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第4章:光彩の乙女
9.偽者騒動⑦
しおりを挟むマデウスが闇の竜を倒したのは、パーティー会場の真上とはいかないが庭園内の上空だった。
その巨体が落下しないようすぐにトバイアスが闇の竜の体に鉤爪を食い込ませ、次々と光の竜たちが応援に駆け付ける。
『やった!倒した!』
『ルーシャ、大丈夫?無事?』
闇の竜の体を支えながら、竜たちが口々にルーシャの心配を口にする。グランヴィルの腕に抱かれながら、ルーシャは微笑んだ。
「大丈夫よ、みんなありがとう。マデウス団長、他の三体の闇の竜も倒せたのね?」
「当たり前だ。それよりコイツは何だ?そっちの偽者を狙う理由は?」
「それは……」
マデウスの問いに、ルーシャは気を失っているカリスタに視線を移す。確証のないことを口にすることに躊躇いが生まれ、ルーシャは唇を結んだ。
(……私が考えている予想は、アベルを傷付けるものだわ。それにこの考えが合っているとすると……闇の竜に指示を与えることができる人物がいることになってしまう)
眉を寄せるルーシャを見て、マデウスはこの場でこれ以上追求することはやめたらしい。「まぁ今はいい」と言って眼下に視線を向ける。
「早く《光彩の乙女》の無事を知らせてやれ。特にアベルにな」
「……アベル?」
「何とか地に足つけてるって感じだったからな」
光の大陸の竜騎士団長は皇帝を一番に護る誓約があるため、アベルに護ってもらえなかったと嘆くつもりはルーシャにはない。けれど助けようと思ってくれていたことは、ただ単純に嬉しかった。
「ノクト、グラン……アベルのところまで連れて行ってくれる?」
「言われなくてもそうする。行くぞグランヴィル」
『ああ、勿論だ』
グランヴィルがゆっくりとステージ上へ降り立つと、客席から一気に拍手と歓声が沸き上がった。すぐにアベルとファビウスが駆けつけて来てくれる。二人とも顔が険しかった。
「ルーシャ、君はまた無茶をっ……」
「無茶じゃないわ、アベル。《光彩の乙女》ができることを優先しただけよ」
「それが周りから見ると無茶なんだ。ほら、手を……」
「アベル、それは俺の役目だ」
ルーシャに向かって手を伸ばしかけたアベルは、ファビウスの言葉でその手をぐっと握りしめて体の脇へと戻した。
代わりにファビウスから差し出された手をルーシャは渋々と掴み、グランヴィルの腕の中から降りる。
(本当はアベルの手を握りたかったけど……ファビウスは婚約者の肩書きがあるものね)
水の大陸では、ルーシャにピタリとくっついていたノクトをエドナが叱っていた。それは、婚約者以外の異性と仲良くすると周囲からあらぬ疑いを掛けられてしまうからだ。
不満が顔に出ていたルーシャに気付いたファビウスが、やれやれという顔をしながらボソリと呟く。
「……あとでアベルと二人にしてやるから、とりあえず俺で我慢してくれ」
途端にパッと顔を輝かせれば、ファビウスから呆れたように笑われてしまう。
グランヴィルの背から降りたノクトは、カリスタを抱えながら周囲を見渡した。
「さて、ファビウス殿下。このご令嬢はどうします?衛兵に引き渡しますか?」
「待って、カリスタに訊かないといけないことがたくさんあるわ」
ルーシャは慌ててそう言った。今回の騒動の原因を解き明かす鍵は、間違いなくカリスタが握っている。目覚めたときに全て話してくれるとは限らないが、それでもルーシャは直接話を聞きたかった。
ファビウスは顎に手を添え、ちらりとアベルを見ながら口を開く。
「……そうだな。ひとまず医務室へ連れて行こう。そのあとベレスフォード公爵家を呼んで話を聞くが……お前も参加するか?アベル」
「…………」
アベルが難しい顔をする理由が、ルーシャには良く分かった。アベルにとってベレスフォード公爵家は、大きな監獄のような場所だからだ。
自由に羽ばたくことのできる翼をもがれ、アベルは十歳まで鎖で繋ぎ止められるように生きていた。竜としてアベルの口からその事実を聞き、これからは自分がどこへでも羽ばたいて連れて行ってあげようと強く思ったことを覚えている。
光の竜王のパートナーという絶対的な立場を、もうアベルに与えてあげることはできない。それでもルーシャとして、何があっても味方であると伝えたいのに、アベルの過去を知るはずのないこの体では、伝えることさえできない。
「……はい」
やがてそう答えたアベルの瞳に、迷いや揺らぎは見られなかった。強い意志を持つアベルの横顔に見惚れていると、背後から咳払いが届く。
「ルーシャ、見すぎ。気持ちは分かるけど」
ぼそっとノクトに耳打ちされ、ルーシャはハッとしてなんとか視線をアベルから逸らした。
(いけない、婚約者がいるのに他の男性に見惚れる女になるところだったわ。……ん?気持ちは分かるけど?)
