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第二章前半【いざ東方へ】
2-11.雨の旅路の竜退治(1)
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昼食を終えたアプローズ号は再び走り出す。だが今度は[水膜]のおかげで濡れることもなく御者台は快適だ。雨は相変わらず強かったが、アルベルトはミカエラに感謝しつつスズを走らせる。
ちなみにスズもアルベルトから肉をたくさんもらって満足そうである。だがその代わり、保管庫で凍結させていた肉はほとんどなくなってしまっている。
アロサウル種のつもりで、アロサウル種なら丸1日分の餌が入るだけの容量で考えていたのに、下手するとスズはそれを一食で食べてしまう。ちょっとこれは何とかしないといけないかもな、と先行き心配になるアルベルトであった。
ザムリフェまでの行程も半分以上進んだところで、アルベルトは前方に何やら違和感を覚えた。少し観察して、それが立ち上る煙であると判断する。
「ミカエラさん、ヴィオレさんも、ちょっと」
覗き窓越しに車内に声をかけ、リーダー代理と探索者を呼び出す。
「なぁん?」
「どうかして?」
「あれ、何だと思う?」
そして連絡用ドアから姿を現したふたりに指で指し示して判断を仰ぐ。
「…煙のごたんね?」
「狼煙、というわけではなさそうね」
彼女たちの見立てもアルベルトと同じだった。あれに見えるのは狼煙ではない煙。ということはつまり、この先で何かが燃えているということだ。
「街道筋でなんか燃やす…」
「って言ったら、予想されるものは限られるわね」
「あー面倒くさかばってん、見つけてしもたらしょんないたいね」
やれやれ、という風に頭を掻きひとつため息を吐いて、ミカエラはアルベルトに急ぐように指示した。
燃えていたのは荷運び用の脚竜車だった。
荷台から炎と煙を立ち上らせ擱座している。火はこの雨でも消えておらず、それは荷台に可燃物があることを意味していた。
一見すれば、それ以外に人の姿などはない。脚竜もどこかに逃げてしまったようだ。
「どう見たって、何かに襲われた後よね」
「とりあえず、生存者ば探そっかね」
メイン乗降口から降りてきたレギーナとミカエラがそう言って、燃えている脚竜車に近付いていく。
レギーナはすでに鎧姿で、左腰に二本の長剣を佩いている。片方はいつも提げている宝剣“ドゥリンダナ”だが、もう片方は“コルタール”と名付けられた普通の長剣だ。ミカエラはいつもの法服姿で、腰の後ろに小さめの戦棍を提げていた。
レギーナが剣を二本佩いているのは、ドゥリンダナの能力が強すぎるためである。世界に十振りしかないと言われる宝剣には特別な力があり、強力な魔物や魔王などの強大な敵にはその力を存分に発揮するが、相手が単なる獣や人間の賊などの場合は、強すぎる宝剣の能力が却って邪魔になることさえあるのだ。
今回、レギーナは敵がただの賊である可能性も考慮して“コルタール”も持ち出している。ラグでセルペンスたち相手に“ドゥリンダナ”をふるってしまった失敗を踏まえているのだ。
「ふたりとも、気を付けて」
余計な心配だと思いつつもアルベルトは声をかけずにいられない。彼女たちは人間社会における英雄と言うべき勇者とその仲間である。滅多なことではピンチにも陥らないだろうが、それでも自分よりずっと若いただの娘でもあるのだ。
しかも、アルベルトは彼女たちの実力をまだはっきりと見たわけではない。自分を助けてくれた時には気付けば終わっていたし、その他間接的にや伝聞情報だけでもかなり実力があるのは分かっていたが、それでも直に目にしていないだけに不安は拭えない。
「人の心配やらしとらんと」
ミカエラが振り向く。
「囮の可能性もあるっちゃけん、おいちゃんこそ気ぃつけり」
ピシャリと言い渡された。
確かにその通りで、ぐうの音も出ない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
擱座した脚竜車の周りには生存者は見つからなかった。荷台も、ミカエラがいきなり大量の水を中空から現出させて消火した上で調べたが、特に死体も爆発物も見当たらないようだった。
「人も脚竜もおらんっていうとは不自然かね」
「襲ったやつも襲われた人もいないってどういうことよ?」
風に乗って、アルベルトにも離れた彼女たちの話が聞こえてくる。話を聞く限り、彼女たちの[感知]にさえ引っかかっていないようだ。
この雨の中、目立った可燃物もないのに燃えていた脚竜車。それはつまり、襲われてからまだ間もないことを示している。なのに近くに襲ったものの気配も襲われたものの気配もない。
彼女たちの、特にミカエラの[感知]が極めて優秀なのはもうアルベルトは何度も見て知っている。その彼女が見逃すことなどないだろう。
だとすれば、考えられるのは何か。
彼女たちにすら気付かれないほど高度な[隠密]スキルでも持っているか、あるいは超高速の移動手段でも持っているのか。でもそれだと脚竜の消失が説明できない。
と、ここまで考えてアルベルトはふと違和感に気付く。
なぜ、彼女たちの話し声が聞こえているのか。
アルベルトは燃えているものの正体が脚竜車だと確認できた時点でアプローズ号を停めていた。だから被害車両とはまだずいぶん離れていて、具体的には1スタディオンぐらい離れている。それだけ距離があると普通は話し声など聞こえないし、聞かせようと思ったら大声を出した上で風の助けも必要とするはずだ。特に今日は雨模様で、雨音も邪魔になる。
風は確かに彼女たちの位置からアプローズ号に向かって吹いているが、彼女たちは大声ではなく普通の話し声だ。
風…。
