異世界の婚約者

真白 悟

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 貴族故に彼女はお金のことをあまり理解していないかもしれないし、一応は警告しておこう。

「お金は無限にあるわけじゃないからな。湯水のように湧いて出るわけじゃない」
「何を当たり前のことを言っているのかしら……分かっているわよそんなこと。でもあなたの言った通り、この屋敷を3人で掃除なんて無理でしょ? あなたも自室を掃除したでしょ。あんな小さな部屋ですら、丸1日かかるほどに汚れているのよ」
 
 ぐうの音も出ないほどの正論だ。
 先に自分で逃げ道をつぶしている分、どう頑張っても自分の言い分が変だってことを認めるしかない。それでも、やはりお金は心配だ。新参者の会社が、何のコネもなしに最初からうまく機能するとは思えない。それを考えると、どれだけ面倒くさくて時間がかかることだったとしても自分たちで少しずつやっていくべきではないだろうか。僕としては、新しい従業員を雇う事すら反対だ。人件費というのはもっともお金がかかる部分だ。事業が軌道に乗る前から必要以上に従業員を雇うのはかなり考えなしだと思う。だけど、シアが清掃に関してこれ以上譲歩してくれることはないだろう。だったらせめて、もう1つの方は考え直してもらえないだろうか。

「なら、ひとまず受付を雇うのはやめておかないか? せめて数週間様子を見ておいた方がいいと思うんだ。ギルドを初めて、冒険者が誰も来ないなんてことになればかなりの損失だ。そもそも、冒険者は常連のギルドに通うものじゃないのか? だとしたら、僕たちの様な新参のギルドにたやすく移ってもらえるとは思えない」
「仕事に対してそれほど熱意があるとは思っていなかったけど、それほどまでに会社のことを考えてくれているなんて……」

 シアは感極まったよう風でわずかに体を震わせ、そして小さく笑みをこぼす。それから続けて「フフっ」と笑って僕の誤解を指摘する。

「でもユー、あなたは勘違いしているわ。最初から冒険者がくることなんて思ってないわ……この国の冒険者にはそもそも期待していないもの」
「どういうことだ?」

 そう。僕はシアという女性について、とてつもなく大きな勘違いをしていた。ここでようやくそのことに気が付かされた。

「もちろん。私とあなたで十分という事よ」
「つまり?」
「社長として椅子に座って待っているなんてごめんってことよ! 私が私足りえるのは、常に最前線で戦ってきたからよ。これからもその生き方を変えるつもりはないわ!」

 ものすごくいい顔でシアはそう言い切った。
 僕はと言うと、ものすごい頭痛を感じている。そりゃ彼女の性格からして、たまに自ら飛び出して行くんだろうとは思っていたし、その覚悟は出来ていた。だけど彼女はそんな僕の覚悟を遥かに上回っている。それなのに、そんな彼女に惹かれている自分がいる。だから頭が痛い。
 だけど理想と現実がどれだけかけ離れているかという事を僕は理解している。彼女の理想がどれほど素晴らしいかを理解していても、一社員として明らかによくない方向に進んでいる時は、社長を諌めなければならないわけだ。

「それじゃあ組合に加入した意味がないじゃないか……それに、僕らが外に出てる時を全く知らない受付に任せるわけにはいかないだろう? 大人として、我慢も必要だと思うが?」
「組合に加入したのは、組合からお金を引っ張ってくるためよ。最初から言っているじゃない。私はこの国における冒険者の会社を作りたいわけじゃないって、私が作りたいのはまだ見ぬ大地を開拓する本当の冒険者の会社よ! でもそれだけじゃお金は稼げないでしょ? だからギルドに斡旋してもらった依頼を私達がこなしつつ開拓を進めるのよ!」

 意気揚々ととんでもないことを口にし始めた。
 だけどそれは、無許可でこの国を荒らすという事なんじゃないだろうか。ばれたら後々面倒なことになるのは目に見えている。これはなんとしても止める必要がある。

「だが、素性も知らない受付にギルドを任せるのは――」
「――誰が素性も知らない受付を雇うって言ったのかしら?」

 僕の言葉をシアは自らの言葉で遮った。
 確かに知らない人を雇うとは言われていない。そもそも、この国に新参ギルドへ入ろうと思う人間がいるのかは甚だ疑問だった。

「まさか……いやでも、確か君は自分の国にもフロンティスピリッツを持った人間はいないって」
「いないとまでは言っていないけど、まあそうね。確かに私と一緒に『冒険者』としてついてこようって人はいなかったわ」
「つまり、受付は君の国から?」
「ええ、明日にはこっちにつくはずよ。3人目の仲間がね」

 やっぱりそうだ。シアという女性は直情的で思想をすぐに行動に移すタイプだが、必要なことは全て計算していて先手を打つタイプの人間だ。成功が約束された人間。天性の才能を持った人間、それでいて強いカリスマ性を持ち合わせた人間だ。
 だってそうだろう。いくら才能があったとしても、魅力のない人間に異国までついてくる人はいない。そこまでするのは彼女のことをかなり慕っている証拠だ。
 しかしそれは必ずしもうれしいことじゃない。だってそうだろう。自身が強く慕っている相手に、異国でわけのわからない虫がついたとなれば黙っていられるはずがない。間違いで婚約者になった男なんて殺意の対象にしかならない。
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