転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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8 新たなる武器

73 実戦にて 3

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 長い人生を生きて来たというわけではないが、魔物が話すなんて話は聞いたことがない。いや、僕が知らなかっただけかもしれないが、ともかく聞いたことがない。

「しゃべったら……いけないのか?」
 おどろおどろしい口調で、まるで悪魔が恨みを持った人間にでも話しかけるがごとく、その存在は僕を睨みつけている。
「い、い、いえ。何も問題ありません!」
 どうして僕は敬語を使っているんだろう。
 なんだかよくわからないが、敬語を使わなければいけないような気がした。そうでもしないと、すぐにでも殺されてしまうような、そんな悪寒がしたのだ。
 額から冷や汗がこぼれて、先ほどまではわずかには存在していた『勇気』という言葉が、まるで存在していなかったかのように頭から零れ落ちた。すべてが焦げ付くような、それでいて、全てが凍り付いたような、そんな意味不明な感覚だけが僕の体を駆け抜ける。そのせいか、体は小刻みに震え、それによってさらに汗が噴き出す悪循環だ。
 そんな僕を見て、魔物は小さく笑う。

「くく、獣人よ。何を恐れる? なぜ恐れる? 私がお前を殺してやると言うのだ……歓喜に身を震わせるべきではないのか?」
 魔物は翼をゆるりと休め、宙から地面に下りた。
 地上に降りたっても、どこか神々しく、そして禍々しい。そして思っていたよりも大きく、羽は黒と白が混じった気味の悪い物だという事がわかった。例えるなら、天使と堕天使の羽が半分ずつ混ざったような感じだろう。それがワニの尻尾の方に届くぐらいに大きいのだが、それでも、あの巨体を持ち上げられるとは到底思えなかった。
 しあし、そんなことがどうでもよくなるくらいに、緊張が高まっている。たぶん、女神と邂逅した時よりも緊張感は遥かに高いだろう。開こうとした口すら強張るほどだ。
 それでも何とか反論する。

「恐れてなどいない。強敵と会えたことに歓喜して、武者震いして、いる……だけだ」

 最近、ため口なんてほとんど使っていなかったから、たどたどしくなってしまったが、それでも言いたいことは言えた。
 どれだけ恐ろしい相手で、その相手が突然話し始めたとしても、僕のやるべきことは最初から変わらない。
 勝てる見込みなんて最初から皆無だし、勝てないなら勝てないなりに時間の稼ぎようもある。そのためには、まず奴を怒らせなくてはいけない。
 本当は、ヒットアンドアウェイで時間を稼ぐつもりだったのだが、言葉が通じるなら話は早い。

「お前ごときに僕が怯えるはずないだろう。珍獣が話したから、物珍しくて驚いただけだ」

 相手は最初から僕を殺すつもりだ。たぶん、言葉は通じても話が通じるような相手ではないだろう。もちろん、説得できないという意味でだ。
 言葉は通じるのだから、精神的な攻撃は通用するという事だ。

「くく、なんだそれ……私を怒らせようとでも言うのか? 獣人ごときには力不足だ。いや、私がお前を殺すこと自体が役不足と言うべきだな」
 全く引っかからない。
 精神的にも相手の方が有利らしい。そりゃそうだ。自分に怯えているような存在が何を言おうと、結局は強がりでしかないのだから。それでも、奴を街に行かせることだけは何としても阻止しなければならない。
「出来もしないことを口にするもんじゃないぞ」
 見た目的に小回りがきくとは到底思えないが、見た目で判断するのはあまりにも危険だ。実際のところはとてつもないスピードで動けて、奴は簡単に僕を殺せるのかもしれない。そんな驚異的なスピードが出せるのであれば、そもそも僕の挑発なんて何の意味もない。そうでないことを祈るばかりだ。

「なるほど、時間稼ぎか……獣人の考えることは短絡的でいけない。見たところ、お前は魔法使いか、それに準ずる何かだろう? その目で理解できているはずだ。私と手前の実力を……それでも時間稼ぎが出来ると思っているのなら……そのような甘い考えでいるというのなら、少しぐらいは同情心もわくというものだ」
 低いうなり声のようなものがあたりに木霊する。
 それから感じ取れるのは、怒りでも、憎しみでもなく、呆れだ。魔物は、僕の内心に同情し、情けなく思い、そして嘲笑っているのだろう。
『無意味だとわかっていても、道化を演じるしかない獣人』として。
 でも、僕はそれでもいい。どれだけ笑われようとも、この命、犬達への恩返しに使うことが出来ないのなら、せめて世界で初めての『家族』のために使ってしまいたい。それが最後の望みだ。

「ここまで言われても、攻撃すら出来ないのか? 情けないやつだ……」
「いいことを教えてやろう。時間稼ぎをしたいのであれば、やりすぎないことだ。もしも、来世があるとすれば、この教訓を生かすといい……望み通り、攻撃をしてやる。一撃で死んでくれるなよ?」
 魔物の声が耳に届いたかと思うと、僕の身に何かが起きた。一瞬何が起きたのかわからなかったが、どうやら、僕の体は吹き飛ばされたらしい。めまぐるしく移り変わる景色がそれを物語っている。まるで、車にでも乗って移動しているようだ。
 ドライブ中というのなら、きっとかわるがわる目に映る景色が、さほど変わり映えのないものだと不平不満を漏らしたことだろうが、そんなことを考えている場合ではない。
 空気という壁にぶつかっているだけでも、体中から悲鳴が聞こえてくるというのに、物理的な壁に衝突でもすれば体は爆散することだろう。何かしらの対策を立ててスピードを緩めなければ。

「くそ……何か……ないのか……」
 喉の奥から血が上がってきて、しゃべることもままならない。そうでないことを祈るばかりだが、内臓が破壊されたのかもしれない。
 しかし、それよりも重要なのは、いかにしてスピードを緩めるか……棒を地面に突き刺してスピードを殺すか、何かにゆっくりとぶつかることによって摩擦によってスピードを緩めていくか……どちらも不可能に近い。
 前者は、手の中に持っていた骨の塊でもしかしたら何とかなるかもしれないが、希望はかなり小さい。かといって、後者はかなりの高等テクニックを必要とし、なおかつ出来たとしてもかなりの高確率で死に至ることだろう。もとより、選択肢は前者しかない。
 だけど、こんな脆いぼうっきれが、地面と僕との懸け橋になってくれるとは到底思えない。
 ほんの少しの希望を込めて、杖に魔力を流し込んだ。

「な、んとでも……な、れ」
 どうせやらなけば死ぬんだ。
 それならやってみて死んだ方がマシだ。ああ、それにしても、僕はどれだけ時間を稼ぐことが出来たのだろうか……感覚的には1時間ほどは経っている気がするが、たぶん数分……よくて数十分てとこだろう。僕が死んだとしても、アニーが誰かを連れて来てくれることを祈るしかないな。
 僕は勢いよく杖を振り上げて、地面に突き刺す。
 もちろん、杖が地面に刺さることなどありえない。杖は地面に若干の傷跡を残しながら、それでも折れることはなくわずかにだがスピードを殺してくれているような気がしなくもない。
「ええい。もっと……ま、魔力をくれ、てやる。頼むから……頼むから、なん、とかして、くれ」
 体にある魔力をありったけ杖に込めた。それに呼応するかのように杖が強く発光する。
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