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第五章 あなただけを見つめてる
それでも私は
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◇◆◇◇◆◇
「のおおおおお! のんびり寝ている場合ではないのおおおお。クロムしゃまは? 彼はまだここにいる?」
地下牢に入れられたアルバーノは、現在も取り調べを受けているそうだ。
城の医師に安静を言い渡された私は、部屋にいながら気が気ではない。心配なのはアルバーノではなく、当然クロム様。
ベッドから抜け出そうとした私を、見舞いに来たクラリスが押しとどめた。
「カトリーナったら、偽の婚約発表で危ない目に遭ったんでしょう? 他人のクロムより、自分のことを考えなさい」
「ちっが~~う、クロムしゃまは他人じゃない! むしろ一心同体(希望)なの!」
「しつこいと嫌われるわよ」
待てよ? クロム様がさっさといなくなったのって、私の愛が重いから?
「でも……」
「代わりに様子を見てきてあげるわ」
「ありがとう、心の友よ」
「言っとくけど、ルシ×カトのカップリングを諦めたわけではないからね」
ベッドの上で上半身を起こした私は、両腕で大きく×印。
クラリスはドアに手をかけ、不敵に笑う。
「今日だけは勘弁してあげるわ。ゆっくりしていなさい」
クラリスってば、この前はおとなしかったのに、すっかりいつも通りだ。
さすがは悪役令嬢ね。
私はクスリと笑って、瞼を閉じた。
いつしか寝入っていたらしい。
すっきりした気分で目覚めると、真上から覗き込む麗しい顔と目が合った。
「ル、ル、ルシウス様!?」
「おっと」
びっくりして飛び起きた私を、ルシウスが器用に避けた。
互いにぶつからなくて良かったが、今、ものすごく顔が近かったような?
いくら女官が一緒でも、他国の王子が侵入するとは驚きだ。
クロム様でさえ、満月の夜の一度きりしかご招待(?)していないのに……。
「カトリーナ、驚かせてごめんね。ハーヴィー様の許可をいただいて、見舞いに来たんだ。ぐっすり眠っていたから、起こすのも忍びなくてね」
「ありがとうございます。ご覧の通りピンピンしておりますわ」
拳を握り、片腕を折り曲げ力こぶをつくる。
ついでに腕を交差させ、軽くストレッチ。
その仕草がなぜかツボに入ったらしく、ルシウスがクスクス笑う。
いったん真顔に戻ったものの、へらりと笑った私を見て、彼はまたもや噴き出した。
「くくくっ、元気そうで良かったよ」
ようやく笑いが収まると、彼は私の手を取った。
「今日はお別れを言いに来た。君と会えなくなるなんて、本当に残念だ」
「残念? それって……」
話し合いを終えたから?
それとも、好感度が足りなくて退場するの?
「予定を大幅に超過したから、帰国しなければならない。もう少しここにいたかったけどね」
「まあ、そうでしたの」
そういえばゲームでも、ルシウスの滞在は三ヶ月だった。
気づけば倍の半年近くが過ぎている。
「だから直接伝えに来たんだ。僕は明日、セイボリーに帰る」
「……寂しくなりますね」
「寂しい? そう思ってくれるの?」
青い瞳が、真摯に私を見つめている。
誤解を与えてはいけないので、慎重に答えることにした。
「もちろんですわ。ルシウス様は、人気がありますもの。城のみんなも、寂しがりますわ」
にっこり笑って、手を引っこ抜く。
そのまま額に当てて、熱を測る仕草をする。
「昨日のショックで熱が上がってきたみたい」
「そう。それならまだ、本調子じゃないんだね。焦って無理をさせてごめん。引き上げるから、後はゆっくり休んで」
「謝らないでください。それから、いろいろとありがとうございました」
ルシウスがぎりぎりまで残ってくれたのは、たぶん私のため。
『バラミラ』のメインヒーローというだけあって、彼は気遣い上手で頭もいい。
――どうか彼に相応しい、素敵な女性が現れますように。
翌日――。
私は帰国の途に就くルシウスを見送るため、外にいた。
王女らしく装おうと、今日はパールがちりばめられた薄桃色の上品なドレスを来ている。髪はふんわり結い上げて、お気に入りの薔薇の髪飾りを付けていた。
ルシウスは金の飾り緒付きの青い衣装で、ゲームのスチルそのままの姿だ。
馬車の前に集まった人は、意外にも少ない。
ざっと数えても十人程度で、王太子のハーヴィーもいなかった。
「お兄様ったら。お戻りなのに顔を出さないなんて、失礼だわ」
眉をひそめた私に、ルシウス本人がわけを説明してくれる。
「すでに挨拶は済ませたから、仰々しい見送りは要らないと辞退したんだ。カトリーナ、僕には君がいればいい」
「ええっと……」
ルシウスってば、いきなりぶっこんできた。
人前で、その発言はどうかと思うの。
「きゃっ♪」
クラリスは嬉しそうな声を出すし、タールは苦虫を噛み潰したような顔。侍従はおや? 女官達は意味ありげに顔を見合わせている。
――違うから。私はいつだってクロム様ひとすじよ。
ところが、ルシウスが突然私の肘を引っ張った。
「うわっ」
「カトリーナ……」
二本の腕に捉えられ、顔の前には彼の胸板。
少し速い鼓動が聞こえる。
やっとの思いで顔を上げると、笑みを湛えたルシウスの青い瞳と目が合った。
「カトリーナ、好きだよ」
彼はかすれた声で囁くと、私の頭を撫でながら、おでこにキスを落とした。
「うええっ!?」
脳内がパニックで、言うべき言葉がわからない。
――これって告白? まさか私、ルシウスルートなの!?
いやいや、ちょっと落ち着こう。
彼とのイベントは、まともに進行していない。
現実は、虚構よりも激しいようだ。
おろおろしている私に比べ、ルシウスは余裕たっぷりだ。柔らかい笑みを浮かべている。
ようやく断るべきだと気づき、慌てて口を開く。
「ルシウス様、ですが私は……むぐ」
その先は、言わせてもらえなかった。
ルシウスが白い手袋に包まれた人差し指を、私の口に当てたから。
「まだ返事は要らないよ。カトリーナ、またね」
本気を出したメインヒーローの、恐るべき破壊力。
その色香は圧倒的で、群を抜いている。
彼のファンの多い理由が、わかる気がした。
「さすがはルシウス様ね。やはりあの方こそ、カトリーナに相応しいわ」
消えゆく馬車を見つめながら、クラリスが囁く。
ここで推されてなるものか。
「いいえ。それでも私は、断然クロム様よ」
「はあ? クロムなんかのどこがいいの?」
「全部でしょ。クロムしゃまああああ、しゅきいいいい☆」
「ちょっと、自重するんじゃなかったの?」
「あーあー、聞こえな~い」
クラリスの、呆れた視線は無視しよう。
「のおおおおお! のんびり寝ている場合ではないのおおおお。クロムしゃまは? 彼はまだここにいる?」
地下牢に入れられたアルバーノは、現在も取り調べを受けているそうだ。
城の医師に安静を言い渡された私は、部屋にいながら気が気ではない。心配なのはアルバーノではなく、当然クロム様。
ベッドから抜け出そうとした私を、見舞いに来たクラリスが押しとどめた。
「カトリーナったら、偽の婚約発表で危ない目に遭ったんでしょう? 他人のクロムより、自分のことを考えなさい」
「ちっが~~う、クロムしゃまは他人じゃない! むしろ一心同体(希望)なの!」
「しつこいと嫌われるわよ」
待てよ? クロム様がさっさといなくなったのって、私の愛が重いから?
「でも……」
「代わりに様子を見てきてあげるわ」
「ありがとう、心の友よ」
「言っとくけど、ルシ×カトのカップリングを諦めたわけではないからね」
ベッドの上で上半身を起こした私は、両腕で大きく×印。
クラリスはドアに手をかけ、不敵に笑う。
「今日だけは勘弁してあげるわ。ゆっくりしていなさい」
クラリスってば、この前はおとなしかったのに、すっかりいつも通りだ。
さすがは悪役令嬢ね。
私はクスリと笑って、瞼を閉じた。
いつしか寝入っていたらしい。
すっきりした気分で目覚めると、真上から覗き込む麗しい顔と目が合った。
「ル、ル、ルシウス様!?」
「おっと」
びっくりして飛び起きた私を、ルシウスが器用に避けた。
互いにぶつからなくて良かったが、今、ものすごく顔が近かったような?
いくら女官が一緒でも、他国の王子が侵入するとは驚きだ。
クロム様でさえ、満月の夜の一度きりしかご招待(?)していないのに……。
「カトリーナ、驚かせてごめんね。ハーヴィー様の許可をいただいて、見舞いに来たんだ。ぐっすり眠っていたから、起こすのも忍びなくてね」
「ありがとうございます。ご覧の通りピンピンしておりますわ」
拳を握り、片腕を折り曲げ力こぶをつくる。
ついでに腕を交差させ、軽くストレッチ。
その仕草がなぜかツボに入ったらしく、ルシウスがクスクス笑う。
いったん真顔に戻ったものの、へらりと笑った私を見て、彼はまたもや噴き出した。
「くくくっ、元気そうで良かったよ」
ようやく笑いが収まると、彼は私の手を取った。
「今日はお別れを言いに来た。君と会えなくなるなんて、本当に残念だ」
「残念? それって……」
話し合いを終えたから?
