竜帝国と光彩の乙女

天瀬 澪

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第4章:光彩の乙女

8.偽者騒動⑥

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 会場が悲鳴に包まれる中、最初に動き出したのは二人の竜騎士団長だった。


「マデウス、行け!」

「分かってる!」


 アベルが壇上に上がり、剣を構えて皇帝とファビウスを護るように立つ。マデウスは素早くトバイアスの背中に乗り手綱を握った。
 トバイアスが翼を広げ空へ羽ばたく間に、ルーシャに向かってマデウスが声を上げる。


「ルーシャ、アベルのところまで走れよ!」

『マデウスの言うとおりだ。アベルは皇帝のそばから離れられない。護ってもらうためにルーシャが向かうんだ』


 火の竜王トバイアスが飛び立つと、大きな風が巻き上がる。ルーシャは転ばないようになんとか耐えたが、カリスタが呆然とした顔で尻もちをついた。地面についた手はカタカタと震えている。

 招待客たちの中で、席を立って逃げようとする者はごく僅かだ。なぜなら、貴族の多くは知っているからだ―――竜騎士のそばにいることが、一番安全だということを。
 今まで積み上げてきた竜騎士団の実績と信頼は、危機的状況に陥った中で人々の心の支えとなる。皇帝と皇太子ファビウスがアベルの背に護られ、動じずに指示を出していることも影響しているだろう。


「ルーシャ!早くこっちへ!」


 アベルにそう声を掛けられ、ルーシャは駆け寄ろうとして立ち止まる。
 空には三体の闇の竜。その間を縫うようにマデウスが剣を振るい、会場近くにいた光の竜と竜騎士たちが加勢に向かっている。

 アベルもマデウスも、おそらくファビウスも、ルーシャと同じ疑問を抱いているはずだ。
 どうしてで、闇の竜がパーティー会場を襲ってくるのだろうかと。

(……私の考えすぎ?でも、あまりにもタイミングが合いすぎて不気味だわ)

 アベルに再度名前を呼ばれ、ルーシャはぐっと拳を握ってから踵を返した。ステージの上でしゃがみ込んだままのカリスタの元へ行き、ぐっと手を引っ張る。


「立って!一緒にアベルのところへ行きましょう!」

「…………」


 ずっと震えているカリスタの瞳がルーシャへ向く。その唇から出た言葉は、否定の言葉だった。


「……嫌よ……わたくしの身を陛下の元へ差し出すんでしょう?」

「違うわ、アベルに護ってもらわないと……」

「この先の未来がなくなったわたくしを、誰が護ってくれるというの!」


 カリスタがルーシャの手を払い除けようともがく。けれどルーシャは、さらに手に力を込めて引っ張った。


「―――竜騎士団に決まってるでしょ!!」


 どれだけの悪人だろうと、竜騎士団は邪竜や闇の竜に襲われる人々を黙って見ているなんてことは絶対にしない。
 竜騎士は“竜と共に国と民を護ること”を誓い、竜もまた“竜騎士と共に戦い抜くこと”を誓う。竜と人が共存できなくなれば、竜帝国は崩壊してしまうのだ。

 ルーシャは無理やりカリスタを立たせ、アベルの元へと駆け出した。淑女の振る舞いなど二の次だ。


 会場にいる人たちは、皆が上空で戦う竜と竜騎士の姿を固唾をのんで見守っている。
 マデウスが指揮を執り、闇の竜たちを後方へ誘い込むような戦い方をしていた。倒した竜が会場の上に落下しないようにするためだ。

 空を見上げずに周囲を見渡しているのはアベルとファビウスだった。上空ではなく、地上での脅威がないか目を光らせている。こういった混乱に乗じて、悪いことを企む人物が少なからずいるからだ。


 そんな中、闇の竜の咆哮がまた響く。
 その咆哮にルーシャの肌がぞくりと粟立ったのは、恐怖からではなかった。
 ―――その咆哮が、すぐ近くから聞こえたからだ。


「ルーシャ、後ろだ!」


 アベルの声が耳に届き、ルーシャは走りながら後ろを振り返った。新たに現れた闇の竜が一体、ルーシャたちを目掛けて素早く飛んで来ていた。


「……っ、カリスタ!屈んで!」

「え……きゃあ!」


 ルーシャがカリスタを抱きしめるように覆いかぶさって身を屈めると、そのすぐ上を闇の竜の体が通り過ぎて風を切る音が聞こえた。すぐに体を起こしたルーシャは、新たに出現した闇の竜の行方を目で追う。このタイミングで現れた以上、狙いは《光彩の乙女ルーシャ》である可能性が高い。


「カリスタ、早くアベルの元へ……って、カリスタ!?」


 カリスタは「来ないでぇ!」と叫びながら、あろうことかアベルがいる場所とは反対方向へ向かってステージ上を駆けていく。ドレスの裾を踏み、派手に倒れ込んだカリスタを見て、ルーシャは駆けつけるか迷っていた。

