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第四章【騒乱のアナトリア】
4-33.一方そのころ・3日目(2)
しおりを挟む「だけど辛いな、これ」
昼食に訪れた食堂で、出された料理をしばらく食べ進めてみて、我慢できずに顔をしかめるアルベルト。
何しろとにかく塩辛いのだ。塩ヨーグルトはもちろんスープも肉も全部が塩辛い。パンを焼くときにも塩を練りこむので、この一食だけで摂取する塩分量が相当なことになっている。
まあでも、お国柄ということもあるのだろう。アナトリアは西方世界でも最南東部に位置し、気候は亜熱帯と言っていい。温暖な地域である西方世界のエトルリアやスラヴィア周辺とはずいぶん様相が異なるのだ。陽灼けした浅黒い肌が多いのもそのせいだろうし、汗をかくから塩分も好まれるのだろう。
だけどこれはちょっとやりすぎだ、と調理スキルレベル5のアルベルトは独りごちる。そして我慢しつつも何とか食べ終えた彼はトレーを手に返却カウンターへ向かった。
「この料理なんだけど、いつもこんなに辛いのかい?」
「ああ?」
急に声をかけられて、厨房の料理人のひとりが反応した。余所者にいちゃもんをつけられたとでも思ったのか、顔をしかめている。
「なんだいあんた、文句があるんなら食わなくたっていいんだぜ」
「いや塩味自体は構わないんだけど、ちょっと使いすぎじゃないかなと思ってね」
「あんたがどこの人か知らんが、こっちじゃこれが普通だ」
「それにしたって、もう少し減らした方がいいと思うんだよね」
「ハッ。素人が解った風な口ききやがって」
「確かに素人なんだけどさ、俺これでも調理スキルのレベル5あるんだよ」
「……………は!?」
調理スキルレベル5と聞いて、料理人の顔つきがみるみる驚愕に変わってゆく。料理人の世界では調理スキルのレベルが全てで、彼はおそらくレベル5まで達していないのだろう。
「あああんた、勇者様の馭者じゃねえんで?」
「馭者も料理人も務めてるよ。馭者のスキルは3、脚竜調教も3だけど調理と下拵えはどっちも5あるんだよね」
「ほほほ本職の料理人じゃねぇか!」
スキルのレベル3は一通り全部こなせる一人前のレベル、レベル5ならその道で長年務めた熟練者のそれだ。そんなスキル上位者だと聞かされて料理人は慌てふためき、「ちょちょちょちょっと待っててくれ!」と言い置いて厨房の奥へ駆け込んでゆく。
しばらく待っていると、彼は立派な調理帽をかぶった年配の料理人を連れてきた。おそらく料理長かその補佐といったところか。
「勇者様の専属料理人とお伺い致しました。当食堂の料理に問題があるとのことですが」
調理帽を取り、丁寧に頭を下げられて今度はアルベルトのほうが慌てる。
「いえいえ、問題というわけではなくてですね、塩分をもう少し減らせないかと思いまして」
「とりあえずここでは邪魔になりますので、奥へどうぞ」
ということでアルベルトは厨房の奥へ通される。調理服も着ていない余所者のおっさんが堂々と入ってくることに働く料理人たちから胡乱げな目を向けられるが、自分たちの上役が一緒にいるせいか誰も何も言ってこない。
「当厨房の料理長でございます。⸺で、貴方は塩分が多いと仰る?」
厨房を抜け、奥にあったのは料理人たちの生活スペースだろう。その中の応接室のような部屋へ通され、椅子を勧められて腰を下ろすと年配料理人がその向かいに座り、互いに名乗ったあと、彼は早速本題に切り込んできた。
「いえ、おそらく現状でも問題ないから料理長もそれを認めてらっしゃるのだと思います」
「であれば、何も問題はないですな」
「ですが塩分摂取が多すぎれば、ここで料理を食べる人たちの健康にも影響が出ます。それに使用量が少しでも減らせれば、そのぶん経費も圧縮できるでしょう」
「それは確かに。だがこの食堂を利用するのは主に平民の肉体労働者たちです。彼らは城の外では食べられない味の濃い料理を楽しみに、ここへやってくるのです」
「何も使用量を半分にしろと言っているわけではありません。計量匙で三杯使うところを二杯半にする、その程度でいいのです」
「ふむ……」
「減らしたらすぐに味が薄いことにみんな気付くでしょう。ですがほんの僅かな差程度なら特に何も思われないはずですし、数日もすればそれで慣れてしまいます」
「それで不満は出ない、と仰るわけですな」
「その通りです。ただ、こちらの皆さんの好みもありますから、どの程度減らすかは微調整が必要かと思います」
料理長は腕組みして考え込む。
目を閉じ、黙り込むことしばし。
「本日このあと、お時間はございますかな?」
「昼食の開放時間のあと、ということですか?」
「その通り。味の調整にご協力頂ければ有り難いのですが」
「では、このあと一旦厩舎係の方へ戻って話を通して来ましょう。元々私は必要のないところへ頼み込んで仕事を振ってもらっているだけですし、昼からはこちらにかかれるかと思います」
「それはありがたい。ではよろしくお願い致しますぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
《それで、結局そのまま厨房で働くことになっちゃったわけ?》
《そうなんだよね。意外と喜ばれちゃってさ》
3日目夜の[念話]の定期連絡。呆れたようなレギーナの声に、アルベルトも苦笑するしかない。
結局あれからひと通り料理の腕前も見せるハメになり、意外にも絶賛されてしまったのである。その結果、塩分量だけでなく全体的な味の調整と、それに加えて外国人向けのメニューへの意見まで求められてしまったのだ。
どうも城に出入りする労働者だけでなく他国の商人なども利用する食堂のひとつだったようで、実は以前から「料理が塩辛い」という苦情がちらほらあったのだとか。
《まあ確かに、こっちの料理ってえらい塩っ辛いとよねえ》
《そうね。現地の人にはいいのでしょうけれど、私たちには少し辛いわねえ》
ミカエラもヴィオレも声に苦笑が交じるのは、塩辛い料理に辟易しているのか、それともアルベルトのいつものお人好し加減に呆れているのか。
《どうでもいいけど、頼んだことはちゃんとやってよね》
《それはもちろん。城内の見取り図の写しはもうヴィオレさんに渡してあるよ》
《ええ、頂いたわ》
《あと聞いたんだけど、軍務宰相閣下をやり込めたんだって?だいぶ噂になってるよ》
《もう知れ渡ってるの!?私別に悪くないわよ!?》
《誰も悪いとは言ってないよ》
アルベルトの声にも苦笑が交じる。この国の男性たちが女性に対して抑圧的なのは少し話せばすぐに気付けたことだし、それをレギーナたちがよく思わないだろうことも彼は分かっている。
《それならいいんだけど。それじゃ引き続きお願いね》
《分かったよ。じゃあ俺はスズの世話があるから》
そうして3日目の夜も更けてゆく。
今のところは、特に問題はない。
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