73 / 165
第4章:光彩の乙女
8.偽者騒動⑥
しおりを挟む会場が悲鳴に包まれる中、最初に動き出したのは二人の竜騎士団長だった。
「マデウス、行け!」
「分かってる!」
アベルが壇上に上がり、剣を構えて皇帝とファビウスを護るように立つ。マデウスは素早くトバイアスの背中に乗り手綱を握った。
トバイアスが翼を広げ空へ羽ばたく間に、ルーシャに向かってマデウスが声を上げる。
「ルーシャ、アベルのところまで走れよ!」
『マデウスの言うとおりだ。アベルは皇帝のそばから離れられない。護ってもらうためにルーシャが向かうんだ』
火の竜王が飛び立つと、大きな風が巻き上がる。ルーシャは転ばないようになんとか耐えたが、カリスタが呆然とした顔で尻もちをついた。地面についた手はカタカタと震えている。
招待客たちの中で、席を立って逃げようとする者はごく僅かだ。なぜなら、貴族の多くは知っているからだ―――竜騎士のそばにいることが、一番安全だということを。
今まで積み上げてきた竜騎士団の実績と信頼は、危機的状況に陥った中で人々の心の支えとなる。皇帝と皇太子がアベルの背に護られ、動じずに指示を出していることも影響しているだろう。
「ルーシャ!早くこっちへ!」
アベルにそう声を掛けられ、ルーシャは駆け寄ろうとして立ち止まる。
空には三体の闇の竜。その間を縫うようにマデウスが剣を振るい、会場近くにいた光の竜と竜騎士たちが加勢に向かっている。
アベルもマデウスも、おそらくファビウスも、ルーシャと同じ疑問を抱いているはずだ。
どうして今このタイミングで、闇の竜がパーティー会場を襲ってくるのだろうかと。
(……私の考えすぎ?でも、あまりにもタイミングが合いすぎて不気味だわ)
アベルに再度名前を呼ばれ、ルーシャはぐっと拳を握ってから踵を返した。ステージの上でしゃがみ込んだままのカリスタの元へ行き、ぐっと手を引っ張る。
「立って!一緒にアベルのところへ行きましょう!」
「…………」
ずっと震えているカリスタの瞳がルーシャへ向く。その唇から出た言葉は、否定の言葉だった。
「……嫌よ……わたくしの身を陛下の元へ差し出すんでしょう?」
「違うわ、アベルに護ってもらわないと……」
「この先の未来がなくなったわたくしを、誰が護ってくれるというの!」
カリスタがルーシャの手を払い除けようともがく。けれどルーシャは、さらに手に力を込めて引っ張った。
「―――竜騎士団に決まってるでしょ!!」
どれだけの悪人だろうと、竜騎士団は邪竜や闇の竜に襲われる人々を黙って見ているなんてことは絶対にしない。
竜騎士は“竜と共に国と民を護ること”を誓い、竜もまた“竜騎士と共に戦い抜くこと”を誓う。竜と人が共存できなくなれば、竜帝国は崩壊してしまうのだ。
ルーシャは無理やりカリスタを立たせ、アベルの元へと駆け出した。淑女の振る舞いなど二の次だ。
会場にいる人たちは、皆が上空で戦う竜と竜騎士の姿を固唾をのんで見守っている。
マデウスが指揮を執り、闇の竜たちを後方へ誘い込むような戦い方をしていた。倒した竜が会場の上に落下しないようにするためだ。
空を見上げずに周囲を見渡しているのはアベルとファビウスだった。上空ではなく、地上での脅威がないか目を光らせている。こういった混乱に乗じて、悪いことを企む人物が少なからずいるからだ。
そんな中、闇の竜の咆哮がまた響く。
その咆哮にルーシャの肌がぞくりと粟立ったのは、恐怖からではなかった。
―――その咆哮が、すぐ近くから聞こえたからだ。
「ルーシャ、後ろだ!」
アベルの声が耳に届き、ルーシャは走りながら後ろを振り返った。新たに現れた闇の竜が一体、ルーシャたちを目掛けて素早く飛んで来ていた。
「……っ、カリスタ!屈んで!」
「え……きゃあ!」
ルーシャがカリスタを抱きしめるように覆いかぶさって身を屈めると、そのすぐ上を闇の竜の体が通り過ぎて風を切る音が聞こえた。すぐに体を起こしたルーシャは、新たに出現した闇の竜の行方を目で追う。このタイミングで現れた以上、狙いは《光彩の乙女》である可能性が高い。
「カリスタ、早くアベルの元へ……って、カリスタ!?」
カリスタは「来ないでぇ!」と叫びながら、あろうことかアベルがいる場所とは反対方向へ向かってステージ上を駆けていく。ドレスの裾を踏み、派手に倒れ込んだカリスタを見て、ルーシャは駆けつけるか迷っていた。
(闇の竜の狙いが私なら、近付かない方が彼女のためになるかも。皇帝を巻き込むわけにもいかないし、私はどこに逃げれば一番いいのかしら)
ルーシャは再度闇の竜の位置を確認する。上空を旋回し、再びこちらに向かって狙いを定めているようだ。
「ルーシャ!いいから早くこっちに来い!」
「アベル、でも……!」
「ルーシャ、アベルの言う通りに!」
ファビウスにもそう言われ、ルーシャは眉を寄せながらも走り出し、皇帝を取り囲むよう位置していた衛兵たちに声を掛けた。
「誰か、カリスタをこっちまで誘導してあげて!」
衛兵たちが顔を見合わせる様子を見て、ルーシャはやはりダメか、とそう思った。護るべき優先順位は比べるまでもなく皇帝が上だ。いくら《光彩の乙女》の言葉でも動くことができないのだろう。
他の衛兵たちは客席の間にそれぞれ配置されている。彼らにも当然、皇帝が招いた招待客たちを護る義務がある。
(アベルも皇帝陛下のそばから離れることはできない。カリスタを護れるのは、彼女自身か……イアン、イアンはどこなの?)
