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第三章 愛・おぼえていますが
クロムの本音
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「嫌……やめて……」
「聞いたか? 何もしてねえのに、やめてだとよ」
「ハッハッハー。そう言われたら、手を出さないわけにはいかねえな。やめてで済めば、国家騎士は要らねえよ」
「キャーッ、誰か助けてーー」
「うるせえ、黙れっ」
背の高い男が、私の口を塞ごうと手を伸ばす。
私はタイミングを見計らい、相手の手首を捉えて逆方向に捻り上げた。
「あいててて……」
――護身術、筋トレのついでにター坊に習っておいて良かった。でも、この後は?
男は観念するどころか、反対の手でナイフを取り出し振り回す。
――避けきれないっ。クロム様!!
最期の瞬間推しを想う。
すると、男が後ろに引っ張られた。
「ぐわっ。てめえ、何を……」
なんと男があっさり地面に沈む。
もう一人のごろつきは、すでに転がっていた。
「えっ!?」
驚く私に、ひげの男が近づいた。
「こんなところをうろうろするとは、何を考えているんだっ!」
男性は付けひげをむしり取り、声を荒らげた。
ほらね、やっぱりクロム様。
「だって、あなたがこっちに逃げるから……」
「だって、じゃない! まさか、裏通りにまで追ってくるとは思わなかった。俺のことは放っておいてくれ」
「そんな! 私はただ――」
あなたの側にいたかっただけ。
でも、こんなに嫌がられるとは、思ってもみなかった。
痛む胸に手を置いて、涙を堪える。
クロム様はまだ、暗殺者としての自分を捨てられないの?
だから城を出て、街中に潜むことにした?
「そんな顔をするな。王女の君は、ルシウス殿下と幸せになるべきだ」
「いいえ。私の幸せを、あなたが決めないで!」
涙声で言い返す。
あなたが思うよりずっと。
前世からずっと、私はあなたを想っている。
ファンブックの寂しそうな横顔を見た時から、今世では十年の間一日も欠かすことなく、焦がれ続けてきたのだ。
真剣な気持ちを伝えたくて、赤い瞳を見つめたその時――。
「このっ」
「危ないっ!!」
起き上がったごろつきに気づいた私は、とっさにクロム様を押しのけた。
しかし運悪く、刃先が私の首をかすめてしまう。
「なっ……カトリーナ!」
そのままゆっくり崩れると、視界に赤くチカチカしたものが映った。
これは……薔薇の花びら?
「ぐぎゃっ」
クロム様の腕は確かだ。
ごろつきは即座にやられたようで、ドサッと倒れる音がする。
「カトリーナ、カトリーナ!」
愛する人の腕の中。
大丈夫、私はまだ生きている。
【薔薇の瞳】の能力のおかげで、男のナイフはローブの留め金に当たったことになり、金具だけが砕け散ったみたい。
「刃先が当たったように見えたが……違ったのか?」
私の首元を確認しながら、クロム様が眉間に皺を寄せている。
――その皺を、撫でて伸ばしてあげたい。
「なんともありません。心配なさらないで」
名残惜しいが立ち上がり、にっこり笑う。
「カトリーナが無事で良かった」
「ありがとうございます」
推しが私を案じてくれた。
今日はいい日だ!
「さて、一緒に帰りましょう」
「いいや。俺も君の命を奪おうとした。そんな男をなぜ、側に置こうとする?」
「それは、私がクロム様推し――ええっと、クロム様じゃないとダメだから」
赤い瞳をみつめて訴えた。
けれど彼は、怪訝な表情だ。
「ダメ、とは? 俺の素性も知らず、何を言う」
「知っているわ!」
「知っている?」
途端に彼が、険しい顔つきになった。
いけない、ファンブックの話はまだ早いわ。
「ええっと……。詳しくわからないけど、私はあなたが優しい人だって知っている。それに、この世にクロム様はたった一人。もしも誰かを選べと言われたら、私は迷わずあなたを選ぶわ」
「……正気か?」
「もちろん!」
確信を持って答えたのに、彼は変な顔をする。
「私が嫌なら、子犬のフェリーチェは? あの子もずっと寂しがっているの。こんなところにいて、あなたは幸せ?」
「幸せ? ……ハッ。この俺に、幸せになる資格はない」
「いいえ、あるわ! 私があなたを幸せにする!!」
両手を握りしめ、強く叫ぶ。
クロム様は目を細め、静かに首を横に振る。
「無理だ。俺は裏社会の人間で、常に危険に晒されている。そんなやつを手元に置くのは、自殺行為だ」
「嫌よ!」
「はっきり言わないとわからないのか? 危険とは、死と隣り合わせという意味だ。王女の君を殺せなかった俺は、組織に命を狙われている。一緒にいると、君まで巻き込んでしまう」
「クロム様!」
彼の本音が垣間見え、思わず胸に飛び込んだ。
だけどすぐに、突き放されてしまう。
「だから、一緒にいてはいけないんだと何度言えば……」
「巻き込まれたって平気よ。私には、命が三つもあるもの」
さっき一つ減ったので、花びらの残りは三つ。得意気に言い放つと、クロム様の顔が強張った。
「もしや、さっきのショックで頭が……」
「聞いたか? 何もしてねえのに、やめてだとよ」
「ハッハッハー。そう言われたら、手を出さないわけにはいかねえな。やめてで済めば、国家騎士は要らねえよ」
「キャーッ、誰か助けてーー」
「うるせえ、黙れっ」
背の高い男が、私の口を塞ごうと手を伸ばす。
私はタイミングを見計らい、相手の手首を捉えて逆方向に捻り上げた。
「あいててて……」
――護身術、筋トレのついでにター坊に習っておいて良かった。でも、この後は?
