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55 妹

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 なんだかよくわからないうちに話は終わり、最終的には僕もお姉さんもお互いに敬語のままでやり取りをすることになった。
 僕としては不本意な結果ではあるのが、こんな意味不明なやり取りを見せられたアニーに比べれば取るに足らないことだろう。

「疲れた……」
 お姉さんとアニーに別れを告げて、裏側の扉から役所を出た。
 あまりにも色々なイベントが置きすぎて、濃厚すぎる一日になってしまったが、その方が楽しいし文句はない。ただ、アメーバと戦うのだけは二度とごめんだ。
 裏通りは朝とは違い、まばらだが獣人が歩いている。歩いている獣人のほとんどが犬種だから、突然襲われるような最悪なイベントには巻き込まれないだろう。これなら安心して家まで帰ることが出来る。
 そのまま歩幅の狭い道をまっすぐ歩き、時には半身になって獣人たちとすれ違いながらも何とか喫茶店へと帰ることが出来た。

「ただいま」
 店の扉には今朝と同じように『close』の看板が掲げられており、カギこそ閉められていないものの、人の気配は一切なかった。
「まだ訓練してるのかな……」
 ようやく妹に会えると思ったので少しだけ残念な気分だったが、それも妹の身を護るためだと考えれば我慢できた。
「それにしても不用心だな」
 いくら看板で店がやっていないことを示していても、万が一にもドアノブを回されたら鍵がかかっていないことは容易に分かるだろう。そんな状態では、泥棒に入ってくださいと言っているようなものだ。いくらイチゴさんがかなりの実力者だとはいっても、留守を狙われてはどうすることも出来ない。

「まあいいか……盗まれるお金があるほど稼いでるようには見えないし」
「――誰の店が閑散としてるって?」
 僕は突然に背後から聞こえた声に思わず飛びのく。その結果、体のバランスが崩れ、倒れそうになったが何とか踏ん張って耐えた。
 どうやら店の主が帰って来たらしい。だがそれより、重要なのはもう一人の存在だ。

「兄ちゃん。イチゴさんに失礼なこと言っちゃだめだよ?」
 麗しい声が僕の耳を癒す。
 おかしい、僕はいつからシスコンになってしまったのだろう。メリーの声を聞くだけでここまで胸が高鳴るのは明らかに変だ。まるで、中学生が初心な恋心を抱いたかのように早くなる心音を僕は抑え込む。ずっと考えていたことではあるが、僕にとってメリーはただの妹だ。それは不変であるし、変わってはいけないことだ。
 今にも妹を抱きしめたくなる心を抑え込み、出来うる限り心を落ち着かせて、あくまでいつもと変わらない口調で返事をする。
「そういうつもりじゃなかったんだよメリー……イチゴさんも申し訳ございません!」
 本当はメリーの対応を終えてから、イチゴにもきちんと謝罪するつもりだった。
 だがメリーと見つめ合っていると頭がおかしくなりそうだったので、早い段階でイチゴの方を振り向いて頭を下げる。
 やっぱりおかしい、これじゃあ恋と言うよりは呪いだ。
 僕はどこかでシスコンになる呪いをもらってしまったのかもしれない。そうでなければ、今まで何ともなかったのにこんなことになるはずがない。何より、きっかけがまるでなかった。今朝だって、別に妹を見て欲情するようなことはなかったし、冒険に行くまでも妹のことを考えても何も思わなかった。
 それなのにどういうことか、今では気持ちを抑え込むだけでも精神が侵されるような感覚だ。

「聞いてよ兄ちゃん! 今日ね……」
 妹が再び僕に声をかけた時に異変は起きた。
 頭はしっかりしているのに、世界がまるで傾くように床が僕に迫ってきているのだ。もしかしたら幻覚なのかもしれないが、そんなことよりも頭が割れるように痛い。
 僕はそこまで妹に傾倒してしまったのだろうか? いいや、ありえない。妹は、メリーは大切な家族で、守らなければならない存在だ。それなのにどうして、妹が僕を心配する声がわずかに聞こえただけで胸が熱くなるのだろう。
 頭の中で、様々な疑問が浮かびながら、それらを強制的に消し去るように思考がシャットアウトされた。
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