乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第三章 愛・おぼえていますが

真夜中の訪問者

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 *****


 夜――。
 私はふいに目を覚まし、周囲に目をらす。

 付き添いの女官はベッドに伏せて、軽い寝息を立てている。連日の看病で疲れているはずなので、このまま寝かしておこう。

 窓から差し込む月の光が、室内を淡く照らしていた。
 おかげで灯りがなくてもよく見える。

 今宵こよいは満月。
 あの日のものより小さいけれど、月は変わらず美しい。

 ――美しいといえば、クロム様。あの神々しさは、他の方では真似まねできないわ。

 彼を思い浮かべていたせいか、以前のように黒い影を見る。

 ――まさか、ね。そんなに都合よく、登場するわけがないもの。

 目をまたたかせてみるけれど、影はやっぱりそこにいた。バルコニーの白い手すりの上に立ち、微動だにしない。

「……クロ……しゃま?」

 少しかすれてうわずった。
 夢だから、声が出にくいの?

 たとえ夢でも構わない。
 私はベッドを抜け出して、誘われるようにガラス戸に近づく。

 掛け金を外して開くと、愛しい彼が現れた。
 黒い衣装は夜の闇と同化するが、赤い瞳は輝きを放っている。

「クロム様!」

 想いがあふれて飛びついた。
 腰に回した手も、今日は外されない。

 ――クロム様が嫌がらない! やっぱりこれは、夢なのね。

 夢の中なら告げてもいい?
 胸の想いを口にしてもいいかしら?

「クロム様、あのね……」

 言い終える間もなく、たくましい腕にふわりと抱き上げられた。
 薄紅色の寝衣が音を立てたため、思わず見下ろす。

 ――どうせなら胸を大きくして、目の覚めるようなセクシードレスにしてくれれば良かったのに。

 多少の不満はあるけれど、お姫様抱っこは素晴らしい。
 彼にぴったりくっついて、その首に腕を回した。

 いつもなら拒否される行為でも、夢の中では平気みたい。
 だったら今のうち。前世からの想いを全てぶちまけよう。

「あのね、私、あなたが好きなの。どれくらい好きかというと、ファンブックをすり切れるほど読み込んで、全てを暗記してしまうくらい。あ、もちろんゲームのあなたも好きよ。でも、現実はもっと素敵で――」

 クロム様は立て続けにしゃべる私をさえぎらず、黙って聞いてくれている。熱に浮かされたような感覚は、興奮しているせいかしら?

 彼の頬に手を伸ばす。
 現実では無理でも、夢ならなんでもできるから。

「大切なあなたに、笑顔になってもらいたい。私があなたを幸せにする。だからお願い……」

 ……私のそばにいて。

 そうささやこうとした途端、彼の麗しい顔が迫る。

「ううえ!?」
「まだ熱がある。ゆっくり休んでくれ」

 キスかと思えば、おでこがごっつんこ。
 せっかくの夢で、熱を測るだけなんてもったいない。
 私はそっと手を伸ばし、彼の頬に触れる。

「好きよ」

 赤い瞳を見つめて、切ない想いを訴えた。

「…………俺も」

 そんな低い声が、聞こえたような聞こえなかったような――。



   *****



 平熱に戻ったのは、地下牢で倒れた五日も後のこと。
 ようやく起き上がれるようになった私は、見舞いに訪れたルシウスから詳しい話を聞いている。

「運び込まれた時点ですでに意識がなく、医師も手のほどこしようがないと言っていた。高熱は、蓄積された疲労と寒さが原因らしい。僕らはただ、君の無事を祈って待つしかなかった。回復して良かったよ」

 前世の記憶を取り戻して以来、私はしっかり鍛えていた。
 健康な身体だけが取り柄なのに、なんと生死の境を彷徨さまよっていたみたい。

 熱に浮かされていた時のことは、正直よく覚えていない。ただぼんやりと、兄のハーヴィーやルシウスの声がよみがえる。
 その時ふと、月明かりにたたずむクロム様の映像が頭をぎった。
 
 ――赤い瞳が優しかったから、あれは夢よね?

「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「謝らなくていいよ。それより、早く元気になってほしいな」

 私の気持ちを軽くしようと、ルシウスがにっこり笑ってくれた。つやのある銀髪は青い上着に映えて、青の瞳も健康そうにきらめいている。

 背後に薔薇があるけれど、やっぱり花瓶のものだった。
 薔薇を背負うルシウスは、ゲームではお馴染みの光景なので、それが自然発生でも別に驚かない。

「他に何か、聞きたいことはある?」
「あの……クロム様は、ご無事ですか?」

 私は、一番の気がかりを尋ねてみた。
 すると、ルシウスの顔から笑みが消える。

「どうして彼を気にするの?」
「どうしてって……。もしかして、ルシウス様もクロム様が私をそそのかしたと、誤解していらっしゃるの?」
「誤解?」
「ええ。だってタールも兄も、彼だけを責めるの。クロム様がここを出たのは、私が原因なのに」

 彼がいなくなったのは、私を思ってのこと。
『君を巻き込みたくなくて、城を出た』という苦しそうな声が、今も耳にこびりついている。

 沈黙しているルシウスの顔は、心なしか硬いような。
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