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9 過去の英雄
92 魔力提供者達 6
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――精神統一によって、スティルの体から魔力がわずかにこぼれ出す。
僕はそれを杖に当てて少しずつそれを小さな小瓶に移し替える。確かに先ほど僕たちを襲ったような子悪党どもに比べれれば遥かに大量の魔力と言えるだろうが、それを吸収し続けても一体どれほどの時間を要することだろう。全く想像もつかない。
「どうだ?」
なんてことをリグダミスは真顔で聞いてくるが、僕としては何とも言い難い気分だ。
こんなにも素晴らしい結果が出ているというのに、それはあくまで平均点より高いというだけで結論としては何の意味もないほどの魔力量でしかない。
それに対してどうのこうの言われても返す言葉もない。
「不十分なようですね……」
そんな僕の様子を察したのか、イロアスがそう呟いた。
もしかすると、彼女は魔力の流れというやつが見えるのかもしれないが、そう結論付けるにはまだ早い。自分の希望的観測で物事を見るのは僕の悪い癖だ。世界はそれほどまでに都合の良いようには出来ていないはずだ。いいや、これも僕の希望的観測に過ぎない。
神が僕に対して不当な恩恵をもたらしていた場合なら、いともたやすく答えにたどり着けるだろう。
「魔力の流れが見えるんですか?」
答えにたどり着く方法というのはいくつもあるが、一番たやすく、正答率もそれなりにある方法が答えを本人に尋ねるという事だろう。
こんなことを言うと傲慢に思われるかもしれないが、僕でもできないことを出来る人間が、欲しいときに欲しい場所に現れるというご都合主義は神の恩恵を受けた者の特権とも言える。神の恩恵の正体がいまだにわかりかねる現状では、まさに出会いこそが奇跡の正体なのかもしれない。そう思わせる状況は短い人生の中でも幾度かあった。今まさにそうだ。
「……見えなくてもわかります」
返ってきたのは答えではなかったが、もっともそのはぐらし方では否定ともとることが出来ない。どっちつかずの言葉には違いない。
「なるほど……確かにそうですね。僕の沈黙を聞けばそう思うのは当たり前ですね」
「沈黙もそうですが、それ以上に魔力水に魔力の反応がほとんどない……つまりは、それほど魔力が吸い出せなかったという証拠です」
彼女の言うとおり、魔力水にはほとんど限りなく0と言えるほどに変化がない。
ポーション作りの現場を見たことがあるわけでも、今までに作ったことがあるわけでもない僕にとっては全くの盲点だった。
魔力を注ぎ込むことによって変化が生じるとは……まさか夢にも思わなかった。
つまり、この世界には出会いという奇跡は存在せず、今回の出会いも神の奇跡とは何ら関係がないという可能性が高まったという事だ。もちろん全くの0というわけではない。ポーション作りにおいて、いくら魔力に関する知識を持っているからと言って、まるで経験のない僕がどれだけ奮闘したとしても完成するまでにはかなりの時間を要することになるだろう。だからこそ、経験者の経験値が必要だ。
「魔力水にポーションを注ぎ込むと色が変わる……」
なるほど、それで僕が以前飲んだポーションは薄い青色だったのか。
しかし、僕の手の中にあるそれは未だに無色透明だ。
それについて、さらにイロアスが詳しく説明を続ける。
「はい。魔力水の中にも含まれる魔力を吸収しやすい細胞には、魔力をある一定以上吸収すると色が変化する特性があると最近の研究で発見されました」
続けてリグダミスが顔にシワを寄せながら結論を話す。
「それゆえに、魔力をある一定以上注ぎ込めば……多少なりとも色が変化する筈だ。だが、今のところ何の変化もない。つまり、注ぎ込まれた魔力は足しにもならなかったということだ」
そう言い切るとリグダミスは「やれやれ」と首を横に数回降る。
「なら、俺のこの動作も無意味ってわけだ」
スティルは面倒くさそうに立ち上がりそう言った。
ため息交じりに吐き出された彼の失言をリグダミスが責めたてる。
