転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

文字の大きさ
19 / 170
3 依頼を受ける

18 小さな猛威 2

しおりを挟む
 僕の方をめがけて突っ込んでくるボアを横目に、僕は木の陰から飛び出す。
 もちろんその先のことも十分に考えている。そう言いたいのはやまやまだけど、いかんせん何も考えてなどいない。あまりにも突然のこと過ぎて考えなしに行動したからだ。

「二日連続で厄日だね……」
 愚痴をこぼしつつも、僕は全速力で走る。
 獣人としての犬種は基本的にボアよりも早く走れないが、それでも時間を稼ぐことは出来る。じりじりと距離を詰めるボアをどう対処するか、それを考えるぐらいの時間はどうにかなるだろう。
 銃があればボアを仕留めることはさほど難しくもない。だがそれは一流の猟師がいて、なおかつボアが静止している場合の話だ。勇猛果敢に走りまわるボアに弾を当てるのは一流の猟師でも難しいだろう。――一流の猟師なんてここにはいないけどね。

「って、余計なことを考えている場合じゃない! どうにかしないとまずい……!」
 ボアは全然スピードを緩める気配がない。あんな巨体なのにどうしてそんなに早く走れるのだろうか、まるで見当もつかない。
 とにかく今の僕に出来ること、それは奴の動きを止めることだ。倒すなんていう無茶をする必要はない。
 さすがの僕でも、木々を縫って走るのは疲れる。体力的にはまだ問題なさそうだが、ボアとの距離は縮まる一方だし、スピードで僕に勝るボアに対して出来ることなどそれほどない。
 猪突猛進なんて言葉、誰が考えたのだろう。木に衝突でもしてくれれば御の字と考えていたけど、ボアは全然直線的に動いてはくれない。持久力は……流石に僕の方が上だと思いたい。だけどもしそうだとしても、ボアの体力が切れるより早く僕の方が事切れている可能性が高い。
 武器は持っていない。丸腰だ。今の状況を切り抜けられるような手段もない。ある意味というより、本当の意味で詰みなのかもしれない。
 あの獰猛な牙に突かれて死ぬ、そんな苦痛を生じる死は願い下げだ。
 どうにかして、ボアを出し抜く方法を考えなければ……

「はぁはぁ……ウィークさん! 何とかなりませんか!?」
 一応、本当に一応であるが、僕は少なくとも彼女をボアから助けた。今こそ何かしら見返りが欲しいし、もらえる場面だと思いたい。情けないが、どれだけ考えてもこの窮地から僕一人で抜け出す方法など全く思いつかない。そもそも、ほぼ全力に近い状態で走りながら考え事なんて不可能に近い。
 だったら考えるのは動いている僕ではなく、止まっている少女にしてもらえばいい。僕が思いついたのはそんな他人任せでしかない作戦だけだ。
「なんとかって……私にはしかない!」
 ウィークは木の陰に隠れたままクラフトを掲げる。
 彼女は考える間もなくそれを提案した。確かに今のところ彼女に期待できるはそれだけだ。だが反対に言えばそれほど不安な物ない。かといって他に妙案があるわけでもない。仕方ない、彼女の運に期待するとしよう。

「わかりました。僕が引き付けるんで、それでお願いします! 出来れば僕にあてないように」
 彼女のクラフト捌きはさっき見た通りだ。何発も撃って、一発たりともかすりはしなかった。そんな彼女の腕前だ。狙って僕に弾が当たる確率は非常に低いだろうが、狙わなかった場合は万が一ということもあり得る。
 最初から彼女のクラフトだけが頼りだと気がついていたが、そんな理由から先延ばしにしてしまった。こんなことなら、もう少し早めに決断を下すべきだった。そうすれば僕とボアの間にはもう少し距離があったというのに……今となってはボアに弾が当たらなかった時に僕に当たる確率が高くなってしまった。
 そんな僕の不安を知らずにウィークはクラフトを構える。
「わかった。やってみる」
 どうやら彼女の覚悟は決まったらしい。
 僕の方はまだ全然覚悟が決まっていないというのに、どういうことだろう。まるで彼女は自信にあふれているようだ。
 しかし銃弾がすぐに発射されることはなかった。

 無限にも感じるような時間が、それでも刻一刻と過ぎ去っていく。死に際の刹那というのはこれほどまでに感覚が引き伸ばされる者なのだろうか? それとも、エンドルフィンが分泌されることによって、一種のゾーン状態に入ってしまったために、短い時間を長く感じているのだろうか? いや、そのどちらも同じことだ。
 だがそれとは全く違うということに僕はうすうす気がついていた。別に時間は延長されておらず、僕は最初から同じぐらいの距離を等間隔で走っている。つまり、僕の方に問題が起きたのではなく、ウィークの方に問題が起きたのだろう。
 だが今の僕にできることは彼女を信じること、迫り来るボアに目もくれずひたすらに時間を稼ぎ続けることだ。
 情けないが、今の僕は無力だ。依頼を引き受けておきながら、同行者にすべてを委ねざるを得ない。
 そんなネガティブな僕の心を洗うかのように、鮮やかな一回の銃声が木霊する。実に研ぎ澄まされた音だ。その音に少し遅れて、ボアの悲鳴が響きだす。
「やったのか……?」
 言ったあとで気がついたが、それはフラグというやつだ。この言葉を口に出した時、敵は大抵無傷である。しかしそれは圧倒的な運命の収縮によって起きる出来事だ。神を味方につけている僕にはおこりえない矛盾だ。
 それでも内心、僕は神を信じることが出来ない。だからこそ足を緩めることはせずに軽く背後に目をやった。