どうしてノクトがルーシャの気持ちが分かるのだろうかと、ふと疑問に思う。ルーシャはアベルが自分の過去と戦っている様子に心を打たれていたのだが、まさか伯爵令嬢が竜騎士団長の過去まで知っているとは普通は思わないだろう。
僅かに首を傾げてノクトの言葉の意味を考えていると、空からトバイアスとマデウスが降りてきた。他の光の竜や竜騎士は、闇の竜の処理へと竜騎士団へ向かったようだ。
「アベル、こっちは問題ない。ファビウス殿下、あとはそっちの問題だけです」
マデウスの視線を受け、ファビウスが頷く。そしてルーシャの片手を掴み、空へ掲げて声を張り上げた。
「皆、闇の竜の脅威は去った!竜騎士と光の竜、火の大陸の竜王と竜騎士団長、そして《光彩の乙女》のおかげで、誰一人として怪我人はいない!」
ワッと歓声が上がる。ルーシャはこの会場の雰囲気に上手く馴染めず、へらりと愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
皇帝が衛兵に囲まれながらゆっくりと近付いて来ては、パチパチと拍手を鳴らした。
「ルーシャ・オールディス嬢。君の勇姿はしかとこの目で見させてもらった。《光彩の乙女》はやはり君で間違いないだろう」
「……ありがとうございます、皇帝陛下」
ルーシャが皇帝に対して頭を下げると、また歓声と拍手が沸く。
《光彩の乙女》としてこの場で認められたというのに、ルーシャの心にはザラザラとした感情が残っている。それは、このあまりにも不自然だった事件のせいだ。
「さあ、《光彩の乙女》の誕生を今一度改めて祝おうではないか!パーティーの再開だ!」
つい先程闇の竜の襲撃があったというのに、人々はまた笑顔で会話に花を咲かせ、手元の料理を食べ始めていた。ルーシャの両親が「ほら、やはり私たちの娘が《光彩の乙女》でしょう!」と高らかに笑っている声が聞こえる。
その異様な光景を眺めていると、皇帝がファビウスに向かって口を開いた。
「ファビウス、あとのことはお前に任せよう。その娘と、ベレスフォード公爵家の処遇についてだ」
「はい、お任せください」
「うむ。ルーシャ嬢、また改めて食事の場を設けさせて欲しい。そこでファビウスとの婚約について話を進めようではないか」
「……はい、分かりました」
皇帝は口髭を撫で付けながら、ステージ上の自分の席へと戻って行く。国の重要な《光彩の乙女》に関わる事件を体よく息子に押し付け、自分はパーティーを楽しむつもりなのだ。
「ルーシャ、アベル、行こう。ノクトはマデウスの接待を頼んだ。パーティーが終わったらまた会おう」
ルーシャはファビウスに手を引かれ、揃って頭を下げるノクトとマデウスに助けてくれた礼を伝えてから歩き出す。後ろからついてくるアベルに視線を向けると、困ったような微笑みが返ってきた。
(……アベルもきっと、気付いてるんだわ。光の大陸の、どこか歪んでしまっている状況に……危機感の薄い、この状況に)
ザワザワと不安で揺れる感情が、ルーシャの心をゆっくりと蝕んでいった。
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