「馬鹿言え……何人もの魔法使いが膨大な時間をかけてようやく完成するのが最上級のクスリ。すなわちポーションだ。飲めばいかなる傷もすぐに癒え、時間経過にもよるが失われた命さえ取り戻すと言われている。それがどうしてお前の人生のひとかけらにも満たない時間で補えると勘違いをする?」
それを聞いて黙っているスティルではない。
しかし、イロアスのこともあったのだろう、怒りをぐっとこらえて何かを言いかけたかと思えば、困ったように頭を何度かかきむしった。
「わかった。どうせ雇い主はお前で、俺達は雇われただけに過ぎねぇ……リグダミス、お前のことは気にくわねぇが今回は我慢してやる。まあ、働いた分の報酬がもらえるなら文句はねぇからなぁ」
なんてことを言うと、彼は再び精神統一に戻った。
僕は状況がイマイチつかめずにリグダミスの方をちらりと見た。彼は僕の方など振り向きもせず、ただ一言だけ「吸い取れるだけ吸い取れ」とつぶやいた。
鏡がない部屋で自分の顔を見ることは出来ないが、たぶん僕は苦虫を噛み潰したような顔をしていたことだろう。
しかし、それは再びスティルの方を見直した後では解消された。
「さっきとは集中力が全然違います……」
驚愕することもなくイロアスがそうこぼした。
初対面の僕とは違い、彼女は彼の本当の実力を把握していたからこそ冷静でいられるのだろう。これほどの魔力量……僕が本気で魔力を放出したとしても出せる量じゃない。
「魔力というのは生命の源……」
困惑する僕に対してリグダミスが語り始めた。
「一流の戦士には尋常ならざる生命力があり、幾たびも死線を乗り越えてきた。そんな二人には膨大な魔力が宿っているはずだ……かつての勇者がそうであったように。私はそう確信していた。これがその結果だ……私は間違えない。だから二人にかけた金などは単なる投資で、一切のムダ金はない。今でもそう信じているが、それはどうやら違ったようだ。ケン――お前は私にムダ金を払わせる気か?」
そうして最後には僕が仕事を放棄して愕然としてしていることに対して怒りを露わにした。
僕はあわてて杖をスティルに当てる。すると、尋常ではない魔力が流れ込んでくるのを感じた。僕は再びあわてて杖を瓶へと向けた。魔力を魔力水に吸収させるためだ。魔力水は膨大な魔力を吸収してほんのわずかにだが、確かに淡い青へと変色を始めた。
僕はそれを杖に当てて少しずつそれを小さな小瓶に移し替える。確かに先ほど僕たちを襲ったような子悪党どもに比べれれば遥かに大量の魔力と言えるだろうが、それを吸収し続けても一体どれほどの時間を要することだろう。全く想像もつかない。
「どうだ?」
なんてことをリグダミスは真顔で聞いてくるが、僕としては何とも言い難い気分だ。
こんなにも素晴らしい結果が出ているというのに、それはあくまで平均点より高いというだけで結論としては何の意味もないほどの魔力量でしかない。
それに対してどうのこうの言われても返す言葉もない。
「不十分なようですね……」
そんな僕の様子を察したのか、イロアスがそう呟いた。
もしかすると、彼女は魔力の流れというやつが見えるのかもしれないが、そう結論付けるにはまだ早い。自分の希望的観測で物事を見るのは僕の悪い癖だ。世界はそれほどまでに都合の良いようには出来ていないはずだ。いいや、これも僕の希望的観測に過ぎない。
神が僕に対して不当な恩恵をもたらしていた場合なら、いともたやすく答えにたどり着けるだろう。
「魔力の流れが見えるんですか?」
答えにたどり着く方法というのはいくつもあるが、一番たやすく、正答率もそれなりにある方法が答えを本人に尋ねるという事だろう。
こんなことを言うと傲慢に思われるかもしれないが、僕でもできないことを出来る人間が、欲しいときに欲しい場所に現れるというご都合主義は神の恩恵を受けた者の特権とも言える。神の恩恵の正体がいまだにわかりかねる現状では、まさに出会いこそが奇跡の正体なのかもしれない。そう思わせる状況は短い人生の中でも幾度かあった。今まさにそうだ。
「……見えなくてもわかります」
返ってきたのは答えではなかったが、もっともそのはぐらし方では否定ともとることが出来ない。どっちつかずの言葉には違いない。
「なるほど……確かにそうですね。僕の沈黙を聞けばそう思うのは当たり前ですね」