アベルの弟であり、カリスタの婚約者でもあるイアンの姿を会場で探すが見当たらない。そうしている間にも闇の竜が二回目の攻撃を仕掛けようと向かって来た。
そして、その赤い目が捉える先は―――ルーシャではなかった。
「……っ、カリスタ!!」
何故闇の竜がカリスタを狙うのか分からない。転んだ際に足を捻ったのか、カリスタが啜り泣きながら足首を押さえてルーシャの声に振り返る。
その瞳が闇の竜を捉え、零れるくらいに見開かれたかと思えば、大きな悲鳴が響き渡った。招待客たちの中からも次々に悲鳴が上がる。
「ルーシャ!」
アベルの声が背中に届く。ルーシャは自然とカリスタに向かって走り出していた。
闇の竜の攻撃がカリスタを捉えるのが早いか、それともルーシャが先にカリスタの元へ辿り着くのが早いか分からない。辿り着いたところで、ルーシャにできることは何もないことが分かっている。
それでも―――……。
「お願い竜たち!力を貸して―――!!」
ルーシャはそう叫びながら、涙に濡れてぐちゃぐちゃになった顔のカリスタを抱きしめる。背後に感じた闇の竜の気配が遠退いたのは、ルーシャの体が空を飛んでいたからだ。
竜の腕に抱きかかえられていることに気付き、ルーシャはパッと顔を上げる。
「……グランヴィル?」
『ルーシャ、間に合って良かった。怪我はないか?』
グランヴィルにそう問い掛けられ、ルーシャは目を瞬く。グランヴィルのおかげで怪我はないが、会場には呼ばれていなかったはずだ。たまたま近くを巡回中だったのだろうか。
「ルーシャ、闇の竜に狙われてるのは君じゃなくて、カリスタ嬢ってことで合ってる?」
グランヴィルの背中から、姿は見えないがノクトの声が聞こえてきた。
ルーシャは一緒にグランヴィルに抱えられているカリスタを見る。どうやら気を失ってしまったようだ。
「……理由は分からないけど、合ってるわ!」
「了解。しつこく追ってきてるからこのまま戦う。少し揺れるけど我慢して」
「大丈夫、慣れてるから!」
『はっ、だろうな』
ルーシャが光の竜王であったと知っているグランヴィルはそう笑い、ぐんっと旋回する。闇の竜と対峙するよう高度を下げ、相手を威嚇する咆哮を上げた。
グランヴィルが放つ光の力と、闇の竜の放つ闇の力が何度もぶつかり打ち消し合う。その隙間をくぐるようにノクトが剣を振るい、闇の竜の体に斬り傷を作っていく。
戦いを間近で見ているルーシャに恐怖はないが、想像より体に振動が伝わり気持ち悪くなってくる。カリスタが気を失っていることを少し羨ましく思ってしまった。
何度か攻防を繰り返し、グランヴィルの尻尾が闇の竜の体を打った。それをチャンスとばかりにノクトが剣を大きく振り上げたのが見えたが、振り下ろされる前に闇の竜の体は崩れ落ちていく。
「―――手柄を横取りして悪いな、ノクト」
トバイアスの背中の上に立っていたマデウスが、赤い髪を揺らしながらそう言ってニヤリと笑う。
ノクトがため息と共に「いえ、大丈夫です」と答える声と、剣を鞘におさめる音が耳に届いた。戦いの終わりを告げるその音を聞き、ルーシャはグランヴィルに抱えられながらホッと息を吐きだしていた。
0
あなたにおすすめの小説
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!
胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。
主に5大国家から成り立つ大陸である。
この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。
この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。
かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。
※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!)
※1話当たり、1200~2000文字前後です。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる