『チート作家の異世界執筆録 〜今日も原稿と畑で世界を綴る〜』

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第28話 翼の魔族、お世話モード突入

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 前日に響いた悲鳴が、まだ耳の奥に残っている気がする。リュウは、ひっくり返ったハンモックにぐったりと腰掛けたまま、ぽかんと空を仰いでいた。呆然と見上げるその視線の先には、黒い翼を大きく翻す三人の女性魔族の姿。マオ、いや、かつての魔王ダルクス直属の側近たちである。
 
「……えっ、誰? 新手? 敵? ていうか、顔が良すぎる……!」
 
 リュウの視線は、美しさと、どこか冷徹さを併せ持つ三人の女性に釘付けになった。圧倒的な容姿に加え、その存在感は、まさに一国の精鋭といった趣だ。
 見た目は誰もが息を呑むほどの美人。しかし、その纏う雰囲気は、剣と魔法を振るう「戦闘要員」というよりは、むしろ「迷子の子どもを迎えに来たお母さん」そのものだった。
 マオの隣にそっと舞い降りた三人は、まるで飢えた獣のように、一斉に涙目でマオに駆け寄った。
 
「魔王様っ……いえ、ダルクス様っ!!」
「この数日、私たち、血眼になって探してたんですよ~~っ!!」
「急に魔力の気配が途絶えて、どれほど心配したか……っ! もう、無事で本当に良かった……!」
 
 矢継ぎ早に言葉を投げかけられ、マオはバツが悪そうに腕を組み、小さく頷いた。
 
「うむ……少々、民の世界でスローライフを体験してみたくなってな」
 
 だが、側近たちの反応は、マオの言葉とは全く違う方向へ暴走していく。
 
「って、そのお姿は何ですか!? か、かわ……い……! な、なんてこと……!」
「いや……まさか、ここまで縮むとは……不意打ちすぎます……っ! 心臓に悪いですわ!」
「小さっ!! 手、ちっさ!! お腹もぷにってしてるじゃないですか!!」
 
 もう、誰にも止められない。三人のお姉様方は完全にマオを子ども扱いしようとする「母性本能の暴走列車」と化していた。瞳はハートマーク、表情は喜びと感動に満ちている。
 
「お風呂は毎日入ってますか? ちゃんと髪、洗ってます? 湯冷めしてないでしょうね!?」
「お爪! 爪切ってる!? 整えてる!? ファイリングしてる!? どこか傷んでませんかっ!?」
「お昼寝は? ひとり? ちゃんと毛布かけてるの!? 湿気は!? 湿気ェェェ!! 湿度管理は完璧に!?」
 
「なんなの、この圧!? 魔族ってもっと冷たい種族じゃなかったの!?」
「完全に、保護者じゃねぇか……」
「リュウ、これは……完全に大家族化の兆しばい……覚悟しいや」
「個人的には“母性3人衆”と呼称します」
「ネーミングセンスが理系すぎるだろ! もっとこう、こうさぁ!」
 
 数時間後、筆の家のリビングでは、ふかふかのソファに腰掛けた魔族お姉様たちが、まるで昔からそこにいたかのようにくつろぎ始めていた。
 
「こちらのソファ、座り心地いいですね~。魔王様のお膝元で、こんな快適な暮らしができるなんて……!」
「キッチンの構造も合理的で素晴らしいわ。これならマオ様の健康管理もばっちりですわね!」
 
