあって相当腕が立つ。でも私は、現実の彼を知らない。

 案じている間に、今度はクロム様が飛び降りた。
 彼なら心配ないけれど、剣を持っていなかったよね? 
 それでどうやって戦うの?
 
 急に不安になった私は、窓から顔を出す。

「カトリーナ様!」
「平気よ。いざとなったら、私があなたをまもってあげる」

 命が複数あるのは内緒だが、有事の際は私が侍女を庇えばいい。

「あので立ちからすると、山賊さんぞくかしら?」

 我が国の国家騎士達は、革や麻の服を着た大柄な人達と戦っていた。
 乙女ゲームの『バラミラ』に、山賊など出て来なかったのに。

「やっぱりすごい!!」

 クロム様はどこかに剣を隠し持っていたらしく、舞うように相手を倒していく。

 ルシウスは正統派の剣筋だけど、致命傷を与えずに手加減しているみたい。
 タールは国家騎士だけあって強く、彼が通った後には粗野な男達が点々と横たわっていた。

「近くで見られないのが残念だわ。でも、彼らの腕ならすぐ終わ…………」
「キャーッ!」

 馬車の外から突き入れられたものを見て、侍女が悲鳴を上げた。
 それはにぶい輝きを放つ長剣で、なんと私の脇腹に突き刺さっている!




「姫様! 姫様!!」

 侍女の声が遠くに聞こえる。
 頭の中は真っ白で、それほど痛みは感じない。
 視界が赤くチカチカして、目の前を花びらが通り過ぎていく。

 ――花弁の残りは四つ。私はまた一つ、命を失ったのね。

 硬いものが脇腹に当たる感覚はあるのに、なぜか出血はない。剣が引き抜かれた後も、赤い色は見られなかった。

 ――なんで?

 首をかしげた直後、馬車の扉が開いた。
 せた男が顔を出し、今まさに乗り込もうとしている!

「来ないで!」

 私は手にした日傘を突き出した。
 傘の先が男の腹部に刺さり、怒った男が剣を何度も突き入れる。

「クッソ、このアマ!」
「ひっ……」
「きゃあっ」

 狭い馬車では逃げ場がない。
 私は座席に張りついて、かろうじてかわす。

「ヒッヒッヒー。遊びは終わりだ。悪く思うなよ」

 ――来る!

 私は自分の能力を信じて、侍女を背にかばう。
 痩せた男を真正面からにらみつけるも、男は全く動かない。

「ぐ……ぎ……ぎ……」
「え?」

 男の背後をよく見れば、片手で彼の腕をつかみ、反対の手で首を絞めあげた者がいる。

 ――クロム様!

 彼を目にした私は、とっさに叫ぶ。

「お願い、殺さないで!」

 それはもちろん推しのため。
 クロム様は暗殺後、どんな相手でも心を痛めてしまうから。

「ぐが…………」

 馬車から引きずり下ろされた男は、地面に倒れた。
 そのまま動かなくなったので、私は両手で口をおおう。

「そんな!」
「気を失わせただけだ。殺してはいない」

 低い声に胸を撫で下ろしていたところ、ルシウスが現れクロム様を押しのけた。

「カトリーナ! 無事で良かった。君がいなくなったら、僕は……」

 ――待って。それだとクロム様のお姿が見えないわ!

 推しが見える場所に移動しようと、足に力を入れる。
 立ち上がった途端、足下で鈍い音がした。

「……ん? ゴトン?」

 床に、胸に入れておいたはずの小さな剣が落ちている。
 どうやら、スカートの下から出てきたみたい。

 拾い上げて見てみれば、銀細工のさやの部分が割れていた。
 破けた服と傷ついた剣。
 そして、出血もなく無傷の私――。

「なるほど。さっき脇腹に刺さった剣は、ちょうどこの懐剣かいけんが防いだことになったのね」

 それにしても、なぜ胸元に入れたはずの剣が脇腹に移動したのだろう? 

 ………………まさか。

 思い当たって、下を向く。

 ――なんてこと! 胸が小さいせいで、剣がずり落ちていたなんて。

 助かったのに、なんだか素直に喜べない。
 さらに遅れて震えがきたせいで、なんとも情けない。

 安全なはずの道中で、山賊の襲撃を受けて死にかけた。
 それが自分でも、かなりショックだったらしい。

「こんなところに山賊が出るという話は、聞いたことがないわ」
「僕らを狙って、あらかじめひそんでいたのかもしれない。山賊の背後に、オレガノ帝国がいる可能性は?」

 切羽せっぱ詰まったような声のルシウスに、私は目をみはる。

「まさかそんな!」

 こんな場面は知らない。
 ローズマリーへの滞在中、城から遠く離れた場所でルシウスとカトリーナが襲われるという話は、『バラミラ』のどこにもなかったから。



「ところでクロム、君は何者?」

 あろうことかルシウスは、クロム様を疑っている。

「ルシウス様、この方は私の先生で……」
「いいや。訓練された者特有の、俊敏しゅんびんな動きだった。カトリーナの教師と言うのは――嘘だろう?」

 鋭い! さすがはルシウスだ。

「いいえ。ただの教師です」

 クロム様は目を細め、きっぱり言い切った。
 こんな時でも落ち着いているので、余計に怪しい。

「野郎どもは全員縛り上げました。カトリーナ様、ご無事ですか?」

 タールが気軽に声をかけ、重苦しい空気をぶった切る。

「……あれ? みんな、どうしたんですか?」

 首をかしげる仕草は可愛いものの、答えてあげる余裕はない。

 ルシウスは疑わしげな視線をクロム様にそそいでいるし、クロム様は何やら考え込んでいる。一応付け加えておくと、二人とも相当腕が立つようで、返り血一つ浴びていない。
 侍女はよっぽど怖かったのか、一人静かに気を失っていた。

 気まずい空気のまま、馬車はローズマリー城へ到着した。
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