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61からかい遊び
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新たな出会いにうきうきしたフィナンは、時折見せるポンコツを発揮してすっころんだ。
幸いというべきか、見舞いに行く人が見舞われるような大怪我に見舞われることはなかったけれど……何を言っているのかわからなくなってきた。
見舞いという言葉がわたしの頭の中でぐるぐると駆け巡り、まるでフィナンがすっ転んだように衝突の末にもつれ合い、読めなくなる。
うん、わたしも動揺しているらしい。
ひとまずは深呼吸。大きく息を吸って……吸いすぎてむせた。
とにかく、服が砂だらけになり、膝あたりの布が破れてしまったフィナンは喜びから一転、絶望した顔でわたしを見上げた。
「ご、ごめっ、なさい……っ」
「はいはい気にしなくていいから。とりあえず立ちましょう? 通行人の迷惑になるからね?」
借り物の服をダメにしてしまったと嘆くフィナンを見ているとさすがに胸が痛い。何しろ、転んでしまえと心の中で念じたまさにそのタイミングで足を滑らせたのだ。
まるでわたしの念が呪いとなってフィナンに襲い掛かってしまったのではないか、なんて思えるほどには完璧なタイミングだった。
それとも、もしかして本当に呪いじみた……というか、魔法でも発動してしまったのだろうか。
何しろわたしは、精霊と高度な意思疎通を可能とする。それこそ、わたしの心を読み取るように精霊が魔法を子細にわたって再現してくれる。
ならば、今フィナンが転んだのも、実はフィナンが踏みしめた大地が一瞬だけつるつるの材質になっていた、なんてことがあるかもしれない。というか、考えたらそうとしか思えなくなってきた。
だっていくらフィナンでもさすがに何もない場所で転ぶというのは……ありえそうだから言葉に困る。
それはさておき、ぐすぐすと泣き続けるフィナンの手を取って道の端に移動し、傷口を確認。幸いというか、服がカバーして地面に直接皮膚がついた様子はなく、傷口はきれい。ただし、凹凸の多いものでひっかかれたように膝小僧の皮膚が切れて血がにじんでいる。
地味に痛い奴だ。傷は小さいのに痛いのは、ススキなんかの葉ですぱっと切った傷に似ている……思い出したらひゅんとしたから、これ以上は考えないようにしよう。
手持ちに薬はないから、ハンカチで傷を包むように巻く。これでスカートの布でこすれて痛むことはないだろう。
ハンカチを汚してしまったとさらに恐縮するフィナンだけれど、これ以上の謝罪は受け付けない。
いまだに鳴き声なフィナンをなだめる意味でも、近くの露店で売っていた古びたコートを購入して、フィナンが汚したそれを交換する。
成人男性用らしいコートはフィナンには大きく、手のひらはもちろん、下はくるぶしあたりまですっぽりを覆い隠してしまう。それを腰回りでひもで結んで……とりあえずはそれっぽくなっただろうか。
「あの、また転びそうです」
「それはまあ、頑張って?」
ひとまずは破れた服も隠れたことだし、とりあえず落ち着ける場所に……と思ったのだけれど、自分事でこれ以上迷惑はかけられない、とフィナンはかたくなに拒絶する。
そんなわけで、頑固なフィナンを連れて向かうのはやっぱり、マドレーヌ・グレシャ。とりあえず甘味を求めるのであればこの店に足を運んでおけば心配はない。
そして何より、この店にたどり着いた瞬間、フィナンはこれまでのすべてをころっと忘れたらしく、すっかり気持ちが上を向いた様子。
まあ、楽しそうで何より。
「……今思ったけれど、ハンナへの見舞いに、本当にクリーム系が適切なの?」
「当たり前です! クリームが嫌いな女性なんていませんよ」
さっきも往来で知り合った女性とクリーム談義をするほどに、フィナンはクリーム中毒らしい。わたしにとっての魔法みたいなものだと思えばイメージできる。
魔法を使わずにはいられず、魔法がないと息ができないようなもので、禁断症状が出る……もはや依存性のある薬物に等しい。
いつだったかお母さまが「甘味は人を虜にする魔性なのよ」なんて言っていたけれど、まさしく人を、特に女性を引き付けてやまないものがあるのだろう。
わたしはそれほど引き付けられないけれど……まさか、わたしは女性じゃない?
