転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

文字の大きさ
58 / 170
7 ポーション

55.5 勇者の恩恵

しおりを挟む
 家族を好きになるのは当然のことだ。
 以前の僕なら考えられなかったことだが、ほとんどの人間が家族を好いているだろう。もちろん『家族愛』だ。恋愛感情があるというわけではなく、そんなものがあるのは異常だ。
 例えばだが、男性は自分の母親と似た女性を好きになり、女性は父親に似た男性を好きになるなんていう俗説があるらしいが、それはあくまで似た他人を好きになるというだけのことで、実際のところは親に恋愛感情を持っているというわけではない。
 そういえばどこかの研究結果で見たことがあるのだが、血のつながりが近い相手に対しては遺伝子が恋心を抱かないようにしているらしい。記憶としてはあいまいだが、そうなっているらしい。

『だから、僕が妹に恋をするはずがない』

 なんて結論がはじき出されるわけじゃない。
 だがしかし、恋心を抱く可能性は限りなく低いというわけだ。だからどうだ、こうだいうわけではないが、とにかく僕は認めない。もし仮に、僕の遺伝子が妹を求めていたとしても――僕の意思がそれを否定する。
 ふんわりとした頭の中で、僕はそんなことを考えていたと思う。
 いや、今では詳しく思い出せないのだが、夢というのはそう言うものだろう? だけど、夢の中でした決心だけは絶対に揺るがないだろう。

             

「――あんたは暇人か?」
 ぼんやりとした思考が、ようやく現世に戻ってきたのを確認した時に、イチゴが誰かと言い争っているような声が聞こえた。
「イザベラ。君は勇者についてよく知らないのだろう?」
 どうやら相手は、大公のリグダミス・ロットワイラーらしい。目がかすんでよく見えないが、間違いなく彼の声だ。
「でも、そんな……それじゃあまるで呪いじゃないか!?」
「いいや、祝福さ……だからこそ僕は彼に依頼をしたわけだからね」
 言い争っている内容がすべてわかるわけではないが、どうやら僕とメリーのことについて何かを話しているらしい。それなのに、僕とメリーは蚊帳の外だ。

「何の話ですか?」
 視界がぼやける中、僕はゆっくりと体を起こして尋ねる。
「起きたのか……」
 イチゴの声からは驚きと同時に申し訳なさが伝わってきた。何となくわかってはいたが、僕が倒れた理由と何か関係がありそうだ。
「勇者の祝福について話していたのだよ」
「リグダミスっ!!」
 大公があっさりとした口調で言うのをイチゴが咎める。
 本人に聞かせるのには衝撃的な内容なのかもしれない。だけどそれでも僕は知りたかった。そこには僕が妹を好きになってしまった理由があるだろうから。

「聞かせてください。お願いします」
 今聞いておかなければ後悔することになる。
 ようやく視界がはっきりとして、大公がイチゴにアイコンタクトする様子が見えた。
「お前は初めてアルタを見た時どう思った?」
 質問の意図がわからない。だがそれが重要な質問だということは彼の顔を見ればよくわかる。
 アルタの父親である彼の前でこんなことを口にするのもどうかと思ったが、僕は素直に思ったことを口にする。
「きれいな人だと……思いました」
「それだけかい?」
 大公は真剣なまなざしで聞き返してくる。
 確かに、それだけではない。もし仮に、前世での経験がなければ確実に一目ぼれしていたであろう。だがそんなことをここで言うのは拷問だ。それでもこの空気、言わなければならないのだろうな。
 ほんの少しだけためらいながら僕は口を開く。
「い、一瞬だけ恋心を抱いたかもしれません……」
 僕は本人の父親を前にして、何を言わされているのだろう。これじゃあただの羞恥プレイだ。

 そんな僕の様子を見てロットワイラー大公は大笑いする。
「やはりお前は勇者の恩恵に弱いらしい……わかっているとは思うが、お前のような雑種が私の娘に手を出すなよ?」
「出しませんし、出せませんよ。僕と彼女じゃ身分が全然違いますからね」
「よくわかっているじゃないか……だけど、話はそう簡単でもない。勇者の恩恵……すなわち、『人々に愛される力』は常時発動している。勇者をやめない限りは永遠に」
「つまり、それはメリーに対しても――ってことで何でしょうね……」
 メリーの名前を口にしただけで、意識が持って行かれそうだ。
「ああ、だが普通この世界に生きる獣人なら誰しもその力に対する耐性を持っているはずだ。それなのにケンは耐性が限りなく低い。能力が低いメリーに対しては何も感じなかったが、訓練で能力を上げたメリーに対しては耐えられなかったのだろう」
 イチゴが僕たちの会話に割って入ってくる。それも申し訳なさそうな顔をして。

「そうだよ。イザベラが気づいていれば、こんな面倒なことにはならなかったはずだ。私がいちいちこんな場所に何度も出向く必要もなかっただろうね。だがお前は私の大事な駒だ。誰よりも早くポーションを作れるのはお前で、不本意だが私の娘を救えるのもお前だけだからね」
 大公は苦悶の表情を浮かべながら、言葉を口にした。
 娘を救える……どういう意味だ。アルタはすでに山を越えたはずだ。
「どういうことです……アルタはもう大丈夫なんじゃ……?」
 僕の質問に大公は答えない。
 それに耐えきれなかったのだろうイチゴが代わりに答えた。
「――命に別状はない。だが、それは今のところだといったところだろう」
「やはり気がついていたのかい。流石はイザベラだよ……アルタはこのままじゃ助からない。だから何としてもポーションが必要なのさ、それも一ヶ月以内にね」
 こんなに悔しそうな顔をしている大公の顔は初めて見た。いつもなら、ひょうひょうとして、たまに僕へと殺気を放つだけだった。それだけ娘のことが大切だということなのだろう。

「だったら、早く魔力水を探さないと……」
 そんな彼を見ていると、昔の僕を思い出す。
 誰も救えなかった僕のことを……嫌いな家族も、気持ちの悪い仲間たちを、たった一人の親友を……なにもカモを救えなかった自分自身を。
 僕はベッドから体を起こす。

「本当に不本意だが、お前にはこれをやろう」
 そう言って、大公は僕に小さな指輪を一つ差し出した。
 指輪はおそらく金でできており、その綺麗な薄緑色の宝石が埋め込まれている。宝石には疎い僕でも何となくわかったが、それはかなり高価なものだ。
「いえ、もらえませんよ。報酬も十分頂いていますから」
「私だって本当はやりたくない! だが、お前は妹を想像するだけで意識を失うほどに勇者の恩恵に耐性がない。この魅了を防ぐ指輪をはめておくしかないのだよ!」
 大公に怒鳴られて僕はしぶしぶ指輪を受け取った。
「まさか、お前がこれを持っていたとは……」
 イチゴは大公に対して失望にも似た表情を向ける。
 二人の間に何があったのかは知らないが、おそらくあまりいいことではないのだろう。役所のお姉さんも言っていたが、大公、リグミダス・ロットワイラーはイチゴが冒険者を引退することになった原因らしいから、僕なんかには想像できないようなおぞましい因縁があるのだろう。
 しかし、大公はそんなイチゴの態度をまるで気にも留めないと言った風に、あっさりと言って見せた。

「彼女の物だ。私が持っていても何もおかしくはないだろう……そんなことより、ケンと言ったか? その指輪は非常に高価なものだ。あまり人に見せびらかしたりするなよ。そんなことになったら、奪った側を消さなければならなくなるからね」
 大公は最後に恐ろしいことだけ口にして、悠々と店から去って行った
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...