 そして、突如として三人は一斉に立ち上がり、声を合わせて宣言した。
 
「マオ様と一緒に、ここに住まわせてください!」
「即決かよ!! 相談とかないの!?」
 
 リュウのツッコミなど、彼らの耳には届かない。魔王に仕える身として、彼らに迷いはなかった。
 
「必要ない。我ら魔王に仕える身。住む場所も世話する場所も、魔王のそばと決まっているのだ」
 
 当のマオは、悠然と紅茶を啜り、足を組んで満足げに微笑む。
 
「うむ、既に我の部屋には加湿器とふかふか枕が完備された。ぬかりなしだな」
「いや誰がそんな速さで生活環境整えろって言った!?」
 
 こうして筆の家――というより、もはや村のような賑やかさを持つ場所に、“マオ様用・魔族世話係付き特別区”が産声を上げたのだった。
 
「スローライフとは、静かで穏やかな暮らしのはずなのに、どうして俺の暮らしは、どんどんにぎやかになっていくんだよおおおお!!」
 
 リュウの悲鳴が、またひとつ、青空へと吸い込まれていった。彼の「静かな生活」という願いは、遥か彼方へと霞んでいくばかりだ。
 
 筆の家の朝は、今日もまた、騒々しい声で幕を開けた。今日から主役はマオと、彼への母性全開モードに突入した三姉妹の魔族たちだ。
 
「こら、マオ様っ! 寝癖そのままでリビングに出ないのっ! すぐにお着替えして、髪を整えますよ!」
「今日の朝食は、焼きたての温かいパンとホクホク芋のスープ、新鮮なサラダに、栄養補助の魔草茶もあるよ~! はい、あーん」
「日向ぼっこは十時からと決まっています! 紫外線量も完璧に計算済みです! 今はまだ早いですわ!」
 
「おまえら、過保護すぎるわ!!!」
 
 リュウの悲鳴が、朝の静寂をぶち壊した。まるで、保育園の先生と園児を見ているようだ。
 
「これって……俺、保護者として魔王を見てると思ってたけど……むしろ俺が、魔王を囲う保育園の園長なんじゃ……?」
 
 トレイを手に、深く困惑するリュウを前に、ミランダが優しい笑みを浮かべた。
 
「安心して、リュウ。私は厨房と給仕班を回すから、あなたはマオ様のお世話に専念して」
「いや違うよ!? 俺、元々一人でひっそり暮らすつもりだったんだってば!!」
 
 ルナがサラダを器用にフォークでつまみながら、肩をすくめた。
 
「もう諦めとき。賑やかやけん、ええやろ?」
「マオ、楽しそうやん?」
 
 彼女の言葉に、リュウは窓の外を見た。そこでは、マオが魔族のお姉さまの一人に手を引かれ、楽しそうに屋根の上に連れて行かれるところだった。屋根には日光浴用のふかふかマットが敷かれ、その隣には湯気を上げるホクホクのお芋が用意されている。まさに至れり尽くせりの待遇だ。
 
「今日も、平和やな……」
 ティアが、どこか達観したように呟く。
 
「静かすぎる平和とは違うんやけどね……」
 その日の夕暮れ。ログハウスの軒先で、リュウはゆっくりとハンモックに揺られていた。ようやく訪れた、一息つける時間……と思いきや、横から小さな声が飛んできた。
 
「リュウよ」
「……んあ、マオ? どうした?」
 
 マオは両手に大きな芋を抱え、普段のやんちゃな表情とは打って変わって、真剣な眼差しでリュウを見つめた。
 
「我はかつて“王”であったが、この数日で“食事のありがたさ”と“昼寝の幸せ”を知った」
「感想が庶民すぎるだろ」
 
 リュウは思わず吹き出しそうになりながらも、その言葉に頷いた。魔王が、食と昼寝のありがたみを知るとは、なんともシュールな話だ。
 
「だが、悪くないな……この暮らしは、温かい」
 
 マオが芋をかじると、ホクッという心地よい音が響いた。その表情には、偽りのない満足感が浮かんでいた。
 
「リュウよ」
「ん?」
「今後、余がここを“魔王国”と称したら、怒るか?」
「全力で却下する。絶対だ」
「むぅ……」
「でも、まあ……」
 
 リュウは夜空を見上げ、小さく笑った。
 
「ここは“王国”じゃないけど、悪くない“王様”がひとりくらいいてもいいかもな」
「ふふっ、ならば……我がここの“ジャガイモ王”として君臨してやろう!」
「肩書きがダサい!!」
 
 リュウのツッコミが、静かな夜風に溶けて消えていく。
 こうして、筆の家にはまた新たな“家族”が加わった。魔王のツノも、王国の威光もないけれど、ここにはちゃんと、笑いと温かさと、そして焼き芋の香りが満ちていた。
 
「……明日は、もっとでっかい干し芋棚を作るか」
 
 リュウの囁きに、自称「芋王」のマオが「うむ!」と、誇らしげに胸を張って頷いた。
 スローライフは遠くとも、ごちゃまぜライフの物語は、これからも賑やかに続いていく。
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