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第4章:光彩の乙女
7.偽者騒動⑤
しおりを挟む招待客たちのざわめきは一向におさまらず、ルーシャは居た堪れない気持ちになっていた。
本来なら国を救う存在である《光彩の乙女》が披露される祝いの場で、あろうことかその《光彩の乙女》が偽者ではないかと指摘されているのだから。
皇帝がパンパンと両手を叩くと、ざわめきは小さくなっていく。
「本物の《光彩の乙女》がどちらであるか、それとも両者とも該当するのか……はたまた違うのか。皆にはその行く末を見届けて欲しい」
「……《光彩の乙女》は竜の言葉が分かり、竜王を従えることができる。その証明のため、火の大陸の竜騎士団へ協力を要請した」
ファビウスは皇帝に続いてそう言うと、片手を大きく空へ伸ばす。
竜の咆哮が響き、火の竜王トバイアスと竜騎士団長マデウスが壇上へと降り立った。やたらと広く感じたステージは、竜のために作られていたらしい。
火の竜王の登場に招待客たちが沸き、ルーシャも目を輝かせた。背中から飛び降りたマデウスは赤い髪を掻き上げ、ルーシャを見てニヤリと笑う。
「よぉルーシャ。お前偽者だったのか?」
大勢の前で何という質問をするのかと、ルーシャは口元を引き攣らせながら笑顔を返す。
「……変わり無いようで安心したわ、マデウス団長。あと、私は偽者じゃないわ」
「はは、だよなぁ。トバイアスが偽者に頭を下げるはずない。……となれば……」
マデウスの朱色の瞳がカリスタへと向く。
すぐに何かを言い返そうと口を開いたカリスタは、無数の目が向いていることに気付き無理やり微笑んだ。ルーシャは心の中で敵ながら拍手を送る。
「ふ……ふふふ、嫌ですわ。わたくしが《光彩の乙女》ですので」
「ふーん?……皇帝陛下、ファビウス殿下、もう始めてもよろしいですか?」
誰かに敬語を使うマデウスの姿は新鮮だった。皇帝とファビウスが同時に頷くと、マデウスは一度招待客の方を向く。
「これから、二人には火の竜王と会話をしてもらう。そのあとちゃんと会話ができた方に頭を下げる。あらかじめ言っておくが、気高き竜王が頭を下げるのは、パートナーと認めた者か《光彩の乙女》しかいない」
そう説明したマデウスは、くるりと振り返って先にカリスタを見た。
「では、そちらから先に。トバイアス、自由に話してくれ」
『……ああ、分かった』
トバイアスが黒い瞳を向けても、カリスタは堂々と立っている。怖がって萎縮する様子はなく、竜に慣れているのだろうかとルーシャは思った。
大きな体を少し動かし向かい合うと、トバイアスは口を開く。
『……ルーシャが偽者であると、そう言ったのか?』
「ええ、わたくしが《光彩の乙女》です!」
『ほう。君には何も光を感じないが』
「ええ、わたくしは《光彩の乙女》ですので!」
『……どういう意味だ?』
「ええ、わたくしが《光彩の乙女》ですからね!」
最初は奇跡的に噛み合っていた会話が、どんどんと破綻していく。カリスタは一方的に自分が《光彩の乙女》であると主張しているだけで、トバイアスの言葉が一切分かっていないようだ。
ルーシャは思わず呆れ顔でその様子を見つめてしまう。このまま主張を貫き続けるつもりなのだろうか。
ちらりとマデウスに視線を向ければ、両腕を組んで苛ついたように目を細めている。何回目かの「ええ、私が《光彩の乙女》です!」が続いたあと、痺れを切らしたように声を上げた。
「おい、いい加減にしろ。トバイアスがお前に光彩の乙女かどうかを何度も問い掛けるだけなわけがないだろ」
「あら、竜の言葉が分からない竜騎士団長が何を仰るのかしら」
ふふん、とカリスタが馬鹿にしたように笑う。確かにこの方法は、〈本当の《光彩の乙女》〉にしか嘘か真か分からないのだ。
怒りでこめかみがピクピクと動いているマデウスを横目に、ルーシャは招待客たちへ視線を移す。皆が眉をひそめて囁き合い、不安そうな、そして疑うような視線を壇上へ向けていた。
(このままだと、《光彩の乙女》の存在自体が疑われかねないわ。どうしようかしら)
ルーシャが最善の策はないかと考えていると、トバイアスの唸り声が低く響く。
