乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第五章 あなただけを見つめてる

クロムの秘密 1

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 ローズマリー城潜入初日。

 俺――クロムは「落としものをした」と偽って、カトリーナ王女の部屋の前まで戻った。標的の情報集めは基本中の基本なので、悪いとは思わない。

 部屋を退室する際ドアにすべり込ませたハンカチは、まだそこにある。ハンカチを拾うフリをして、耳を澄ませた。

『クロムしゃまああああ、しゅきいいいい☆ こちらこそ、よろしくお願いいたします。可愛らしい王女様、だって!』 
『クロムで構いませんよって、言質げんち取ったどおおおお! カッコ良くて優しいなんて、素晴らしすぎますわああああ』

 ドアの向こうから聞こえた声に、ギョッとする。

「しゅきいい」とはなんだ? 
 それにあれは、先ほどの王女と同一人物…………か?

 奥ゆかしいと評判の王女は、会ってみれば快活だった。
 だが、元気が有り余っているとはどの報告書にも書かれていない。

 ある時王女は、続き部屋にチラチラ視線をそそいでいた。
 不審を抱いて扉を開くと、絵師が現れた。
 驚くことにキャンバスには、描きかけの俺の顔がある。

 ――標的にしたことはあっても、されたことはない!

 焦ってすぐに塗りつぶすと、王女が肩を落とす。
 
『あ~~あ~~』

 似顔絵を描いてなんになる?
 いったいなんの冗談だ?

 別の日の王女は、子犬を飼うと言ってきた。
 人の庇護ひごを必要とする、哀れな子犬。
 言いなりになるしか脳がなく、逆らうことなど許されない。

 まるで幼い頃の自分のようで、苦い思いを抱く。
 だから名付け親になってほしいと言われた時には、適当に返す。

『わかりました。可愛いなら、カトリーナでは?』
『……え?』

 王女は目を丸くして、恥ずかしそうに震えている。

 ――その反応はなんだ?

 真に受けたのか、彼女は子犬を見せに来た。

『先生、さっき言っていたのはこの子です。可愛いでしょう?』
『……そうですね』

 なんの苦労も知らない王女と、のんきな子犬。

『ワン、ワンワン』
『ほら、喜んでいますわ。先生にお目にかかれて嬉しいみたい。……あ、こらっ!』

 どうやら子犬の方が、王女を振り回しているらしい。

 それなら死んだ仲間や俺は、この犬以下だ。
 組織は俺達の生死に関心はなく、道具としか見ていない。
 仮にここで命を落としたとしても、彼らの記憶に残りはしないだろう。

『クロム様は、どんな時に幸せを感じますか?』

 唐突な質問に、面食らう。
 俺は動揺を隠し、わずかな興味で聞いてみる。

『……どんな時でしょうね。カトリーナ様、急にどうされたのですか?』
『急ではなく、ずっと考えていました。クロム様の幸せは、どこにあるのかと』

 ――俺の幸せなど、気にしてどうする。この手はすでに血で汚れていて、幸せになるなどあり得ない。

 芝生だらけの子犬は、王女に抱かれて満足している。この小さな命は自分がどれだけ幸運なのか、気づいているのかいないのか。

 柔らかい寝床と食事、優しい飼い主。
 ここにいれば安全で、未来は保証されている。
 それに比べて自分は――。

『クロム先生。せっかくですから、でてあげてくださいな』
『いいえ、遠慮しておきます』

 思わず両手に目を落とす。
 純粋な善意はまぶしくて、引け目を感じる。
 けがれた手で触れたなら、光が闇に染まりはしないだろうか?

