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第一章【出立まで】
【幕裏】勇者様御一行の裏話(1)
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「“蛇王”の封印修正を依頼されたそうだね?」
「はい。バーブラ先生から直々に申し渡されました」
目の前の玉座に座るアンドレアス公爵にそう問われ、“蒼薔薇騎士団”の面々を後ろに従えて跪いたレギーナは淀み無く答えた。
「そうか…。
いや済まないね、私たちがもっと上手く修正できていれば、君たちの手を煩わすこともなかったはずなんだが」
「いえ、ユーリ様のご責任ではありません。
それにこれは私たちの、勇者として必要な試練と考えておりますので」
しっかりと胸を張り、顔を上げて公爵の顔を真っ直ぐに見つめたまま、キッパリとレギーナは言い切った。
時は“蒼薔薇騎士団”がラグに至るおよそ1ヶ月ほど前のこと。
勇者レギーナは蒼薔薇騎士団の面々を伴ってシェレンベルク=ファドゥーツ公国の首都ファドゥーツを訪れていた。
目的はふたつ。ユーリ・ヴァン・レイモンド・アンドレアス、勇者パーティ“輝ける五色の風”のリーダーにして先代勇者の、そして現在はこの国の公王たるアンドレアス公爵への年始の挨拶と、彼とそのパーティがかつて封印修正を担った“蛇王”について話を聞くこと、その二点である。
「蛇王については、自分たちで調べな。調べるのも試練のうちさね」
半年前、封印修正依頼交渉の席上でバーブラ先生はそう言い放った。
バーブラ・スート・ライサウンドは先々代勇者パーティ“竜を捜す者たち”の魔術師にして吟遊詩人、そして蛇王の封印担当者であり、現在は〈賢者の学院〉で伝承科の導師を務める老婆である。
レギーナはもちろん親友のミカエラも〈賢者の学院〉の在籍時は彼女の講義を受けていて、その当時から頭が上がらない。今年で確かもう88歳になるはずだが、いまだ矍鑠として衰えなど見せない。さすがに腰は曲がり足もやや衰えて杖が手放せなくはなってはいるものの、事あるごとにその手に持った杖でぺしぺし叩かれ追い回されるので学生たちからは恐れられていた。
「分かりました。では詳細を調べ、具体的な封印修正案を練った上で現地へ向かいます」
「そうおし。生半可な相手じゃないからね、準備はしっかりするんだよ」
「はい。ありがとうございます」
レギーナはしっかりとそう答えてバーブラの元を辞去したのだ。
だがその時にはまさか、蛇王に関する情報が全く手に入らないなどとは思いもよらなかったのだ。
「はぁ…。どうするミカエラ?」
「どげんもこげんもなかばい。こげん情報の見つからんやら誤算もいいとこやん」
「歴代の勇者パーティがほとんど封印修正に関わってるんだから、みんな何かしら残してると思ったのに…」
「ほんなこつ。なしこげん記録の無いとやろか」
「「これはもう、アレね」」
ふたりして言葉がハモる。
「「ユーリ様に話を聞くしかないわね」」
そしてふたり同時に立ち上がった。
それが前年、フェル暦674年の暮れのこと。
そして新年、フェル暦675年の年始挨拶にかこつけて、彼女たちは勇者ユーリの元を訪れたというわけであった。
「君たちの聞きたいことは分かってはいるんだがね」
申し訳なさそうにアンドレアス公爵、元勇者ユーリは言った。
歳は新年明けて40歳、まだまだ壮健の、すでに引退したとはとても思えない若々しい人物である。世の女たちから騒がれ憧れられた爽やかな美丈夫は、年齢の厚みを加えてさらに渋みと魅力を増している。
だがその美丈夫が、申し訳なさそうに目を伏せて告げたのだ。
「どうせ聞きに来るだろうから教えるな、とバーブラ先生に釘を刺されていてね」
やられた!
こちらの考えなどお見通しだった!
