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長い沈黙の間、僕の鼻を刺激したのはいつもより濃いコーヒーの匂いだ。
濃度を間違ってしまったのではないかと思うほどに濃く、一歩間違えれば不快にすら感じられるほどのキツイ匂いが店の中を充満している。
「どうしたんですか?」
僕は意を決し、再び同じ質問をする。
面倒くさそうには触れないようにしている僕ではあるが、この状況下で無言でいるのは正直疲れる。
それなのに、イチゴは何も話そうとしない。
僕はたまらずメリーの方に目をやった。メリーはおいしそうにオムライスを頬張っている。先ほどまでは、オムライスなんてものを食べていなかったはずだが、今は食べているのだ。いつの間にイチゴはオムライスを作ったのだろう。――そして、どうして気まずそうに黙り込んでいるのだろう。
「ケン兄ちゃん。私ね、勇者らしいの」
スプーンを置いたかと思うと、メリーは突然そんなことを言い始めた。
それに対して、イチゴは一瞬だけピクリとした。
メリーは幼いように見えて非常に頭がいい。自分の言葉がどのような意味を表すかは理解しているはずだし、軽率な嘘をつくような子でもない。
「……勇者?」
だからこそ意味が分からない。
「うん、勇者」
「なるほど……勇者ね……」
メリーを冒険者にするつもりはない。それは僕とイチゴの間にあった共通の認識だと思っていた。
だからこそ彼女が独断で適職検査をメリーに受けさせることはありえないし、メリーが1人で検査に行くことはもっとありえない。何よりイチゴはメリーが一人での外出するのを許すはずがない。
「ケン兄ちゃんの役に立てるよ」
もし仮に、メリーが先日の僕を見て自分から冒険者になりたがったとしても許すはずがないのだ。
「うん。そうだね……ちょっとごめんね。イチゴに相談したいことがあるから話はあとでね」
なんて子供をあやす様に言ってはみたが、メリーはそんな子供だましにはかからない。
「もしかして、迷惑?」
ウルウルとした瞳で言われると僕も弱い。
だがここは兄として、毅然とした態度でいるべきだ。
「冒険者は危険だ。だからメリーには他の仕事についてほしい」
「迷惑なの?」
「いや、迷惑とかじゃなくて……危険だから」
確かに妹の夢は全力で応援してやりたい、だが何も自分から底辺職になりたがることはない。イチゴの元で修行したらいつかは自分の店も持てるだろうし、喫茶店ではいろんな経験が積める。
接客、バイヤー、バリスタ、経営、調理……ざっと上げただけでもこれだけのことは出来る。だからメリーにはそれらを経験したうえで将来を決めてほしかった。だというのに、僕のせいですべてパアだ。なぜ僕は妹を連れて西の森に行ってしまったのだろう。――今人生最大の失態だ。
「すまない」
僕とメリーのやり取りを横目で見ていたイチゴが僕に頭を下げる。
「突然どうしたんです?」
メリーの相手をするだけでも大変だというのに、今イチゴに何か謝罪をされても捌ききれる気がしない。
そもそも、謝るぐらいならどうしてこんな状況になっているのかを教えてほしいぐらいだ。アルタのこともあるし、これ以上問題が増えるのは御免だが、起きてしまった問題は一つずつ解決しなければいけないからね。
そんなことを考えている間も、イチゴの表情は暗くなっていく。
「どうしたんです? 話してください」
メリーとは真逆で、言葉を詰まらせている様子の彼女に僕は再び問いかける。
彼女は何度か僕と地面を交互に見つめ、それから覚悟を決めたようで息をのみ僕の目を見る。
「私の責任だ」
ただその言葉を一言だけこぼすと、再び地面に視線を移した。
まるで状況はつかめない。だが妹が勇者になった原因はイチゴにあるらしいことだけはわかった。しかしそれは謝る理由としては薄い。
「メリーを冒険者登録したことですか? それとも――」
「――ケンは神について知っているか?」
僕の言葉を遮った彼女は、なんだか怯えたような表情で僕に問い返す。
