【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

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第四章【騒乱のアナトリア】

4-32.一方そのころ・3日目(1)

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「なあ、アンタが勇者様の従者ってやつかい?」

 昼食を取ろうと立ち寄った使用人向けの食堂で、アルベルトは使用人のひとりに現代ロマーノ語で話しかけられた。
 陽に灼けた浅黒い肌に、肉体労働者特有の筋肉質な体つき。短く刈った黒髪が無造作に揺れている。この食堂でよく目にする、一般的なアナトリア男性のひとりだ。歳の頃はアルベルトより少し若いくらいか。
 アナトリア皇城滞在3日目のことだ。

「ああ、そうだよ」

 アルベルトはスラヴィア地方やエトルリアで一般的な色素の薄い肌に、淡い黒髪とくすんだグレーの瞳という容姿であり、ラグでは没個性的だがこの地ではよく目立つ。そもそも肌の色だけでもう浮いているから、話しかけたこの男も余所者だとひと目で分かったことだろう。

「やっぱりか。ならなんでアンタ働いてんだ?お客人なんだからのんびりしてりゃいいだろう?」
「いやあそれがさ。ここまで人に雇われて働くのが当たり前の生活だったから、働きもしないで世話されるだけってのがどうにも居心地悪くてね」
「あーなるほど、そりゃ確かに」

 使用人の男の疑問はもっともだし、アルベルトの言い分も納得できるものだ。だからお互い顔を見合わせて苦笑する。労働者階級はお貴族様みたいに優雅には暮らせないのだ。


 滞在2日目、アルベルトは車庫のアプローズ号の自室で目覚めたあと車内で朝食を作って食べ、貯蔵庫に残った餌を厩舎に繋がれているスズに全部食べさせて、それから厩舎係の詰所に顔を出した。まめに顔を出して所在確認をさせておかないと、皇城内で姿を消したなどと言われてはスパイを疑われかねない。
 だが勇者の従者として扱われるアルベルトは余所者であり客人の扱いだ。だからどこに居ようとやることがない。スズの世話は申し出て引き受けているけれど、それだって朝晩に餌を与えればそれで終わりだ。
 ちなみにそのスズの餌は発注してくれるそうである。発注と言っても数万人規模の人員が働くこの巨大な皇城の各所にある食堂から、使いきれなかった端肉などを回収して持ってきてくれるだけだが。

 滞在中はゆっくりしててくれ、という使用人の統括者、最初に厩舎に案内してくれた上級使用人に言われて、2日目はそれに甘えて与えられた居室でのんびり過ごそうとした。したのだが、周りで働く男たちの姿はどうしたって目に入るし、身の回りの世話をさせるからと下女を充てがわれて逆に困ってしまう。
 独身が長いせいで何でも自分でやってきたため、人に世話されることに慣れておらず世話してくれるのが女性というのも気恥ずかしい。というか与えられた居室が個室だったことから考えても、下女を付けられたというのはほぼほぼ間違いなくまで含まれている。
 それは困る。いろんな意味で。


 だがそれで分かったことも多くある。まず余所者として邪険にされないこと。少なくとも勇者の関係者として、ただの従者であっても相応の扱いをしてもらえるのは有り難い。身の回りに姿を見せる人間は付けられた下女を含めてみな現代ロマーノ語を話せるので、ある程度の教育を受けているのが明らかだし、その人たちはみな礼儀正しい。
 どうやら、勇者が唯一身近に置くほど使だと認識されているようである。思いっきり誤解なのだが、それで扱いが良くなっているのだからわざわざ訂正する必要もない。

 だが一方で、使用人の男たちの噂話や皇城内の建物配置などの情報収集を頼まれた以上、ただのんびり過ごすわけにもいかない。扱いが悪くないのだから当初懸念した不当な扱いや毒を盛られるなどの危害も加えられないだろうし、うろついても咎められない程度の名分が欲しい。
 それでアルベルトは2日目以降、与えられた居室で起居して食事も昼食は食堂で取るようにした。住み込みの使用人は朝晩の食事は部屋に付くらしいが、昼食は食堂で好きなものを買って食べるそうだから、まず食事に慣れる意味でも昼食からというのは悪くない選択肢だろう。
 そして、人の噂というものは食事時に多くの人が集まる場所で様々に流れていくものである。その意味でも昼食時の食堂には