「さすがはバーブラ先生、一筋縄ではいかないわね…」
「ほんなこっちゃ。もう好かぁん…」
「だがまあ、あの方の想定していない抜け道が無いわけでもない」
動きを先読みされてガックリうなだれるレギーナとミカエラを見て、苦笑しつつユーリが助け舟を出してきた。
「えっ?」
「蛇王に関して知っているのは、我ら勇者だけではない、という事だよ」
思ってもみないことをユーリが言い出した。だが世界を滅ぼすような魔王の詳細を知っている者など、歴代の勇者とそのパーティメンバー以外に存在するとも思えないが。
そうして狐につままれたような顔で訝しむレギーナとミカエラに対して、彼は告げたのだ。
「“自由都市”ラグにアルベルトという冒険者がいる。蛇王について知りたければ、彼を訪ねるといい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どげん思う、姫ちゃん」
「どうもこうもないでしょ。もう手がかりそれしか無いんだから」
「いや、ばってくさ…」
シェレンベルク=ファドゥーツ公国から戻って数日。エトルリアの代表都市フローレンティアの、王城の一角にあるレギーナの私室。そこでレギーナとミカエラは頭を突き合わせて悩んでいた。
表向きは新年休暇のためにレギーナが里帰りしてきた、という体裁を取っている。休暇なんだからそっとしといて、とレギーナがキツめに命じたのでメイドも執事も臣下たちもほとんど誰も寄り付いて来ない。叔父にして現王たるヴィスコット3世さえ追い返したので尚更だ。
そこまでして人払いをした挙げ句、彼女たちはそれぞれ伝手を駆使して『ラグの冒険者・アルベルト』について調べていたのだ。
だがその調べた結果と言えば。
「だいたい、なんなんこの“薬草殺し”やら“魔女の墓守”やらいうんは」
「それよりも問題は『ただの一人前』だってところよ!」
「神殿やら街中の評判は悪ぅなかばってん、こらどう見たっちゃただの雑魚やん」
「そもそもユーリ様との接点が全っ然見えないんだけど!」
「まあ強いて言やあ、“輝ける五色の風”もアルベルトも〈黄金の杯〉亭の所属やっちゅう、そんぐらいかねえ…」
「一応、怪しい噂なら聞いたわね」
部屋の隅で佇む美女探索者・ヴィオレが口を開く。
だがその彼女にしても半信半疑のようだ。
「彼、昔勇者パーティに在籍していた事があるそうよ」
「「ないわよ」」
一言でバッサリ。
レギーナもミカエラも容赦ない。
だってそうだろう、キャリアはそこそこ長いし年齢的にも“輝ける五色の風”に在籍したと言われても辻褄は合う。だがもしそうなら、そんな人間が無名のままのはずがないのだ。しかもランクさえ上がっていないとなれば眉唾にも程がある。
そもそも“輝ける五色の風”は勇者ユーリ、探索者ナーン、法術師マリア、エルフの狩人ネフェルランリル、竜人族の魔術師マスタングの5人であって、メンバーの入れ替わりがあったなどと聞いたことがない。
となれば考えられるのはただひとつ。
全く無関係の第三者が自らに箔をつけるためにホラを吹いている。それしか考えられない。
だが、それならそれで何故ユーリの口から名前が出るのか、そこが分からない。それさえ分かれば信憑性も上がるのだが。
「もうこれ以上は実際にラグに行ってみないと分かんないわよ」
「それしか無かろうねえ…」
ともあれ、ラグまで行けばその領主は先々代の勇者であるロイだし、そのロイの盟友にして“竜を捜す者たち”のリーダーでもある“魔剣士”ザラックもいる。仮にこのアルベルトという男が空振りでもふたりに話を聞ける。はず。
