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5 笑われる
31 決意
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「しかし、一番の問題は犬種が勇者に選ばれたということだ……」
いかにも深刻そうな顔で、イチゴは口に親指と人差し指を当てて唸っている。
この街では差別で風当たりが強い犬種だ。選ばれし勇者っていうのは目立つものだろうし、差別対象である存在が選ばれたとあれば、嫉妬も多いのだろう。
「どういった問題が?」
「今にわかることだが……レーヴェ組って知っているか?」
イチゴの口から出た『レーヴェ組』と言うのは、確かこの街を仕切っている最大級のギャングだ。
別に誰かに尋ねて教えてもらったというわけではないが、その悪名は僕達が暮らしていた片田舎にまで轟いている。もちろん直接見た覚えはない。
「もちろん、それがどうかしたんですか?」
質問に質問を返すようであれだが、ともかく、僕は恐る恐る尋ねてみる。
話の流れ的に、ヤクザ者の名が出てくるということはあまりいいことだとは言えないが、必ず悪いとは言えない。そんな一本の糸に望みを託すような気持ちで僕はイチゴの顔を見た。
――おっと、これは何とも形容しがたい表情だ。
「その幹部に、アトラス・バーバリというやつがいる。もちろん嫌犬だ……ロットワイラーと懇意の間柄だとも言われている。わかるだろう?」
「アルタ以外に犬種の勇者は不要だということですね。それで、メリーはどうなるんです?」
「このことが伝われば、間違いなく……いや、みなまでは言うまい」
イチゴは明らかにメリーの目を気にしている。たぶんメリーの前では話せないようなことなのだろう。
最悪の事態を考えると、殺されるというのが妥当だろう。――本当はそれ以上の最悪もあるとわかっているのだが、できればそれ以上の事態については考えたくない。
「最悪の事態を避けるためには、メリーには自己防衛力を高めてもらうしかないってことですね?」
「ああ」
マジでなんなのだ。神というやつは、苦難の先に死んでしまった僕への当てつけであるかの如く、苦難を押し付けてくる。望みをかなえるどころか、まるで罰でも与えられているかのようだ。
「わかりました。ですが、僕は冒険者になったばかりですし、メリーを鍛えられるほど強くはありませんし、強くなる方法も全く分かりません」
悔しいが、たった二回の冒険で二回とも死にかけているような軟弱ものだ。死線を越えてきたと言えば聞こえはいいが、その実、明らかな実力不足だ。
メリーを鍛えることはおろか、先日のように危険な目に合わせてしまう可能性だってある。そのことはイチゴだって理解しているはずだ。
「わかっている。それにそんなことをすれば、アトラスに目をつけられる可能性だってある。幼いメリーが冒険者になるなんて普通に考えればありえないことだからな」
「それもそうですね……」
僕は想像力に欠けるらしい、確かにイチゴの言うとおり、冒険者になって目立つということはそれだけ勇者であるということがばれる確率が上がるということだ。たまに連れて行くぐらいなら問題はないだろうが、正式にパーティーメンバーとして迎えるのは難しいだろう。
「それよりも、メリーはどうしたいんだ?」
イチゴは僕たちの会話を心配そうに見つめるメリーにそう訊ねた。
彼女は僕よりもしっかりしているらしい、僕の方が人生経験は長いはずなのに情けない。
確かにメリーがどうしたいかも重要だ。彼女の人生、僕たちの話し合いだけですべてが決まっていいはずがない。
「わかんない。ケン兄ちゃんの役に立てるならうれしいけど、迷惑をかけるだけみたいだから……兄ちゃんが私のことを見捨てるならそれでもいいと思っている」
幼いように見えて、メリーは頭がいい。
犬種が差別されているということもしっかりと理解しているし、勇者であることで僕の役に立てると思って喜んではいたが、僕たちの会話を聞いて今自分が置かれた事態をしっかりと把握している。だからこそ、僕は自分に腹が立つ。
妹の前でこんな話をするってことがどういう結果を招くかはわかっていたはずだ。焦っていたとか、ついうっかり忘れていたとか言い訳は出来るはずもない。――僕は馬鹿だ。そこまで妹に言わせてしまうなんて。
絶対に妹を冒険者にはしたくないと考えていたが、それがかなわないとなると今度は自衛に走った僕が愚かで仕方がない。幸い、妹はまだ8歳、勇者として選ばれていたとしても、まだ仕事につくような歳ではない。だったら、とりあえず、ゆるゆるな生活を目指すのはやめて、妹が大きくなるまでに僕が魔王を倒してしまえばいい。
「迷惑なわけがないだろう。メリーは生きたいように生きればいい。何があっても僕はメリーの味方だから」
僕がメリーの自由な道を作ってやる。僕の人生についてはそれから考えればいいだろう。妹のために犬種に対しても、勇者に対してもゆるい世界を作ってやろうじゃないか。
さあ、妹よ。どんな人生を送りたい?
「だったら、私はケン兄ちゃんを助けたい。兄ちゃんがうわ言のように言っていた。ゆるゆるに犬種が幸せに生きられる世界を作りたい! そのためにどんなことでも耐えて、勇者として世界を救う……」
ん? おかしいぞ。これはおかしいし、明らかに変だ。
確かにメリーは昔から僕の後を追いかけて、僕の役に立ちたいと言ってきた。それはうれしかったし、最高の家族だとすら思う。だけど、それほど勇猛果敢な性格ではなかったはずだ。妹は若干の知力を得たことによって、他の人よりも多く睡眠をとらなければならない体で、他の人と関わる時間も少なかったからか、むしろ気が小さかったはずだ。
この街に来た頃だって、ファミレスを追い出されるたびに弱音を吐いていた。
そのうえで昨日のあれだ。冒険者になりたいと思う方がおかしい。以前のメリーならありえないことだ。
「いやいや、無理はしなくていいんだぞ?」
「私が勇者になるのが嫌ってこと……?」
涙目の上目使いで妹は僕に迫る。そんな目をされたら断れるはずもない。
「……っ! いやいや、そんなわけないだろう。それがメリーの望む道だというのなら、僕はそれを全力で応援するだけだ」
絶対にメリーが冒険者になることは認めたくないが、先ほど『メリーは生きたいように生きればいい。何があっても僕はメリーの味方だから』なんて言ってしまったからには認めるしかない。
メリーの性格なら冒険者になることはないと踏んで言った言葉だ。――ありえない。
これも神の陰謀なんじゃないだろうか。
「だったら大丈夫だね!」
とても嬉しそうにメリーは飛び跳ねている。
ああ、犬みたいでかわいいな……じゃない! 否定するのは無理だとしても、何とか説得しなければ。
「だがあれだぞ。危険な目に合うかもしれないし、きつくて辛いぞ? 僕はメリーがそんな目に合うのは嫌だなぁ」
「――あきらめろ。私が言えた義理じゃないが、メリーの決意は固い。だったら、兄であるお前が協力してやらんでどうする?」
イチゴが僕の言葉を遮って、もっともな正論を言う。
もちろんそれは嫌味なぐらいに正論だ。僕だって出来るならば協力してやりたい。いや、冒険者になるなら、全力でバックアップするために、今まで以上に努力も惜しまないつもりだ。それでも僕は妹に危険なことはしてほしくない。少なくとも今はまだ。
「兄ちゃん、大丈夫。すぐに冒険者になるわけじゃないから……ただ将来兄ちゃんの役に立つために何かを死体の」
うるうると瞳を潤ませながら妹は僕に抱き着く。
まだ8歳だ。悪知恵を働かせて、僕を懐柔しようとしているわけではないだろう。本気で僕の役に立ちたいと思っているだけだ。
そんな妹の気持ちをむげにすることは出来ない。
「わかったよ。だけど、危険なことはだめだ。命に危険がない範囲で修行して、それから段階的にやっていくんだよ?」
「……!? うん!!」
ああ、言ってしまった。これで、僕に残された猶予は、妹が強くなるまでの少しの間になってしまった。
妹が冒険者になれるぐらいに強くなるよりも早く、僕は魔王を倒さなければならない。
いかにも深刻そうな顔で、イチゴは口に親指と人差し指を当てて唸っている。
この街では差別で風当たりが強い犬種だ。選ばれし勇者っていうのは目立つものだろうし、差別対象である存在が選ばれたとあれば、嫉妬も多いのだろう。
「どういった問題が?」
「今にわかることだが……レーヴェ組って知っているか?」
イチゴの口から出た『レーヴェ組』と言うのは、確かこの街を仕切っている最大級のギャングだ。
別に誰かに尋ねて教えてもらったというわけではないが、その悪名は僕達が暮らしていた片田舎にまで轟いている。もちろん直接見た覚えはない。
「もちろん、それがどうかしたんですか?」
質問に質問を返すようであれだが、ともかく、僕は恐る恐る尋ねてみる。