『……今、マデウスを馬鹿にしたのか?小娘』
「ええ、わたくしが《光彩の乙女》よ!」
トバイアスの怒りが伝わらず、カリスタは相変わらずの言葉を放つ。さすがに見ていられなくなったルーシャは、トバイアスとカリスタの間に割り込むようにして体を入れた。
途端に文句を口にしたのはカリスタだ。
「ちょっとあなた、わたくしの妨害をするつもりかしら?退いてくださる?」
「妨害するつもりはないけど、トバイアスとマデウスに早く謝って。トバイアスはあなたに怒ってるのよ」
「怒っているですって?そんなデタラメ……」
再度トバイアスが唸り声を上げると、カリスタにはようやく伝わったようだ。火の竜王のただならぬ気迫にじりじりと後退している。
ルーシャはトバイアスに向かって竜騎士の礼をすると、そっと近付いて腹部を撫でた。
「トバイアス、落ち着いて。気持ちは分かるから、私が代わりに謝るわ」
『……ルーシャが謝る必要など、どこにもない』
「そう?じゃあ、これだけは彼女に言っておくわ。確かに竜騎士団長には竜の言葉が分からないけど、パートナーである竜王との間に、言葉以外で通じ合える絆は必ずあるって……そうでしょ?」
ルーシャはトバイアスとマデウスを交互に見て微笑んだ。
竜騎士団長と竜王との間だけではなく、竜騎士とそのパートナーの竜の間にも、必ず絆は存在する。だからこそ危険な任務であっても、互いに信頼し合って行動することができるのだ。
光の竜王とアベルが、そうだったように―――。
トバイアスは目を細めて頭を下げ、ルーシャに頬擦りをしてきた。火の竜の温もりが心地良い。
『……その通りだ、ルーシャ。竜と竜騎士の絆は、竜の鱗よりも固い』
「ふふ、そうね。間違いないわ」
ルーシャは笑いながらトバイアスの固い鱗を撫でる。誰かが近付く気配を感じ視線を向ければ、マデウスが唇の端を持ち上げて立っていた。
「ほらな、ルーシャ。どう見たってお前が《光彩の乙女》で間違いない―――みんなそう思うだろ?」
その言葉で、ルーシャは自分が壇上の上に立っていることを思い出した。視線を周囲に巡らせれば、人々の期待に満ちた目が向けられていることが分かる。
ファビウスも皇帝もその口元には笑みを浮かべていた。ステージ横に立っていたアベルは、ルーシャと目が合うと微笑みながら頷いてくれる。
ルーシャは自分が《光彩の乙女》であるという証明が知らずのうちに上手くいっていたことを悟り、パッと顔を輝かせる。
それと同時に、背後からポツリと呟きが聞こえてきた。
「……信じられませんわ」
振り返ったルーシャの目に、カリスタが真っ青な顔で震えている様子が目に入る。本物の幽霊でも見てしまったかのような顔だ。
「そんな……本当に竜の言葉が分かるというの……?あなたは、偽者のはずだって……そんな……ではわたくしは……どうなってしまうの……?」
本物である《光彩の乙女》を偽者だと皇帝に進言し、自らを《光彩の乙女》であると嘘をついたカリスタの処遇は厳しいものになるだろう。ベレスフォード公爵家も同じだ。
けれど、竜の言葉が分からないカリスタには嘘だとバレてしまったときの想像くらいつくはずだ。それなのに、どうして自信満々な態度だったのか、ルーシャはずっと引っ掛かっていた。
(私が《光彩の乙女》じゃないと、カリスタは本気で信じていた……?それとも、自分が《光彩の乙女》になれるはずだと……?)
皇家を謀ろうとすればどのような道を辿るのか、ベレスフォード公爵が分からないはずはない。どこか歪んでいる今回の騒動の意味を、ルーシャが頭の中で考えていたときだった。
トバイアスが突然目を見開き、首を持ち上げて空を見る。その動きに釣られ、ルーシャとマデウスも同時に空を見上げた。
黒い体の竜が数体皇城に向かって飛んで来ており、そのうちの一体が咆哮する。突如響いた低い竜の声に、会場にいた皆が反応を示した。
「―――闇の竜だ!!」
誰かが放った一声で、パーティー会場が悲鳴に包まれる。
ルーシャは近付いて来る闇の竜を見据えながら、この場に現れたことが偶然ではないような、そんな嫌な予感を感じていた。
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