転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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6 勝者と敗者

36 差別

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 どんな世界においても、差別というのは一定以上存在している。それは僕がいた世界でもそうだった。
 些細なことが原因で、クラスの中で孤立する生徒、いじめられる生徒、追い出される生徒、そんな生徒たちを僕は見てきた。さて、ここで生じる問題はそれはいじめが差別なのか……ということであるが僕は差別だと思う。
 孤立、いじめ、追い出し……それが起きる原因は、人種が違ったり、考え方が違ったり、能力が違ったり、そもそもの価値観が違ったりすることにある。もし、万が一、誰かをいじめたことがある人は一度思い出してほしい――一つだけ言っておくが、懺悔してほしいというわけではない。
 なぜ、いじめなんていうくだらないことを始めたのかを思い出してほしいということだ。
 その生徒が空気を読まなかったから? 生まれた故郷が一人だけ違ったから? 能力が自分より下だと思ったから? もしくはその逆? いずれにせよ、自分たちとの違いによるものだろう。だけど、必ずしもそうではない。意味もなくいじめることだってある。
 人種の違いもなければ、男女の違いも、ましてや年齢の違いだって意味をなさない。
 それだけに、問題は重大だ。だからこそ、差別に対する非難は多い。
『いじめはやめなよ!』『差別なんてやめなよ!』なんてことを誰しも一度ぐらいは口にしたことはあるかもしれない。口にしたことはなくても、頭の中で思った人は多いだろう。それは裏返すと、それだけ重大な問題であるということに他ならない。
 しかしだ。それでも差別はなくならない。
 なぜだろう。残念ながら明確な解答はない。
 誰かが言うには、不満への生贄……スケープゴートとしていじめ、差別が始まるらしい。なるほどもっともらしい。

「だとするなら、犬種に対する差別を別に移すことも出来るかな?」
 なんて口にしてみるが、それがどういう意味を指しているのか、もちろん重々承知している。
 そんなことをすれば、今まで差別してきた奴らと同じだ。僕はそうなりたくないし、メリーにそんな気持ちを味あわせたくはない。前世ではあれほどまでに嫌っていた家族というやつが、たった十数年の間に僕の中心になってしまったらしい。
 本来の僕であったなら、犬のためには手段を選ばなかったはずだ。
 そう考えると、僕は犬種として犬に近づいたのかもしれない。種そのものより個、つまるところの血を大切に思っているのだから、人間的ともいえるかもしれないが、いずれにせよ、僕は以前より生物らしくなったということだ。
「なんだか、自分が自分じゃなくなっていくような不快な気分だ」
 こうやって、ベットに寝ころびながら、考え事をすること自体が『僕』からはかけ離れている。

 だけどあんなことがあったのだから、今日ぐらいはゆっくりと布団の中で眠りこけていても誰も責めないだろう。なんて、甘いことを考えていた僕だった。
 しかし、心地よい布団のさわり心地や、カーテンの隙間から入り込むわずかな日の光のまぶしさも、窓の外でさえずる小鳥たちの歌声も長く味わうことが出来なかった。
「ケン兄ちゃん! 朝だよっ!」
 部屋のドアがバタリと開いたかと思えば、すぐにテンションの高い妹が部屋へと入ってくる。
 もちろん、僕の上に乗っかっていた布団は引っぺがされ、カーテンはためらうこともなくすべて開かれた。
 もし万が一、僕が裸で寝るタイプの人間だったなら、近所の人たちにあられもない姿を見せることになっただろうが、生憎と僕はパジャマ派だ。そこまでアダルトな人間ではないし、そんなことが出来るほど自分の体に自信があったというわけでもない。むしろ、僕の尻尾は犬種にしてもみすぼらしい。自慢できるような筋肉だってついていない。
「よかったね。僕が裸じゃなくて……」
「大丈夫だよ。兄ちゃんが裸で寝てるのを見たことないから」
 僕の言葉に恥じらう様子もなく、妹ははにかんで見せた。
 まあ、そりゃそうか……長年同じ屋根のしたで暮らしたわけだし、もし仮に裸だったとしてもメリーは取り乱すことはないのだろう。
「それもそうか」
「うん、それより、これからどうするつもりなの?」
「ここに来てからあまり話さなかったのに、今日は饒舌だな」
 昨日だって、あれだけの状況下にありながら、落ち着いているのかほとんど話さなかった妹が、突然これだけ話すようになれば、何かあったと思うのが兄というものだ。
 僕の知らぬ間に何があったというのだろう。
「別に……私勇者だから、兄ちゃんより年下なのに勇者だから」
「どうして、二回も言うんだよ」
 嫌味で言っているわけでもないだろう。妹はそれほど僕のことを嫌っていない。と思いたい。
「重要なことだもん。でも、勇者ってことは、魔王を倒さななくちゃいけないってことなのかな?」
「今の世界に魔王はいないって……確かアルタ・ロットワイラーは強力な魔物と戦ってるって聞いた。あとは人助けとか?」
「それは、私達犬種にとっては難しい仕事だね」
「ああ、それに危険だ。出来ることなら、僕はメリーにはそんな危険なことをしてほしくない。だからこそこの街に来たんだし」
 まあ、犬種の待遇を改善するためってのもあったけど。
 とにかく、メリーをカフェの店員にして安定した生活を送ってもらい、僕が冒険者として日銭を稼ぐっていうのはもうかなわないことだろう。もしかしたら、役割を反対にすればなんとかなるのかもしれないけど、それはもちろんだめだ。――メリーには出来うる限り安全に生きてもらいたい。
 いつかは勇者として生きることを強要されることになるだろうし、それは遠い未来というわけでもない。
 おっといけない。あまり深い思考に陥ると、周りが見えなくなってしまう。僕の悪い癖だ。
 急に黙りこんだ僕を見てメリーは心配そうにしている。
「私にとって一番大切なのは、兄ちゃんが思うように生きていくことだよ。私が足かせになるって言うなら――」
「――ならないよ。僕の大切な唯一の家族だ。支えにはなっても足かせにはならない」
 
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