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9 過去の英雄
93 魔力提供者達 7
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「――体力をかなり奪われるな……」
集中力を切らしたスティルが地べたに突っ伏した。
おそらく、体内の魔力をほとんど放出したのだろう。ほんの数十分で魔力水はかなり変色した。あまり記憶が定かではないが、僕が以前飲んだポーションに近づいてきているような気がする。
そんなポーションが入った小瓶を少しだけ持ち上げてリグダミスは軽く揺らした。
「ほう……まさかこれほどまでに魔力を抽出できるとは……しかし、完全なポーションには程遠い。やはり一度では完成しないのだろうな」
小瓶を再び元の位置に戻すと、彼は大きなため息をついた。
「そんなに不安ですか?」
イロアスが挑発するように尋ねる。
もちろん、彼女にはリグダミスを怒らせてやろうだなんて気は一切感じられない。ほんの小一時間、一緒に居ただけの僕に何がわかると言われれば其処までではあるが、思慮深さは何となく感じられた。今彼女にとって、依頼主を怒らせる必要性は存在せず、おそらく彼が挑発に乗らないことを理解したうえでの発言だったのだろう。
「ああ。不安だ。私にとって、アルタは……娘はこの世界で唯一、私を私であると認識させてくれる。言ってしまえば私が存在している理由そのものだ。それが死の危険にさらされていては不安で仕方がない」
恥ずかしげもなくリグダミスはくさいジェスチャーを交えて、まるで演説でもするかのようにいともたやすく言い切った。言葉だけを聞けば、おそらく聞いた半数以上の人物が彼を親ばかだと思う事だろう。
しかし、その一部始終を見た僕の印象は少し違う。親ばかとは違うおぞましい何かを感じた。
「やはり……」
倒れ伏したまま反応もしないスティルと違い、イロアスが小さくそう呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
彼女は僕よりもリグダミスのことを知っていて、その考えも僕以上に理解している。だからこそ、今の言葉の意味も理解しているのだろう。そして、彼女の反応からしてやはり悪い意味なのだろう。
まあ僕にしてみれば誰が何を考えようと、妹に脅威が迫らない限りはどうでもいい。
そんな僕の心の内を知ってか知らずか、リグダミスは大きくため息を吐いた。
「わかっているとは思うが、一言だけ言っておこう。私は正義のためだとか、他人のためだとか、そんなくだらないもののために戦ったこともなければ、これからも戦うつもりはない。よって、今回のことが世界のためになるだとかは知ったことじゃないが、それでも君たちは協力してくれる……はずだ。いいや協力せざるを得ないだろう?」
そう言い切った彼の表情は、一つの国の頂点近くまで上り詰めた男の顔そのものだった。
そんな男の闇をイロアスが見逃すわけはなかったが、それをあえて無視して話を進める。
「ともかく、次は私の番です。仕事は早く終わらせるべきですからね」
彼女も僕と同じで、リグダミスの野望や思想についてはそれほど興味がないらしい。
しかし、かといってスティルのように精神統一をする気配もない。その代わりに、彼女はポーションの入った小瓶に手を当てる。その瞬間に青いオーラのようなものが手からあふれ出して、それがどんどん瓶の中に注ぎ込まれる。
ほんの少しだけ驚いたが、なんてことはない。どうやら彼女は僕と同じで魔法使いとしての才能があるらしい。同じと言っても僕よりも遥かに上位の才能だ。僕が本気になっても可視化されるほどの魔力を放出することは出来ないだろう。魔力の量が段違いだからだ。
「す、すごい……」
思わず唾を飲み込む。
神が与えた恩恵を恨んでは見たが、僕の力なんてものはそれほど大したものでもなさそうだ。魔力量だけで言うなら、僕はスティルにすら劣っている。
「こんなものですかね……」
