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第四章【騒乱のアナトリア】
4-30.意外な事実
しおりを挟む夜会で軍務宰相相手に憂さ晴らしをした翌日、つまり皇城滞在3日目である。この日、レギーナたち蒼薔薇騎士団に告げられた予定は何もなかった。
というのも、予定されていた晩餐会が中止になったからである。
おそらく昨夜の件が響いているのだろう。ララ妃から聞いていた予定では、今夜は拝炎教の教団幹部が中心の晩餐会だったはずだが。まあ教団幹部なら昨夜の晩餐会にも何人も出席していたし、その全員が気絶したり怯えまくって醜態を晒したりしていたので、おそらく今頃は勇者の恐ろしさが誇張を伴って教団内部にあまねく周知されている頃だろう。
「ねえ、なんだか私、また変に誤解されてない?」
「誤解も何も、見たまんまが広がっとるとやないかいな?」
「見たまんま……っていうと、可憐で凛々しい美少女勇者がいかに素晴らしいか、とか?」
「どの口がなんばほざきよんしゃあとかいな、ほんなこつ」
しれっととぼけてみて、ミカエラに容赦なくツッコまれているレギーナである。
だがともかく、時間的猶予ができたのはありがたい。ヴィオレは早速自分付きのナズという侍女に指示を出して送り出し、自らも情報収集へと消えていった。
クレアは荷物から本を取り出して読み始めた。ラグシウムで街を回った際に、道中の暇つぶしにとアルベルトに買ってもらった小説である。
「クレア、あなたそれ、何回も読み返してるけど面白いの?」
「面白いよ」
「なんの本なの?」
「恋愛小説、かな」
「「れ……!?」」
意外すぎる答えに、レギーナもミカエラも思わず絶句する。
「王子様とその婚約者がね、王都の大学に通ってるんだけど王子様は婚約者が嫌いなの。でね、大学に平民上がりの男爵令嬢が入学してきて王子様と仲良くなるの。婚約者は男爵令嬢に色々注意するんだけど、それを意地悪されたって王子様に告げ口して、婚約者がどんどん嫌われていって、とうとう下級生を虐めてるって悪い噂が流れるの」
「どうしよう、クレアがおませさんになっちゃってる!」
「嘘やん、クレアがめっちゃ長ゼリフ喋りよう!」
レギーナとミカエラで驚きのポイントが絶妙に違っていた。そこはハモらんのかい。
「それで王子様が怒って、卒業パーティーで婚約者に虐めとかの証拠を突き付けて、婚約破棄して断罪するんだけど、婚約者はそこまでに王子様の不貞の証拠を集めてて、虐めとか悪い噂とかも冤罪だって証明して、それを元に“逆ざまあ”するの」
「「しかも“逆ざまあ”物!?」」
いやまあ確かにこの西方世界でも大学の卒業記念パーティーでの婚約破棄やら断罪やら、普通によく聞く話だし『西方通信』紙上でもニュースになっている。今年もガリオン王国やアウストリー公国、イヴェリアス王国などで似たような事件が起こったと載っていた。
そしてそれらを元に、クレアが今読んでいるような婚約破棄を題材にした小説や歌劇、演劇なども多く生み出され、大衆のみならず貴族子女も嗜んでいるらしい。
だがまさかクレアまで読んでいるとは。
「それで結局王子様は継承権剥奪の上廃嫡。男爵令嬢は王子様や高位貴族の子息たちを誑かしたってことで処刑、婚約者は望まない婚約から解放されてハッピーエンド」
「え、そういうのって別にヒーローが出てきたりするんじゃない?」
「んー、この本にはそういうの出なかったよ。婚約者のヒロインが逞しくてひとりで立ち向かってて、そこが新しくて良かった」
だがまあ、よくよく考えればクレアだって本来ならば大学に入学している歳だし、もしかすると自分が通わずに終わることになる大学生活というものに、憧れでもあったりするのだろうか。
「んー、別にないかな」
だがそう問われたクレアは素っ気ない。