「沈黙もそうですが、それ以上に魔力水に魔力の反応がほとんどない……つまりは、それほど魔力が吸い出せなかったという証拠です」
彼女の言うとおり、魔力水にはほとんど限りなく0と言えるほどに変化がない。
ポーション作りの現場を見たことがあるわけでも、今までに作ったことがあるわけでもない僕にとっては全くの盲点だった。
魔力を注ぎ込むことによって変化が生じるとは……まさか夢にも思わなかった。
つまり、この世界には出会いという奇跡は存在せず、今回の出会いも神の奇跡とは何ら関係がないという可能性が高まったという事だ。もちろん全くの0というわけではない。ポーション作りにおいて、いくら魔力に関する知識を持っているからと言って、まるで経験のない僕がどれだけ奮闘したとしても完成するまでにはかなりの時間を要することになるだろう。だからこそ、経験者の経験値が必要だ。
「魔力水にポーションを注ぎ込むと色が変わる……」
なるほど、それで僕が以前飲んだポーションは薄い青色だったのか。
しかし、僕の手の中にあるそれは未だに無色透明だ。
それについて、さらにイロアスが詳しく説明を続ける。
「はい。魔力水の中にも含まれる魔力を吸収しやすい細胞には、魔力をある一定以上吸収すると色が変化する特性があると最近の研究で発見されました」
続けてリグダミスが顔にシワを寄せながら結論を話す。
「それゆえに、魔力をある一定以上注ぎ込めば……多少なりとも色が変化する筈だ。だが、今のところ何の変化もない。つまり、注ぎ込まれた魔力は足しにもならなかったということだ」
そう言い切るとリグダミスは「やれやれ」と首を横に数回降る。
「なら、俺のこの動作も無意味ってわけだ」
スティルは面倒くさそうに立ち上がりそう言った。
ため息交じりに吐き出された彼の失言をリグダミスが責めたてる。
「馬鹿言え……何人もの魔法使いが膨大な時間をかけてようやく完成するのが最上級のクスリ。すなわちポーションだ。飲めばいかなる傷もすぐに癒え、時間経過にもよるが失われた命さえ取り戻すと言われている。それがどうしてお前の人生のひとかけらにも満たない時間で補えると勘違いをする?」
それを聞いて黙っているスティルではない。
しかし、イロアスのこともあったのだろう、怒りをぐっとこらえて何かを言いかけたかと思えば、困ったように頭を何度かかきむしった。
「わかった。どうせ雇い主はお前で、俺達は雇われただけに過ぎねぇ……リグダミス、お前のことは気にくわねぇが今回は我慢してやる。まあ、働いた分の報酬がもらえるなら文句はねぇからなぁ」
なんてことを言うと、彼は再び精神統一に戻った。
僕は状況がイマイチつかめずにリグダミスの方をちらりと見た。彼は僕の方など振り向きもせず、ただ一言だけ「吸い取れるだけ吸い取れ」とつぶやいた。
鏡がない部屋で自分の顔を見ることは出来ないが、たぶん僕は苦虫を噛み潰したような顔をしていたことだろう。
しかし、それは再びスティルの方を見直した後では解消された。
「さっきとは集中力が全然違います……」
驚愕することもなくイロアスがそうこぼした。
初対面の僕とは違い、彼女は彼の本当の実力を把握していたからこそ冷静でいられるのだろう。これほどの魔力量……僕が本気で魔力を放出したとしても出せる量じゃない。
「魔力というのは生命の源……」
困惑する僕に対してリグダミスが語り始めた。
「一流の戦士には尋常ならざる生命力があり、幾たびも死線を乗り越えてきた。そんな二人には膨大な魔力が宿っているはずだ……かつての勇者がそうであったように。私はそう確信していた。これがその結果だ……私は間違えない。だから二人にかけた金などは単なる投資で、一切のムダ金はない。今でもそう信じているが、それはどうやら違ったようだ。ケン――お前は私にムダ金を払わせる気か?」
そうして最後には僕が仕事を放棄して愕然としてしていることに対して怒りを露わにした。
僕はあわてて杖をスティルに当てる。すると、尋常ではない魔力が流れ込んでくるのを感じた。僕は再びあわてて杖を瓶へと向けた。魔力を魔力水に吸収させるためだ。魔力水は膨大な魔力を吸収してほんのわずかにだが、確かに淡い青へと変色を始めた。
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