男は観念するどころか、反対の手でナイフを取り出し振り回す。
――避けきれないっ。クロム様!!
最期の瞬間推しを想う。
すると、男が後ろに引っ張られた。
「ぐわっ。てめえ、何を……」
なんと男があっさり地面に沈む。
もう一人のごろつきは、すでに転がっていた。
「えっ!?」
驚く私に、ひげの男が近づいた。
「こんなところをうろうろするとは、何を考えているんだっ!」
男性は付けひげをむしり取り、声を荒らげた。
ほらね、やっぱりクロム様。
「だって、あなたがこっちに逃げるから……」
「だって、じゃない! まさか、裏通りにまで追ってくるとは思わなかった。俺のことは放っておいてくれ」
「そんな! 私はただ――」
あなたの側にいたかっただけ。
でも、こんなに嫌がられるとは、思ってもみなかった。
痛む胸に手を置いて、涙を堪える。
クロム様はまだ、暗殺者としての自分を捨てられないの?
だから城を出て、街中に潜むことにした?
「そんな顔をするな。王女の君は、ルシウス殿下と幸せになるべきだ」
「いいえ。私の幸せを、あなたが決めないで!」
涙声で言い返す。
あなたが思うよりずっと。
前世からずっと、私はあなたを想っている。
ファンブックの寂しそうな横顔を見た時から、今世では十年の間一日も欠かすことなく、焦がれ続けてきたのだ。
真剣な気持ちを伝えたくて、赤い瞳を見つめたその時――。
「このっ」
「危ないっ!!」
起き上がったごろつきに気づいた私は、とっさにクロム様を押しのけた。
しかし運悪く、刃先が私の首をかすめてしまう。
「なっ……カトリーナ!」
そのままゆっくり崩れると、視界に赤くチカチカしたものが映った。
これは……薔薇の花びら?
「ぐぎゃっ」
クロム様の腕は確かだ。
ごろつきは即座にやられたようで、ドサッと倒れる音がする。
「カトリーナ、カトリーナ!」
愛する人の腕の中。
大丈夫、私はまだ生きている。
【薔薇の瞳】の能力のおかげで、男のナイフはローブの留め金に当たったことになり、金具だけが砕け散ったみたい。
「刃先が当たったように見えたが……違ったのか?」
私の首元を確認しながら、クロム様が眉間に皺を寄せている。
――その皺を、撫でて伸ばしてあげたい。
「なんともありません。心配なさらないで」
名残惜しいが立ち上がり、にっこり笑う。
「カトリーナが無事で良かった」
「ありがとうございます」
推しが私を案じてくれた。
今日はいい日だ!
「さて、一緒に帰りましょう」
「いいや。俺も君の命を奪おうとした。そんな男をなぜ、側に置こうとする?」
「それは、私がクロム様推し――ええっと、クロム様じゃないとダメだから」
赤い瞳をみつめて訴えた。
けれど彼は、怪訝な表情だ。
「ダメ、とは? 俺の素性も知らず、何を言う」
「知っているわ!」
「知っている?」
途端に彼が、険しい顔つきになった。
いけない、ファンブックの話はまだ早いわ。
「ええっと……。詳しくわからないけど、私はあなたが優しい人だって知っている。それに、この世にクロム様はたった一人。もしも誰かを選べと言われたら、私は迷わずあなたを選ぶわ」
「……正気か?」
「もちろん!」
確信を持って答えたのに、彼は変な顔をする。
「私が嫌なら、子犬のフェリーチェは? あの子もずっと寂しがっているの。こんなところにいて、あなたは幸せ?」
「幸せ? ……ハッ。この俺に、幸せになる資格はない」
「いいえ、あるわ! 私があなたを幸せにする!!」
両手を握りしめ、強く叫ぶ。
クロム様は目を細め、静かに首を横に振る。
「無理だ。俺は裏社会の人間で、常に危険に晒されている。そんなやつを手元に置くのは、自殺行為だ」
「嫌よ!」
「はっきり言わないとわからないのか? 危険とは、死と隣り合わせという意味だ。王女の君を殺せなかった俺は、組織に命を狙われている。一緒にいると、君まで巻き込んでしまう」
「クロム様!」
彼の本音が垣間見え、思わず胸に飛び込んだ。
だけどすぐに、突き放されてしまう。
「だから、一緒にいてはいけないんだと何度言えば……」
「巻き込まれたって平気よ。私には、命が三つもあるもの」
さっき一つ減ったので、花びらの残りは三つ。得意気に言い放つと、クロム様の顔が強張った。
「もしや、さっきのショックで頭が……」
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