転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

文字の大きさ
20 / 170
3 依頼を受ける

19 名前の意味

しおりを挟む
 何とかボアを倒すことが出来た僕達だが、残念なことにその素材をすべて回収することは事実上不可能である。
 道具がないということもあるが、何せすでに荷物は弟切草でいっぱいだ。荷物を増やせば増やすほど街に帰るのは困難になる。

「だけど、弟切草なんかより、ボアの素材は遥かに高価だと思うよ。絶対、持って帰った方がいい」
 ウィークがそう提案する。
 僕も一応はボアを狩ったことがある身だ。相場までとは言わなくとも、高価で取引されていることは重々理解している。しているのだが――
「依頼を反故にすることは出来ません」
 信頼はお金に勝る。
 信頼されなければ仕事は手に入らないし、仕事が手に入らなければお金も手に入らない。信頼があればお金がなくともどうにかなることもあるが、信頼がなければお金があってもどうにもならないこともある。
 今の僕にとって重要なことは、犬種の信用性を失わないこと。犬種は仕事をきちんとやってのけるという信用だ。お金が欲しくないと言えば嘘になるし、欲しいに決まっている。だけどそれは今である必要性はない。
 しかし、それは僕の事情で、ウィークには何の関係もないことだ。

「そうだね。お姉ちゃんに迷惑かけるし」
 思いのほかウィークは聞き分けがよかった。というより、ボアと戦っていた時よりもずいぶんと聞き分けがいい。
 僕にとってはその方がいいのだけれど、なんだが気持ちが悪い。
 余計なことを言って変な気でも起こされたら面倒だし、そのことに対しては何も言わないことにする。
「では、帰りますか」
 投げ飛ばした短刀を回収して、乱れた服を整える。
 こんなところで時間をつぶして、また魔物に襲われたら笑い話にもならない。出来る限り早めに家に帰りたいし、出来ることならシャワーを浴びたい。
 それなのにウィークはボアの死体ばかりを気にしている。
「……肉や皮は無理でも、牙は持って帰らない?」
 せっかく倒したボアから何も持って帰らないというのは確かに惜しい。ハンティングトロフィーとして持って帰らせてあげたいたいのはやまやまだが、牙をはぎ取るための道具は僕の折れた短刀ぐらいしかない。
 折れた短刀ではぎ取るにはかなりの時間を要することだろう。
「申し訳ないですが、時間が――」
「――ボアの牙は薬として高額だってお姉ちゃんが……」
「そうだとしても、剥ぎ取るのは無理でしょう?」
 彼女に解体の知識があるとは思えないし、道具がないわけでどうしようもない。頭を丸ごと持って帰ればどうにかなる可能性がなくもないが、そうなると次は頭を引きちぎるための道具が必要になる。
 考えるだけ時間の無駄だ。申し訳ないけれど、あきらめてもらうほかないだろう。

「わかった。あきらめる」
 ウィークは不服そうに頬を膨らませている。
 最初からわかっていたことだが、ボアを倒すことは単なる徒労に過ぎない。いくら相手が魔物だったとはいえ、こんな山奥で静かに暮らしていた存在だ。何も取らずに帰るのは罪悪感すらある。
「お願いします」
 僕は力なく頭を下げた。
 少女に対して申し訳なく思ったということもあったが、それ以上にボアに対する謝罪の意味が大きかったと思う。

 そんなことがあったからだろう、帰り道は嫌に静かだった。
 僕もウィークもお互いに何かを話すということはなく、行よりも早く移動することが出来た。――街に帰ってからもウィークは一言も話さない。ただすれ違う人たちの視線は痛かったし、僕たちが静かであっても街の人たちが何かを騒いでいたからそれほど気にもならなかった。
 結局のところ、役所につくまで僕とウィークは一言も話さなかった。

――役所に入るなりお姉さんが僕たちを見つけて駆け寄ってくる。

「早かったですね! ってどうしたのですか、その怪我!?」
 お姉さんの気遣いはありがたいが、幸いなことに僕たちは大した怪我を負っていない。ただ気持ち悪いぐらいに体にボアの血を浴びていたから、それをお姉さんは怪我をしたと勘違いしたのだろう。
「怪我じゃない。ただの返り血」
 早とちりするお姉さんの言葉をウィークはすぐに訂正した。

「なんだ。そうなんだぁ。驚かせないでよ……え、返り血?」
「そうなのですよ。いろいろ大変でしたよ。本当に……それより、とってきましたよ、弟切草!」
 いろんな意味で驚いているお姉さんを誤魔化すために、僕は必死に話題を別に移す。
 情けない話はあまりしたくないからね。

「ああ、はい。確かに弟切草ですね! これで依頼は達成です。それより、その血……できれば落としてから入ってほしいのですが……」
 お姉さんは依頼達成を喜ぶのと同時に、僕たちにまとわりついた血を見て申し訳なさそうに言った。
 もともとボロボロの役所に、いまさら血がこびりついたところでなんら問題はないと思うが、確かに気持ち悪いし僕自身、血を落としておきたい。
「そうですね。ですが僕は代わりの服も持っていませんし、お風呂なんて入るお金は持ち合わせていません」
 食費を抜けばほとんど無一文みたいな僕だ。服を複数枚買う余裕もなければ、お風呂やに行くために使えるお金はない。
「問題ない。私達冒険者は、公共の施設を無料で利用できる権利があるからね」
 そう言って、ウィークが指差したのは入口横の壁に貼り付けられている施設案内、その中にあるシャワールームの文字だ。
 役所にシャワールームがあるとは何とも斬新だ。これも冒険者なんて者達を雇うために生まれた僕の世界との違いというやつなのだろう。だがそれは僕にとっては非常にありがたい斬新さだ。――流石にイチゴのところで風呂に入れてもらうわけにはいかないからな。

