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9 過去の英雄

94 魔力提供者達 8

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 まあともかく、過去の英雄と呼ばれた二人に出会ったことでこの世界の広さというものをまざまざと見せつけられた僕だったが、多少の恐怖を感じたこと以外は別にどうでもよかった。
 自分よりはるかに優れた獣人なんてものは、勇者であるアルタを含めてたくさん知り合いにいる。もちろん、それよりも強い人物がいても何ら不思議ではないし、世界とはそういうものだと前世でも理解はしていた。だからこそ、理不尽な才能に対して嫉妬することはあったとしても、それを努力もせずに手にしようと画策するような浅ましい考えはない。

「……僕はただ妹を守れるだけの力があればそれでいい」

 誰にも聞こえないぐらいの声で1人つぶやく。
「言いたいことがあるならはっきり言った方ががいい」
 小さな声をわずかに拾ったリグダミスがこちらを少しだけ振り返り睨みつける。
 もちろん彼も僕に比べればはるかに強者と言えるだろう。むしろ、この世界において僕よりも格下の存在を探す方が難しいかもしれない。そんな自虐が頭をよぎるほどに、僕の周囲は強い人物ばかりだ。それはそれで、神の恩恵が少ないという喜ばしいことなのかもしれないが、妹を守りながら、野望をかなえることはかなり難易度を上げることになる。
 おっと、無言のまま考え事をしていたら、こちらを睨み付けている貴族の男に不敬罪で処刑されてしまいかねない。

「いえ、世界は無情だな……なんて思っただけです」
 とっさに出たごまかしの言葉ではあるが、心の奥底にある嫉妬心を表現するには完璧な言葉だ。
 それを聞いてこちらを睨みつける目がほんの少しの憐みに変化して小さな安堵を覚えた。
「世界は無情ではない。努力を怠った雑種が愚かなだけだ……そのうえで恨みごとを口にすることに面白さを感じなくはないが、愚かすぎて笑えそうにもない。お前――いや、この場では便宜上、君と呼んではいるが、やはり愚かな存在を丁寧な呼び方をするのは好まない。特に天より授かった才能を持っているのに、努力しない愚か者に対してはな」
 僕のそばまで近づいてきて、耳打ちしたかと思えば内容はそんな僕を蔑むような言葉だった。
 言葉遣いこそは悪辣ではあるが、その内容自体は何ら間違ってはいない。彼の言うとおり、僕は血のにじむような努力をしてこなかった。『辺鄙な村に生まれた』という環境のせいにすれば言い訳は経つが、それは無意味な言い訳だ。
 誰しもが恵まれた環境で成長できるわけではないし、恵まれなかったとしても一流の人間になった人物は少なくない。

「おっしゃる通りです……」

 なんて僕は平謝りする。
 それを聞いて、彼は心なしか顔を綻ばせたような気がしたがきっと見間違いだろう。リグダミスという男に限ってはそれはありえないことだ。
 自分の頭に浮かんだそんな妄想をかき消して、僕は立ち上がれる程度には魔力が回復したスティルと、そんな彼を支えているイロアスの方を向きなおした。
「これで私たちの仕事は終わりですね」
 小さな口を小さく開いてイロアスがそう言った。
 大まかにしか説明を受けていない僕にしてみれば言葉の意味が理解できなかったが、全ての話を理解しているリグダミスはその言葉に対して、「ああ」とうなずく。
 いつの間にかリグダミスの手に握られていた小瓶に入ったポーション? は、先ほどよりも確実に青が強くなってはいるものの、僕のうっすらとした記憶の奥底に眠る灰色の記憶よりも遥かに薄いような気がしてならない。だがしかし、そんなかすかな記憶を頼りにしてすべてを理解した気にもなれない。

「これでポーションは完成なのですか?」
「馬鹿、そんな分けねえだろう? 俺たちの仕事はこれで終わりってことだよ……俺たちの魔力は注ぎ込んだ。そしてもう一つの目的も達成したからな……」

 ただでさえ力を失っていたスティルが、それ以上に力ない声で質問に答えてくれた。
「ああ。魔力が規格外でなおかつ魔力を自在に操れる存在は他にいない。むろん獣人ではという事だが……しかしだ。反対にイロアスほどではなくとも保有する魔力がスティルのように多く、残念なことに魔力を操れない存在はごまんといる」
「まさか他にも……?」
 ほかにも彼らのように強い獣人が沢山いるという事になる。過去の英雄と呼ばれた人物に匹敵する存在が、そこらかしこにいると考えれば二度と妹のもとを離れたくはなくなる。誰しもが英雄と呼ばれるに足る人格の持ち主であるとは断定できないからだ。

「いいや、君の考えるようなことはない。もちろん私が知る限りという意味ではあるが、君の大切な存在に手出しはさせるつもりはない。私にとっても重要人物だからね」
 僕の言葉から深層意識を察して、リグダミスは薄ら笑いを浮かべながらそう言った。
 リグダミスに妹を利用させるつもりはこれっぽっちもないが、妹を守るためには彼の力が必要だ。
「はい」
「君も不満だろうが、もちろん……いや、今は口にするべきではない言葉だ。昔の仲間の前ではな」
 僕の心を読むように、そしてあたりの空気を気にするようにリグダミスは出来る限り言葉を選んでいるらしい。

 そんな彼に対して、最初から最後まで敵意をむき出しな脱力的に肩をイロアスに預けているスティルがわざとらしい驚き声を上げる。
「仲間だと思ってくれていたとは……俺達だけだけだと思っていたぜぇ! もちろん、今はお前を仲間だなんて思ってはいないがなぁ!」
「なにを言う。今も昔も仲間だと思っている。私は仲間をうまく使うのが得意だからな……」
 スティルの嫌味に対して、リグダミスは冷静を装って意趣返しする。
 
 それがよっぽど気に入らなかったのか、スティルは苦悶の表情を浮かべて何か言いたげにするも言葉につまった。
「っく……!」
「スティル、もういいでしょ。仕事は終わったの……実験は終わりよ。もう、あなた達の道が交わることはないのだから、最後ぐらいは冷静でいて」
 何も言い返せない男に、呆れた様子でイロアスが諭す。そこまで言われたら彼もそれ以上は喧嘩腰ではいられない。
「……わかった。確かにそのとおりだ。今回のことはお互いの利益のためにやったことで、これからてめぇと関わることもない」
 それなのに、王にもっとも近い男はそれをよしとしなかった。
「だから、最後くらいは仲良しこよしで別れようといいたいのか? それは私にとってはありがたいことだ。だが、今後とも仲良くしてもらいたいものだが」
 あたりの空気が凍り付く。僕もいつ喧嘩になるのかと冷や冷やしながらも、口を挟めるような状況でもないので固唾を飲んで見守った。
 だが以外にも随時、喧嘩腰だったスティルがそれに乗らなかった。

「思ってもいないことをペラペラと……! まあいいさ、お前にむかつかされることもこれで最後だとおもえば、最後くらいは上部だけでも仲良くすることなんてなんともない」
 そうして、一つのイベントが終わりを告げた。
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