先ほどよりもずっと濃くなった青い液体を小瓶の中でゆらゆらとさせながら彼女が息を吐いた。
「さすがだ。イロアス、十分に余力を残してこれほどまでに魔力を……」
「ありがとうございます。ですが、これで私はひと月は無力な獣人と成り下がることでしょう」
リグダミスによる褒め言葉に、彼女は皮肉で返す。
それもそのはずで、魔力と言うのは放出すれば全回復するまでにかなりの時間を生じる。それ故にポーションを作るのには大量の魔法使いが必要になり、それは魔法使いとしての才能がある冒険者を除いたものとなる。生命の源である魔力を大量放出すると戦力が大幅にダウンするからだ。
それを理解したうえで、リグダミスは彼女の皮肉を貴族らしからぬ大口を開けて笑った。
「無力? 面白いジョークだ。君が無力だというならば、この世界に存在するほとんどすべての獣人が無力だと言わざるをえなくなるわけだ。むろん私も含めてね……君にとっての魔力は才能の一部に過ぎない。君の本当の才能は――」
「――それ以上言えば、ロットワイラー様であっても……」
凄まじい殺気ともに、僕の体に悪寒が走った。死の直感とでも言うのだろうか、もしくは人生の終わりを直感した。自称魔王と戦った時よりも遥かに強い恐れが、一瞬で相手に降伏したくなるような畏れが体を駆け巡る。言葉を区切り最後まで言わずとも、言葉の続きがわかるようなそんな意思がそこにはあった。
僕は思わず片膝をつく。
「おい、新人冒険者を脅すんじゃない……」
そうイロアスをリグダミスが注意する。
『いや、お前がけしかけたんだろう!』と心の中でつぶやくぐらいの余裕は出来たが、それを口にするには少しだけ過呼吸的だ。
そんな僕を見て、イロアスがあわてて僕のもとへ近づいてしゃがみ込む。
「ごめんなさい! あなたがいることをすっかり忘れていました」
いかにもお茶目っ気が溢れるような物言いだ。見た目もかなりの美人であるから、近づいてきたほんの一瞬だけは殺気のことを忘れかけたが、彼女の瞳を見ると恐怖がフラッシュバックする。
「だ、大丈夫です……」
僕はふらつく足に何とかいう事を聞かせてゆっくりと自分で立ち上がる。
「本当にごめんなさい」
なんて謝る彼女はいかにも普通の綺麗な女性にしか見えないが、きれいな花には棘があるとはよく言ったものだ。
集中力を切らしたスティルが地べたに突っ伏した。
おそらく、体内の魔力をほとんど放出したのだろう。ほんの数十分で魔力水はかなり変色した。あまり記憶が定かではないが、僕が以前飲んだポーションに近づいてきているような気がする。
そんなポーションが入った小瓶を少しだけ持ち上げてリグダミスは軽く揺らした。
「ほう……まさかこれほどまでに魔力を抽出できるとは……しかし、完全なポーションには程遠い。やはり一度では完成しないのだろうな」
小瓶を再び元の位置に戻すと、彼は大きなため息をついた。
「そんなに不安ですか?」
イロアスが挑発するように尋ねる。
もちろん、彼女にはリグダミスを怒らせてやろうだなんて気は一切感じられない。ほんの小一時間、一緒に居ただけの僕に何がわかると言われれば其処までではあるが、思慮深さは何となく感じられた。今彼女にとって、依頼主を怒らせる必要性は存在せず、おそらく彼が挑発に乗らないことを理解したうえでの発言だったのだろう。
「ああ。不安だ。私にとって、アルタは……娘はこの世界で唯一、私を私であると認識させてくれる。言ってしまえば私が存在している理由そのものだ。それが死の危険にさらされていては不安で仕方がない」
恥ずかしげもなくリグダミスはくさいジェスチャーを交えて、まるで演説でもするかのようにいともたやすく言い切った。言葉だけを聞けば、おそらく聞いた半数以上の人物が彼を親ばかだと思う事だろう。
しかし、その一部始終を見た僕の印象は少し違う。親ばかとは違うおぞましい何かを感じた。
「やはり……」
倒れ伏したまま反応もしないスティルと違い、イロアスが小さくそう呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
