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第五章 あなただけを見つめてる
ルシウスの回想 2
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諦めていては何も始まらないと、自分を変えることにした。
騎士に混じって修行に励み、剣や弓の腕を磨く。
彼女の兄に劣らぬ知識をつけたくて、片っ端から本を読み、識者に質問する。
つらい時にはいつも、カトリーナを思い出す。
――あんなに小さな子だって、狼犬に立ち向かえたんだ。それなら僕だって!
彼女との出会いがきっかけで、僕は変わった。
心身ともに鍛えた結果、病はすっかり克服されたのだ。
そして昨年、成人の儀を終えた。
大人になった自分は、あの頃とは違う。
「もうそろそろいいかな?」
僕は隣国の王太子ハーヴィーに、共同事業を持ちかけた。互いの国はもちろん、カトリーナの心にも橋を架けたい。
全ては、上手くいくと思っていた。
彼の存在を知るまでは――。
*****
「ルシウス殿下、お待たせいたしました」
音もなく現れたのは、黒髪に赤い瞳のクロム。
戻って着替えてきたらしく、今は黒のシャツに黒いズボンという気軽な服装だ。
彼はオレガノ帝国内の暗殺組織の出身で、この前までカトリーナの命を狙っていたと、白状した。
――カトリーナはなぜ、この男に好意を寄せているのだろう?
刺客を好きになるなんて、通常では考えられない。ところが素性が判明した後も、カトリーナは彼を気に懸ける。優しい彼女のことだから、不幸な境遇に同情したのか?
この男もまた、彼女を慕っているようだ。
二人の仲を裂こうと思えば、できないことはないだろう。
だけど権力を振りかざせば、彼女の好意は得られない。
僕はため息をつき、教えてあげることにした。
「カトリーナに怪我はなかったよ。念のため部屋で安静にするように、との医師の診断だった」
「そう、ですか」
ぽつりと応えたクロム。
その表情は、全く動かない。
――元々無愛想だが、カトリーナの無事を喜ぶくらいいいのでは?
僕はムッとし、彼に厳しい目を向ける。
「話したかったのは、別のことだ。前にも聞いたと思うけど、君は何者?」
「先日の取り調べの際、申し上げた通りです。オレガノ帝国で孤児となった自分は、『キメラ』という組織で、暗殺者になるための訓練を受けました」
「突出した動きや戦いのセンスは、そうかもしれない。でも、それだけでは説明のつかないことが多すぎる!」
語気を強めてみても、その表情は崩れない。
「説明のつかないこと、と言いますと?」
「他人に教えられるほどの教養や、数カ国語を操る賢さ、持って生まれたかのような高貴な仕草は、どこから来た?」
「お褒めに与り光栄ですが、任務に必要なため、死に物狂いで覚えただけです」
「果たしてそうかな? 必死だったとしても、資質のない者が簡単に覚えられる量ではない。よほど頭のいい者か貴族が、血縁にいると考えない限り」
クロムという男は、底知れない。
ただの刺客と言われても、納得できないものがある。
その証拠に、魔道具を使用したアルバーノとも、ただ一人互角に渡り合っていた。
「それからもう一つ。立ちこめる煙の中で、君だけがアルバーノの姿を正確に捉えていた。なぜだ?」
「……さあ。なんとなくわかった、としか答えようがありません」
嘘を言っているようには見えないが、何を聞いても飄々としているので、信用できない。
僕は募る焦りといらだちを、腕を組んで落ち着かせることにした。
ここから先は個人的なことだが、どうしても、言っておきたいことがある。
【クロム。君がどこの誰でも、僕はカトリーナを諦めない】
母国、セイボリー語ではっきり発音し、彼を睨みつけた。
得体の知れない人物に、彼女は渡さない。
しかしここで初めて、彼が動く。
クロムは目を閉じ、黒髪をかき上げた。
再び開いたその目には、決意のような光が窺える。
【奇遇ですね。俺も諦めません】
完璧なセイボリー語で返された。
強い視線の意味は明白で、そこにはカトリーナへの特別な感情が込められている。
――クロムは、やはり強敵だ!
地位も名誉も財産もない、他国出身の元暗殺者。
誰にも祝福されないと知りながら、それでも彼女を想うのか?
しばらく睨み合ううちに、クロムが目を逸らす。
――その程度の覚悟で、カトリーナへの想いを語るな!
