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5 笑われる
29 帰宅
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――ふらふらと、大通りを歩きながら何となく昨日のことを思いだしていた。
巨大な魔物に襲われて死ぬ。
この世界においては当たり前に起きていたことだ。それをたまたま通りかかった少女たちに助けられたというだけのことで、もし仮に助けなど来なければ僕だって死んでいたはずだ。実は魔力で治っていたはずだったとか、そんな野暮なことは言うつもりはない。
だから今歩けることすら、アルタ・ロットワイラーのおかげだと言っても過言ではない。
それなのに今日の僕ときたらどうだ……たかだか少し大きなイノシシごときに命を取られそうになる始末だ。
「魔力は思ったよりも使えないし、武器もこのざま……前途多難だな」
腰の鞘に差し込んだ短刀の柄を握りしめて、本日の失態について反省する。
せっかく救ってもらった命だ。いとも簡単に失われるってわけにはいかないだろう。
まだアルタに恩も返せていないわけだしな。
そんな傷心気味な僕の耳に、すれ違った男たちが話している声が入ってきた。
「おい、聞いたかよ」
それに対してもう一人の男が問う。
「何を?」
「噂で聞いたんだが、勇者様が重傷を負ったてよ!」
「は? 何言ってんだ……勇者様はポーションっていう超高級な薬が支給されているんだぞ?」
「ああ、そのどんな傷でも治すっていう薬な……他の冒険者に使っちまったらしく、持ってなかったんだとさ」
間違いない、男たちが噂している勇者とはアルタのことだ。
そう気がついた僕は我慢することが出来ず、男たちに問いただすために掴みかかる。
「アルタが大けがだって?」
僕にポーションを使ったがために、彼女が回復できなかったというのであれば、それは僕が最も恐れていたことだ。――ひよっこ冒険者のために、勇者が命を投げうる。そんなことは絶対にあってはならない。
そんな焦りのために僕はミスを犯した。
「なんだ……この犬種?」
噂を聞いていた方の男が、噂をしていた方の男に問いかける。
「知るかっ! 最悪だぜ、犬種に触られちまった!」
もちろん、僕と彼は友人でもなければ、顔見知りでもない。彼にとっては他人だ。それもこの街において差別対象である犬種のだ。
「知らないやつなら、そうだな……ちょっと遊んでやるか?」
「馬鹿言うな汚らわしい犬種だが、こんな奴でも勇者アルタ様と同じ種族だ。アルタ様が大けがを負ったって時にそんなことできるか!」
「それもそうだな……お前の噂話が本当ならだけどな」
「本当だって! ポーションの方はわからないけど、さっき大けがをして運ばれてきたアルタ様を見たってやつから聞いたからよぉ!」
2人は僕のことを全く無視して、そのままどこかへ去って行った。
どうやら僕はぼこぼこにされずに助かったらしいが、2人の会話から大怪我を負ったのはアルタで間違いないということはわかった。
「これはいよいよ面倒なことになりそうだ……」
アルタに作った借りが、大きな借りになってしまったということもある。
だがそれ以上に、アルタが大けがを負う原因となったのが僕だと知ったロットワイラー家の当主が何をしてくるかわからない。
いずれにせよ、非常にまずい状況だ。何がまずいって、アルタが死んでしまったら僕の人生が終わってしまう。そうなる前にどうかしなければならないのだが、僕に出来ることと言えば魔力を人より上手に扱うことぐらいだ。ポーションを作るほど魔力量は多くないし、他人に対して魔力を注ぐことは出来ない。残念ながら僕が出来ることはないだろう。――それが現実だ。
そもそもの話だが、ポーションを作れたところで、勇者に飲ませること自体が無理だろう。
残念だけど、残りは天命にかけるほかない。
僕は無力だ。命の恩人に対して、些細な恩返しすらすることが出来ないのだから。
「とりあえず一度店に帰るか……」
もうすでに夕刻だ。
大通りを下り、すでに少しだけ馴染みを覚えた喫茶店に入る。なぜだが『close』の掛札がついており、中はいつにもまして薄暗い。
「カギはかかってないみたいだ」
外出しているというわけではないらしい、そうでなければカギをかけるはずだ。
どうしてだが不吉な予感がした。直感に自信があるというわけではないが、こういう予感があった時は大抵ろくなことがない。それは僕が2度の人生で実感したことだ。間違いなく何かがある。
僕は急いで中へと入った。
だがしかし、以外にも中は薄暗いという点を除けは何も変化はない。
「帰ってきたか……お帰り」
最初に声をかけてきたのはイチゴだが、明らかにテンションが低い。
「お兄ちゃんおかえり!」
それに比べて、妹、メリーはいつもの調子で僕の方に駆け寄ってくる。変わった様子はない。
だがイチゴが申し訳なさそうに視線を下げているという点を考慮しても、メリーに何かがあったというのは明白だ。僕がこの店に残して行ったのはメリーぐらいで、イチゴが僕に対して何か罪悪感を抱くとしたらメリーだけなのだから当然の推理だ。
むしろ、それ以外のことは割とどうでもいい。
「どうしたんですか?」
どうでもいいことの方であってくれ、なんてことを思いながらもイチゴに問いかける。
イチゴは僕の目を一瞬だけ見て、すぐに顔をそらした。よもや、昨日の喧嘩をいまだに引きずっているというわけではないだろう。それならば、帰ってきた僕に対して挨拶などするはずがない。何があったのだろうか……
巨大な魔物に襲われて死ぬ。
この世界においては当たり前に起きていたことだ。それをたまたま通りかかった少女たちに助けられたというだけのことで、もし仮に助けなど来なければ僕だって死んでいたはずだ。実は魔力で治っていたはずだったとか、そんな野暮なことは言うつもりはない。
だから今歩けることすら、アルタ・ロットワイラーのおかげだと言っても過言ではない。
それなのに今日の僕ときたらどうだ……たかだか少し大きなイノシシごときに命を取られそうになる始末だ。
「魔力は思ったよりも使えないし、武器もこのざま……前途多難だな」
腰の鞘に差し込んだ短刀の柄を握りしめて、本日の失態について反省する。
せっかく救ってもらった命だ。いとも簡単に失われるってわけにはいかないだろう。
まだアルタに恩も返せていないわけだしな。
そんな傷心気味な僕の耳に、すれ違った男たちが話している声が入ってきた。
「おい、聞いたかよ」
それに対してもう一人の男が問う。
「何を?」
「噂で聞いたんだが、勇者様が重傷を負ったてよ!」
「は? 何言ってんだ……勇者様はポーションっていう超高級な薬が支給されているんだぞ?」
「ああ、そのどんな傷でも治すっていう薬な……他の冒険者に使っちまったらしく、持ってなかったんだとさ」
間違いない、男たちが噂している勇者とはアルタのことだ。
そう気がついた僕は我慢することが出来ず、男たちに問いただすために掴みかかる。
「アルタが大けがだって?」
僕にポーションを使ったがために、彼女が回復できなかったというのであれば、それは僕が最も恐れていたことだ。――ひよっこ冒険者のために、勇者が命を投げうる。そんなことは絶対にあってはならない。
そんな焦りのために僕はミスを犯した。
「なんだ……この犬種?」
噂を聞いていた方の男が、噂をしていた方の男に問いかける。
「知るかっ! 最悪だぜ、犬種に触られちまった!」
もちろん、僕と彼は友人でもなければ、顔見知りでもない。彼にとっては他人だ。それもこの街において差別対象である犬種のだ。
「知らないやつなら、そうだな……ちょっと遊んでやるか?」
「馬鹿言うな汚らわしい犬種だが、こんな奴でも勇者アルタ様と同じ種族だ。アルタ様が大けがを負ったって時にそんなことできるか!」
「それもそうだな……お前の噂話が本当ならだけどな」
「本当だって! ポーションの方はわからないけど、さっき大けがをして運ばれてきたアルタ様を見たってやつから聞いたからよぉ!」
2人は僕のことを全く無視して、そのままどこかへ去って行った。
どうやら僕はぼこぼこにされずに助かったらしいが、2人の会話から大怪我を負ったのはアルタで間違いないということはわかった。
「これはいよいよ面倒なことになりそうだ……」
アルタに作った借りが、大きな借りになってしまったということもある。
だがそれ以上に、アルタが大けがを負う原因となったのが僕だと知ったロットワイラー家の当主が何をしてくるかわからない。
いずれにせよ、非常にまずい状況だ。何がまずいって、アルタが死んでしまったら僕の人生が終わってしまう。そうなる前にどうかしなければならないのだが、僕に出来ることと言えば魔力を人より上手に扱うことぐらいだ。ポーションを作るほど魔力量は多くないし、他人に対して魔力を注ぐことは出来ない。残念ながら僕が出来ることはないだろう。――それが現実だ。
そもそもの話だが、ポーションを作れたところで、勇者に飲ませること自体が無理だろう。
残念だけど、残りは天命にかけるほかない。
僕は無力だ。命の恩人に対して、些細な恩返しすらすることが出来ないのだから。
「とりあえず一度店に帰るか……」
もうすでに夕刻だ。
大通りを下り、すでに少しだけ馴染みを覚えた喫茶店に入る。なぜだが『close』の掛札がついており、中はいつにもまして薄暗い。
「カギはかかってないみたいだ」
外出しているというわけではないらしい、そうでなければカギをかけるはずだ。
どうしてだが不吉な予感がした。直感に自信があるというわけではないが、こういう予感があった時は大抵ろくなことがない。それは僕が2度の人生で実感したことだ。間違いなく何かがある。
僕は急いで中へと入った。
だがしかし、以外にも中は薄暗いという点を除けは何も変化はない。
「帰ってきたか……お帰り」
最初に声をかけてきたのはイチゴだが、明らかにテンションが低い。
「お兄ちゃんおかえり!」
それに比べて、妹、メリーはいつもの調子で僕の方に駆け寄ってくる。変わった様子はない。
だがイチゴが申し訳なさそうに視線を下げているという点を考慮しても、メリーに何かがあったというのは明白だ。僕がこの店に残して行ったのはメリーぐらいで、イチゴが僕に対して何か罪悪感を抱くとしたらメリーだけなのだから当然の推理だ。
むしろ、それ以外のことは割とどうでもいい。
「どうしたんですか?」
どうでもいいことの方であってくれ、なんてことを思いながらもイチゴに問いかける。
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