黄の属性魔術…。
「レギーナさん![転移]だ!」
その可能性に思い当たって、思わず立ち上がってアルベルトは叫ぶ。
だが聞こえているのかいないのか、彼女たちは反応しようともしない。
ちなみにスズもアルベルトから肉をたくさんもらって満足そうである。だがその代わり、保管庫で凍結させていた肉はほとんどなくなってしまっている。
アロサウル種のつもりで、アロサウル種なら丸1日分の餌が入るだけの容量で考えていたのに、下手するとスズはそれを一食で食べてしまう。ちょっとこれは何とかしないといけないかもな、と先行き心配になるアルベルトであった。
ザムリフェまでの行程も半分以上進んだところで、アルベルトは前方に何やら違和感を覚えた。少し観察して、それが立ち上る煙であると判断する。
「ミカエラさん、ヴィオレさんも、ちょっと」
覗き窓越しに車内に声をかけ、リーダー代理と探索者を呼び出す。
「なぁん?」
「どうかして?」
「あれ、何だと思う?」
そして連絡用ドアから姿を現したふたりに指で指し示して判断を仰ぐ。
「…煙のごたんね?」
「狼煙、というわけではなさそうね」
彼女たちの見立てもアルベルトと同じだった。あれに見えるのは狼煙ではない煙。ということはつまり、この先で何かが燃えているということだ。
「街道筋でなんか燃やす…」
「って言ったら、予想されるものは限られるわね」
「あー面倒くさかばってん、見つけてしもたらしょんないたいね」
やれやれ、という風に頭を掻きひとつため息を吐いて、ミカエラはアルベルトに急ぐように指示した。
燃えていたのは荷運び用の脚竜車だった。
荷台から炎と煙を立ち上らせ擱座している。火はこの雨でも消えておらず、それは荷台に可燃物があることを意味していた。
一見すれば、それ以外に人の姿などはない。脚竜もどこかに逃げてしまったようだ。
「どう見たって、何かに襲われた後よね」
「とりあえず、生存者ば探そっかね」
メイン乗降口から降りてきたレギーナとミカエラがそう言って、燃えている脚竜車に近付いていく。
レギーナはすでに鎧姿で、左腰に二本の長剣を佩いている。片方はいつも提げている宝剣“ドゥリンダナ”だが、もう片方は“コルタール”と名付けられた普通の長剣だ。ミカエラはいつもの法服姿で、腰の後ろに小さめの戦棍を提げていた。
レギーナが剣を二本佩いているのは、ドゥリンダナの能力が強すぎるためである。世界に十振りしかないと言われる宝剣には特別な力があり、強力な魔物や魔王などの強大な敵にはその力を存分に発揮するが、相手が単なる獣や人間の賊などの場合は、強すぎる宝剣の能力が却って邪魔になることさえあるのだ。
今回、レギーナは敵がただの賊である可能性も考慮して“コルタール”も持ち出している。ラグでセルペンスたち相手に“ドゥリンダナ”をふるってしまった失敗を踏まえているのだ。
「ふたりとも、気を付けて」
余計な心配だと思いつつもアルベルトは声をかけずにいられない。彼女たちは人間社会における英雄と言うべき勇者とその仲間である。滅多なことではピンチにも陥らないだろうが、それでも自分よりずっと若いただの娘でもあるのだ。
しかも、アルベルトは彼女たちの実力をまだはっきりと見たわけではない。自分を助けてくれた時には気付けば終わっていたし、その他間接的にや伝聞情報だけでもかなり実力があるのは分かっていたが、それでも直に目にしていないだけに不安は拭えない。
「人の心配やらしとらんと」
ミカエラが振り向く。
「囮の可能性もあるっちゃけん、おいちゃんこそ気ぃつけり」
ピシャリと言い渡された。
確かにその通りで、ぐうの音も出ない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
擱座した脚竜車の周りには生存者は見つからなかった。荷台も、ミカエラがいきなり大量の水を中空から現出させて消火した上で調べたが、特に死体も爆発物も見当たらないようだった。
「人も脚竜もおらんっていうとは不自然かね」
「襲ったやつも襲われた人もいないってどういうことよ?」
風に乗って、アルベルトにも離れた彼女たちの話が聞こえてくる。話を聞く限り、彼女たちの[感知]にさえ引っかかっていないようだ。
この雨の中、目立った可燃物もないのに燃えていた脚竜車。それはつまり、襲われてからまだ間もないことを示している。なのに近くに襲ったものの気配も襲われたものの気配もない。
彼女たちの、特にミカエラの[感知]が極めて優秀なのはもうアルベルトは何度も見て知っている。その彼女が見逃すことなどないだろう。
だとすれば、考えられるのは何か。
彼女たちにすら気付かれないほど高度な[隠密]スキルでも持っているか、あるいは超高速の移動手段でも持っているのか。でもそれだと脚竜の消失が説明できない。
と、ここまで考えてアルベルトはふと違和感に気付く。
なぜ、彼女たちの話し声が聞こえているのか。
アルベルトは燃えているものの正体が脚竜車だと確認できた時点でアプローズ号を停めていた。だから被害車両とはまだずいぶん離れていて、具体的には1スタディオンぐらい離れている。それだけ距離があると普通は話し声など聞こえないし、聞かせようと思ったら大声を出した上で風の助けも必要とするはずだ。特に今日は雨模様で、雨音も邪魔になる。
風は確かに彼女たちの位置からアプローズ号に向かって吹いているが、彼女たちは大声ではなく普通の話し声だ。
風…。
黄の属性魔術…。
「レギーナさん![転移]だ!」
その可能性に思い当たって、思わず立ち上がってアルベルトは叫ぶ。
だが聞こえているのかいないのか、彼女たちは反応しようともしない。
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