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第二章後半【いざ東方へ】

2-41.ラグシウム最後の1日(3)

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「あの人だかりは、きっとレギーナさんたちだね」
「ひめたちみんな綺麗で目立つから、注目されるもの…」

 そして一目瞭然の人だかりを眺めながら、観光街ではなく中心街を目指している親子連れ………じゃなかったクレアとアルベルトである。
 ふたりは連れ立ってアプローズ号の改装でも世話になっている魔道具の工房を目指していた。

 なお例の雨よけステッキはミカエラが持って行ったので、ふたりは雨具を着用している。西方世界で一般的なフード付きのポンチョタイプで、水が染み込まないように溶かした油脂をしっかり吸わせた撥水性抜群の布製の雨具だ。
 まあステッキが残っていたところで、ふたりとも[水膜]が張れないから使えないのだが。

 ちなみに今日のクレアは襟にフリルの付いた白いブラウスに赤いフレアスカートで、スカートは臑まであるやや長めのものを履いている。足元は雨に合わせて防水加工を施したレインブーツで、肩から紐の長い小さなポシェットを提げていた。
 まあポシェットをたすき掛けにしているものだから、そんな清楚な出で立ちでもが半端ないのだが。


 しばらく歩いてふたりは目的の工房にたどり着き、店舗になっている表側から店に入る。

「おお、これはようこそいらっしゃいました。改装ならば既に終えましたので商工ギルドの工房の方へお越し頂ければ」
「ああ、いやいや。製品の魔道具を見せてもらおうと思いまして」

 出迎えたのはアルベルトにも会っている工房の職人だった。工房の直売所なので、店員などはおらずに職人が直接商いに立っているのだ。

「左様でございましたか。ではどのような物をお探しで」
「クレアちゃん、なんか見たいものある?」
「んーと、巻物ウォルメンか、魔道書グリモワール…」

 こんな街中の生活魔道具の工房にそんなもんがあると思ってるのかこの小娘は。
 訂正。そういう戦闘用の魔道具なら武器商会か魔術師ギルドを直接当たって下さい。

「えっと、じゃあ、装身具オルナティオか…」
「相すいません、ですから戦闘系の魔道具はこちらではお取り扱いしておりませんで」

「だったら、何か小道具インストゥルメントゥムがあったら…」


 装身具オルナティオ小道具インストゥルメントゥムというのも魔道具の一種である。巻物ウォルメン魔道書グリモワールが攻撃魔術の術式を記した戦闘用魔道具で、装身具は主に防御系の術式を付与されたものになる。
 頭冠サークレット腕輪ブレスレット指輪リングなどといったものの総称が装身具であり、指輪は攻撃系魔術を付与されていることが多いがその他は身を守る防具として扱われる。王侯貴族の姫君などが公の場で身につけている頭冠などはほぼ例外なく魔道具だと考えていいだろう。
 ただしそういった戦闘用の魔道具は一般的には街中ではおいそれと買い求められるものではない。基本的には魔道具ギルドもしくは魔術師ギルドで取り扱うものであり、武器商会は持ち込みがあった場合にのみ取り扱う。持ち込まれても店頭に並べずに魔術師ギルドに持って行って換金することも多いのだ。

 そして小道具というのがいわゆる「その他の魔道具」である。生活に役立つものから贈答用、あるいは玩具、はたまた実用性の薄い飾り物まで多種多様である。
 一般的によく目にするのは砂振り子や魔術灯などの生活小道具だが、魔道具としての小道具と言われて思い浮かぶのは自鳴箱オルゴールであろうか。規則的に穴を開けた金属製の円盤ディスクを中に挿入し、仕込まれた魔鉱石の魔力によって円盤を回転させることで自動的に音楽を奏でる小さな箱である。多くは小砂振り子を内蔵していて、小12回ごと、つまり特大1回ごとに時報も鳴らせる仕組みになっている。
 高いものから安いものまで多くの種類があるが、あくまでも音楽を聴く用途がメインのため庶民で砂振り子代わりにこれを購入する人はほとんどおらず、たいていは富裕層の観賞用か男性が意中の女性への贈り物にする場合が多い。

「自鳴箱であれば当工房でも製作しておりますし、いくつか在庫もございますが」
「いらない…」

 長々と説明したのに一言で却下ですかクレアさん。

「じゃあ、どんなのがあったら欲しいのかな?」
「んーとね、」
「うん」
「なんか、珍しいの」

 いやだから、具体的に何かを聞いてるんですけどね?

「では、羅針盤コンパスなどは…」
「持ってる」
「そ、それでは絹刺繍などは…」
「それはただの、お土産?」
「で、ではマーブル紙などは…」
「それもお土産だし、フローレンティアで買えるし…」

 絹刺繍とは絹の布一面に精緻な刺繍を施した布地のことで、ここラグシウムの主要な特産工芸品である。ハンカチやスカーフなどに加工されて売られており、富裕層には人気の品だが魔道具ではない。
 そしてマーブル紙とは本の装丁などに用いられる特殊な模様で染められた紙のことで、染める際には魔術が用いられるが魔道具という程ではない。というかマーブル紙単品で持っていても使いどころはなく、せいぜい鑑賞するしか用がない。
 どちらも工芸品としてはよく知られているが、クレアのお眼鏡に適わないのも当然である。そもそもマーブル紙に至ってはラグシウムだけでなく各所で作られていて、本場はフローレンティアだったりする。

「もっとこう、他に『これだ!』っていうの、ありませんか?」

 たまりかねてアルベルトが口を挟む。どんどんガッカリしていくクレアが少し可哀想で、目を白黒させる職人が哀れで、どちらも見ていられない。

「えーと、えーっと………………そうだ!」

 一生懸命頭を悩ませている職人が、不意に何か思い出した顔をする。

「組木箱というのがありますよ!」
「「組木箱?」」



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