「やったよ」
 ウィークの声が僕の耳に入るとともに、目に入ったのはボアが横たわる姿だ。
 どうやら一発で仕留めたらしい。ボアの頭に銃創が二か所ある。弾は脳天を直撃してそのまま抜けていったのだろう。
 僕は足を止めると同時に地面へと倒れ伏し、ゆっくりと息を吐いた。
「助かった……」
 たった二日で、二度も死の窮地から帰ってきたわけだが、こんなのは二度とごめんだ。御免こうむる。
「私のおかげね」
 勝ち誇ったようにウィークが僕に手を差し伸べる。
 確かに彼女のおかげだ。悪い意味でも良い意味でも。だけどそれに対して文句を言うほどの体力も余ってはないない。それでも、彼女の奇跡的な一撃には感謝してなくもない。あの奇跡がなければ僕は死んでいただろうからな。

「言いたいことは色々ありますけど……とりあえず、ありがとうございます」
 僕は彼女の手をつかんでたちあがる。
 少女に手を借りるというのも男らしくない気がするが、これで貸し借りなしってことにしておこう。彼女を庇った借りはこれでなしだ。その方が僕としてもあとくされがない。
「どういたしまして」
 彼女にも一応の礼儀はあるらしい。今までの態度から常識が欠如しているんじゃないかと思っていたけど、思ったより普通でよかった。
 一応だし、一番気になっていることぐらいは聞いておこう。
「それよりも、最初は外していたのに、あのタイミングでよく当たりましたね?」
「うん。でもよかった。誰かの前で的に弾が当たったのは初めてだし」
 とても嬉しそうにウィークはそう言う。
……初めてっていうのはさすがに冗談だよね?
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜

伽羅
ファンタジー
【幼少期】 双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。 ここはもしかして異世界か?  だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。 ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。 【学院期】 学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。 周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。  

転生貴族の領地経営〜現代知識で領地を豊かにして成り上がる

ファンタジー
ネーデル王国の北のリーディア辺境伯家には天才的な少年レイトがいた。しかしその少年の正体は現代日本から転生してきた転生者だった。 レイトが洗礼を受けた際、圧倒的な量の魔力やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のレイトを辺境伯領の北の異種族の住むハーデミア領を治める領主とした。しかしハーデミア領は貧困に喘いだ貧乏領地だった。 これはそんなレイトが異世界の領地を経営し、領地を豊かにして成り上がる物語である。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

​『5階にトラック突撃!?ポンコツ女神の使役権と地球通販を得た医学生、辺境の村でワスプ薙刀と現代医療を駆使し最強防衛ライフを始める』

月神世一
ファンタジー
マンションの5階でカレーを作っていたら、なぜかトラックが突っ込んできた件。 ​外科医を目指す医学生・中村優太(24)は、特製の絶品バターチキンカレーを食べる寸前、マンションの「5階」に突撃してきた理不尽なトラックによって命を落としてしまう。 ​目を覚ますと、そこはコタツでカップ麺を啜るジャージ姿の駄女神・ルチアナの部屋だった。 「飲み会があるから定時で帰りたい」と適当な理由で異世界転移をさせられそうになる優太だったが、怒りのガラポン抽選でユニークスキル【地球ショッピング】と【女神ルチアナこき使い権】を引き当てる! ​かくして、ポンコツ女神を強制連行して剣と魔法の世界『アナステシア』に降り立った優太。 しかし、彼にはただのチートスキルだけではない、元SEALs直伝の「CQB(近接戦闘術)」、有段者の「薙刀術」、そして何より「現代医療の知識」があった――! ​降り立った辺境のポポロ村で彼を待っていたのは、クセが強すぎる住人たち。 ​キャルル: マッハの飛び蹴りを放つ、ファミレス大好きなウサ耳村長。 ​リーザ: タダ飯とポイ活に命を懸ける、図太すぎる地下アイドル人魚。 ​ルナ: 善意で市場や生態系を破壊する、歩く大災害の天然エルフ。 ​ルチアナ: 優太のポイントでソシャゲ課金と酒を目論む、労働拒否の駄女神。 ​優太は【地球ショッピング】で召喚した現代物資と、自身のサバイバル能力&薙刀術で野盗や魔物を無双! さらには特製のスパイスカレーで異世界人の胃袋を完全に掌握していく。 ​そして、村人に危機が迫った時。 優太の「絶対に命を救う」という善意の心が、奇跡の黄金ガチャを引き起こす……! ​「俺は医者だ。この村の命も、平和な日常も、俺の戦術(スキル)で全部守り抜く!」 ​現代の【医療・戦術・料理】×【理不尽ギャグ】×【異世界サバイバル】! 凶悪な「ワスプ薙刀」を振るい、ヤバすぎる仲間たちと送る、最強医学生のドタバタ辺境防衛ライフが今始まる!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...