 それで一つ問題が解決したとしよう。だけど問題はある。
「それはよかった。ですが体を洗っても、また同じ服を着なくてはいけないので……」
「それも問題ありませんよ、ケンさん。冒険者の方々への援助は惜しむなと、所長からお達しが出ておりますので……代わりの服はこちらで用意させていただきます」
 今度はお姉さんが僕の疑問を解消してくれる。
 冒険者は最底辺の職業だと聞いていたが、まさに至れり尽くせりじゃないか。まあ命を懸けているのだからこれぐらい当たり前か。不遇すれば逃げ出すものもいるだろうしね。

――耳と尻尾の洗い方はよくわからなかったけど、久しぶりに浴びたシャワーはとても気持ちよかった。
 その辺のインフラは村にいた時よりも、はるかにきちんと整備されているようで水はむらなく出ていたし、以前の世界で使われていたガスのような資源があるのか、温かいお湯でシャワーに対する不満は一切なかった。シャワーに対する不安はだ。

「もらっておいてなんですが、なんですかこのTシャツ!?」
 町の名前とそれに続く『役所』の文字がでかでかと記載されている。こんなものを着て外を歩けば、間違いなく後ろ指差されるだろう。
 それなのに、お姉さんはニコニコと笑って「お似合いですよ」なんて言っている。
 いやいや、似合っているわけがないじゃないか。というか似合う人いないって、これは!
「どうでもいいじゃない。そんなこと」
 ウィークはそう言ったが、そんなことを言えるのは、女性用の支給服が男物とはまるで違うからだろう。
 女性用は余計な印字はなく、まとも服とズボンだ。なんなら生地もまるで違う。男物は薄っぺらで、寒々しい素材なのに対して、女性物は高級そうでいかにもあたたかそうだ。おそらく、所長というやつはかなりの女性贔屓なのだろう。――きっと女たらしだ。そうであるに違いない。
「わかりました。せっかくいただいたものですし、ありがたく使わせてもらうことにはします!」
 これ以上文句を言っても待遇は変わらないだろうし時間の無駄だ。それよりも、報酬の話をする方がよっぽど有意義だろう。一瞬でも冒険者として一生働いてもいいかもなんて思った僕が馬鹿だった。やっぱり、危険で不毛な職業は一刻も早くやめて、悠々自適に生きるすべを探ることにしよう。
 今はそのために耐える時だ。妹のためにも。

「それでは報酬をお渡しいたします……と言いたいところなのですが、その前に一つだけ確認させていただいてよろしいですか?」
 よろしくないです……と言いたいところだが、ちょうど僕の方でも確認したい事はあった。
「はいどうぞ」
「ウィーク。妹はどうでした?」
 予想通りの質問がお姉さんの口からこぼれ出た。
 それに対する答えとして、『全然役に立ちませんでした。それどころか、余計なことをしてくれましたよ』なんてことを口にしてしまうのは簡単だ。だがそれでは僕に対するお姉さんの好感度は落ちることだろう。役に立たなかったとはいえ、最後には助けてももらえたし、あまりひどいことは言わないでおこう。
「それが――」
「――お姉ちゃん。私初めて誰かの前でまともにクラフトの弾を当てられたよ!」
 僕の言葉に完全にかぶせるようにウィークが話してしまったから、僕の声は完全にかき消されてしまった。
 弾を1発、奇跡的にあてられただけだというのに、いやにはしゃいでいる。よくそれで中級冒険者になれたものだ。

「それは本当に!?」
 お姉さんはずっと開いているのか、閉じているのか、わからないぐらいに細かった目を見開いている。それほど衝撃的なことだったのだろう。
 なんなら、ほかの役人たちも立ち上がってこちらを見ているほどだ。中には「嘘だろ!?」「ありえない!?」「槍でも降ってくるんじゃないか……?」なんてことを言っている人もいた。
 どれだけ彼女の腕を低く見積もっているのやら……これじゃあ、いつまでたっても彼女が成長しない理由もよくわかる。誰も信じてやらないから成長しなかったのだ。――僕が言えたことじゃないけどね。
「うん」
「人と関わるのが苦手だからって、ソロで剣士として冒険していたけど、それじゃあ全然魔物が倒せないからって、仲間たちと組むためにひと月前にクラフトを使うようになって、ようやく弾が当たって喜んでいたけど、いざ誰かに見られながら撃ってみればまるで弾が当たらなくて、街の人達から弱い灰色ウィーク・グレイなんて呼ばれて泣いていたあなたがねぇ……」
 お姉さんは感慨深そうな表情を浮かべながら、ものすごく説明口調で時折、僕の方を見ながらそんなことを口走った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...