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序章【運命の出会い】

0-5.西方世界

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 ラグ市は自由都市であると同時に冒険者の街であり、そして交易都市でもある。世界を東西に貫く大街道である“竜骨回廊”の途上に位置していて、人も物も多く行き交う。
 元々ラグはそうした交易を行う隊商やその護衛、行商人たちを相手にする宿場町だった。だから住人たちにも余所者に対して寛容な気風があった。それも冒険者の街となった一因ではあるだろう。


 西方世界の世界地図を眺めると、多くの人が「竜の姿」を思い浮かべる。西向きに首を伸ばして頭を垂れ、その頭に角を生やし、真ん中から南向きに脚を伸ばし、背には複雑に入り組んだ翼を広げて、そして脚の後ろから細く長い尾が南東に延びる。
 故に地図上で首と頭に見える半島を“竜頭半島”といい、そこから北に延びる角のような山地を“竜角山地”と呼ぶ。南側に突き出た細い半島は“竜脚半島”であり、その東側の海岸沿いに延びる平野を“竜尾平野”という。
 西方世界の中央部から北方、東方を広く占める複雑に起伏に富んだ形状の、広く大きな森に覆われた広大な山脈を“竜翼山脈”と言い、竜翼山脈の最西部に位置する西方世界の最高峰を“竜心山”という。
 そして竜頭半島から竜脚半島と竜尾平野の南に広がる海を“南海”と呼び、竜角山地と竜翼山脈が到達する北の海岸の沖合を“北海”という。


 竜骨回廊は西方十王国のうちの一国であるガリオン王国の首都ルテティアを西の起点とし、ガリオン国内を南下してエトルリア連邦の領内に入り、エトルリアを横断してスラヴィアに至る。そしてスラヴィアを北西から南東に斜めに突き抜け、イリシャ連邦を横断する。そこから海峡を渡ってアナトリア帝国に至り、アナトリア国内をさらに横断して“大河”に至る。大河を越えればそこから先は「東方世界」だ。
 つまりこの世界は、大河を挟んで「西方」と「東方」に分かれている、ということになる。
 東方世界では竜骨回廊は「絹の路ジュァン・ルー」と呼ばれ、遙か東の果てまでずっと伸びてゆく。隊商たちの中にはその東の果てまで征く強者もおり、ラグはじめ各地の冒険者たちも時には彼らの護衛としてついて行くこともある。そうなると往復するだけで1年以上かかる、長い長い旅になるのだ。

 竜翼山脈が竜尾平野に向かって突き出た箇所はいくつかあるのだが、その中のひとつの突端からやや南にある独立山稜がラグ山で、ラグ市はその南西の山麓に位置する。ちょうど竜翼山脈と海岸とが近くなった平野のくびれ部分で、だから竜骨回廊も必然的にその部分を通ることになる。
 そういった立地だったから、ラグが交易都市として発展したのは半ば必然的であった。


 今日も朝一から東西の正門が開くと同時に、ラグには多くの隊商や行商人、旅人達が続々と到着してくる。夜の閉門までに辿り着かなかった人々が門の外で一夜を明かしていたのだ。竜骨回廊はこの世界でもっとも大きな街道筋であり、都市の近くなら夜盗や獣に襲われる心配もほぼないため、都市外で夜を明かしてもさほど問題はない。
 ラグに朝着いた者は宿を取るのではなく、隊商ギルドや商工ギルドで商談を済ませたり仕入れを行ったりして昼過ぎまでには次の都市へと発ってゆく。ラグ市は交易都市であって観光都市でも産業都市でもないため、ここでの商人たちの商談と言えば交易の中継がメインになる。

 ラグからは竜骨回廊をさらに北西へ進めばエトルリアや“西方十王国”に、南東へ進めば大国のイリシャ連邦やアナトリア帝国に到れるほか、分岐して北に延びる街道からはアウストリー公国や王政マジャル、さらにその北のブロイス帝国やポーリタニア王国へ行くことができ、東への分岐からは山を越えてヴァルガン王国にも街道が続いている。いずれもラグを中継して多くの往来がある。
 そのほかスラヴィアの各都市にも小街道が伸びていて、海沿いの漁村や周囲の山村などもラグへと道を繫げている。ラグで中継をする隊商たちは竜骨回廊をそのまま進む本隊から、これらの分岐に別れてゆく分隊あるいは別の隊商へ荷物を引き継いでいくのだ。

 一方で竜翼山脈が近いこともあり、ラグの近郊にはそれなりに獣も魔獣も現れる。ラグの周囲の平野部にも山中にも小規模の集落が点在していて、そうした集落からの獣討伐や魔獣討伐の依頼も多い。
 ともすれば魔物が出ることもある。ゴブリン程度ならまだいい方で、中にはオークやホブゴブリン、稀にトロールが出現することさえある。そうした魔獣や魔物を討伐することが冒険者たちのメインの稼ぎになるのだ。


 ちなみに魔獣や魔物はいくら討伐しても後から後から湧いてくる。
 この世界の森羅万象を構成する根源要素たる魔力マナだが、森羅万象の元になるだけあって本来は善悪の別などありはしない。そのため魔力は善なる人類や神々の力を具現化するのと同様に、悪しき魔物や魔王といった存在さえも具現化してしまう。それこそが自然の摂理というやつで、人類にはどうしようもないことだ。
 だから人々は、魔獣や魔物を見れば片っ端から討伐しなければならない。討伐し狩らなければ、人類のほうが狩られて滅ぶハメになるだけだ。人類側の英雄として「勇者」の存在があるのもこれが理由で、世界を滅ぼしかねない強大な魔王クラスであっても定期的に「自然発生」するため、それに対抗するためにいつの時代でも勇者の力と存在は求められるのだ。
 そして冒険者とは即ち「勇者の卵」である。冒険者の中から力をつけ実績を上げて、人々に希望と安寧をもたらすまでに至ったごく一部の者たちだけが「勇者」と呼ばれるのだ。

 そういう意味で言えば、アルベルトは「落第冒険者」である。日々力を磨き実績を上げて勇者を目指すのが冒険者の本分であるはずなのに、彼は約18年にわたってほぼ薬草しか採っていない。“薬草殺しハーブスレイヤー”と侮辱されるのも、ある意味では当然のことなのだ。
 だが冒険者といえども全員が全員、勇者になれる訳ではない。というよりも勇者という存在は、その地位に至るまでに倒れていった多くの冒険者たちの屍の上に立つ一握りの「成功者」でしかなく、大半はその屍になって終わるのだから、その意味ではアルベルトの生き方を誰にも否定できないはずである。

 誰もが勇者を目指せるわけではないし、無理に目指さなくたっていいじゃないか。生き方はひとつじゃないんだから。

 …などとアルベルトが考えているのか定かではないが、とにかく彼は今日も薬草採取に勤しんでいた。毎日同じことをして飽きないのかと言われそうだが、仕事とはそういうものだ。
 飽きようが飽きまいが、生活のために働くのだからやるしかないのだ。
 なに、世知辛い?当たり前だろう、生きていくのなんてどこの世界でも大して変わらないものだし、夢と現実は違うのだから。


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