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10 伝説の魔法

131 伝説の魔法6

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  ◇


「――し、死んでしまいます……!」

 僕はいつものように訓練所まで連れ出され、いつものように魔力のコントロールをさせられている。いつもと違うことがあるとするなら、それは身にまとっている服ぐらいなものだろう。たったそれだけでコントロールが格段に難しくなる。
 ほんの少しでも魔力を放出しようものなら、全身から魔力を吸い出されて服に一気に吸収される。その時に服が魔力によって仄紫に発行するらしく、ケントニスはそれを綺麗だと言う。だがそれは僕の命の灯に他ならない。魔力を放出するたびに僕の命は少しずつ削られている。

「大丈夫! 大丈夫! 本当に死にそうになった止めるから!」

 地面に膝をつく僕を見て、ケントニスはそう笑いかけた。
 僕にとっては笑いごとではない。昨日までの訓練ですら魔力を放出しすぎてめまいがするぐらいには追い込まれていたし、体中が悲鳴を今でも上げている。数時間休んで魔力が回復したとはいっても、いつ魔力が枯渇してもおかしくないほどだ。

「魔力って……生命力でもあるんですよね……」

 声を絞り出すのもやっとだ。今までも何度か死にかけたことはあったが、魔力を浪費しただけでこの始末なのだから、魔力が枯渇して死ぬのはきっとそれ以上に辛いことなのだろう。
 そんな僕の様子を見てケントニスはただ笑っている。

「笑いごとじゃないんですけど……」
「ごめん。私も昔はこんな感じだったんだって思ったらおかしくなっちゃって」

 笑みの中にも懐かしみを感じさせる彼女の言葉を聞いて、これ以上何を言っても仕方がないと理解した。
 今の状況は、以前に彼女も経験したことであり、これを経験したからこそ彼女は伝説の魔法使いと呼ばれるほどに強くなれたのだろう。強くなりたいのなら文句を言うよりも、魔力をコントロールできるようにならなくちゃいけない。
 僕は先ほどより微細な魔力を放出する。
 さっきよりは幾分か辛くはなくなったが、それでも精神的にかなり厳しい。頭はくらくらするし、風邪でもひいたかと思うぐらいに寒気がして震えが止まらない。

「コツをつかむのが早いね! 流石は女神に選ばれただけのことはある!」

 皮肉にも似た彼女の言葉がかろうじて僕の耳に入った。
 正直なところ、嫌味に対応できるほどの余裕はない。むしろ意識を保っているのがやっとだ。

「し、しんどい……」

 体中から生気が失われていくようだ。それでもさっきみたいにすぐに死んでしまいそうなほどではない。魔力が回復する速度と、魔力を消費する速度が丁度均衡をとれているようで、辛くはあってもそれはインフルエンザで高熱を出した時に近い感覚だ。今いるこの場所が現実のように思えないほどに頭は働かないけど、何とかギリギリのところで立っていられる。
 かろうじてケントニスが近づいてくるのを感じた。
 今の僕の状態で一体何をする気なのだろうか……それを考えただけでも頭が振り回されるような感覚になる。

「しゃべれるんならまだ大丈夫だよ! 魔力のコントロールが十分に出来てるってことだわ!」

 近場で大きな声を出されたものだから、頭が割れるように痛い。どうやら彼女は気分が乗ってくると声が大きくなるみたいだけど、その癖はどうにかならないだろうか……今の僕にはかなりつらい。

「あぁ、そうなんですか……」

 頭を抑えながらなんとか声を発することが出来たけど、自分にでもわかるぐらいに小さな声だ。

「そう! だから――」

――と、その声と同時に強力な右フックが顔に向かって飛んでくる。
 うまく働かない頭で何とか、つまずきながらも後ろに下がる。その衝撃で大きくしりもちをついた。

「な、何をするんですか!」

 思わず大声が出た。
 とっさの判断で全身に巡らせていた魔力を解いて足に集中させたから躱すことが出来たが、彼女の一撃を意識することもなく受けていれば死んでいた可能性もあった。
 それなのに彼女は鬼の形相で僕に詰め寄る。

「ダメじゃない! 今、魔力を止めて逃げたでしょ!」
「そ、そりゃ逃げますよ!」

 彼女が何に怒っているのかはわからないが、怒りたいのはむしろ僕の方だ。
 こっちは魔力切れで気分が悪い。

「ケン君。君はどうして魔力を武器にすることを選んだんだい?」

 大きなため息と共にそんな質問が投げかけられる。
『どうして?』、そう言われても正直なところ理由はそれほど崇高なものではない。ただどのような武器でも瞬時に使い方がわかるとしても、それに体がついてこない。剣を使っても、槍を使っても、弓を使っても……結局はいつも道具に振り回されるばかりで、まともに振り回すことなどできなかった。手から離れていくこともあった。
 どう立ち回ればいいのか……それを理解していても体はついてこない。だったらどうするか――

「――魔力は僕の体の……魂の一部だったから……」

 手がもげようと、足がもげようと……魔力が僕から離れていくことは決してない。なにより、魔力を極めればいずれ他の武器だってまともに扱えるようになるかもしれない。僕はただ、それだけの理由で魔力を武器に選んだ。
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