いや、ハンナだってあまりこってりとした甘味を好むようには思えない。それよりはあっさり系ではないだろうか。
「お年を召すとこってりしたものは受け付けられなくなるといわない?」
あれ、つまり、こってりと甘いものはあまり趣味じゃないわたしは、老婆だと自分で言っているようなもの……よし、これ以上考えない!
「ハンナ様はそんな歳じゃないですよ!というか、奥様だって大概ですよね」
「何が大概なの?」
フィナンのようなドジっこ属性? そんなものは持っていない。
フィナンに「大概」などと言われると手鏡を持ち出してフィナンの姿を映してあげたい。というか、実際にフィナンを映して見せたけれど、怪訝な顔で「何をしていんですか?」などと聞かれてしまった。
やっぱりフィナンには空気を読むというか、行間を読むセンスがない。
まあ、悪意へのセンサーが引く位という意味ではいいのかもしれない。決して今のわたしは悪意を持ってフィナンを映して見せたわけではなくて、フィナンが心配だから、大概なフィナンのことを示してみたのだけれど。
「デリカシーというか、配慮のなさですよ。女性の年齢の話はタブー。そう教わりましたよね」
ふむふむ、女性への配慮、と。
「さぁ?」
「えぇ?」
女性の年齢に関する作法なんてわたしは学んでない。
体重関連は気を付けている。何しろお母さまがそういったことには非常に神経質だったから。
おなか周りに少しでも肉がつくと、一層畑仕事に精を出して他をおろそかにする。仕事を奪われてお母さまがするはずだった裁縫をお父さまがちまちまと塗っている背中は、なんだか哀愁が漂っていた。
そんなお父さまは何度もお兄さまに、女性に体重の話はタブーだ、と口酸っぱく言っていた。
ちなみに、そんなお兄さまはそのうちに、わたしにかまってもらうためにわざと体重を話題に出すようになった。一時期わたしが反抗期でお兄さまに拒否感というか、その近さが嫌で逃げていたわけで、そんなわたしに怒りでもいいから向けられたいと、お兄さまが苦肉の策に出たのだ。
『怒りであってもいい。ただ、ディアの一声を聞くまではぼくは死ねない……ッ』
三日三晩徹夜してわたしの後を追い、眠るわたしの部屋の扉にへばりついていたお兄さまの言葉には、もはや狂気しか感じられなかった。
兄妹愛? 無い無い。
少なくとも当時のわたしにとって、お兄さまはうっとうしく周囲を飛び回る蚊に等しい存在でしかなかった。
なんて、今でも口にしようものならお兄さまが血反吐を吐いて断末魔の悲鳴をまき散らすだろうから言葉にはできない。
それはさておき、馬鹿にするようなフィナンの顔がいけ好かない。フィナンだって淑女としては大概な癖に。
スムーズに土下座を決めるような人は淑女ではない。
「むぐぁ!?」
理解できない、と言いたげな目を向けてくるフィナンにいら立ちを覚えて、その鼻先をつまむ。
くしゃ、と顔をゆがませたフィナンは手足をばたつかせて抵抗するけれど、魔物に比較すれば可愛らしいもの。
「はにふふんへふは!」
くぐもった悲鳴を漏らすフィナンがおかしくて、お腹を抱えて笑った。
そんなコントじみたことをマドレーヌ・グレシャの前で繰り広げているのだから、当然ながら視線が集まって仕方がない。邪魔だと、苛立ちめいた舌打ちも聞こえてくるけれど、わたしがどこぞの令嬢だと判断してか、言いがかりをつけてくることはなかった。
うん、さすがに邪魔になるから少し端に寄ろうか。
「……奥様、視線が集まってますよ」
「だ、だって、仕方ないでしょう?『はにふふんへふは』って……ぷっ、ははははは!」
「そんな風に言ってないですよ。何するんですか、って言ったんです!」
「そう聞こえなかったもの」
頬を膨らませて訴えるフィナンは、けれど羞恥のせいかあまり呂律が回っていない。
おかげで、涙がにじむまで笑ってしまった。
ああ、本当、フィナンがいると気持ちが軽くなる。
いじりがいがあるというのもあるけれど、フィナンと話をしているとなんだか気が抜ける。気持ちが軽くなる。
「ありがとうね、フィナン」
心から素直になってお礼を言ったのに、フィナンはくしゃりと顔をゆがめて見せる。ちょっと、その変顔も面白いからやめて。噴き出してしまいそうなんだけど!?
