上 下
65 / 70
第五章 あなただけを見つめてる

それでも私は

しおりを挟む
 ◇◆◇◇◆◇


「のおおおおお! のんびり寝ている場合ではないのおおおお。クロムしゃまは? 彼はまだここにいる?」

 地下牢に入れられたアルバーノは、現在も取り調べを受けているそうだ。
 城の医師に安静を言い渡された私は、部屋にいながら気が気ではない。心配なのはアルバーノではなく、当然クロム様。

 ベッドから抜け出そうとした私を、見舞いに来たクラリスが押しとどめた。

「カトリーナったら、偽の婚約発表で危ない目に遭ったんでしょう? 他人のクロムより、自分のことを考えなさい」
「ちっが~~う、クロムしゃまは他人じゃない! むしろ一心同体(希望)なの!」
「しつこいと嫌われるわよ」

 待てよ? クロム様がさっさといなくなったのって、私の愛が重いから?

「でも……」
「代わりに様子を見てきてあげるわ」
「ありがとう、心の友よ」
「言っとくけど、ルシ×カトのカップリングを諦めたわけではないからね」

 ベッドの上で上半身を起こした私は、両腕で大きく×印。
 クラリスはドアに手をかけ、不敵に笑う。

「今日だけは勘弁してあげるわ。ゆっくりしていなさい」

 クラリスってば、この前はおとなしかったのに、すっかりいつも通りだ。
 さすがは悪役令嬢ね。

 私はクスリと笑って、まぶたを閉じた。



 いつしか寝入っていたらしい。
 すっきりした気分で目覚めると、真上からのぞき込む麗しい顔と目が合った。

「ル、ル、ルシウス様!?」
「おっと」

 びっくりして飛び起きた私を、ルシウスが器用にけた。
 互いにぶつからなくて良かったが、今、ものすごく顔が近かったような?

 いくら女官が一緒でも、他国の王子が侵入するとは驚きだ。
 クロム様でさえ、満月の夜の一度きりしかご招待(?)していないのに……。


「カトリーナ、驚かせてごめんね。ハーヴィー様の許可をいただいて、見舞いに来たんだ。ぐっすり眠っていたから、起こすのも忍びなくてね」
「ありがとうございます。ご覧の通りピンピンしておりますわ」

 こぶしを握り、片腕を折り曲げ力こぶをつくる。
 ついでに腕を交差させ、軽くストレッチ。

 その仕草がなぜかツボに入ったらしく、ルシウスがクスクス笑う。
 いったん真顔に戻ったものの、へらりと笑った私を見て、彼はまたもやき出した。

「くくくっ、元気そうで良かったよ」

 ようやく笑いが収まると、彼は私の手を取った。

「今日はお別れを言いに来た。君と会えなくなるなんて、本当に残念だ」
「残念? それって……」

 話し合いを終えたから? 
 それとも、好感度が足りなくて退場するの? 

「予定を大幅に超過したから、帰国しなければならない。もう少しここにいたかったけどね」
「まあ、そうでしたの」

 そういえばゲームでも、ルシウスの滞在は三ヶ月だった。
 気づけば倍の半年近くが過ぎている。

「だから直接伝えに来たんだ。僕は明日、セイボリーに帰る」
「……寂しくなりますね」
「寂しい? そう思ってくれるの?」

 青い瞳が、真摯しんしに私を見つめている。
 誤解を与えてはいけないので、慎重に答えることにした。
 
「もちろんですわ。ルシウス様は、人気がありますもの。城のみんなも、寂しがりますわ」

 にっこり笑って、手を引っこ抜く。
 そのままひたいに当てて、熱を測る仕草をする。

「昨日のショックで熱が上がってきたみたい」
「そう。それならまだ、本調子じゃないんだね。焦って無理をさせてごめん。引き上げるから、後はゆっくり休んで」
「謝らないでください。それから、いろいろとありがとうございました」

 ルシウスがぎりぎりまで残ってくれたのは、たぶん私のため。
『バラミラ』のメインヒーローというだけあって、彼は気遣い上手で頭もいい。

 ――どうか彼に相応ふさわしい、素敵な女性が現れますように。



 翌日――。
 私は帰国の途に就くルシウスを見送るため、外にいた。

 王女らしく装おうと、今日はパールがちりばめられた薄桃色の上品なドレスを来ている。髪はふんわり結い上げて、お気に入りの薔薇の髪飾りを付けていた。

 ルシウスは金の飾り付きの青い衣装で、ゲームのスチルそのままの姿だ。

 馬車の前に集まった人は、意外にも少ない。
 ざっと数えても十人程度で、王太子のハーヴィーもいなかった。

「お兄様ったら。お戻りなのに顔を出さないなんて、失礼だわ」

 眉をひそめた私に、ルシウス本人がわけを説明してくれる。

「すでに挨拶は済ませたから、仰々ぎょうぎょうしい見送りは要らないと辞退したんだ。カトリーナ、僕には君がいればいい」
「ええっと……」

 ルシウスってば、いきなりぶっこんできた。
 人前で、その発言はどうかと思うの。

「きゃっ♪」

 クラリスは嬉しそうな声を出すし、タールは苦虫をつぶしたような顔。侍従はおや? 女官達は意味ありげに顔を見合わせている。

 ――違うから。私はいつだってクロム様ひとすじよ。

 ところが、ルシウスが突然私のひじを引っ張った。

「うわっ」
「カトリーナ……」

 二本の腕にとらえられ、顔の前には彼の胸板。
 少し速い鼓動が聞こえる。

 やっとの思いで顔を上げると、笑みをたたえたルシウスの青い瞳と目が合った。

「カトリーナ、好きだよ」

 彼はかすれた声でささやくと、私の頭を撫でながら、おでこにキスを落とした。

「うええっ!?」

 脳内がパニックで、言うべき言葉がわからない。

 ――これって告白? まさか私、ルシウスルートなの!? 

 いやいや、ちょっと落ち着こう。
 彼とのイベントは、まともに進行していない。
 現実は、虚構よりも激しいようだ。
 
 おろおろしている私に比べ、ルシウスは余裕たっぷりだ。柔らかい笑みを浮かべている。
 ようやく断るべきだと気づき、慌てて口を開く。

「ルシウス様、ですが私は……むぐ」

 その先は、言わせてもらえなかった。
 ルシウスが白い手袋に包まれた人差し指を、私の口に当てたから。

「まだ返事はらないよ。カトリーナ、またね」

 本気を出したメインヒーローの、恐るべき破壊力。
 その色香は圧倒的で、群を抜いている。
 彼のファンの多い理由が、わかる気がした。
 
「さすがはルシウス様ね。やはりあの方こそ、カトリーナに相応ふさわしいわ」

 消えゆく馬車を見つめながら、クラリスが囁く。
 ここで推されてなるものか。

「いいえ。それでも私は、断然クロム様よ」
「はあ? クロムなんかのどこがいいの?」
「全部でしょ。クロムしゃまああああ、しゅきいいいい☆」
「ちょっと、自重するんじゃなかったの?」
「あーあー、聞こえな~い」

 クラリスの、呆れた視線は無視しよう。
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:78,852pt お気に入り:646

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,583pt お気に入り:91

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,160pt お気に入り:139

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:505pt お気に入り:139

転生を断ったら最強無敵の死霊になりました~八雲のゆるゆる復讐譚~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:9

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:532pt お気に入り:3,012

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,499pt お気に入り:4,185

処理中です...