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第四章【騒乱のアナトリア】
4-15.最初の晩餐(1)
しおりを挟む晩餐会は皇城の大晩餐室で催されるということで、レギーナたちは案内されるままに部屋に入った。
そこには煌びやかで豪勢な衣装を身にまとった老若男女が十数人、すでに入室していて、その他に上級使用人や護衛の姿が何人もある。どう見ても皇族が勢揃いである。
だがその他には政府高官と思しき人物はいない。
入室してきたレギーナたちを見て、若い男性皇族が立ち上がり、にこやかに笑みを振りまきながら近付いてきた。
「ようこそいらっしゃいました。我がアナトリア皇国オスマオウル朝の皇族一同、今宵は皆様を精一杯歓待させて頂きます。私は第四皇子のイルハンと申します。どうかお見知りおきを」
にこやかにアナトリア式の礼法に則って優雅に一礼する青年皇族──イルハンを前に、レギーナは思わず目を見開いて絶句してしまう。
何しろとんでもない美男子だったのだ。こんな美形は記憶にある限りほとんど見た憶えがないし、なんなら神々の誰かが転生していると言われたって納得してしまうだろう。
《うわちかっぱイケメンやん。姫ちゃん姫ちゃん、大丈夫な?》
[念話]でミカエラが話しかけてくるが、その彼女の声音さえ色を含んでいる。
レギーナが何とか周りに気をやって見れば、ヴィオレは何とか表情に出さずに取り繕っているが、クレアは見惚れたようにぼーっとしている。
《え、ええ…まあ、まあまあのイケメンね。ちょっと驚いちゃった》
《ホントな?惚れたりしとらんね?》
《だ、大丈夫よ!》
とは言ったものの、正直言って自信などない。レギーナ自身恋をしたことがないので、どういう感情が“好き”というものなのか、いまいち分かっていない。
今分かるのは、自分が思わず見惚れてしまったこと、そうなってしまうくらいに彼の顔が良かったこと、それだけだ。
いや、それだけではない。彼は背が高く骨格も肉付きもしっかりしていて、顔立ちだけでなく全身の容姿がバランスよく高いレベルでまとまっていて美しい。肌は陽に焼けているのかやや褐色でいかにも健康的で、ふわりと揺れる柔らかな亜麻色の髪ともよく合っている。しかも穏やかな濡れ羽色の瞳は柔らかな光を湛えていて、それが真っ直ぐにレギーナを見つめてくる。
やや細身ながら、鍛えた筋肉の盛り上がりが華美な礼服の上からでもしっかりと見て取れ、勇者でもあるレギーナはひと目で見抜く。これは剣を扱わせても相当な腕だと。
しかもそれでいて威圧的な雰囲気は微塵も纏っていない。柔らかに微笑む彼が纏っているのは優しさと穏やかさと暖かさだけだ。
やだなにこれ、こんなの惚れちゃう。
………まあ、普通の女ならね!
ちょっと頭に浮かんでしまった世迷言を、レギーナは慌てて振り払う。王女としても勇者としても、彼女は自分が軽々しく愛だの恋だの言えない立場だときちんと理解している。しかも相手は何を仕掛けてくるか分からないアナトリア皇族なのだ。その警戒感が前提としてあったからこそ、レギーナは一歩引いて冷静さを保つことができた。
もしそれがなかったなら、もしかするとヤバかったかも知れない。
《しっかしまあ、とんでもない美形やな》
美形には目がないものの、レギーナと違って耐久力を鍛えているミカエラの声。
《そ、そうね。リチャードとどっちが上かしら?》
先輩の勇者候補であるリチャードも西方世界屈指の美形である。まあ彼とは在学中も卒塔後もライバル関係であって、甘い雰囲気にはなったことなどないが。
ちなみにもうひとりの勇者候補であるヴォルフガングのほうはオラオラのワイルド系でイケメンではない。まあそれをイケメンと評する娘も多いが。
《いやリチャードよりか数段上やろ》
冷めきったミカエラの声。彼女はリチャードに会えば必ず求婚されていて、だが何が不満なのか毎回袖にしている。どころか蛇蝎のごとく嫌っていたりする。
「勇者様?いかがなされましたか?」
怪訝な様子のイルハン皇子の声が聞こえて、それでレギーナは急激に現実に引き戻された。
「え?…ええ、何でもないわ。
わたくしは勇者レギーナ。エトルリアの先代ヴィスコット2世の王女でもあります。以後よろしくお願いするわ」
一瞬で取り繕い、レギーナは完璧な所作で淑女礼をしてみせる。
今の彼女は普段とは違ってノースリーブのストレートラインの、金糸の刺繍が胸元や裾に散りばめられた紺色のドレスを纏っていて、豊かな蒼色の長い髪はハーフアップに纏めている。シンプルながらも落ち着いた、見た目も所作も完璧な王女様である。
「そして後ろに控えますは我が“蒼薔薇騎士団”の者たち」
レギーナは優雅に長手袋に包んだ左手をひるがえし、仲間たちを指し示す。
「“七賢人”ファビオ・ジョーナンクの孫娘、イェルゲイル神教侍祭司徒、ミカエラ・ドフトボルケ・ジョーナンクと申します」
それを受けてミカエラも優雅に淑女礼をしてみせる。
彼女は純白のエンパイアラインの、装飾の少ないシンプルなドレスを纏っている。胸元に青糸でわずかに刺繍が施されていて、白は神教の宗教色、青は青派の宗派色だ。
「わたくしはヴィオレ。ヴィオレ・スターリング・シルバーですわ。どうぞよろしく」
ヴィオレは濃藍のマーメイドラインの豪奢なドレスで、胸元や腰回りには白糸の刺繍が、裾には装飾たっぷりの白いドレープを取り付けていて、背が高く体型にメリハリがあって派手な彼女によく似合っている。ちなみに本来は短髪の彼女は、今は髪と同色の専用ウイッグを付けていて腰下まで垂らしている。
なお、彼女は普段から出自を明かそうとしない。そのため名乗る際も肩書を添えることは基本的に無い。それはまるで、名前だけで勝負になると宣言しているようにも、余計なもののない彼女自身を誇示しているようにも聞こえる。
「クレア・パスキュールです。よろしく」
そしてクレアがちょこんとお辞儀をする。
彼女は淡いピンクのベルラインのドレス、それも脛までのミニ丈でフリルがたっぷり付いていて、いかにもお人形のようで可愛らしい。見えている足元は赤の平底靴にこれまたフリルつきのくるぶしソックスだ。
まだ未成年ということもあって、彼女も肩書を名乗ることはしない。そもそも御披露目もまだなのだ。そんな彼女だから、こうした社交の場に出るのはほぼ例外なく「蒼薔薇騎士団の一員として」であって、そういう意味で彼女も肩書を必要としない。だが彼女が“七賢人”ガルシア・パスキュールの孫娘であることは、少し知識のある者なら誰でも知っていることだ。
「皆様聞きしに勝る美貌で、本日お会い出来て本当に光栄に存じます。どうか、皆様をエスコートする栄誉をこの私めにお与え下さいますよう」
イルハンがにこやかに左手を差し出してきて、レギーナが代表してそれに右手を重ねる。そうして彼女たちは皇族の待つ、部屋の中央に設えられた大食卓の前まで進んだ。
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