もしもふたりまでバーブラ先生に口止めされていたとしたら、本当に情報のないまま東方世界まで行かなくてはならない。そして現地で調べるしかなくなるので、何とかラグで有用な情報を掴みたい。
そんな一縷の望みを胸に、レギーナと“蒼薔薇騎士団”はラグへと旅立ったのだ。
「はい。バーブラ先生から直々に申し渡されました」
目の前の玉座に座るアンドレアス公爵にそう問われ、“蒼薔薇騎士団”の面々を後ろに従えて跪いたレギーナは淀み無く答えた。
「そうか…。
いや済まないね、私たちがもっと上手く修正できていれば、君たちの手を煩わすこともなかったはずなんだが」
「いえ、ユーリ様のご責任ではありません。
それにこれは私たちの、勇者として必要な試練と考えておりますので」
しっかりと胸を張り、顔を上げて公爵の顔を真っ直ぐに見つめたまま、キッパリとレギーナは言い切った。
時は“蒼薔薇騎士団”がラグに至るおよそ1ヶ月ほど前のこと。
勇者レギーナは蒼薔薇騎士団の面々を伴ってシェレンベルク=ファドゥーツ公国の首都ファドゥーツを訪れていた。
目的はふたつ。ユーリ・ヴァン・レイモンド・アンドレアス、勇者パーティ“輝ける五色の風”のリーダーにして先代勇者の、そして現在はこの国の公王たるアンドレアス公爵への年始の挨拶と、彼とそのパーティがかつて封印修正を担った“蛇王”について話を聞くこと、その二点である。
「蛇王については、自分たちで調べな。調べるのも試練のうちさね」
半年前、封印修正依頼交渉の席上でバーブラ先生はそう言い放った。
バーブラ・スート・ライサウンドは先々代勇者パーティ“竜を捜す者たち”の魔術師にして吟遊詩人、そして蛇王の封印担当者であり、現在は〈賢者の学院〉で伝承科の導師を務める老婆である。
レギーナはもちろん親友のミカエラも〈賢者の学院〉の在籍時は彼女の講義を受けていて、その当時から頭が上がらない。今年で確かもう88歳になるはずだが、いまだ矍鑠として衰えなど見せない。さすがに腰は曲がり足もやや衰えて杖が手放せなくはなってはいるものの、事あるごとにその手に持った杖でぺしぺし叩かれ追い回されるので学生たちからは恐れられていた。
「分かりました。では詳細を調べ、具体的な封印修正案を練った上で現地へ向かいます」
「そうおし。生半可な相手じゃないからね、準備はしっかりするんだよ」
「はい。ありがとうございます」
レギーナはしっかりとそう答えてバーブラの元を辞去したのだ。
だがその時にはまさか、蛇王に関する情報が全く手に入らないなどとは思いもよらなかったのだ。
「はぁ…。どうするミカエラ?」
「どげんもこげんもなかばい。こげん情報の見つからんやら誤算もいいとこやん」
「歴代の勇者パーティがほとんど封印修正に関わってるんだから、みんな何かしら残してると思ったのに…」
「ほんなこつ。なしこげん記録の無いとやろか」
「「これはもう、アレね」」
ふたりして言葉がハモる。
「「ユーリ様に話を聞くしかないわね」」
そしてふたり同時に立ち上がった。
それが前年、フェル暦674年の暮れのこと。
そして新年、フェル暦675年の年始挨拶にかこつけて、彼女たちは勇者ユーリの元を訪れたというわけであった。
「君たちの聞きたいことは分かってはいるんだがね」
申し訳なさそうにアンドレアス公爵、元勇者ユーリは言った。
歳は新年明けて40歳、まだまだ壮健の、すでに引退したとはとても思えない若々しい人物である。世の女たちから騒がれ憧れられた爽やかな美丈夫は、年齢の厚みを加えてさらに渋みと魅力を増している。
だがその美丈夫が、申し訳なさそうに目を伏せて告げたのだ。
「どうせ聞きに来るだろうから教えるな、とバーブラ先生に釘を刺されていてね」
やられた!
こちらの考えなどお見通しだった!
