【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人

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10.政争に明け暮れる者たち(2)

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「しかしそなたも、なかなかに悪女よな」

 寝台ベッドの中で身じろぎしながら男は言った。

「あら。オルソン様ほどではございませんわ」

 男の隣に寝ていた女が、そう言って気だるげに寝返りを打つ。
 打ちながら、男の裸の胸にしなだれかかった。

 一糸も纏わぬ女の肩を抱いて引き寄せつつ、男は満足げに口を開く。

「私がか?とんだ買い被りだな」
「だってそうでございましょう?わたくしに『セリア嬢と親しくなって破滅に導け』などと仰って。普通、そのようなひどい命令などには出しませんわよ?」
「その普通ではない命令を、何食わぬ顔でやってのけたお前が何を言う」

 そう言われて女は、男の腕の中で身をよじって上体を起こした。
 女は、モニカだった。
 カタロニア伯爵家、モンテローサ伯爵家と並ぶ『大顕位』持ちの伯爵家の娘だ。

 そう、モニカは最初から密命を帯びてセリアに近付き、親身に相談に乗るふりをしながら彼女を破滅させるために画策し、虎視眈々とその時を狙っていたのだ。

セリアあの子は、頭は良いけれどバカなんですの。後ろに“正直”とつくタイプの、ね」

 セリアは貴族の令嬢としては真っ直ぐに過ぎるのです、とモニカは言った。特に『大顕位』持ちの家の唯一の令嬢としては、あり得ないほどに政争に疎い。おそらくは箱入り娘として守られながら育ってきたのだろうが、それならそれで政略の道具として使うべきではなかった。
 使うのなら、それ相応の教育を施すべきであっただろう。
 少なくとも、自分に向けられる善意に対して無条件に信用すべきではないのだ。大顕位という特権があるということは、即ち他の多くの貴族から狙われ足を引っ張られる立場にあるのだから。

 だのに彼女は、その生来の真っ直ぐな性根から、打算をもって近付いてきたモニカを頭から信じてしまったのだ。モニカが同じ大顕位持ちの伯爵家の同い年の令嬢、つまり自分の立場を唯一理解できる得難い存在だったがために。
 同じ立場に立たされるからこそ、ライバルとして自分を追い落とそうとするかも知れなかったのに。


 モニカはセリアに近付いて、すぐに打ち解けて仲良くなった。そして彼女の愚痴を聞いたり相談に乗ったりしつつ、上手く情報を聞き出して、モンテローサ伯爵家とタルシュ侯爵家の仲に楔を打ち込んだ。
 セリアがイグナシオに心を寄せていないのはすぐに分かった。だからイグナシオに別の女を宛てがうことを思いついて、ひとつ年下の貴族子女で“良い駒”を探した。
 うってつけの少女がひとりいた。それがベリンダだった。良くも悪くも貴族らしくないベリンダであれば、きっとイグナシオの目には新鮮に映るはず。
 そう思ってひとつ年下の伯爵家令嬢に彼女に接近するよう命じ、彼女の口からベリンダがイグナシオに興味を持つように誘導させた。そしてイグナシオの方にもそれとなくベリンダの噂を流して、彼女に目が向くように仕向けたのだ。

 案の定、イグナシオはベリンダに夢中になった。そしてそのことに心を悩ますセリアを慰めつつ、さり気なくイグナシオを批判して彼女の心がより離れるように仕向けることも忘れなかった。

 セリアの取り巻きのひとりを、それとなく人を介して「セリアがベリンダを痛めつけようかと考えているようだから、彼女が命じてしまう前に動くべき」と唆したのもモニカだ。
 命じられる前に動けばよく気がつくと褒めてもらえるだろうし、命じさせずに済ませればいざという時にセリアの立場も守れる、と言えば、嬉々としてその通りに動いてくれた。あの娘もセリアと同じで人を疑うことを知らない粗忽な娘だった。

 ベリンダの動向を把握して、街で襲われるよう仕向けたのもモニカだった。とは言っても、庶民出の下男を使って「この後やってくる娘を襲って傷つければ褒美が貰えるらしい」と聞えよがしに話させただけだが。

 そして当然ながら、モニカは自分は表向きは一切動かずに、巧妙に自分へ辿り着かないように幾重にも人を介して慎重に事を運んだから、露見のおそれもほとんどなかった。
 その全てが上手く嵌って、思惑通りに行きすぎて少し怖いくらいだ。

「あの子には高い授業料だったでしょうけど、この先の長い人生を考えれば、それは“必要経費”だったはずですわ」

 だから敢えてわたくしは心を鬼にしたのです。
 そう、モニカはうそぶいた。

 とんでもない女狐だ、とオルソンが内心で嘲っていることに彼女は気付かない。

「ですけれど、さすがにわたくしもイグナシオ様が手を上げるとは予想もしておりませんでした」
「あれはイグナシオあの男がただ愚かだっただけだ」
「でも、あれがあったからセリアの傷は浅くなりましたわ。その意味ではイグナシオ様に感謝しなくては」

 あれさえなければ、モンテローサ伯爵家とセリアのダメージは甚大なものになっていただろう。逆に言えば、あれがあったからタルシュ侯爵家のダメージが甚大になり、モンテローサ伯爵家の傷は浅くなった。
 それが良かったのか悪かったのか。一長一短ではあるが、先行きが不透明になったのは事実だった。そういう意味では、オルソンもモニカもまだまだ安穏としてはいられない。

「だがまあ、これでタルシュとモンテローサの増長は抑えられた。あとは………」

 どうやって、マジュリート公爵家への逆襲を封じるか。これでもなお両家門が『大顕位』持ちの、筆頭公爵家の権威を脅かそうとするのであれば徹底的に叩き潰すまで。
 だが、イグナシオの母は王家からの降嫁だ。もしも王家が動くようなら不味いことになる。
 ま、その時はカタロニア伯爵家このおんなを切り捨てればよいか。

 そう考えつつ、オルソンは上体を起こしたままのモニカの肩に腕を回して抱き寄せる。彼女は抵抗せず引き寄せられ、ふくよかな膨らみが胸板に押し付けられてきてオルソンの“男”を悦ばす。
 モニカが潤んだ目でオルソンを見つめ、彼はその目に請われるままに彼女に口付けをくれてやった。まるで褒美だと言わんばかりに。
 モニカがオルソンの首に腕を回し、オルソンは彼女に覆いかぶさる。

 そうして、それから程なくして、彼の寝室からは止んでいた嬌声がふたたび漏れ聞こえ始めるのだった。


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