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第三章【イリュリア事変】

3-24.突然現る救世主

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【前回のあらすじ】
※前回をお読みにならなかった方向け

妨害されずに魔術を発動させたクレアは“敵”を倒した。
だがその時になって初めて、それまで自分が戦っていたのが大事な仲間のミカエラだったことに気付く。

倒れ伏して動かないミカエラ。彼女を殺してしまったと思い込むクレアは絶望に混乱し、そこへアルベルトを連れて戻ってきたレギーナもやはり目の前の光景が信じられずに取り乱す。
だがふたりはクレアのことを責めなかった。それどころか優しい言葉をかけ無事を喜んでくれて、操られていたのだからあなたは悪くない、と言ってくれる。

ともかく一刻を争う事態だ。少しでも早く、ひとりでも多くの法術師や青加護の魔術師にミカエラを治癒してもらうべく、アルベルトは地上へ戻ろうとクーデター犯のアジトを出ていく。
混乱したままその彼の姿を目で追ったクレアは、知らない人が駆け寄ってきてアルベルトにタックルして吹っ飛ばすのを目の当たりにしたのだった。


 ー ー ー ー ー ー ー ー ー






「みぃつけたぁーーー!!」

 その声と同時に腰にタックルされて、抱きつかれたまま吹っ飛ばされる。

「のぉうわぁあ!!」

 そしてアルベルトはタックルしてきた誰かもろとも瓦礫に突っ込んだ。
 ゴンッ、という音とともに後頭部や背中、腰に衝撃が走り、目の前で火花が散る。頭を打った痛みと、腰を締め上げられる苦しさとで息が詰まる。

 というか、今の声に聞き覚えがあった。
 痛みをこらえて、を見る。顔を見たのは久しぶりだが、昔の面影が色濃く残っていて、それが誰だかひと目で分かった。

「えっ、マリア………?」
「アル兄さん久しぶりーーー!!」

 腰まである長い黒髪をうなじの後ろでゆるくまとめた彼女は、特徴的な濃い水色の瞳を喜色で一杯にして、アルベルトの腰に抱きついていた。
 それはかつて“輝ける虹の風”でともに旅した法術師のマリア、アルベルトより3つ歳下の明るく元気な娘だった。もっとも20年近く経った今は美しく成長して、素晴らしい美女になっているが。
 ただ、今の彼女は人間アースリングにあるはずのない尻尾をブンブン振り回しているかのごとく上機嫌で、喜色満面でギュウギュウ抱きついてくるものだから、せっかくの美人も形無しである。

 でも、なんで彼女がここに?今は巫女になっていて、神教の巫女神殿から出てこれないはずなのに。

「えっちょっ、マリア?君なんでここにいるの!?」
「やだなぁ、私アル兄さんのいるところならどこでも行きますよ!」

 いや行っちゃダメでしょお勤めあるんだから。まさか勝手に抜け出して来た?ていうか抜け出して来れるもんなの?
 だが今は彼女の存在が有り難い。

「マリア、早速で悪いけどお願いがあるんだ」
「なあに?兄さんの言う事なら何でも聞くよ?」

 いや何でも聞いちゃマズいと思うけど。でもこの子は昔からこうだもんなあ。

「助けて欲しい人がいるんだ。こっちに来て」

 アルベルトはマリアの手を取って一緒に立ち上がり、彼女をミカエラの元へ連れて行く。

「君なら癒せるはずなんだけど、どうかな」

「あら?ミカエラちゃん?」

 倒れたまま、もはや生命の輝きもほぼ感じられなくなっているミカエラを見て、マリアが小首を傾げる。

「えっ誰?ていうかミカエラを知ってるの!?」

 マリアの声に反応したレギーナが、出て行ったはずのアルベルトが知らない女の人を連れてすぐに戻って来たのを見て混乱している。まあそれも無理はない。ここは地下深くの下水の連絡通路の最奥部で、こんな女の人がひとりで出歩くような場所じゃなかったのだから。
 だが、彼女が神教の巫女の法衣を纏っていることに気付いて、レギーナの顔色が変わった。

「ええ、よく知っていますよ勇者レギーナ。彼女とは何度も顔を合わせていますからね」

 さっきのアルベルトに対する気安さはどこへやら、瞬時に慈愛に満ちた微笑みを浮かべてマリアが言った。
 マリアは微笑んだままミカエラに近付き、血溜まりの中に膝をついて、彼女の身体を仰向けに横たえる。そして真っ赤に染まった胸に手を添えた。
 その顔が、わずかに痛ましげに翳る。

「こんなになるまで……。頑張ったのね、ミカエラちゃん」

 そしてマリアは、生命を司る神の名を呟いて、それから半開きになったままのミカエラの瞼にそっと触れ、その目を閉じさせる。

「マリア、癒せるかい?」
「えっ、マリア?………もしかして、巫女マリア、様?」

 アルベルトの問いかけに、マリアではなくレギーナが反応した。普段から巫女神殿に籠りきりのマリアには、レギーナたち蒼薔薇騎士団といえども簡単には目通りできない。だから今まで顔を合わせる機会がなく、ゆえに彼女はマリアの顔を知らないのだ。
 そしてマリアは、そのどちらに反応するでもなく、そっと首を横に振る。

「彼女の霊炉は、たった今止まりました。ここからは癒やしではなく蘇生になります」

 そして、そうきっぱりと告げた。

「ウソ………そんな………!」
「では蘇生を」

 レギーナとアルベルトの声が被る。
 マリアが悲しげな顔で、アルベルトを見返した。

「いくら兄さんの頼みといえど、私はお忍びで抜け出している身。外で術を使うには限度があります」

 つまり彼女は、ここから先は神教神殿に運び込んで正規の手続きで蘇生を行うべきだと言っているのだ。

「そんな!助けてくれないの!?」

 だがレギーナにだって分かる。霊炉つまり心臓を破壊された遺体の蘇生が極めて難しいことくらい。
 確率はよくて半々、もしも魂と肉体の繋がりリンクさえ破壊されていればその時点で蘇生は不可になる。そして、術を施すまでに時間がかかればかかるほど、蘇生に失敗する確率は高まっていくのだ。

 だが、今目の前にいる女性が本当に巫女マリアなら、この状態でも彼女ミカエラを呼び戻せるはずなのだ。
 そう、今ならまだ。

「分かってる。代償は負うよ」

 アルベルトが決然とした表情で言う。それが即答だったことに、かすかにマリアの表情に驚きの色が浮かぶ。

「兄さんが彼女たちとどんな関係なのか知りませんが、兄さんがそこまで負う必要があるんですか?」
「俺は今彼女たちに雇われていて、共に旅をする仲間だからね。だからできるだけの事はしたいんだ。もう後悔はしたくないから」

 またしても即答するアルベルトに、マリアの表情がふっと緩む。

「それに、俺自身が彼女を助けたいんだ」

 そう、この人はいつだってそう。
 全く、お人好しなんだから。

「おとうさん……」

 だが、そう呟いた声が聞こえて、マリアの顔色がサッと変わった。
 声の方をマリアが見ると、そこにいるのはクレアだ。アルベルトとは22歳の歳の差がある、魔術師の娘。
 だが今の彼女はトゥシャツにホットパンツ姿で、ただの庶民の娘にしか見えなかった。

「お父さん、って………」

 突然マリアが立ち上がり、アルベルトに駆け寄ってその肩をガシッと掴む。

「ちょっと兄さん!?一体いつの間に娘なんて作ったの!?」





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