それとも、好感度が足りなくて退場するの?
「予定を大幅に超過したから、帰国しなければならない。もう少しここにいたかったけどね」
「まあ、そうでしたの」
そういえばゲームでも、ルシウスの滞在は三ヶ月だった。
気づけば倍の半年近くが過ぎている。
「だから直接伝えに来たんだ。僕は明日、セイボリーに帰る」
「……寂しくなりますね」
「寂しい? そう思ってくれるの?」
青い瞳が、真摯に私を見つめている。
誤解を与えてはいけないので、慎重に答えることにした。
「もちろんですわ。ルシウス様は、人気がありますもの。城のみんなも、寂しがりますわ」
にっこり笑って、手を引っこ抜く。
そのまま額に当てて、熱を測る仕草をする。
「昨日のショックで熱が上がってきたみたい」
「そう。それならまだ、本調子じゃないんだね。焦って無理をさせてごめん。引き上げるから、後はゆっくり休んで」
「謝らないでください。それから、いろいろとありがとうございました」
ルシウスがぎりぎりまで残ってくれたのは、たぶん私のため。
『バラミラ』のメインヒーローというだけあって、彼は気遣い上手で頭もいい。
――どうか彼に相応しい、素敵な女性が現れますように。
翌日――。
私は帰国の途に就くルシウスを見送るため、外にいた。
王女らしく装おうと、今日はパールがちりばめられた薄桃色の上品なドレスを来ている。髪はふんわり結い上げて、お気に入りの薔薇の髪飾りを付けていた。
ルシウスは金の飾り緒付きの青い衣装で、ゲームのスチルそのままの姿だ。
馬車の前に集まった人は、意外にも少ない。
ざっと数えても十人程度で、王太子のハーヴィーもいなかった。
「お兄様ったら。お戻りなのに顔を出さないなんて、失礼だわ」
眉をひそめた私に、ルシウス本人がわけを説明してくれる。
「すでに挨拶は済ませたから、仰々しい見送りは要らないと辞退したんだ。カトリーナ、僕には君がいればいい」
「ええっと……」
ルシウスってば、いきなりぶっこんできた。
人前で、その発言はどうかと思うの。
「きゃっ♪」
クラリスは嬉しそうな声を出すし、タールは苦虫を噛み潰したような顔。侍従はおや? 女官達は意味ありげに顔を見合わせている。
――違うから。私はいつだってクロム様ひとすじよ。
ところが、ルシウスが突然私の肘を引っ張った。
「うわっ」
「カトリーナ……」
二本の腕に捉えられ、顔の前には彼の胸板。
少し速い鼓動が聞こえる。
やっとの思いで顔を上げると、笑みを湛えたルシウスの青い瞳と目が合った。
「カトリーナ、好きだよ」
彼はかすれた声で囁くと、私の頭を撫でながら、おでこにキスを落とした。
「うええっ!?」
脳内がパニックで、言うべき言葉がわからない。
――これって告白? まさか私、ルシウスルートなの!?
いやいや、ちょっと落ち着こう。
彼とのイベントは、まともに進行していない。
現実は、虚構よりも激しいようだ。
おろおろしている私に比べ、ルシウスは余裕たっぷりだ。柔らかい笑みを浮かべている。
ようやく断るべきだと気づき、慌てて口を開く。
「ルシウス様、ですが私は……むぐ」
その先は、言わせてもらえなかった。
ルシウスが白い手袋に包まれた人差し指を、私の口に当てたから。
「まだ返事は要らないよ。カトリーナ、またね」
本気を出したメインヒーローの、恐るべき破壊力。
その色香は圧倒的で、群を抜いている。
彼のファンの多い理由が、わかる気がした。
「さすがはルシウス様ね。やはりあの方こそ、カトリーナに相応しいわ」
消えゆく馬車を見つめながら、クラリスが囁く。
ここで推されてなるものか。
「いいえ。それでも私は、断然クロム様よ」
「はあ? クロムなんかのどこがいいの?」
「全部でしょ。クロムしゃまああああ、しゅきいいいい☆」
「ちょっと、自重するんじゃなかったの?」
「あーあー、聞こえな~い」
クラリスの、呆れた視線は無視しよう。
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