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68ノリノリフィナン
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わたしたちの後ろでフィナンはてきぱきと動き、ナッツクリームを作っている。
一度炒ったナッツを使うことで風味を強め、それを素早くすり下ろして加工を進めていく。
香る森の匂いは心安らぐもので、自然と肩から力が抜ける。
つくづくわたしは森に染まっていると、自分でもあきれるほどだった。
「そういえば、今日のこれはどういう趣旨だ?」
「知人のお見舞いの品を作ろうと思っていたのですよ。その食材調達に向かった先で、面倒な男性をひっかけてしまいましたが」
「……私が誰か分かって言っているのだよな?」
「この期に及んで理解していなければ、それはそれで大物でしょう?」
横目でにらみ合い、それから、二人そろってちらと背後を見る。
そこには鼻歌を歌いながらゴリゴリとナッツをするフィナンの姿がある。茶色の髪は主人にじゃれつく犬の毛のようにふわりふわりと左右に揺れる。
歌に合わせてステップを刻むほどには、フィナンはノリノリだった。
その背中にはもう、王子殿下と一緒に料理をする気負いはなかった。最初は王子殿下と顔を合わせるなり蒼白になっていたのに。
……あるいはポンコツなフィナンだから、今の彼女は料理に集中するあまり殿下の存在を忘れているかもしれない、なんて。さすがにフィナンに失礼な考えだろう。
「彼女も……わかっているのだろう?」
「そのはずですよ。さすがに王城勤めの者が殿下のことを知らないわけがないですよ」
何より、仕えているわたしの旦那様なのだから――という言葉はぐっと飲み込む。
自然と手は止まり、わたしたちの目はフィナンの背中に集中する。
「えっと……なんで見てるんですか?」
わたしたちに動きがないことを感じ取ったフィナンが振り向き、目が合う。
困惑に瞳を揺らし、うつむくフィナンの顔は見る間に赤くなっていく。
「恥ずかしがっている姿もかわいいわね」
これだからフィナンをいじるのがやめられないのだ。まるで中毒のように、フィナンという存在はすっかりわたしの一部になっている。……これでフィナンに寿退社でもされてはわたしは妃生活に耐えられないかもしれない。
つまり、フィナンと良い仲にある男性がいれば、二人を離さないといけないということ。
わたしはフィナンの幸福より自分の心と生活の平穏を求めるようなひどい女なのだ。
「うぅ……料理をするときは歌うのが癖になってるんですよ」
ああ、そちらが恥ずかしかったのか。わたしからすれば殿下と一緒にいながら楽しげなその度胸をこそ評価指定のだけれど、やはりというべきか、すっかり彼女の頭からは殿下の存在が抜け落ちていたらしい。
さすがフィナン。
「踊ってもいたがな」
「嘘!?」
殿下の追撃に、フィナンはとうとう頭から湯気を立ち昇らせる。あたふたと手を振り回し、握っているすりこぎを振り回す。
ついていたナッツの破片がぱらぱらと散り、一部がフィナンの鼻をくすぐったらしく、かわいらしいくしゃみをした。
「この私が嘘を言うとでも?」
にっこりと、けれどその目で威圧する殿下を前にして、フィナンは真っ青な顔で震える。……これぞフィナンだ、と思ったのはわたしの心の奥に秘めておく。
「は、はわわわ……」
目を回し始めたフィナンはふらりと体を傾けて。
とっさに殿下が手を伸ばすも、再び自分の力で持ち直して背中を向ける。
「お二人は作業を進めてください。そろそろこちらも終わりますよ」
「砂糖煮は包み終わりましたよ?」
「え、早いですね……って、大きい、ですよね」
振り向いたフィナンは、完成品を前に目を何度もしばたたかせる。
それはもう、仕方がないと諦めるしかない。
わたしの作ったものは小ぶりだけれど、殿下はサイズなんて気にせず、自分の掌の大きさに合わせて作っていた。
つまり、殿下のこぶしサイズのフレッシュ・ボールが、いくつもテーブルの上にごろごろと転がっていた。おかげで砂糖煮は早く尽きてしまい、フレッシュ・ボールの数も減ってしまった。
はん、と鼻を鳴らすようなそぶりを見せるフィナンを前に、殿下がすっと目を細くする。まるで鷹のようだけれど、今度は殿下の視線にひるむようなフィナンではなかった。
なぜなら、料理の失敗という責める理由と圧倒的な優位性がフィナンにはあったから。
「まあいいです。生地は十分にありそうですし、次に行きましょうか」
今度はナッツクリームを包んでいく。
フィナンにからかわれたからか、今度は殿下もしっかりとサイズを考えて包んでいく。
逆に考えすぎて小さすぎるものもできていたけれど。
「ウサギの糞ですか?」
「……お前、これは食べ物だろう?」
確かに、料理に糞なんていう表現はよくないかもしれない。でも思わずそうツッコミを入れたくなるような小ささをしているのだから仕方がない。
一体何をどう考えれば、豆粒くらいのサイズのフレッシュ・ボールを作ろうと悪戦格闘しようという発想になるのか。臭い消しの場合は確かにそれくらい小さいのが望ましいけれど、今回はそんなに小さくしなくていいのに。というか、見本があるのだからそれを参考にできないのだろうか。
……もしかして殿下は、意外と不器用、とか?
いやいやいや、この憎たらしいほどの完璧王子殿下が?
「こんなにも小さくした王子殿下の正気を疑わずにはいられませんでした」
とりあえず、揶揄えるうちにしておくべき。
嘲るように告げれば、殿下は荒く鼻息を吐き、一層集中して作業を始めた。
一度炒ったナッツを使うことで風味を強め、それを素早くすり下ろして加工を進めていく。
香る森の匂いは心安らぐもので、自然と肩から力が抜ける。
つくづくわたしは森に染まっていると、自分でもあきれるほどだった。
「そういえば、今日のこれはどういう趣旨だ?」
「知人のお見舞いの品を作ろうと思っていたのですよ。その食材調達に向かった先で、面倒な男性をひっかけてしまいましたが」
「……私が誰か分かって言っているのだよな?」
「この期に及んで理解していなければ、それはそれで大物でしょう?」
横目でにらみ合い、それから、二人そろってちらと背後を見る。
そこには鼻歌を歌いながらゴリゴリとナッツをするフィナンの姿がある。茶色の髪は主人にじゃれつく犬の毛のようにふわりふわりと左右に揺れる。
歌に合わせてステップを刻むほどには、フィナンはノリノリだった。
その背中にはもう、王子殿下と一緒に料理をする気負いはなかった。最初は王子殿下と顔を合わせるなり蒼白になっていたのに。
……あるいはポンコツなフィナンだから、今の彼女は料理に集中するあまり殿下の存在を忘れているかもしれない、なんて。さすがにフィナンに失礼な考えだろう。
「彼女も……わかっているのだろう?」
「そのはずですよ。さすがに王城勤めの者が殿下のことを知らないわけがないですよ」
何より、仕えているわたしの旦那様なのだから――という言葉はぐっと飲み込む。
自然と手は止まり、わたしたちの目はフィナンの背中に集中する。
「えっと……なんで見てるんですか?」
わたしたちに動きがないことを感じ取ったフィナンが振り向き、目が合う。
困惑に瞳を揺らし、うつむくフィナンの顔は見る間に赤くなっていく。
「恥ずかしがっている姿もかわいいわね」
これだからフィナンをいじるのがやめられないのだ。まるで中毒のように、フィナンという存在はすっかりわたしの一部になっている。……これでフィナンに寿退社でもされてはわたしは妃生活に耐えられないかもしれない。
つまり、フィナンと良い仲にある男性がいれば、二人を離さないといけないということ。
わたしはフィナンの幸福より自分の心と生活の平穏を求めるようなひどい女なのだ。
「うぅ……料理をするときは歌うのが癖になってるんですよ」
ああ、そちらが恥ずかしかったのか。わたしからすれば殿下と一緒にいながら楽しげなその度胸をこそ評価指定のだけれど、やはりというべきか、すっかり彼女の頭からは殿下の存在が抜け落ちていたらしい。
さすがフィナン。
「踊ってもいたがな」
「嘘!?」
殿下の追撃に、フィナンはとうとう頭から湯気を立ち昇らせる。あたふたと手を振り回し、握っているすりこぎを振り回す。
ついていたナッツの破片がぱらぱらと散り、一部がフィナンの鼻をくすぐったらしく、かわいらしいくしゃみをした。
「この私が嘘を言うとでも?」
にっこりと、けれどその目で威圧する殿下を前にして、フィナンは真っ青な顔で震える。……これぞフィナンだ、と思ったのはわたしの心の奥に秘めておく。
「は、はわわわ……」
目を回し始めたフィナンはふらりと体を傾けて。
とっさに殿下が手を伸ばすも、再び自分の力で持ち直して背中を向ける。
「お二人は作業を進めてください。そろそろこちらも終わりますよ」
「砂糖煮は包み終わりましたよ?」
「え、早いですね……って、大きい、ですよね」
振り向いたフィナンは、完成品を前に目を何度もしばたたかせる。
それはもう、仕方がないと諦めるしかない。
わたしの作ったものは小ぶりだけれど、殿下はサイズなんて気にせず、自分の掌の大きさに合わせて作っていた。
つまり、殿下のこぶしサイズのフレッシュ・ボールが、いくつもテーブルの上にごろごろと転がっていた。おかげで砂糖煮は早く尽きてしまい、フレッシュ・ボールの数も減ってしまった。
はん、と鼻を鳴らすようなそぶりを見せるフィナンを前に、殿下がすっと目を細くする。まるで鷹のようだけれど、今度は殿下の視線にひるむようなフィナンではなかった。
なぜなら、料理の失敗という責める理由と圧倒的な優位性がフィナンにはあったから。
「まあいいです。生地は十分にありそうですし、次に行きましょうか」
今度はナッツクリームを包んでいく。
フィナンにからかわれたからか、今度は殿下もしっかりとサイズを考えて包んでいく。
逆に考えすぎて小さすぎるものもできていたけれど。
「ウサギの糞ですか?」
「……お前、これは食べ物だろう?」
確かに、料理に糞なんていう表現はよくないかもしれない。でも思わずそうツッコミを入れたくなるような小ささをしているのだから仕方がない。
一体何をどう考えれば、豆粒くらいのサイズのフレッシュ・ボールを作ろうと悪戦格闘しようという発想になるのか。臭い消しの場合は確かにそれくらい小さいのが望ましいけれど、今回はそんなに小さくしなくていいのに。というか、見本があるのだからそれを参考にできないのだろうか。
……もしかして殿下は、意外と不器用、とか?
いやいやいや、この憎たらしいほどの完璧王子殿下が?
「こんなにも小さくした王子殿下の正気を疑わずにはいられませんでした」
とりあえず、揶揄えるうちにしておくべき。
嘲るように告げれば、殿下は荒く鼻息を吐き、一層集中して作業を始めた。
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