イチゴは何に対しても恐怖することがない大人だと思っていた。そんな彼女が何に怯えているのだろう。それが僕にはわからない。
「ええ、常識の範囲でなら知っています」
まさか神に会ったことがあるなんて言えるはずもない。
そんなことを口走れば、間違いなく精神病棟に入れられる。
「いいや、あったことがあるはずだ」
「は?」
イチゴがあまりにも断定的に言うものだから、思わず声を出してしまった。
まさか、彼女に限って神などという不確かなものを信用しているとは思えない。むしろ彼女の性格から考えるに、神を信じていないという方がまだ納得できるぐらいだ。――つまり、彼女は神かもしくはそれに準ずる何かに接触したということだ。
そうでもなければ、突然神の話を始めるのは不自然だし、断定的に神の存在を肯定できるはずがない。
「いつですか?」
彼女が神に会ったのはいつだ。
僕が今朝家を出るまでは、そんなそぶりは見せていなかった。だったら今日の昼間、僕が出かけている間が一番濃厚だ。
「昼ごろだ」
となると、メリーが勇者になった件には神が関わっていることになる。
だが不自然な部分がある。もし仮に、僕の目を盗んでメリーを勇者にしたのならば、自分が関わっていることを知られたくないからというのが一番有力な予想だ。それなのに神は口止めをしなかった。つじつまが合わない。
「神は何のために、イチゴさんに会ったんですか?」
「ケンに恩恵を与えるためだと言っていたが……本心は知らん。だが、現実は早めに見ておくべきだと言っていた」
「現実?」
「勇者に選ばれた獣人には……それ以外、選べる道がない……!」
イチゴは苦しそうな表情でそう呟いた。
僕は思い違いをしていたようだ。
「それ以外、選べる道がない!?」
思わずメリーの方を見る。
もしそれが事実であるなら、メリーは勇者になる以外ないということだ。
「ケン兄ちゃん?」
メリーは心配そうな目で僕を見つめている。
僕に出来ることは、そんな妹の頭を軽くなでてやることぐらいだった。
濃度を間違ってしまったのではないかと思うほどに濃く、一歩間違えれば不快にすら感じられるほどのキツイ匂いが店の中を充満している。
「どうしたんですか?」
僕は意を決し、再び同じ質問をする。
面倒くさそうには触れないようにしている僕ではあるが、この状況下で無言でいるのは正直疲れる。
それなのに、イチゴは何も話そうとしない。
僕はたまらずメリーの方に目をやった。メリーはおいしそうにオムライスを頬張っている。先ほどまでは、オムライスなんてものを食べていなかったはずだが、今は食べているのだ。いつの間にイチゴはオムライスを作ったのだろう。――そして、どうして気まずそうに黙り込んでいるのだろう。
「ケン兄ちゃん。私ね、勇者らしいの」
スプーンを置いたかと思うと、メリーは突然そんなことを言い始めた。
それに対して、イチゴは一瞬だけピクリとした。
メリーは幼いように見えて非常に頭がいい。自分の言葉がどのような意味を表すかは理解しているはずだし、軽率な嘘をつくような子でもない。
「……勇者?」
だからこそ意味が分からない。
「うん、勇者」
「なるほど……勇者ね……」
メリーを冒険者にするつもりはない。それは僕とイチゴの間にあった共通の認識だと思っていた。
だからこそ彼女が独断で適職検査をメリーに受けさせることはありえないし、メリーが1人で検査に行くことはもっとありえない。何よりイチゴはメリーが一人での外出するのを許すはずがない。
「ケン兄ちゃんの役に立てるよ」
もし仮に、メリーが先日の僕を見て自分から冒険者になりたがったとしても許すはずがないのだ。
「うん。そうだね……ちょっとごめんね。イチゴに相談したいことがあるから話はあとでね」
なんて子供をあやす様に言ってはみたが、メリーはそんな子供だましにはかからない。
「もしかして、迷惑?」
ウルウルとした瞳で言われると僕も弱い。
だがここは兄として、毅然とした態度でいるべきだ。
