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第四章【騒乱のアナトリア】

4-13.大仰な歓待

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 一行は昼の茶時午後3時頃に皇都アンキューラに入った。

 入った、というよりは「迎え入れられた」と言った方が正しいかも知れないが。
 というのも、皇都の西門が見えてきた辺りで初めて分かったことだが、門前に物々しいまでの出迎えの大群が待ち構えていたのだ。

 それは誤字でも誇張でも何でもなく、と表現するのがしっくり来る様相だった。何しろ少なく見積もっても数千人、ことによると1万人ほど出てきているのではないかと思えるほどの人数だったのだ。
 政府高官や官僚たちは元より騎士団、魔術師団、兵士団などの軍部、さらには女官たちまで出てきているようだ。その他に一般市民や旅の商人などの姿が全く見当たらないことから考えても、蒼薔薇騎士団の出迎えのためだけに西門を封鎖して人払いをかけているものと見える。

 いやお前ら、仕事どうした?

 アプローズ号はまず皇都防衛を担う衛兵騎士団の出迎えを受け、そのまま待ち構える大群の前まで連れて行かれた。と言っても、衛兵騎士団の騎士たちも例によってスズの巨体にビビりまくりで、なんか遠巻きに囲まれているだけだが。

「勇者レギーナ様御一行とお見受け致す。ようこそ我がアナトリア皇国へ、そして皇都アンキューラへお越し下された。皇国政府一同、心より歓迎致しますぞ!」

 先頭に立っているひときわ恰幅のいい、ジャラジャラと勲章やら何やらを山ほどぶら下げている礼服姿の大男が声を張り上げる。
 まあ声を張り上げると言ってもどこか弱々しい響きを伴っているが。

「ねえ、あれ誰?」

 レギーナが窓を少し開けて、横を随伴するアルタンに尋ねる。

大宰相サドラザムのネジャッティ・カバですね」
「あー、カバね」

 大宰相というのは要するに宰相(大臣)たちの最高位、つまるところ首相のことだ。そしてその見た目は恰幅がよくブクブク太っていていかにも鈍重そうな印象を与える。雨季の曇天の下、体型からしても蒸し暑いのだろう、しきりに手拭いで額や首筋の汗を拭っている。
 ともあれ、政府の最高官が自ら出迎えに出ているわけで、レギーナも顔を見せるのが礼儀というものだろう。ということで彼女は御者台に姿を現した。

「出迎えご苦労様。私が勇者レギーナよ」

 おおっ、というどよめきが起こる。まさか勇者がこれほど若く見目麗しい美女だとは思いもよらなかったのだろう。

「さ、ささ、長旅でお疲れでございましょう。まずは城内へお入り下され」

 一瞬呆けていたカバだったが、すぐに気を取り直して背後の西門の方を指し示した。だがそこはまだ皇都の外周壁の外、そこにあるのは西でしかない。ちなみに皇城ははるか遠方に小さく見えているだけだ。
 皇都アンキューラ、人口約30万を超す、アナトリア第二の大都市である。市域も当然、それに見合う広さを誇るのだ。ちなみに第一位はコンスタンティノスで、人口約45万人である。

「いいけど、そんなに固まってられたら先に進めないんだけど。ていうかお城の方の準備はできてるの?」
「ははは、御心配なさらずとも結構ですぞ。お出迎えに上がりましたのは、これでも皇城に勤めておる者の1割ほどでございますれば」

 いや1割も出てきちゃダメでしょ。
 皇城の大手門前ならともかく、ここ皇都の西門ですからね?


 ともあれアプローズ号は先導されるままに西門を潜ってアンキューラ市内へと入った。ところが入ったら入ったでパレードの準備が万端で、拒否することもできないまま大通りを皇城まで練り歩かされるハメになった。
 沿道を埋め尽くす人、人、人の波。
 路上だけでなく大通り沿いの宿屋からも店舗やギルドなどの施設からも、もちろん二階や三階の窓からも。アンキューラの人々は手に持った小旗を懸命に振って、割れんばかりの拍手喝采と歓声と、スズを見たどよめきとでアプローズ号と蒼薔薇騎士団を迎えた。勇者には特に旗印などないはずだけど、と思ってよく見たら、歓迎の市民たちが振ってるのはほとんどがアナトリア国旗である。

 いやアナトリア入りと言っても、ではないのだけどね?

 かくしてパレードを終えて皇城の大手門にたどり着く頃には、すっかり陽神太陽も西に傾いていて、背後から茜色の空に変わりつつある。
 これでもう、挨拶だけしてすぐ出立するプランは潰れたも同然である。

 皇城入りしたらしたで諸宰相一同及び官僚たち、侍従たち、女官たちに騎士団やら兵団やらの将校クラスが勢揃いして廊下の左右に列をなし、レギーナたちを見るや一斉に頭を垂れてくる。
 こう言ってしまっては何だが、他国のどんな大国に行ってもここまで大仰おおぎょうな出迎えを受けたことなどない。これでは逆に、と言外に宣言しているに等しい。

《なんかちょっと気持ち悪いわね》
《ご機嫌取りが見え見えやなあ》
《こわい…》
《とりあえず、落ち着き次第調べて回るわ》
《そやね。念のためおいちゃんも呼び寄せとった方が良かろうねえ》

 周りを取り囲まれていて小声でさえも内緒話ができそうにないため、彼女たちの会話は白属性魔術の[念話]でやり取りされている。そのために表向きは全員が無言のままだ。[念話]は盗聴防止のプロテクトもかかるため、指定効果範囲外の人間には魔術の起動は察知できても会話の内容を探られることはない。
 ちなみにアルベルトは従者扱いなので、皇城滞在中は基本的にはレギーナたちと行動を共にすることができない。そのため彼が隔離されたままだと彼女たちとしても動きが取りづらい。彼の立場を考えれば、彼女たちに対して彼を人質にするなどということは考えつきもしないだろうが、万が一それに似たような状況になってしまうと厄介だ。

 別にアルベルトが大事な存在なのではない。
 彼抜きで東方世界に行くことに不安があるだけだ。

《おいちゃん、聞いとったかいね?》
《聞こえてるよ。けど俺まで範囲に含めるなんて、だいぶ余計に霊力注ぎ込んだでしょ?》
《まあそらしゃあない。必要やけんだからそげんそうしただけやし》
《まあね。ていうか、こういう時に[追跡]があると便利なのか》

 [追跡]はイリュリアでお世話になったお騒がせ巫女のマリアが、かつての仲間のマスタングに特別に作ってもらったオリジナル魔術なので、彼女以外には誰も使えない。だが距離の制限なく対象が術式だから、離れた仲間と速やかに合流したい時にはこの上なく便利だ。

《無いもんば言うたっちゃ仕方なかろうもんて。おいちゃんの部屋はなるべくウチらの部屋に近いとこさい用意さすっさせるけん、あとでまた打ち合わせしょうや》
《分かったよ。俺はひとまずスズの世話があるから》

 アルベルトは宿泊先では常にスズの取り扱いに関して厩舎管理の者と細かく擦り合わせして、ついでにスズに餌をやってから戻ってくる。そういうところも御者を務める彼の業務の範疇である。

《ああ、待って。少しいいかしら?》

 [念話]を切ろうとすると、ヴィオレが待ったをかけた。
 そして彼女はアルベルトに対して、いくつかをしたのだった。





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