「お礼を言われるくらいに私の声はひどかったんですか!? ……って、コントじゃないんですよ!」
「素晴らしいツッコミね」
「ツッコミじゃないです!」
「ほら、ツッコミを入れているじゃない」
言っているそばからこれだ。阿吽の呼吸というか、打てば響くというか、だからこそ、フィナンと話をしていると楽しいのだ。まあ、基本的にわたしがフィナンをからかう形であって、会話というよりは、わたしが一方的に言葉を投げつけているというのが正しいかもしれない。
「これは……ああもう、早く行きましょう!?これ以上クスクス笑われるのは嫌ですよ」
往来でこんな大声で掛け合いをしていれば耳目を集めるのは当然というもの。
先ほどからずっとわたしたちの会話を聞いていた人たちの中には、おかしそうに笑ってくれている者もいて。そんな通行人の視線から逃げるようにフィナンが歩き出す。
その背中を追って歩き出し、赤みが引かない耳を見ながら、やっぱりくすりと思い出して笑えて。
「またですか!?」
地獄耳のごとくわたしの笑い声を聞きつけて、ぐりん、と背後を向く。ちょっと、笑わせたいの? 前に進みながら首だけそんな回して変顔するなんて、面白いんだけど。
「最近フィナンのこと、いじりがいのあるおもちゃに思えてきたわ」
「せめて人にしてくださいよ……」
がっくりとうなだれたフィナンだったけれど、マドレーヌ・グレシャの店内に入ったころにはすっかり機嫌を直していた。
幸いというべきか、見舞いに行く人が見舞われるような大怪我に見舞われることはなかったけれど……何を言っているのかわからなくなってきた。
見舞いという言葉がわたしの頭の中でぐるぐると駆け巡り、まるでフィナンがすっ転んだように衝突の末にもつれ合い、読めなくなる。
うん、わたしも動揺しているらしい。
ひとまずは深呼吸。大きく息を吸って……吸いすぎてむせた。
とにかく、服が砂だらけになり、膝あたりの布が破れてしまったフィナンは喜びから一転、絶望した顔でわたしを見上げた。
「ご、ごめっ、なさい……っ」
「はいはい気にしなくていいから。とりあえず立ちましょう? 通行人の迷惑になるからね?」
借り物の服をダメにしてしまったと嘆くフィナンを見ているとさすがに胸が痛い。何しろ、転んでしまえと心の中で念じたまさにそのタイミングで足を滑らせたのだ。
まるでわたしの念が呪いとなってフィナンに襲い掛かってしまったのではないか、なんて思えるほどには完璧なタイミングだった。
それとも、もしかして本当に呪いじみた……というか、魔法でも発動してしまったのだろうか。
何しろわたしは、精霊と高度な意思疎通を可能とする。それこそ、わたしの心を読み取るように精霊が魔法を子細にわたって再現してくれる。
ならば、今フィナンが転んだのも、実はフィナンが踏みしめた大地が一瞬だけつるつるの材質になっていた、なんてことがあるかもしれない。というか、考えたらそうとしか思えなくなってきた。
だっていくらフィナンでもさすがに何もない場所で転ぶというのは……ありえそうだから言葉に困る。
それはさておき、ぐすぐすと泣き続けるフィナンの手を取って道の端に移動し、傷口を確認。幸いというか、服がカバーして地面に直接皮膚がついた様子はなく、傷口はきれい。ただし、凹凸の多いものでひっかかれたように膝小僧の皮膚が切れて血がにじんでいる。
地味に痛い奴だ。傷は小さいのに痛いのは、ススキなんかの葉ですぱっと切った傷に似ている……思い出したらひゅんとしたから、これ以上は考えないようにしよう。
手持ちに薬はないから、ハンカチで傷を包むように巻く。これでスカートの布でこすれて痛むことはないだろう。
ハンカチを汚してしまったとさらに恐縮するフィナンだけれど、これ以上の謝罪は受け付けない。