「冒険者は危険だ。だからメリーには他の仕事についてほしい」
「迷惑なの?」
「いや、迷惑とかじゃなくて……危険だから」
確かに妹の夢は全力で応援してやりたい、だが何も自分から底辺職になりたがることはない。イチゴの元で修行したらいつかは自分の店も持てるだろうし、喫茶店ではいろんな経験が積める。
接客、バイヤー、バリスタ、経営、調理……ざっと上げただけでもこれだけのことは出来る。だからメリーにはそれらを経験したうえで将来を決めてほしかった。だというのに、僕のせいですべてパアだ。なぜ僕は妹を連れて西の森に行ってしまったのだろう。――今人生最大の失態だ。
「すまない」
僕とメリーのやり取りを横目で見ていたイチゴが僕に頭を下げる。
「突然どうしたんです?」
メリーの相手をするだけでも大変だというのに、今イチゴに何か謝罪をされても捌ききれる気がしない。
そもそも、謝るぐらいならどうしてこんな状況になっているのかを教えてほしいぐらいだ。アルタのこともあるし、これ以上問題が増えるのは御免だが、起きてしまった問題は一つずつ解決しなければいけないからね。
そんなことを考えている間も、イチゴの表情は暗くなっていく。
「どうしたんです? 話してください」
メリーとは真逆で、言葉を詰まらせている様子の彼女に僕は再び問いかける。
彼女は何度か僕と地面を交互に見つめ、それから覚悟を決めたようで息をのみ僕の目を見る。
「私の責任だ」
ただその言葉を一言だけこぼすと、再び地面に視線を移した。
まるで状況はつかめない。だが妹が勇者になった原因はイチゴにあるらしいことだけはわかった。しかしそれは謝る理由としては薄い。
「メリーを冒険者登録したことですか? それとも――」
「――ケンは神について知っているか?」
僕の言葉を遮った彼女は、なんだか怯えたような表情で僕に問い返す。
イチゴは何に対しても恐怖することがない大人だと思っていた。そんな彼女が何に怯えているのだろう。それが僕にはわからない。
「ええ、常識の範囲でなら知っています」
まさか神に会ったことがあるなんて言えるはずもない。
そんなことを口走れば、間違いなく精神病棟に入れられる。
「いいや、あったことがあるはずだ」
「は?」
イチゴがあまりにも断定的に言うものだから、思わず声を出してしまった。
まさか、彼女に限って神などという不確かなものを信用しているとは思えない。むしろ彼女の性格から考えるに、神を信じていないという方がまだ納得できるぐらいだ。――つまり、彼女は神かもしくはそれに準ずる何かに接触したということだ。
そうでもなければ、突然神の話を始めるのは不自然だし、断定的に神の存在を肯定できるはずがない。
「いつですか?」
彼女が神に会ったのはいつだ。
僕が今朝家を出るまでは、そんなそぶりは見せていなかった。だったら今日の昼間、僕が出かけている間が一番濃厚だ。
「昼ごろだ」
となると、メリーが勇者になった件には神が関わっていることになる。
だが不自然な部分がある。もし仮に、僕の目を盗んでメリーを勇者にしたのならば、自分が関わっていることを知られたくないからというのが一番有力な予想だ。それなのに神は口止めをしなかった。つじつまが合わない。
「神は何のために、イチゴさんに会ったんですか?」
「ケンに恩恵を与えるためだと言っていたが……本心は知らん。だが、現実は早めに見ておくべきだと言っていた」
「現実?」
「勇者に選ばれた獣人には……それ以外、選べる道がない……!」
イチゴは苦しそうな表情でそう呟いた。
僕は思い違いをしていたようだ。
「それ以外、選べる道がない!?」
思わずメリーの方を見る。
もしそれが事実であるなら、メリーは勇者になる以外ないということだ。
「ケン兄ちゃん?」
メリーは心配そうな目で僕を見つめている。
僕に出来ることは、そんな妹の頭を軽くなでてやることぐらいだった。
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