転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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55.5 勇者の恩恵

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 家族を好きになるのは当然のことだ。
 以前の僕なら考えられなかったことだが、ほとんどの人間が家族を好いているだろう。もちろん『家族愛』だ。恋愛感情があるというわけではなく、そんなものがあるのは異常だ。
 例えばだが、男性は自分の母親と似た女性を好きになり、女性は父親に似た男性を好きになるなんていう俗説があるらしいが、それはあくまで似た他人を好きになるというだけのことで、実際のところは親に恋愛感情を持っているというわけではない。
 そういえばどこかの研究結果で見たことがあるのだが、血のつながりが近い相手に対しては遺伝子が恋心を抱かないようにしているらしい。記憶としてはあいまいだが、そうなっているらしい。

『だから、僕が妹に恋をするはずがない』

 なんて結論がはじき出されるわけじゃない。
 だがしかし、恋心を抱く可能性は限りなく低いというわけだ。だからどうだ、こうだいうわけではないが、とにかく僕は認めない。もし仮に、僕の遺伝子が妹を求めていたとしても――僕の意思がそれを否定する。
 ふんわりとした頭の中で、僕はそんなことを考えていたと思う。
 いや、今では詳しく思い出せないのだが、夢というのはそう言うものだろう? だけど、夢の中でした決心だけは絶対に揺るがないだろう。

             

「――あんたは暇人か?」
 ぼんやりとした思考が、ようやく現世に戻ってきたのを確認した時に、イチゴが誰かと言い争っているような声が聞こえた。
「イザベラ。君は勇者についてよく知らないのだろう?」
 どうやら相手は、大公のリグダミス・ロットワイラーらしい。目がかすんでよく見えないが、間違いなく彼の声だ。
「でも、そんな……それじゃあまるで呪いじゃないか!?」
「いいや、祝福さ……だからこそ僕は彼に依頼をしたわけだからね」
 言い争っている内容がすべてわかるわけではないが、どうやら僕とメリーのことについて何かを話しているらしい。それなのに、僕とメリーは蚊帳の外だ。

「何の話ですか?」
 視界がぼやける中、僕はゆっくりと体を起こして尋ねる。
「起きたのか……」
 イチゴの声からは驚きと同時に申し訳なさが伝わってきた。何となくわかってはいたが、僕が倒れた理由と何か関係がありそうだ。
「勇者の祝福について話していたのだよ」
「リグダミスっ!!」
 大公があっさりとした口調で言うのをイチゴが咎める。
 本人に聞かせるのには衝撃的な内容なのかもしれない。だけどそれでも僕は知りたかった。そこには僕が妹を好きになってしまった理由があるだろうから。

「聞かせてください。お願いします」
 今聞いておかなければ後悔することになる。
 ようやく視界がはっきりとして、大公がイチゴにアイコンタクトする様子が見えた。
「お前は初めてアルタを見た時どう思った?」
 質問の意図がわからない。だがそれが重要な質問だということは彼の顔を見ればよくわかる。
 アルタの父親である彼の前でこんなことを口にするのもどうかと思ったが、僕は素直に思ったことを口にする。
「きれいな人だと……思いました」
「それだけかい?」
 大公は真剣なまなざしで聞き返してくる。
 確かに、それだけではない。もし仮に、前世での経験がなければ確実に一目ぼれしていたであろう。だがそんなことをここで言うのは拷問だ。それでもこの空気、言わなければならないのだろうな。
 ほんの少しだけためらいながら僕は口を開く。
「い、一瞬だけ恋心を抱いたかもしれません……」
 僕は本人の父親を前にして、何を言わされているのだろう。これじゃあただの羞恥プレイだ。

 そんな僕の様子を見てロットワイラー大公は大笑いする。
「やはりお前は勇者の恩恵に弱いらしい……わかっているとは思うが、お前のような雑種が私の娘に手を出すなよ?」
「出しませんし、出せませんよ。僕と彼女じゃ身分が全然違いますからね」
「よくわかっているじゃないか……だけど、話はそう簡単でもない。勇者の恩恵……すなわち、『人々に愛される力』は常時発動している。勇者をやめない限りは永遠に」
「つまり、それはメリーに対しても――ってことで何でしょうね……」
 メリーの名前を口にしただけで、意識が持って行かれそうだ。
「ああ、だが普通この世界に生きる獣人なら誰しもその力に対する耐性を持っているはずだ。それなのにケンは耐性が限りなく低い。能力が低いメリーに対しては何も感じなかったが、訓練で能力を上げたメリーに対しては耐えられなかったのだろう」
 イチゴが僕たちの会話に割って入ってくる。それも申し訳なさそうな顔をして。

「そうだよ。イザベラが気づいていれば、こんな面倒なことにはならなかったはずだ。私がいちいちこんな場所に何度も出向く必要もなかっただろうね。だがお前は私の大事な駒だ。誰よりも早くポーションを作れるのはお前で、不本意だが私の娘を救えるのもお前だけだからね」
 大公は苦悶の表情を浮かべながら、言葉を口にした。
 娘を救える……どういう意味だ。アルタはすでに山を越えたはずだ。
「どういうことです……アルタはもう大丈夫なんじゃ……?」
 僕の質問に大公は答えない。
 それに耐えきれなかったのだろうイチゴが代わりに答えた。
「――命に別状はない。だが、それは今のところだといったところだろう」
「やはり気がついていたのかい。流石はイザベラだよ……アルタはこのままじゃ助からない。だから何としてもポーションが必要なのさ、それも一ヶ月以内にね」
 こんなに悔しそうな顔をしている大公の顔は初めて見た。いつもなら、ひょうひょうとして、たまに僕へと殺気を放つだけだった。それだけ娘のことが大切だということなのだろう。

「だったら、早く魔力水を探さないと……」
 そんな彼を見ていると、昔の僕を思い出す。
 誰も救えなかった僕のことを……嫌いな家族も、気持ちの悪い仲間たちを、たった一人の親友を……なにもカモを救えなかった自分自身を。
 僕はベッドから体を起こす。

「本当に不本意だが、お前にはこれをやろう」
 そう言って、大公は僕に小さな指輪を一つ差し出した。
 指輪はおそらく金でできており、その綺麗な薄緑色の宝石が埋め込まれている。宝石には疎い僕でも何となくわかったが、それはかなり高価なものだ。
「いえ、もらえませんよ。報酬も十分頂いていますから」
「私だって本当はやりたくない! だが、お前は妹を想像するだけで意識を失うほどに勇者の恩恵に耐性がない。この魅了を防ぐ指輪をはめておくしかないのだよ!」
 大公に怒鳴られて僕はしぶしぶ指輪を受け取った。
「まさか、お前がこれを持っていたとは……」
 イチゴは大公に対して失望にも似た表情を向ける。
 二人の間に何があったのかは知らないが、おそらくあまりいいことではないのだろう。役所のお姉さんも言っていたが、大公、リグミダス・ロットワイラーはイチゴが冒険者を引退することになった原因らしいから、僕なんかには想像できないようなおぞましい因縁があるのだろう。
 しかし、大公はそんなイチゴの態度をまるで気にも留めないと言った風に、あっさりと言って見せた。

「彼女の物だ。私が持っていても何もおかしくはないだろう……そんなことより、ケンと言ったか? その指輪は非常に高価なものだ。あまり人に見せびらかしたりするなよ。そんなことになったら、奪った側を消さなければならなくなるからね」
 大公は最後に恐ろしいことだけ口にして、悠々と店から去って行った
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