(闇の竜の狙いが私なら、近付かない方が彼女のためになるかも。皇帝を巻き込むわけにもいかないし、私はどこに逃げれば一番いいのかしら)

 ルーシャは再度闇の竜の位置を確認する。上空を旋回し、再びこちらに向かって狙いを定めているようだ。


「ルーシャ!いいから早くこっちに来い!」

「アベル、でも……!」

「ルーシャ、アベルの言う通りに!」


 ファビウスにもそう言われ、ルーシャは眉を寄せながらも走り出し、皇帝を取り囲むよう位置していた衛兵たちに声を掛けた。


「誰か、カリスタをこっちまで誘導してあげて!」


 衛兵たちが顔を見合わせる様子を見て、ルーシャはやはりダメか、とそう思った。護るべき優先順位は比べるまでもなく皇帝が上だ。いくら《光彩の乙女》の言葉でも動くことができないのだろう。
 他の衛兵たちは客席の間にそれぞれ配置されている。彼らにも当然、皇帝が招いた招待客たちを護る義務がある。

(アベルも皇帝陛下のそばから離れることはできない。カリスタを護れるのは、彼女自身か……イアン、イアンはどこなの?)

 アベルの弟であり、カリスタの婚約者でもあるイアンの姿を会場で探すが見当たらない。そうしている間にも闇の竜が二回目の攻撃を仕掛けようと向かって来た。
 そして、その赤い目が捉える先は―――ルーシャではなかった。


「……っ、カリスタ!!」


 何故闇の竜がカリスタを狙うのか分からない。転んだ際に足を捻ったのか、カリスタが啜り泣きながら足首を押さえてルーシャの声に振り返る。
 その瞳が闇の竜を捉え、零れるくらいに見開かれたかと思えば、大きな悲鳴が響き渡った。招待客たちの中からも次々に悲鳴が上がる。


「ルーシャ!」


 アベルの声が背中に届く。ルーシャは自然とカリスタに向かって走り出していた。
 闇の竜の攻撃がカリスタを捉えるのが早いか、それともルーシャが先にカリスタの元へ辿り着くのが早いか分からない。辿り着いたところで、ルーシャにできることは何もないことが分かっている。
 それでも―――……。


「お願い竜たちみんな!力を貸して―――!!」


 ルーシャはそう叫びながら、涙に濡れてぐちゃぐちゃになった顔のカリスタを抱きしめる。背後に感じた闇の竜の気配が遠退いたのは、ルーシャの体が空を飛んでいたからだ。
 竜の腕に抱きかかえられていることに気付き、ルーシャはパッと顔を上げる。


「……グランヴィル?」

『ルーシャ、間に合って良かった。怪我はないか?』


 グランヴィルにそう問い掛けられ、ルーシャは目を瞬く。グランヴィルのおかげで怪我はないが、会場には呼ばれていなかったはずだ。たまたま近くを巡回中だったのだろうか。


「ルーシャ、闇の竜に狙われてるのは君じゃなくて、カリスタ嬢ってことで合ってる?」


 グランヴィルの背中から、姿は見えないがノクトの声が聞こえてきた。
 ルーシャは一緒にグランヴィルに抱えられているカリスタを見る。どうやら気を失ってしまったようだ。


「……理由は分からないけど、合ってるわ!」

「了解。しつこく追ってきてるからこのまま戦う。少し揺れるけど我慢して」

「大丈夫、慣れてるから!」

『はっ、だろうな』


 ルーシャが光の竜王キアラであったと知っているグランヴィルはそう笑い、ぐんっと旋回する。闇の竜と対峙するよう高度を下げ、相手を威嚇する咆哮を上げた。
 グランヴィルが放つ光の力と、闇の竜の放つ闇の力が何度もぶつかり打ち消し合う。その隙間をくぐるようにノクトが剣を振るい、闇の竜の体に斬り傷を作っていく。

 戦いを間近で見ているルーシャに恐怖はないが、想像より体に振動が伝わり気持ち悪くなってくる。カリスタが気を失っていることを少し羨ましく思ってしまった。


 何度か攻防を繰り返し、グランヴィルの尻尾が闇の竜の体を打った。それをチャンスとばかりにノクトが剣を大きく振り上げたのが見えたが、振り下ろされる前に闇の竜の体は崩れ落ちていく。


「―――手柄を横取りして悪いな、ノクト」


 トバイアスの背中の上に立っていたマデウスが、赤い髪を揺らしながらそう言ってニヤリと笑う。
 ノクトがため息と共に「いえ、大丈夫です」と答える声と、剣を鞘におさめる音が耳に届いた。戦いの終わりを告げるその音を聞き、ルーシャはグランヴィルに抱えられながらホッと息を吐きだしていた。

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