話の流れ的に、ヤクザ者の名が出てくるということはあまりいいことだとは言えないが、必ず悪いとは言えない。そんな一本の糸に望みを託すような気持ちで僕はイチゴの顔を見た。
――おっと、これは何とも形容しがたい表情だ。
「その幹部に、アトラス・バーバリというやつがいる。もちろん嫌犬だ……ロットワイラーと懇意の間柄だとも言われている。わかるだろう?」
「アルタ以外に犬種の勇者は不要だということですね。それで、メリーはどうなるんです?」
「このことが伝われば、間違いなく……いや、みなまでは言うまい」
イチゴは明らかにメリーの目を気にしている。たぶんメリーの前では話せないようなことなのだろう。
最悪の事態を考えると、殺されるというのが妥当だろう。――本当はそれ以上の最悪もあるとわかっているのだが、できればそれ以上の事態については考えたくない。
「最悪の事態を避けるためには、メリーには自己防衛力を高めてもらうしかないってことですね?」
「ああ」
マジでなんなのだ。神というやつは、苦難の先に死んでしまった僕への当てつけであるかの如く、苦難を押し付けてくる。望みをかなえるどころか、まるで罰でも与えられているかのようだ。
「わかりました。ですが、僕は冒険者になったばかりですし、メリーを鍛えられるほど強くはありませんし、強くなる方法も全く分かりません」
悔しいが、たった二回の冒険で二回とも死にかけているような軟弱ものだ。死線を越えてきたと言えば聞こえはいいが、その実、明らかな実力不足だ。
メリーを鍛えることはおろか、先日のように危険な目に合わせてしまう可能性だってある。そのことはイチゴだって理解しているはずだ。
「わかっている。それにそんなことをすれば、アトラスに目をつけられる可能性だってある。幼いメリーが冒険者になるなんて普通に考えればありえないことだからな」
「それもそうですね……」
僕は想像力に欠けるらしい、確かにイチゴの言うとおり、冒険者になって目立つということはそれだけ勇者であるということがばれる確率が上がるということだ。たまに連れて行くぐらいなら問題はないだろうが、正式にパーティーメンバーとして迎えるのは難しいだろう。
「それよりも、メリーはどうしたいんだ?」
イチゴは僕たちの会話を心配そうに見つめるメリーにそう訊ねた。
彼女は僕よりもしっかりしているらしい、僕の方が人生経験は長いはずなのに情けない。
確かにメリーがどうしたいかも重要だ。彼女の人生、僕たちの話し合いだけですべてが決まっていいはずがない。
「わかんない。ケン兄ちゃんの役に立てるならうれしいけど、迷惑をかけるだけみたいだから……兄ちゃんが私のことを見捨てるならそれでもいいと思っている」
幼いように見えて、メリーは頭がいい。
犬種が差別されているということもしっかりと理解しているし、勇者であることで僕の役に立てると思って喜んではいたが、僕たちの会話を聞いて今自分が置かれた事態をしっかりと把握している。だからこそ、僕は自分に腹が立つ。
妹の前でこんな話をするってことがどういう結果を招くかはわかっていたはずだ。焦っていたとか、ついうっかり忘れていたとか言い訳は出来るはずもない。――僕は馬鹿だ。そこまで妹に言わせてしまうなんて。
絶対に妹を冒険者にはしたくないと考えていたが、それがかなわないとなると今度は自衛に走った僕が愚かで仕方がない。幸い、妹はまだ8歳、勇者として選ばれていたとしても、まだ仕事につくような歳ではない。だったら、とりあえず、ゆるゆるな生活を目指すのはやめて、妹が大きくなるまでに僕が魔王を倒してしまえばいい。
「迷惑なわけがないだろう。メリーは生きたいように生きればいい。何があっても僕はメリーの味方だから」
僕がメリーの自由な道を作ってやる。僕の人生についてはそれから考えればいいだろう。妹のために犬種に対しても、勇者に対してもゆるい世界を作ってやろうじゃないか。
さあ、妹よ。どんな人生を送りたい?
「だったら、私はケン兄ちゃんを助けたい。兄ちゃんがうわ言のように言っていた。ゆるゆるに犬種が幸せに生きられる世界を作りたい! そのためにどんなことでも耐えて、勇者として世界を救う……」
ん? おかしいぞ。これはおかしいし、明らかに変だ。
確かにメリーは昔から僕の後を追いかけて、僕の役に立ちたいと言ってきた。それはうれしかったし、最高の家族だとすら思う。だけど、それほど勇猛果敢な性格ではなかったはずだ。妹は若干の知力を得たことによって、他の人よりも多く睡眠をとらなければならない体で、他の人と関わる時間も少なかったからか、むしろ気が小さかったはずだ。
この街に来た頃だって、ファミレスを追い出されるたびに弱音を吐いていた。
そのうえで昨日のあれだ。冒険者になりたいと思う方がおかしい。以前のメリーならありえないことだ。
「いやいや、無理はしなくていいんだぞ?」
「私が勇者になるのが嫌ってこと……?」
涙目の上目使いで妹は僕に迫る。そんな目をされたら断れるはずもない。
「……っ! いやいや、そんなわけないだろう。それがメリーの望む道だというのなら、僕はそれを全力で応援するだけだ」
絶対にメリーが冒険者になることは認めたくないが、先ほど『メリーは生きたいように生きればいい。何があっても僕はメリーの味方だから』なんて言ってしまったからには認めるしかない。
メリーの性格なら冒険者になることはないと踏んで言った言葉だ。――ありえない。
これも神の陰謀なんじゃないだろうか。
「だったら大丈夫だね!」
とても嬉しそうにメリーは飛び跳ねている。
ああ、犬みたいでかわいいな……じゃない! 否定するのは無理だとしても、何とか説得しなければ。
「だがあれだぞ。危険な目に合うかもしれないし、きつくて辛いぞ? 僕はメリーがそんな目に合うのは嫌だなぁ」
「――あきらめろ。私が言えた義理じゃないが、メリーの決意は固い。だったら、兄であるお前が協力してやらんでどうする?」
イチゴが僕の言葉を遮って、もっともな正論を言う。
もちろんそれは嫌味なぐらいに正論だ。僕だって出来るならば協力してやりたい。いや、冒険者になるなら、全力でバックアップするために、今まで以上に努力も惜しまないつもりだ。それでも僕は妹に危険なことはしてほしくない。少なくとも今はまだ。
「兄ちゃん、大丈夫。すぐに冒険者になるわけじゃないから……ただ将来兄ちゃんの役に立つために何かを死体の」
うるうると瞳を潤ませながら妹は僕に抱き着く。
まだ8歳だ。悪知恵を働かせて、僕を懐柔しようとしているわけではないだろう。本気で僕の役に立ちたいと思っているだけだ。
そんな妹の気持ちをむげにすることは出来ない。
「わかったよ。だけど、危険なことはだめだ。命に危険がない範囲で修行して、それから段階的にやっていくんだよ?」
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