 とっさに口をついて出たのは、この国の古語。
 決して手に入らないものだからこそ、憧れはある。

 フェリーチェ(Felice)――幸せ

 子犬の名前が決まったと喜ぶ王女を残し、その場を立ち去った。
 暗殺対象に惹かれてはならないと、自分をいましめながら。



 それからは王女を避け、慎重に振る舞おうと決めた。
 しかし決意を実行するより早く、王太子に釘を刺されてしまう。

「リンデル先生、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょう」
「わかっているとは思うけど、カトリーナは恋も知らないお子様だ。年上の男性への憧れを、愛情と錯覚しているかもしれない。くれぐれも教師としての分をわきまえて、あの子を刺激しないように」
「かしこまりました」

 憧れだけでも身に余る。
 恋なんて、考えたこともない。

 会話は授業中の最低限と決め、雑談する間も与えなかった。
 王女が視界に入るたび、慌てて向きを変える。

 そのせいか、王女の関心は隣国から来た王子に向けられた。

 ――つかの間の仲良しごっこを楽しむといい。

 そう納得させたはずなのに、言い知れぬ感情がふくらんでいく。
 
『カトリーナ様……複数の男性を相手にする時は、慎重になさってください』

 自分らしくもなく、嫌みが口をついて出た。
 死に場所を求めて来たとはいえ、最後の仕事はきっちりこなすつもりなのに――。

 考えごとをしたくて庭に出た。
 王女に気を取られたせいか、薔薇のトゲが刺さってしまう。
 たかがトゲに、王女は大騒ぎ。 
 信じられないことに、王女はトゲ抜きを持参していた。

『痛みになんて慣れないで。あなたが痛いと私がつらいわ。あなたはもっと、自分を大事にするべきよ』 
『カトリーナ……様』

 思いがけなく胸が詰まって、言葉が続かない。
 この王女は本当に俺を気遣っているようだ。
 揺れる心を気取られないよう、さらに距離を置く。
 そんな時、あの絵を見つけた。

「これは――……」

 城の廊下に飾ってあった細密画は、母が遺したブローチにそっくりだった。
 絵の中の男の子は、女性と同じ茶色い髪。
 幸せそうに手を繋ぎ、木立の中を歩いている。
 タイトルは、『まだ見ぬ我が子と』。
 
 タイトルが正確なら、これはたぶん母と俺だ。
 母親の記憶はほとんどないが、色つきの瓶やテレピン油の匂いは覚えている。

 ――なんだ、自分は母親に愛されていたのか。
 
 母の遺品のが持つ意味を、突然理解した。
 この絵もブローチも、彼女は俺が生まれる前に完成させたのだろう。

 ブローチの裏にある【わたしを探さないで】とのオレガノ語。てっきりあれがタイトルで、子連れで逃亡中だと思っていた。引きつったように見えた笑いは、この細密画だと幸せそうに見える。

 ――望んではいけないもの、手の届かないものを欲しがるのは、愚か者のすることだ。親を亡くした孤独な俺は、愛情なんて求めない。

 心を閉ざした自分は、実際は誰よりも愛情を欲していたのかもしれない。俺のために開いてくれた誕生会で、カトリーナが絵の中の母とそっくりに見えたのは、きっとそのせいだ。



街で偶然王女の一行を見かけた。

 町人の恰好かっこうをしていても、カトリーナは優雅で王子や騎士ともお似合いだ。光の当たるあの場所に、暗殺者は似合わない。

「バカなことを……」

 今さら後悔するなんて、自分らしくない。
 思わず天を仰ぐと、頬に水が当たる。

「雨……か」

 雨宿りをしようと入った路地裏に、一匹の子犬がいる。
 普段なら無視するはずだが、つい拾い上げた。

 雨に打たれた哀れな姿は、行き場を失くした己のようだ。
 気にかける者はなく、いなくなっても探されない。

 ――いや。あの王女なら、少しは気にかけてくれるだろうか?

 暖めようとコートの中に入れた子犬に、逃げられてしまう。
 追いかけようとしたところで、ふと我に返る。

「無理に追う必要はない……か。俺は、こんなところで何をしているんだ?」

 カトリーナの笑顔と温かさを知ったせいで、孤独がひときわ身に染みる。幸せや希望に満ちた未来――知らなければ、求めることもなかったものを。

 子犬のように逃げ出せば、自尊心は保てる。
 だがそれは、本当に自分が望んだことなのか?

「散々人をほうむってきた俺が、望みなど……」

 その時ふと、暴走馬車に気がついた。
 迫る馬車に向かっていくのは――カトリーナ!!

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