「わたしが通うってなると〈賢者の学院〉になるけど、そこの話はひめやミカから聞けるし」
確かにレギーナもミカエラも学院の卒塔生だ。
「わたしが通うなら“知識の塔”だけど、どんな授業内容かはサーヤさまに聞いたし」
「え、サーヤって……私のふたつ下の?」
サーヤ・フォン・シュヴァルツヴァルトはレギーナやミカエラの二学年下で、“知識の塔”の首席卒塔生である。レギーナは一学年下の後輩であるアンジェリーナ・グロウスターを通して、彼女と間接的に交流を持っている。
もっとも、直接会ったことはほとんどないが。
「ていうかクレア、いつ彼女と会うたん?」
「去年の、ほら、ガリオンとブロイスの小競り合い」
「「あー」」
去年、つまりフェル暦674年の暑季、ガリオン王国とブロイス帝国との間にちょっとした小競り合いがあった。ブロイスがガリオンに侵攻してきたわけだが、両国は数年おきに戦争している仇敵同士で、それ自体は特に珍しくもない。
問題は、ブロイス側に勇者ヴォルフガングの参戦があったことである。
これを重く見たガリオン側は同盟国であるアルヴァイオン大公国から勇者リチャードを招聘し、友好国であるエトルリア連邦にも勇者レギーナの参戦を求めた。結果、当代の勇者候補三名が戦場で敵対するという前代未聞の事態に発展したのである。
まあ結果的には、彼ら三名が戦場に出てきたことで逆に武力衝突が回避され、無駄に緊張が高まっただけで終わったのだが。
だって勇者の戦力に一般兵が太刀打ちなど出来るはずもない。そして勇者の側にも一般人の兵士たちを攻撃する理由がない。勇者とは人類を攻撃するために存在するものではないのだ。
だから勇者同士で代理戦を行う、ということに決まりかけ、だがしかし勇者ヴォルフガングが勇者レギーナにプロポーズするという誰も予想だにしなかった行動に出て、レギーナに振られて終わったのである。
この時、紛争調停役としてアレマニア公国から派遣されていたのが、当時〈賢者の学院〉を卒塔したばかりのサーヤであった。
アレマニアはブロイスの同盟国であり、一方でガリオンとも親交がある。そしてサーヤは王族のほぼ全員が魔術師というアレマニアのシュヴァルツヴァルト家の縁戚であり、ガリオンの王位継承権を持つノルマンド公女レティシアの先輩であり、そしてブロイス皇帝ヴィルヘルム3世の従妹でもある。まだ歳は若いが、中立の調停役としては最適な人選であった。
レギーナがヴォルフガングに追い回されているその横でミカエラがリチャードから逃げ回っていて、クレアが一時的にひとりフリーになっていた時間帯があったことをふたりは思い出した。おそらくその時に彼女とサーヤは同じ魔術師同士、言葉を交わしていたのだろう。
「サーヤさまはおじいさまの話を聞きたがったし、わたしは賢者の学院の授業内容を知りたかったから、情報交換したの」
かたや知識の塔の首席にしてアレマニア公国の筆頭宮廷魔術師、かたや“七賢人”のひとり大地の賢者ガルシア・パスキュールの孫娘。どちらも西方世界屈指の魔術師であり、さぞかし話に花が咲いたことだろう。
しかも当時16歳と12歳の乙女たちだ。きっとその場だけ、戦場の雰囲気など微塵も残ってなかったに違いない。
「それで結局、この授業内容だったら別に通わなくてもいいかな、って」
「あんたそれ、マスタング先生が聞いたら絶対泣くばい……」
「あ、マスタング先生には会いたかったかな」
竜人族のマスタングは〈賢者の学院〉の魔術科の導師で、先代勇者パーティ“輝ける五色の風”の魔術師だった人物だ。
そんな彼とクレアとが念願かなって対面するのはもう少しあと、翌年の稔季になってからの事になるのだが、それはまた別のお話。
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