いまだに鳴き声なフィナンをなだめる意味でも、近くの露店で売っていた古びたコートを購入して、フィナンが汚したそれを交換する。
成人男性用らしいコートはフィナンには大きく、手のひらはもちろん、下はくるぶしあたりまですっぽりを覆い隠してしまう。それを腰回りでひもで結んで……とりあえずはそれっぽくなっただろうか。
「あの、また転びそうです」
「それはまあ、頑張って?」
ひとまずは破れた服も隠れたことだし、とりあえず落ち着ける場所に……と思ったのだけれど、自分事でこれ以上迷惑はかけられない、とフィナンはかたくなに拒絶する。
そんなわけで、頑固なフィナンを連れて向かうのはやっぱり、マドレーヌ・グレシャ。とりあえず甘味を求めるのであればこの店に足を運んでおけば心配はない。
そして何より、この店にたどり着いた瞬間、フィナンはこれまでのすべてをころっと忘れたらしく、すっかり気持ちが上を向いた様子。
まあ、楽しそうで何より。
「……今思ったけれど、ハンナへの見舞いに、本当にクリーム系が適切なの?」
「当たり前です! クリームが嫌いな女性なんていませんよ」
さっきも往来で知り合った女性とクリーム談義をするほどに、フィナンはクリーム中毒らしい。わたしにとっての魔法みたいなものだと思えばイメージできる。
魔法を使わずにはいられず、魔法がないと息ができないようなもので、禁断症状が出る……もはや依存性のある薬物に等しい。
いつだったかお母さまが「甘味は人を虜にする魔性なのよ」なんて言っていたけれど、まさしく人を、特に女性を引き付けてやまないものがあるのだろう。
わたしはそれほど引き付けられないけれど……まさか、わたしは女性じゃない?
いや、ハンナだってあまりこってりとした甘味を好むようには思えない。それよりはあっさり系ではないだろうか。
「お年を召すとこってりしたものは受け付けられなくなるといわない?」
あれ、つまり、こってりと甘いものはあまり趣味じゃないわたしは、老婆だと自分で言っているようなもの……よし、これ以上考えない!
「ハンナ様はそんな歳じゃないですよ!というか、奥様だって大概ですよね」
「何が大概なの?」
フィナンのようなドジっこ属性? そんなものは持っていない。
フィナンに「大概」などと言われると手鏡を持ち出してフィナンの姿を映してあげたい。というか、実際にフィナンを映して見せたけれど、怪訝な顔で「何をしていんですか?」などと聞かれてしまった。
やっぱりフィナンには空気を読むというか、行間を読むセンスがない。
まあ、悪意へのセンサーが引く位という意味ではいいのかもしれない。決して今のわたしは悪意を持ってフィナンを映して見せたわけではなくて、フィナンが心配だから、大概なフィナンのことを示してみたのだけれど。
「デリカシーというか、配慮のなさですよ。女性の年齢の話はタブー。そう教わりましたよね」
ふむふむ、女性への配慮、と。
「さぁ?」
「えぇ?」
女性の年齢に関する作法なんてわたしは学んでない。
体重関連は気を付けている。何しろお母さまがそういったことには非常に神経質だったから。
おなか周りに少しでも肉がつくと、一層畑仕事に精を出して他をおろそかにする。仕事を奪われてお母さまがするはずだった裁縫をお父さまがちまちまと塗っている背中は、なんだか哀愁が漂っていた。
そんなお父さまは何度もお兄さまに、女性に体重の話はタブーだ、と口酸っぱく言っていた。
ちなみに、そんなお兄さまはそのうちに、わたしにかまってもらうためにわざと体重を話題に出すようになった。一時期わたしが反抗期でお兄さまに拒否感というか、その近さが嫌で逃げていたわけで、そんなわたしに怒りでもいいから向けられたいと、お兄さまが苦肉の策に出たのだ。
『怒りであってもいい。ただ、ディアの一声を聞くまではぼくは死ねない……ッ』
三日三晩徹夜してわたしの後を追い、眠るわたしの部屋の扉にへばりついていたお兄さまの言葉には、もはや狂気しか感じられなかった。
兄妹愛? 無い無い。
少なくとも当時のわたしにとって、お兄さまはうっとうしく周囲を飛び回る蚊に等しい存在でしかなかった。
なんて、今でも口にしようものならお兄さまが血反吐を吐いて断末魔の悲鳴をまき散らすだろうから言葉にはできない。
それはさておき、馬鹿にするようなフィナンの顔がいけ好かない。フィナンだって淑女としては大概な癖に。
スムーズに土下座を決めるような人は淑女ではない。
「むぐぁ!?」
理解できない、と言いたげな目を向けてくるフィナンにいら立ちを覚えて、その鼻先をつまむ。
くしゃ、と顔をゆがませたフィナンは手足をばたつかせて抵抗するけれど、魔物に比較すれば可愛らしいもの。
「はにふふんへふは!」
くぐもった悲鳴を漏らすフィナンがおかしくて、お腹を抱えて笑った。
そんなコントじみたことをマドレーヌ・グレシャの前で繰り広げているのだから、当然ながら視線が集まって仕方がない。邪魔だと、苛立ちめいた舌打ちも聞こえてくるけれど、わたしがどこぞの令嬢だと判断してか、言いがかりをつけてくることはなかった。
うん、さすがに邪魔になるから少し端に寄ろうか。
「……奥様、視線が集まってますよ」
「だ、だって、仕方ないでしょう?『はにふふんへふは』って……ぷっ、ははははは!」
「そんな風に言ってないですよ。何するんですか、って言ったんです!」
「そう聞こえなかったもの」
頬を膨らませて訴えるフィナンは、けれど羞恥のせいかあまり呂律が回っていない。
おかげで、涙がにじむまで笑ってしまった。
ああ、本当、フィナンがいると気持ちが軽くなる。
いじりがいがあるというのもあるけれど、フィナンと話をしているとなんだか気が抜ける。気持ちが軽くなる。
「ありがとうね、フィナン」
心から素直になってお礼を言ったのに、フィナンはくしゃりと顔をゆがめて見せる。ちょっと、その変顔も面白いからやめて。噴き出してしまいそうなんだけど!?
「お礼を言われるくらいに私の声はひどかったんですか!? ……って、コントじゃないんですよ!」
「素晴らしいツッコミね」
「ツッコミじゃないです!」
「ほら、ツッコミを入れているじゃない」
言っているそばからこれだ。阿吽の呼吸というか、打てば響くというか、だからこそ、フィナンと話をしていると楽しいのだ。まあ、基本的にわたしがフィナンをからかう形であって、会話というよりは、わたしが一方的に言葉を投げつけているというのが正しいかもしれない。
「これは……ああもう、早く行きましょう!?これ以上クスクス笑われるのは嫌ですよ」
往来でこんな大声で掛け合いをしていれば耳目を集めるのは当然というもの。
先ほどからずっとわたしたちの会話を聞いていた人たちの中には、おかしそうに笑ってくれている者もいて。そんな通行人の視線から逃げるようにフィナンが歩き出す。
その背中を追って歩き出し、赤みが引かない耳を見ながら、やっぱりくすりと思い出して笑えて。
「またですか!?」
地獄耳のごとくわたしの笑い声を聞きつけて、ぐりん、と背後を向く。ちょっと、笑わせたいの? 前に進みながら首だけそんな回して変顔するなんて、面白いんだけど。
「最近フィナンのこと、いじりがいのあるおもちゃに思えてきたわ」
「せめて人にしてくださいよ……」
がっくりとうなだれたフィナンだったけれど、マドレーヌ・グレシャの店内に入ったころにはすっかり機嫌を直していた。
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