「さすがはバーブラ先生、一筋縄ではいかないわね…」
「ほんなこっちゃ。もう好かぁん…」
「だがまあ、あの方の想定していない抜け道が無いわけでもない」
動きを先読みされてガックリうなだれるレギーナとミカエラを見て、苦笑しつつユーリが助け舟を出してきた。
「えっ?」
「蛇王に関して知っているのは、我ら勇者だけではない、という事だよ」
思ってもみないことをユーリが言い出した。だが世界を滅ぼすような魔王の詳細を知っている者など、歴代の勇者とそのパーティメンバー以外に存在するとも思えないが。
そうして狐につままれたような顔で訝しむレギーナとミカエラに対して、彼は告げたのだ。
「“自由都市”ラグにアルベルトという冒険者がいる。蛇王について知りたければ、彼を訪ねるといい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どげん思う、姫ちゃん」
「どうもこうもないでしょ。もう手がかりそれしか無いんだから」
「いや、ばってくさ…」
シェレンベルク=ファドゥーツ公国から戻って数日。エトルリアの代表都市フローレンティアの、王城の一角にあるレギーナの私室。そこでレギーナとミカエラは頭を突き合わせて悩んでいた。
表向きは新年休暇のためにレギーナが里帰りしてきた、という体裁を取っている。休暇なんだからそっとしといて、とレギーナがキツめに命じたのでメイドも執事も臣下たちもほとんど誰も寄り付いて来ない。叔父にして現王たるヴィスコット3世さえ追い返したので尚更だ。
そこまでして人払いをした挙げ句、彼女たちはそれぞれ伝手を駆使して『ラグの冒険者・アルベルト』について調べていたのだ。
だがその調べた結果と言えば。
「だいたい、なんなんこの“薬草殺し”やら“魔女の墓守”やらいうんは」
「それよりも問題は『ただの一人前』だってところよ!」
「神殿やら街中の評判は悪ぅなかばってん、こらどう見たっちゃただの雑魚やん」
「そもそもユーリ様との接点が全っ然見えないんだけど!」
「まあ強いて言やあ、“輝ける五色の風”もアルベルトも〈黄金の杯〉亭の所属やっちゅう、そんぐらいかねえ…」
「一応、怪しい噂なら聞いたわね」
部屋の隅で佇む美女探索者・ヴィオレが口を開く。
だがその彼女にしても半信半疑のようだ。
「彼、昔勇者パーティに在籍していた事があるそうよ」
「「ないわよ」」
一言でバッサリ。
レギーナもミカエラも容赦ない。
だってそうだろう、キャリアはそこそこ長いし年齢的にも“輝ける五色の風”に在籍したと言われても辻褄は合う。だがもしそうなら、そんな人間が無名のままのはずがないのだ。しかもランクさえ上がっていないとなれば眉唾にも程がある。
そもそも“輝ける五色の風”は勇者ユーリ、探索者ナーン、法術師マリア、エルフの狩人ネフェルランリル、竜人族の魔術師マスタングの5人であって、メンバーの入れ替わりがあったなどと聞いたことがない。
となれば考えられるのはただひとつ。
全く無関係の第三者が自らに箔をつけるためにホラを吹いている。それしか考えられない。
だが、それならそれで何故ユーリの口から名前が出るのか、そこが分からない。それさえ分かれば信憑性も上がるのだが。
「もうこれ以上は実際にラグに行ってみないと分かんないわよ」
「それしか無かろうねえ…」
ともあれ、ラグまで行けばその領主は先々代の勇者であるロイだし、そのロイの盟友にして“竜を捜す者たち”のリーダーでもある“魔剣士”ザラックもいる。仮にこのアルベルトという男が空振りでもふたりに話を聞ける。はず。
もしもふたりまでバーブラ先生に口止めされていたとしたら、本当に情報のないまま東方世界まで行かなくてはならない。そして現地で調べるしかなくなるので、何とかラグで有用な情報を掴みたい。
そんな一縷の望みを胸に、レギーナと“蒼薔薇騎士団”はラグへと旅立ったのだ。
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