 ということで自分も働きたいと申し出たアルベルトに、統括者は難色を示した。そりゃそうだろう、自分の糧は自分で稼げとばかりに勇者の従者を働かせたとあっては勇者の機嫌を損ねかねないし、そもそも使用人たちの上位に位置する担当執事や官吏官僚たちから何を言われるか分からない。
 だからそこは勇者の許可を得ている、自分も平民の被雇用者だから働いている方が落ち着く、などと訴えて認めさせた。まあ実際には許可など得ていないが、噂を集めるよう指示があったのだから全員で口裏を合わせてくれるだろう。


 と、いうわけで滞在3日目。
 アルベルトを働かせるといっても扱いに困るのが実状だ。働き手が足りていないわけではないし、緊急に人手を増やさねばならない部署もない。だが働きたいと言っている以上働かせないのも難しい。何しろ相手は勇者の従者だ。
 それでアルベルトは、皇城内で様々に動く馬車や脚竜車の移動や回送役に回された。そもそもが勇者の脚竜車を操る馭者だと思われていたからだが、これが建物配置を把握することに大いに役立った。というか車両が皇城内を通行するにもルールというものがあるので、その路線図を渡されたのだ。

 そんなこんなで朝の間午前中みっちり働いての、冒頭のシーンである。


 アルベルトは料理を受け取り、手近な空いている席に座る。少し言葉を交わした男もすぐ近くに座ったのは、成り行きというか何というか。
 手元のトレーに載っているのは平焼きパンピタと獣肉のスープ、それに塩ヨーグルトアイランと焼いた塊肉から薄く切り出された薄切り肉ドネルケバブが数枚。

 肉が食べられるのは肉体労働者にとっては非常に有り難い。毎日出されるのかは分からないが、たまにでもこうして出されるのなら働く環境としては申し分のない人気の職場なのだろう。
 まあ、ここは皇城なのだからある意味で当然なのかも知れないが。さすがに皇城ですら労働環境が劣悪だと国家として先が見えている。

荷役そっちは忙しそうだね」
「まあな。南方への物資輸送が日に日に増えてきてるからよ」
「南方?」
「………っと、こっちの話だわ」

 荷役の人夫をしているというその男はやや気まずそうに口ごもり、そして話題を変えてきた。

「しかしまあ、お前さんもアレだな」
「アレ、というと?」
使とか、災難だな」

 どうやらこの男も、良くも悪くも一般的なアナトリア男性のようだ。

「別にどうってことないよ、勇者様は立派な方だからね。王族なのに俺達庶民を見下したりしないし、すごい実力があるのに無闇にひけらかしたり驕ったりしないし、人助けには積極的だし無益な殺生もしないし、何より悪事は絶対に許さないしね」
「だけど、女だろう?」
「男でも女でもあまり関係はないんじゃないかな」

 別にこの男の考え方を非難するつもりも否定するつもりもアルベルトにはない。人それぞれ考え方は違うし、地域が変われば常識も変わるものだ。

「そうかぁ?」
「そうだよ。今言った美点、もしだったらどう思うかい?」
「お、そりゃ素晴らしいお方だってなるな」
「じゃあ女性でも素晴らしい人ってことにならないかな?」

「そうか、そういうもんか」
「そういうもんだよ」
「だけどってのがなあ」
「男だって全員が必ずしも強くて立派なわけでもないだろ。中には気弱だったり病弱だって人もいるんだから、女でも人がいたっていいじゃないか」

 言われて男は、しばし目線を宙に彷徨わせて考え込む。
 ややあって、ポツリと口を開いた。

「そうか、そういうもんか」
「そういうもんだよ」
「なるほど、分かった」

 どうやら納得してもらえたようで、アルベルトは内心でホッと安堵の息をつく。
 そうして満足すると、ようやく食事に取りかかった。





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