彼女は僕よりもリグダミスのことを知っていて、その考えも僕以上に理解している。だからこそ、今の言葉の意味も理解しているのだろう。そして、彼女の反応からしてやはり悪い意味なのだろう。
まあ僕にしてみれば誰が何を考えようと、妹に脅威が迫らない限りはどうでもいい。
そんな僕の心の内を知ってか知らずか、リグダミスは大きくため息を吐いた。
「わかっているとは思うが、一言だけ言っておこう。私は正義のためだとか、他人のためだとか、そんなくだらないもののために戦ったこともなければ、これからも戦うつもりはない。よって、今回のことが世界のためになるだとかは知ったことじゃないが、それでも君たちは協力してくれる……はずだ。いいや協力せざるを得ないだろう?」
そう言い切った彼の表情は、一つの国の頂点近くまで上り詰めた男の顔そのものだった。
そんな男の闇をイロアスが見逃すわけはなかったが、それをあえて無視して話を進める。
「ともかく、次は私の番です。仕事は早く終わらせるべきですからね」
彼女も僕と同じで、リグダミスの野望や思想についてはそれほど興味がないらしい。
しかし、かといってスティルのように精神統一をする気配もない。その代わりに、彼女はポーションの入った小瓶に手を当てる。その瞬間に青いオーラのようなものが手からあふれ出して、それがどんどん瓶の中に注ぎ込まれる。
ほんの少しだけ驚いたが、なんてことはない。どうやら彼女は僕と同じで魔法使いとしての才能があるらしい。同じと言っても僕よりも遥かに上位の才能だ。僕が本気になっても可視化されるほどの魔力を放出することは出来ないだろう。魔力の量が段違いだからだ。
「す、すごい……」
思わず唾を飲み込む。
神が与えた恩恵を恨んでは見たが、僕の力なんてものはそれほど大したものでもなさそうだ。魔力量だけで言うなら、僕はスティルにすら劣っている。
「こんなものですかね……」
先ほどよりもずっと濃くなった青い液体を小瓶の中でゆらゆらとさせながら彼女が息を吐いた。
「さすがだ。イロアス、十分に余力を残してこれほどまでに魔力を……」
「ありがとうございます。ですが、これで私はひと月は無力な獣人と成り下がることでしょう」
リグダミスによる褒め言葉に、彼女は皮肉で返す。
それもそのはずで、魔力と言うのは放出すれば全回復するまでにかなりの時間を生じる。それ故にポーションを作るのには大量の魔法使いが必要になり、それは魔法使いとしての才能がある冒険者を除いたものとなる。生命の源である魔力を大量放出すると戦力が大幅にダウンするからだ。
それを理解したうえで、リグダミスは彼女の皮肉を貴族らしからぬ大口を開けて笑った。
「無力? 面白いジョークだ。君が無力だというならば、この世界に存在するほとんどすべての獣人が無力だと言わざるをえなくなるわけだ。むろん私も含めてね……君にとっての魔力は才能の一部に過ぎない。君の本当の才能は――」
「――それ以上言えば、ロットワイラー様であっても……」
凄まじい殺気ともに、僕の体に悪寒が走った。死の直感とでも言うのだろうか、もしくは人生の終わりを直感した。自称魔王と戦った時よりも遥かに強い恐れが、一瞬で相手に降伏したくなるような畏れが体を駆け巡る。言葉を区切り最後まで言わずとも、言葉の続きがわかるようなそんな意思がそこにはあった。
僕は思わず片膝をつく。
「おい、新人冒険者を脅すんじゃない……」
そうイロアスをリグダミスが注意する。
『いや、お前がけしかけたんだろう!』と心の中でつぶやくぐらいの余裕は出来たが、それを口にするには少しだけ過呼吸的だ。
そんな僕を見て、イロアスがあわてて僕のもとへ近づいてしゃがみ込む。
「ごめんなさい! あなたがいることをすっかり忘れていました」
いかにもお茶目っ気が溢れるような物言いだ。見た目もかなりの美人であるから、近づいてきたほんの一瞬だけは殺気のことを忘れかけたが、彼女の瞳を見ると恐怖がフラッシュバックする。
「だ、大丈夫です……」
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