この想いを、諦めるには早すぎる。
彼女のために、僕は強くなったのだ。
生涯この手で護り、慈しむために――。
騎士に混じって修行に励み、剣や弓の腕を磨く。
彼女の兄に劣らぬ知識をつけたくて、片っ端から本を読み、識者に質問する。
つらい時にはいつも、カトリーナを思い出す。
――あんなに小さな子だって、狼犬に立ち向かえたんだ。それなら僕だって!
彼女との出会いがきっかけで、僕は変わった。
心身ともに鍛えた結果、病はすっかり克服されたのだ。
そして昨年、成人の儀を終えた。
大人になった自分は、あの頃とは違う。
「もうそろそろいいかな?」
僕は隣国の王太子ハーヴィーに、共同事業を持ちかけた。互いの国はもちろん、カトリーナの心にも橋を架けたい。
全ては、上手くいくと思っていた。
彼の存在を知るまでは――。
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「ルシウス殿下、お待たせいたしました」
音もなく現れたのは、黒髪に赤い瞳のクロム。
戻って着替えてきたらしく、今は黒のシャツに黒いズボンという気軽な服装だ。
彼はオレガノ帝国内の暗殺組織の出身で、この前までカトリーナの命を狙っていたと、白状した。
――カトリーナはなぜ、この男に好意を寄せているのだろう?
刺客を好きになるなんて、通常では考えられない。ところが素性が判明した後も、カトリーナは彼を気に懸ける。優しい彼女のことだから、不幸な境遇に同情したのか?
この男もまた、彼女を慕っているようだ。
二人の仲を裂こうと思えば、できないことはないだろう。
だけど権力を振りかざせば、彼女の好意は得られない。
僕はため息をつき、教えてあげることにした。
「カトリーナに怪我はなかったよ。念のため部屋で安静にするように、との医師の診断だった」
「そう、ですか」
ぽつりと応えたクロム。
その表情は、全く動かない。
――元々無愛想だが、カトリーナの無事を喜ぶくらいいいのでは?
僕はムッとし、彼に厳しい目を向ける。
「話したかったのは、別のことだ。前にも聞いたと思うけど、君は何者?」
「先日の取り調べの際、申し上げた通りです。オレガノ帝国で孤児となった自分は、『キメラ』という組織で、暗殺者になるための訓練を受けました」
「突出した動きや戦いのセンスは、そうかもしれない。でも、それだけでは説明のつかないことが多すぎる!」
語気を強めてみても、その表情は崩れない。
「説明のつかないこと、と言いますと?」
「他人に教えられるほどの教養や、数カ国語を操る賢さ、持って生まれたかのような高貴な仕草は、どこから来た?」
「お褒めに与り光栄ですが、任務に必要なため、死に物狂いで覚えただけです」
「果たしてそうかな? 必死だったとしても、資質のない者が簡単に覚えられる量ではない。よほど頭のいい者か貴族が、血縁にいると考えない限り」
クロムという男は、底知れない。
ただの刺客と言われても、納得できないものがある。
その証拠に、魔道具を使用したアルバーノとも、ただ一人互角に渡り合っていた。
「それからもう一つ。立ちこめる煙の中で、君だけがアルバーノの姿を正確に捉えていた。なぜだ?」
「……さあ。なんとなくわかった、としか答えようがありません」
嘘を言っているようには見えないが、何を聞いても飄々としているので、信用できない。
僕は募る焦りといらだちを、腕を組んで落ち着かせることにした。
ここから先は個人的なことだが、どうしても、言っておきたいことがある。
【クロム。君がどこの誰でも、僕はカトリーナを諦めない】
母国、セイボリー語ではっきり発音し、彼を睨みつけた。
得体の知れない人物に、彼女は渡さない。
しかしここで初めて、彼が動く。
クロムは目を閉じ、黒髪をかき上げた。
再び開いたその目には、決意のような光が窺える。
【奇遇ですね。俺も諦めません】
完璧なセイボリー語で返された。
強い視線の意味は明白で、そこにはカトリーナへの特別な感情が込められている。
――クロムは、やはり強敵だ!
地位も名誉も財産もない、他国出身の元暗殺者。
誰にも祝福されないと知りながら、それでも彼女を想うのか?
しばらく睨み合ううちに、クロムが目を逸らす。
――その程度の覚悟で、カトリーナへの想いを語るな!
この想いを、諦めるには早すぎる。
彼女のために、僕は強くなったのだ。
生涯この手で護り、慈しむために――。
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