婚約者に大切にされない俺の話

ゆく

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3. 仏の顔も三度

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「あーーーーーもう、マジめんどくさい」


 低い声音のまま俺はぼそっとつぶやいた。


「ま、真緒?」


 普段は怒ったとしてもこんな声音は出さない。
 初めて見る俺のマジギレに、宏樹は動揺を隠せないようだった。


「宏樹、俺言ったよな? お前が大学卒業してうちの親の会社に入った時に言ったよな? いいかげんに落ち着けって……」
「…………」


 宏樹はうちの親が経営する医療機器メーカーに就職している。性関係は乱れているけれど仕事に対しては真面目で安心できるよ、と宏樹の直属の上司である俺の兄からは評判を聞いていた。(いや、この評判もどうかと思うけど)

 後々は社長になる兄を支えるべく勉強してほしいと俺の親には言われていたのだけど……


「飲み会行くなとか休みの日に遊びに行くなとか、俺には理想を求めといて、自分は好き放題浮気しまくりかよ。マジきもい」
「…………ま、まぉ」


 そう。宏樹は、自分のことを棚上げしといて、俺と一緒に暮らすようになってから、なぜか束縛めいたことをする。仮にも婚約者だし、これもアルファの特性なんだろうなぁと抵抗はしなかった。


「瀬尾のおじさんおばさんのことは好きだし、二人から宏樹のことを見限らないであげてってお願いされてたから今まで我慢してたけどさ……本気で俺もう無理だよ」
「えっ」
「お前浮気するのもさ、何でよりによって今回はここを選んだんだよ。ここは俺の親が買ってくれたマンションなの忘れたのか?」
「ええっ!?」


 俺の言葉に声を上げたのは、ナツキくんだ。


「ここ、宏樹さんのマンションじゃないんですか!?」
「……宏樹が何て言って連れ込んだか知らないけど、ここはうちの親が買ってくれたマンションだよ。名義は俺。固定資産税とか、毎月の管理費とか修繕積立金を支払ってるのも俺。生活費も全部俺。こいつは一銭も出してない、勝手に転がりこんできたただの居候だよ」
「違う、居候なんかじゃないっ! 俺と真緒は婚約者で」
「その婚約者と暮らすマンションに浮気相手連れ込んでちんこ突っ込んでんのかお前」
「…………っ」


 ため息をつく俺に、宏樹は更に顔を青白くして体を震わせている。

 ナツキくんは俺と宏樹の応酬に、聞こえないくらいの小さな声で何かブツブツ言っている。何か地味にこわい、大丈夫かなこの人。


 このマンションは高い管理費を払う代わりに、オメガが一人暮らしをしても大丈夫なようサポートが整っている。

 突然の発情に備えて、共有スペースの至るところに緊急シェルターがあったり、常駐の医師がいたり。もちろんアルファも住むことができるけど、アルファは専用のエントランスとエレベーターを使うシステムだったりする。

 大学進学後、一人暮らしをすることになった俺の安全を考えて両親が買ってくれたのだけど、気が付いたら宏樹が居着いてた。何で居着いたのかはちょっと覚えてない。でも。


「俺、疲れた。外で浮気すんのはまだ耐えられたけど、お前、ここに浮気相手連れ込むの三度目だろ」
「な、何で知って……」
「お前が誰かを連れ込むとコンシェルジュから連絡が来るようになってんだよ。それに、エントランスからエレベーター、玄関の前までしっかり監視カメラで録画されるって入居時にも説明しただろ。時間差で連れ込んでもちゃんと記録されてる」
「ええ……」


 転がりこんできた時に管理会社から渡されたガイドブックを見せながら説明したんだけどな。俺の話はいつも右から左に聞き流してるってことだったんだろう。


「もういい。お前との婚約は解消だ」
「…………えっ」
「聞こえなかったのか。俺たちの婚約は解消だ。荷物は瀬尾家に送ってやるから――そこのナツキくんを連れて今すぐここから出ていけ」
「い、嫌だ」
「嫌だじゃねえよ。お前に拒否権はないの」


 婚約解消後のこれからのことを考えると気が重い。
 でも、それでも今解消しておかないと俺が幸せになれない。俺の二十年に及ぶ婚約は、こうして節目を迎えたのだった。
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